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最終的に、森の民の総数は半分ほどに減っていた。
まだ外に逃げた者が十数人いるようだが、おおよその生死が判明していた。
尋常ならざる死者の数に民人たちは打ちひしがれている。その遺体も無残なものが多く、その対応にかかりきりになっている状態だった。
その間、偵察隊第一班は提供された家の一つで情報共有を行っていた。
「――相貌の実か。なんや、信じられへんもんが出てきたみたいやけど、実際見たんならあるっちゅうことやな。けどやっぱ、そないもん信じられへんなぁ」
ドグオンが二回も強調するのも当然だ。実際に目にしてもなかなか飲み込めない事実には違いない。
「なんにしても、私らの任務はこれで終わりだろ?民長のやつを無事見つけたんだから、後は報告すりゃお終いって話でさ」
(ロアーナの言うことは確かではあるが、それだけでは終われぬな。今後のことを考えると、今回の件、もう少し掘り下げておくべきじゃ)
シィーラが代弁すると、皆が理解できないという声を上げる。
「これ以上、この件に突っ込んで何が得する言うんや?」
(騎士団の動きが不可解じゃ。ここにわしらが派遣されていること自体、強化遠征とやらに関係しているのかも怪しい。元々の任務がただの偵察だったことを考えても、色々と腑に落ちないことが多い)
「具体的に何がどう怪しいんだよ?」
わしの懸念は共有した方がいいと判断して、ここまでの考えを話すことにした。
今回の疑問点はいくつもあった。自分で整理するためにも一つずつまとめていくことにする。
まず一点目、森の民の離反者たちが外部と連絡を取るに至った経緯。オムロは送伝屋だろうと推測していたが、本当にそうなのか疑わしい。誰かを招き入れるにしても、山賊というのが解せない。多少手荒な手段が必要だったのは分かるが、もう少し理性的な武力介入を目指すのが普通だ。実際のところを聞きたかった。だが、当人たちはその山賊に裏切られて殺されており、真相は闇の中であることがまた疑惑に拍車をかけている。
二点目、山賊たちの目的。森の民の秘密を暴こうとオムロを人質に探っていたようだが、その過程が謎だ。相貌の実を知った経緯と、それをどのように使うつもりだったのかが不明だった。民人の誰かが知ってる限りの情報を拷問か何かで吐いてしまい、その中途半端な情報に基づいて人間を複製しようとしていた、という流れは推察できるが、その仮説でも不可解な点が多い。なぜ、人を複製しようとしたのか。金儲け目当てとしか思えない山賊の考えとして、その点はまったくつながらなかった。
三点目、生首の儀式めいた行動や、四肢を切断した理由。人を複製するために、まず部位から試したという考えもできるが、それにしても数が多い。生首の方はどうやら民長の手記を見ての蘇生めいたことを試したようだが、それもまた意図が不明だ。山賊が取る行動として、何一つしっくりこない。
四点目、騎士団との森の民の関係性。おそらくは相貌の実で何かを複製する取引をしていたのだろうが、その何かが分からない。
五点目、今回の偵察として第一班が派遣された理由。取引関係があったことからして、こんなに荒らされるのを黙ってみているのはおかしい。それほど重要な取引ではないという見方もできなくはないが、ここまでの隠蔽性と相貌の実の特殊性を考えるとそうも考えられない。にも拘わらず、新参の訓練生を使う理由が見当たらない。
六点目、相貌の実の呪い、あるいは失敗時の謎の液体の正体。魔族由来の特殊な魔力が混ざっているので、いくら考えたところで不明ではあろうが、逃げ去ったという話もあってまだ危険があると考えられる。放置していい問題ではない。
他にも細々としたものがあるので列挙しようとすると、
「待て待て待てえや、ぎょうさんありすぎや!一気には呑みこめんて!」
ドグオンに遮られる。情報量が少し多かったようだ。処理しきれていない皆の困惑顔に今更気づく。自分の考えに没頭しすぎたか。代わりに伝えているシィーラに至っては、半分放心状態で機械的になっていた。自分でまったく考えていないのは間違いない。
「……正直、私にはごちゃごちゃしすぎててよく分からないけど……結局のところ、シィーラは何を問題にしてるんだ?」
単純かつ明瞭なロアーナの質問はある意味、芯を食った直球のものだった。
初めに結論を言うべきだったかもしれない。わしはここまでの推理の帰結として、一番の懸念事項を口にする。
(要するに今回の件、裏で糸を引いていたのが騎士団側である可能性がある、ということじゃ)
シィーラがそれを告げると、それぞれに息を呑んで身を固くするのが分かった。即座に信じて理解したわけではないだろうが、否定の声がひとつも上がらないのは、皆どこかで思うところがあったのかもしれない。そして、その意味するところも。
しばらくの間、沈黙が続いた。各々が考える時間が必要だと考えてこちらも何も言わない。シィーラは単に呆けているだけな気もするが、こういう思考には期待していないので無視しておく。案内された家は、長椅子と丸机があるだけの質素な造りだ。誰もが一定の距離を置いて座っているが、その距離は初日から少しだけ近づいている気もする。
