5-4
――なんで他人に生死を決められなきゃならねぇんだ。
ゼクスの今際の声が蘇る。
正当な抗議と言えるが、それが許されない状況があるのも事実だ。そのような立場になってしまった時点で敗北は確定され、甘んじるしかないという考えも一つだろう。弱肉強食という規則は自然の摂理でもある。
シィーラが気になっている点はその辺りに関係があるのだろうか。言語化できない何かに悩んでいる妖精に問う。
(……アルバはまだ間に合うと判断したが、ゼクスはそうではなかった。その違いでは、納得できぬか?)
「むにゅー?その判断って、ゼーちゃん次第なんじゃないのー?前に言ってたよね、数字の計算は絶対的な答えが出るけど、人間が選ぶ答えは絶対これって感じじゃないって。命っていうのが大事なら、そこで絶対じゃないもので決まるのって、うーん、なんか変ー?」
珍しくシィーラが論理的だった。拙いながらも言いたいことは分かる。
(そうじゃな。本来なら他人に自分の命が左右されるのは異常とも言える。つまり、お主はわしの判断が間違っていたと、そう言いたいのか?)
「うにゃー、そうじゃなくてー……たとえば、ゼクスがナリスだったらとかって思ったら、みょみょみょーんって気持ちになるみたいなー?」
みょみょみょーんが何を表わしているのか難しいが、これも伝わってくるものはある。
(なるほど。対象が誰かによって、変わってくるものがあるということじゃな?)
そして暗に言ってるのは、アルバとゼクスに対する判断として、感情的な差があったのではないかということだろう。状況の違いがあることを踏まえてもなお、その部分が気にかかるということか。
「そんな感じー?好き嫌いで決めちゃだめーって言われた気がするしー、だけど、それも含めて判断しろとも言われた気がするー……どっちなのー?」
しっかりとこちらの話を聞いてくれていたようだ。過去の言葉を思い出しながら自分で考えている姿勢を見ると、しつこく言ってきた甲斐があったと少し感慨深いものがある。
(どちらでもあって、どちらでもない。二者択一の問題、つまりどちらかに決めねばならないとき、必ずこれが正しいという答えはない。その時その瞬間に思う方を選ぶしかない。ゆえに、もしももう一度同じ選択を迫られたときは、あるいはもう一方を選ぶこともある。この世に同じ瞬間は二度とないゆえ、同じ行動をするとは限らぬということじゃ)
「ぐにゅにゅ……」
簡単に理解できるとは思えないが、興味を持っている内に刷り込みたい。もう少し噛み砕く。
(具体例を出そう。お主の好きな肉串と肉皿があったとする。一度目は肉串を選んだが、もしも二度目があったとき、お主は必ずまた肉串を選ぶとは限らぬじゃろう?気分的に肉皿を選ぶやもしれぬ。いま気分と言ったが、選択する者が人である以上感情に左右されることもあるゆえ、こうした揺らぎが起こり得る。絶対ではないという、ひとつの要因じゃな)
「ぼぅふーーーーー」
扱える許容量を超えたのか、シィーラが魂の抜けたような顔で固まった。詰め込み過ぎただろうか。
その間にも、班員たちはスプルの群れに対応していた。数は多いが、一匹一匹の強さはそれほどでもないので大事はないだろう。
アルバが昏倒して脅威が去ったことに安心して、精神的に安定した状態であることも影響しているのかもしれない。ゼクスがいなくなって直後のこともあって、不安が広がっていたのは確かだ。立て続けに排除するようなことがあれば、かなりの動揺があっただろう。こちらとしても助かった形だ。
しかし、なぜに魔獣であるスプルが襲ってきたのか。アルバの魔眼発動に反応してというのは考えづらい。魔物が魔力に引き寄せられる傾向にあるのは事実だが、それは急激な増加などで分かりやすく魔力量が増大した場合に限る。少なくとも、安定して発動していた状態の魔眼が原因とは思えなかった。
ここは魔地域に近い場所ではあるが、特定されるほどの要因が何か分からない。ふと、何かが気にかかる。ちらりと脳裏をよぎったのは音だ。記憶の片隅で、何か耳慣れないを聞いた気がした。それが何か思い出そうとして、ロアーナの言葉に遮られた。
「おい、何かでかいのが来てないかっ!?」
それは戦闘屋としての勘だろうか。戦いに明け暮れる者は時として、非凡なる嗅覚で危険を察知する。言われて初めてわしもそのうねりを感じた。他のことに気を取られ過ぎて警戒を怠っていたようだ。
(各自、まとまって防御陣を組むがよい!何かが地中から来そうじゃ。離れていると対応しきれぬ)
呆けていたシィーラも、さすがに緊急性を感じたのか目を覚ました。
