5-3
一行は無言で森の中を進んでいた。
連携して周囲への警戒を行ってはいるが、最低限の会話のみで視線もあまり合わせない。
昨日までは少ないながらも無駄口を叩き合っていただけに、あからさまに雰囲気が変わっていた。それもまた仕方がないことではある。
偵察試験班から初の欠員が出たからだ。
昨夜、ゼクスが暴走一歩手前の危険な状態に移行したため、シィーラが斬り殺した。その判断に間違いはないと断言できるが、合理的な正解とそれに対する人の感情というものはまったくの別物である。簡単に割り切ることができない者が多くいるということだ。
「おい……今日の担当は誰にするんだ?」
太陽が大分高く昇ったころ、しびれを切らしたようにロアーナがささやきかけてきた。
何があろうと、時間は止まってくれない。ましてやここは戦場だ。なさねばならないことを続けるしかない。
(精神的に動揺している者を使いたくはないゆえ、自己申告制にするのが妥当じゃな)
シィーラは自己申告の意味が分からない様子だったので、やりたい人間に任せるよう伝える。
「なるほど……けど、誰も手を上げなかったら?」
「そんなわがまま言う子は、お尻ぺんぺんだー」
どこでそんな躾を覚えたのか、相変わらずシィーラの知識は謎だ。仲間を手にかけた後も精神的な動揺はない。仲間という認識にまだ至っていないからかもしれない。妖精の身内判定は未だ未知数だった。
やがて魔地域付近に差し掛かったので、今日の魔眼使用場所に適当だと目星を付ける。
立候補を募るが、案の定誰も声を上げなかった。
魔眼を使って挙動が怪しければ排除される。初めからそういう取り決めだったとはいえ、実際にそれが実行される前と後ではその重みは違い過ぎた。この状況で率先して動く者はいないだろう。
最終手段として、こちらから指名するしかないと思ったところで、
「わ、わたしがやります……」
アルバが手を上げた。意外にも魔眼使いとして一番安定しているので助かる申し出だった。以前に教えた集中の仕方がここにきて開花したようで、魔眼使用時に効果を発揮しているらしい。もう少し早くそれができていれば、そもそもこんな場所まで来る必要もなかったのだが言っても詮無きことだ。
(では早速、準備に取り掛かるとしよう)
魔眼を使用している際、魔眼使いは完全に無防備となるため、これを守るように周囲への警戒を強める必要がある。戦地である以上、突然敵と遭遇したり、魔眼の魔力を感知されて敵襲を受ける可能性もある。一応その対策として魔地域付近で行い、魔力の乱れを察知されても魔物の仕業というカモフラージュを想定してはいるが、すべてをごまかせるわけでもない。
騎士団の斥候部隊として、通常は魔眼使いとその護衛という布陣が敷かれているのはそういう理由だった。
胸に思うところはそれぞれにありつつも、やるべきことは心得ている面子だ。言葉少なではあったが、アルバの魔眼が効果を発揮している間、しっかりとその役割は果たしていた。
魔眼での偵察工程は単純だ。魔眼持ちが対象を見て、口頭でそれを吐き出す。集中して視ることに専念するため会話は成り立たないので、傍らにいる者が一方的にそれを聞き取って書き留めるという原始的な方法だった。
その作業を魔力が持つ限り続けるのだが、魔眼を連続使用すると暴走する危険が増すため断続的に行う。そのタイミングの見極めも重要だ。遅すぎると魔眼の制御を失いかねず、早すぎると無駄に魔力のみを消費し、その後の試行に悪影響が出る。上手に視るという感覚が大事らしく、下手な横やりでその感覚を邪魔されるとその失敗したイメージがつきまとってうまくいかない、という悪循環になるようだ。そういう意味で、できるだけ綺麗に集中するという行為が大事になる。
今回もアルバは円滑に魔眼を発動した。ついに砦を視界に捕らえたらしく、おおよその人数と兵種、指揮官らしき者の特徴を断続的にあげてゆく。上々の滑り出しだった。ドグオンがそれをせっせと書き写している。文字を素早く書く速記が可能なのは、現在砂漠の民しかいなかった。読み書きだけならば他の者も可能だが、ぶつぶつと読み上げるアルバの小声を拾いながらの作業はなかなか難しい。
その後も順調に兵数を数えていったが、やにわに周囲が騒がしくなった。
「魔物が近づいてくるみたいだぜ、一旦止めさせた方がいい」
ロアーナがそう報告してくる。
わりといい調子の状態で魔眼が使えているので、できればまだ続けたいところだった。
(事前に食い止められぬのか?)