「なんや、大将のお出ましってとこかいな?スプルたちも逃げ出し始めたで」
「ちょっと、何なの?これ以上、面倒ごとはゴメンなんだけど?」
ナルファが弓をぎゅっと握りしめて苛立ちの声を上げる。その震え方からして、ただならぬものが迫っていることは分かっているようだ。
「巨大……とても大きいこと。鈍重、温厚。奇妙、焦燥?」
ジャコブも困惑した声で呟く。大人しい魔物なのに焦ったようにこちらに向かってくるのはおかしい、というようなことだろうか。いつもより訳すのが難しい。
いずれにせよ、普通の魔物ではない何かが襲い掛かって来そうなことは間違いない。
「んー、なんでこっちに来るんだろー?」
シィーラの疑問は誰もが思っていることだろう。狙われる理由が不明だ。先程は否定したが、あるいは魔眼発動で何かを誘発しているのか。そんな話は聞いていないが、あり得ないとも言えない。すべてを話していないのは確かであるし、危険を伴うことは明かして然るべきという見解はあくまでこちらの勝手だ。都合の悪いことは隠すことが常套手段であることを考えれば、魔眼によって魔物が引き寄せられる、といった副次効果があっても否定はできない。そのための偵察小隊が5人という話も納得はいく。
どうにも厄介な事実が後出しで出てくる。
「まぁ、避けられないんならしゃあない。やるしかないやろ?ほんで、どれくらいで接敵するんや?誰か分からんのかいな?」
「それなんだけど、これ、どうなってるのかちょっと分からないのよね……」
ウェーディー姉妹の姉の方、レキが首を傾げる。
「とても大きな反応が遠くにあるんだけど、それとは別に確実に近づいてるものもあるの。それが、どう考えてもつながっているっていうか……」
「つまり、どういうこっちゃ?」
「でっかい奴ってんなら、本体から腕伸ばしてる、的な?」
ロアーナの言葉と同時に、地面から何かが飛び出してきた。
「―――っ!!!?」
防御結界を張っていたが、その魔力障壁に強い衝撃が加わる。割れはしなかったが、かなりギリギリで冷汗をかく。十分余裕があると思っていただけに、とんだ誤算だ。
「岩の腕っ!?」
攻撃の正体は、地面から伸びた岩の棒だ。確かに手のようにも見えるが、人のそれのように五本の指があるわけではない。ただ、人の腕のように振りかぶって叩きつけるという動作は、まさしくそれだった。
「サムクスなんかっ!?」
ドグオンが岩の魔物の名を出すが、腕だけのサムクスは見たことがない。いや、地中に本体がいるとしたらその一部が地表に出ているという意味では間違いではないのかもしれないが、そうするとどれだけ巨体なのかという話になる。
その岩の腕、棒状のものが眼前で膨れ上がった。幅が広がり、腕というより壁のような厚みを増す。
「嘘でしょっ!?形状変化できるなんて、高位種じゃないのっ!!」
レキが絶望に似た悲鳴を上げる。
高位種とは魔物の上位存在のようなものだ。通常の魔物とは違って稀に固有の特性を持った個体がおり、その突然変異種には決まって強固な魔力を有するものが多い。古代遺跡などでは特に警戒される存在だ。
(ジャコブを先導にここから撤退する!次の一撃にカウンターで合わせ、その隙に皆を逃がせ。あれはまともに相手をするものではない)
なぜここにいるのか、どうして出てきたのか、そういった疑問は後回しだ。高位種と戦う意味はない。
「に、逃げろと言うが、あれに背を向けろと!?」
ショーラルが酷く青ざめた顔で及び腰になっていた。相当怯えているのか、いつもは尊大な男だけに顕著だ。震えさえ伝わりそうなほどだった。
「正面向いてても、死ぬだけやで!殿はデデに頼むさかい、あんじょう気張ってや!」
「じゃあ、アルバは私が担ぐか」
魔眼持ち以外の面子は、すぐに対応した。例の森の予行練習のおかげだとしたら、皮肉と取るべきか否か。
「ちょっと、あんた!しっかりしなさいよ、必死で走ればいいだけでしょうが」
ナルファがショーラルを叱咤してる間に、サムクスの次の一撃が魔法障壁に叩きつけられる。勢いを増したその重圧に、この防御結界は耐えきれない。
「んじゃ、いっくよー?にゃおらーー!!!!」
結界が壊されると同時に、シィーラは魔剣を薙ぎ払う。
その刃が結界の障壁を叩き壊して尚、向かってくる岩の推進力を止めた。魔剣に魔力が次々に注がれているにも関わらず、押し返すことはできない。圧倒的な質量に跳ね返せないのだ。
「今や、走れ走れっ!」
ドグオンの合図とともにジャコブを先頭に皆が駆け出した。
「ぐにょにょーん!!!これ、いつまでやるのー?」
(もう少し、踏ん張るがよい!時を稼ぐのが仕事じゃ、わしも加勢するっ!)