「スプルが押し寄せてきてるらしい。魔力に惹かれたんじゃねぇか?」
狼型の魔物だ。群れで行動するため、確かに厄介だった。数で押されると一気に片を付けるわけにもいかない。アルバの状態に注視していたため、周囲への魔力感知はほぼしていなかった。意識を切り替えて索敵すると、確かに10頭以上の魔力反応が近くにあった。何が引き寄せたのか不明だが、中断することにする。
「ほほーい。じゃあ、迎撃するって感じでー。アルバは止めるねー」
魔眼を使用中は遠くを見ているため、本人は近くのことには気づけない。無理やり引き戻す必要があった。徐々に戻すというより、物理的な衝撃で一発で遮断する方式が推奨されているため、背中に張り手を一発というのが通例だ。原始的なものが、時には最適解となる。
パシン!と小気味いい音を上げて、容赦なくシィーラが張り飛ばす。体罰のように思えるが、衝撃が身体全体に響くので友好的な方法ではある。
しかし、今回のアルバには効かなかった。
魔眼に集中するあまり、意識が完全にそちらに持っていかれているようだ。これは身体と精神が乖離している証拠でもある。今もぶつぶつと情報を吐き出し続けている。順調に思えていたが、実は危険領域に入り込んでいたようだ。襲撃は救いの手だったかもしれない。
「あちゃー、キョーコー手段ってやつかなー?」
事前にシィーラには段階的な対応方法を教えている。迷っている暇はなかった。暴走するのだけは防がねばならない。
(防御結界を強める。意識を刈り取るがよい)
魔眼を使用しているということは、魔法の発動中という状態とも言える。余計な刺激を与えて魔法が乱れると、場合によっては周囲へと魔力が散乱する。それが一般的な魔力の暴走であり、魔眼のそれと通じる部分だ。これを回避するために、魔法の発動者を気絶させるのは有効な手段だった。魔眼の場合、魔力暴走は基本的に本人の精神に逆流するのだが、意識を奪ってしまえばその逆流の行先が消えて霧散するという仕組みだ。
「ドグオンは離れててー」
一瞬で気絶させるために首筋に手刀などで衝撃を与える方法などがあるが、極度に魔法に集中している人間は肉体的感覚からも隔絶されるので効かない場合がある、確実を期すためには、魔力を奪うのが効果的だった。シィーラには魔剣がある。一気に奪い取ることで一時的な魔力枯渇を起こして、貧血のような状態に持っていくのが望ましい。
「ほな、向こうを手伝ってくるわ」
砂漠の民は速記をしながらも、周囲の状況を把握していたようだ。とても心強い。
他の誰にも影響が出ないことを確認して、シィーラは魔剣を取り出した。アルバに向かって近づける。それで魔力が奪われ昏倒するはずだ。だが、急にアルバが振り向いてシィーラを突き飛ばした。魔眼発動中には在り得ない行動だった。
それはアルバが本能的に自己防衛として取った行動なのか、魔眼の暴走の始まりなのか、いずれにしても良くない兆候だ。魔眼の瞳が紅く燃えるように揺らめいていた。いや、赤黒く濁っているように見えた。制御を失っているのかもしれない。
(力づくでかまわぬっ、これ以上アルバに魔眼を使わせるな!)
穏便な手段を取っている場合ではないと判断する。
「ちょっと痛いけどごめんねー!?」
シィーラはすぐさま起き上がると、魔剣に魔力を通した。より強い衝撃で昏倒させるためだ。アルバは魔法士としてはなかなかのものだが、肉体的には弱者だ。素早く一閃。それで簡単にケリがつくはずだったのだが、シィーラの一撃は見えない壁で阻まれた。魔力障壁がいつのまにかアルバの全身を包んでいる。
「もういっちょ、強めでー?」
(いや待て!お主のちょっとは信用ならぬ。わしが魔力障壁を破るゆえ、その後に先ほどと同じ一撃を与えるがよい)
「ほほーい。あっ、みんなは魔物の方お願いー」
アルバの異変に気付いた何人かが遠巻きにこちらを見つめていたので、シィーラはそう言って遠ざけたままにした。こちらだけで対処した方がやりやすいことを学んでいて大変結構だ。 魔力障壁の相殺する最も楽な方法とは、それ以上の魔力を与えればいいという単純なものだ。力技のよう思えるが、実は一番合理的でもある。重ね掛けされない限り、一点突破でひびを作れば、そこから全体に亀裂が走ってガラス板が割れるようなものだ。
相手に余裕は与えない。瞬時に実行する。こちらも自らに魔力障壁をまとい、矢のように飛び出した。鳥型である利点を活かさない手はない。シィーラの方を警戒していたアルバは、わしの突撃への対応が遅れた。その隙で十分だった。
衝突の際、アルバの魔力障壁は消し飛んだ。勢いあまってそのまま後方へ押し倒してしまう。少し勢いがつき過ぎたようだ。
そこへ追いかけるようにシィーラが飛び込んでくる。慌てて飛び退く。
「ちぇーい!」
どこか気の抜けた声と共に、魔剣がアルバの腕を打つ。斬るのではなく、叩いた形だ。魔力の通った一発が、アルバの全身を駆け巡ったのを確認する。
「―――――!!!」
言葉にならない何かを発して、アルバの目が反転して閉じられた。魔力の拡散を確認する、うまく昏倒したようだ。
背後から安堵の息が漏れる。こちらを見守っていた誰かのものだろう。
次は魔物、魔獣のスプルの対処だ。なぜこちらに目を付けて来たのか謎だが、まずは追い払う必要がある。ジャコブ達だけでも大丈夫だろうと思うので、他の動向に気をつけておく。定位置のシィーラの頭の上に戻り、魔力探知を展開。
(……スプルの群れ以外、他に怪しい動きはなさそうじゃな)
「んー、アルバは気絶させたけど、ゼクスは殺したじゃない?そんなに違いがあったのかしらん?」
不意にシィーラが疑問を投げてきた。昨夜は特に何も言っていなかったが、実は気にしていたのだろうか。
(何かひっかかるものでもあったか?)