きつそうなシィーラを通して、更に魔剣に魔力を送る。この高位種のサムクスの射程圏がどれほどか分からないが、現時点でかなり外側であるのは確かだ。適度に反抗することで、あきらめさせるよう仕向けたい。まともにやり合うには分が悪すぎた。
と、その時。
新たな魔力を感知する。
それは一瞬のことであったが、今までにない異質な何かだった。すぐにその正体を察する。
魔力感知だ。
敵側がサムクスと魔剣の魔力反応に気づいて、探りを入れてきたのだ。索敵範囲内にいるのだとしたら、距離はそれほど離れていないということになる。しかし、こちらの魔力探知では一般的な範囲にそれらしい反応はなかった。高度に隠匿できる魔法技術があるのだとしたら、予想以上に脅威だ。
ますますここに留まるのは危険になった。
考えることが色々とあるが、今はこのサムクスから逃れることが優先事項だ。今もまだ、魔剣との均衡状態が続いている。ロアーナたちはまだそれほど離れていないが、少なくとも目視できる範囲からは逃れたようだ。
このサムクスが何を感知してこちらの位置を把握しているのか分からない以上、視覚という線は信用ならない。おそらくは魔力だと推測しているが、確証を得るためには一度完全に気配を消さねばならない。そうすると、当然全力で逃げている班員たちが目を付けられる可能性が高く、タイミングが重要だ。
かといって、先程の敵側の出方も気になる。
おそらくこの辺りで戦闘が起こっていることは既にバレている。それを踏まえて動いて来るかどうか、だ。こちらの人数まで把握されているとは思えないが、油断はできない。
「ほんぎゃーーー!!!」
シィーラの相変わらず奇抜な気合いの声を聞きながら、次の手を思案する。やはり、この均衡を保つのではなく一度押し返すのが妥当か。今一度大きな魔力を感知され、こちらの実力の片りんが晒されることになるが仕方あるまい。敵側に油断をさせる一手を失うことになってもやむを得ない。
(一度この腕を破壊する。更なる魔力を――)
そう決断した正にその時、不意にサムクスの圧力が引いていった。
「あちょっ、ぱぁー!?」
急速に力を失ったサムクスの岩の腕は地中へと戻り、魔剣で押し戻そうとしていたシィーラは、突如その反発力を失ってそのまま前へと転がり込んだ。
何が起こっているのか分からないが、サムクスは突然こちらへの興味を失ったように後退していった。まるで波が引くように素早くその魔力が遠ざかるのが分かった。
「いてて……どうなってるのー?」
気が抜けたように座り込んでいるシィーラの疑問の答えはあるはずもなかった。
「なんだ、今日は手伝わないのかよ?」
夕食時、ロアーナがショーラルに声をかけていた。
「昨日は珍しくデデの仕込みにちょっかいかけてたのによ」
「ふ、ふん。あれは貴族流の味付けを、気まぐれで披露しようかと思っただけだ。くだらぬことを言うな」
食事担当は基本的にデデとシィーラになっている。疲れをいやすための食は思っているより重要であり、食べられればよいという人間であっても、美味な料理の方がその効果は高いのは実証されている。こういった自然の中での料理という点では、山育ちのわしは抜きんでているだろう。デデもどこかで料理人の経験があるらしく、豊富な知識でちょっとしたうまみを引き出すのがうまかった。ジャコブもまた自然派な料理の腕を持っているのだが、その独特の味覚が早々に露になって遠慮されることとなったのだ。
時刻は夕方。高位種のサムクスからどうにか逃れ、拠点へと戻ってきたところだ。
敵側の魔力探知を警戒しながらの移動に切り替えたので、こちらの居場所はつかませていないはずだ。念のため、今もジャコブが強めの警戒にあたっている。
「それにしても、今日はなんや、盛りだくさんやったな。高位種に敵さんに魔力暴走って、三役揃ってもうてるやないか。普通の勝負なら降りるところやで、ほんまに」
ドグオンのぼやきにレキが同意する。
「敵側の偵察潰しに、本当に見つかってないんでしょうね?」
「うんー、大丈夫じゃないー?少なくともみんなの魔力探知で近場には反応なかったんだからー。っていうか、自分を信用できないのー?」
その魔力探知にはレキ自身も参加していた。それでも不安になるのは、昼間にサムクスの襲撃を受けたからだろう。危険を身近に感じるほど、警戒心が強くなるのは当然ではある。
「それより、なんでサムクスに襲われたのか、考えなくちゃヤバくない?今後もあんな状況になるんじゃ、魔眼なんて使ってられないし」
ナルファの問題提起は重大な課題だ。
身体を休めたいところだが、今夜はまだ眠れそうになかった。