「むにゅー……」
何か思うところはあるのだろうが、言葉にできないと言った感じでシィーラはうなるばかりだった。その間に少し振り返る。ゼクスとの最期のやりとりを。
「畜生っ!結局俺を殺すんだなっ!!?」
魔剣を構えたシィーラを認めて、ゼクスが吠えた。激高したせいか、その両目が紅く染まっていた。
それが感情によるものなのか、時間経過によるものなのか、判断は難しい。ただ、もう引き返せないところまで来ていることだけは確かだった。
「そこから出たらねー?」
とっさに張った魔法結界がゼクスの足元にある。暗闇に近い時間帯のため、分かりやすく仄かに光らせてあった。暴走すればまともな判断力はなくなるため、こちらと会話できている間はまだ大丈夫だと思いたいが、内容を理解しているかどうかも問題だ。単なる言葉の応酬では意味がない。そこから動かないことができるか否か。緊迫した空気が流れる。
それとは別に、ゼクスから漏れ出る魔力が強すぎるのも看過できない。制御不能になっているようにしか思えず、本人の意志とは無関係に周囲への無差別的な攻撃になる可能性が高い。
エオルの言葉が木霊する。
――暴走して手に負えないと判断した時は、容赦なくすぐに殺せ。
この状況はまだ暴走とは言えないかもしれない。だが、何かあってからでは遅い。ゼクスの魔法剣は魔力を乗せて飛ばせる。近距離攻撃だけではないという点で、思わぬところに被害が出る危険性は十分にあった。他の班員は遠巻きに見ている状態で、安全圏とは言い難い。
「俺は正常だっ!魔眼なんかに――くそっ、違うっ、そんなわけねぇ!!」
ゼクスが必死に自分を抑えているのは理解できる。自覚症状もあるのだろう、自らの身に何かが起こっていることは分かっている様子だ。内部で戦っているのは容易に想像できた。
「……結局どうするんや?あないにぎょうさん魔力放出してたら、いらんもんまで寄ってくるで?」
ドグオンの懸念ももっともだった。急激な魔力上昇は、魔力探知ですぐに分かる。そして、そんな変化は基本的に人間の魔法以外にほぼあり得ない。敵に位置を知られることほど危険なことはなかった。決断の時だった。
(気絶させることを第一目標に攻撃するがよい……ただし、それが困難な場合、殺すことも許可する。特にゼクスがこちら以外に敵意を向けて攻撃しそうなときは、絶対にそれを阻止するんじゃ。この魔力量では、流れ矢でも十分死に至る)
「まだ出てないけどいいのー?」
(制限時間がある。夜が明けるまで待っているわけにもいくまい)
「んじゃー、気絶させるから抵抗しないでねー?ぴひゃーっとすますから、大丈夫だと思うー」
「はぁ?気絶って、殺すんじゃないのか?ってか、動かなきゃいいんじゃねぇのかよ!?」
「なんか、魔力がすぽぽーって凄いことになってるから、止めなくちゃまずいみたいー?」
「そんなこといって殺る気なんだろ?なんで他人に生死を決められなきゃならねぇんだ、ふざけんなよ!!こんなところで俺――」
不意にゼクスの声が途切れた。更に魔力が凝縮していく。感情の高ぶりが引き金になったのか、その瞳が一層赤黒く濁った。
(いかんっ!やれっ、シィーラ!!)
シィーラの反応は早かった。こちらの言葉に即座に対応できる順応さと素直さは喜ばしいが、危険だとも感じる。こちらの判断が間違いであった場合に取り返しがつかない。とはいえ、今はその素早さが重要だった。
扱い慣れてきた魔剣が一閃する。その狙う先は完全に首筋。昏倒させるという目的は不可能だと判断したのだろう。完全に殺す気の一撃だった。
実際、その選択は正しかった。
ゼクスの身体から弾け飛びそうな魔力が瞬時に魔力障壁となって魔剣を阻んだからだ。半端な力加減で振るった刃では届かなかっただろう。しかし、本気で斬りにいったからこそ、そんなとっさの防壁などものともしなかった。
魔力の壁を突き破り、魔剣は過たずゼクスに届いた。そのまま通り過ぎ、その首を刎ねる。
「ひっ!!!?」
誰かの短い悲鳴が聞こえた。わしは同時に、防御結界を強める。既に外へと向かっていたゼクスの魔力分は、死んだ後も周囲へとまき散らされる可能性がある。その余波を防ぐためだ。弾けた魔力の威力に自分が押し出される感覚を覚えながらも踏ん張る。瞬間的な魔力量は想定以上だったが、こちらも魔法に関しては常識外だ。なんとか抑え込んだ。
しばしの静寂。
顔を失った胴体がゆっくりとその場に倒れ込む。
「……結局、こうなるんか……」
ドグオンの苦い言葉と共に、ゼクスの生首が地面に横たわっていた。