ここは居住区の外れではあるが、外から民人たちの泣き声やそれを励ますような声が遠く聞こえてくる。そういえば、ヘザの妹は残念ながら既に亡くなっていた。避難途中で捕まったとの話だ。例の屍の山に紛れていたのかもしれない。崩れ落ちるヘザに何もかける言葉はなかった。大量の死を前にすると一個人の死が軽く見えてしまうが、当事者にとってはそうではない。生を当たり前だと思って暮らせる日々は尊いものだ。
そんなことを考えているとき、静寂を破ったのはやはりドグオンだった。
「……なるほど。なんとなく黒幕の可能性に騎士団があるっちゅうのは理解できひんこともない。けど、論理の飛躍も感じるさかい、もう少し根拠を教えてもらおか。今のままじゃ、納得感が足りひん」
証拠も何もないので、それは当然の疑問だろう。先を促す。
「さっきの話やと、山賊を手引きしたんは裏切り者の若い連中やったな?あんさんの推理だと、その山賊を騎士団側が手配したっちゅう話になるわけやが、こないな事態引き起こしたのもその山賊やろ?何かおかしくあらへんか?自作自演で騎士団側が山賊使うて森の民の秘密を暴こうとしたっちゅう意図は理解できる。取引内容に不満があって、何かいい材料見つけたろ思うたって話やな。そやけど、その山賊がやってることがメタメタすぎひんか?」
(そうじゃな。当初の山賊がどういう指示をされていたのかはまったく分からぬが、少なくとも計画とは程遠い行動をしたということは間違いない。おそらく、途中で山賊側は別の思惑で動き出し、状況が混沌としたとわしは見ている)
シィーラが混沌を棍棒と言い間違えたが、ドグオンにはどうにか伝わったようだ。
「山賊側が何かがきっかけで暴走したっちゅう見立てか……ははん、筋は通りそうやな」
流石に呑み込みが早い。ドグオンには大体の流れが見えたようだ。
次に、レキが声を上げた。
「わたしには民長の方の話は全然分からないわ、直接見ていないしね。一連の流れも、そうかもしれないって程度にしか思えないのが本当のところ。ただ、あの生首のやつは体験してしまったから気になってる。あれが何だったのか、もう少し知りたい。蘇生の儀式とか言っていたけれど、最初からただ突っ立っていただけで、そういう風な何かには見えなかったわ」
(それはわしにも分からぬ。ただ、手記にそういう記述があったという話ゆえ、それを山賊に流した者が騎士団側であろうとは思う)
「え、なぜ?普通に考えたら裏切り者の民人じゃないの?」
(いいや、違う。民長曰くある日突然、山賊たちは相貌の実を知ったり、奇妙な行動を取るようになったという。途中で知ったことの証左じゃ。そして離反した者たちは、その時すでに殺されておる)
「でも、事前に話していた可能性もあるでしょう?」
(ならば、最初からしていないのがおかしい。民長を人質に取っている間、騎士団側の何者かが裏で民長の持ち物などを調べていたとわしは思っている。更に言えば、その際に手記を見つけ、山賊側に流したと考えておる)
「何のために?」
(分からぬ。じゃが、計画がズレ始めていることに気づいたはずで、山賊側に何らかの歯止めをかけたかった可能性はある。その頃には既に民人への虐殺が進められていたと思われ、矛先を逸らせる意味があったのやもしれぬ)
「ふうん……経緯としてはそうだったとしても、やっぱりアレが何だったのかは分からないってことよね?もしも本当に誰かを蘇生しようとしていたのなら、初めから誰かを生き返らせようとしていたってことかしら?」
「それはないんじゃねぇか?」
ロアーナが首筋を揉みながら口を挟む。あまりこの話題に興味はなさそうだったが、一応話は聞いているようだ。
「最初から誰か生き返らせたいってんなら、その山賊の頭みたいなのがやるだろ?あそこにいたのはそういう感じの奴じゃなかったぜ?大方、途中で仲間がやられて、そいつを蘇生できるかどうか試したってところじゃねぇか?」
その可能性もあるだろう。何にせよ、当事者から話を聞けない限りは推測の域を出ない。
「それもありえそうだけど……わたしが気になってるのは、結局あれが逃げたからかもしれないわ、多分……得体の知れないものがまだどこかにいるかと思うとぞっとする」
「ああ、あの逃げた水っぽいのは確かに気になるな。気味が悪いってのも分かる」
「そういえば相貌の実っちゅうもんも、なんや液体がある言うてたな?関係あるんかいな?」
(おそらくはあるじゃろう。相貌の実の中身が何なのか分からぬが、果実の部分がその液状のものである可能性は高い。じゃが、お主らが見た特定の誰かに化けていた、というような状態のものはこちらでは確認できてはいない。神木と一体化して樹木人間になったものなら見たが……仮説として、その液体が何かと融合する性質を持っているという特性は考えらなくはない……)
「そもそも、相貌の実ってのは中に入れたもんを複製するっちゅう話やったな?その液体が本質で、最後には何かに固定化するみたいな考えなら、何となく辻褄は合うんやないか?」
「じゃあ、その液体ってのは何なんだ?」
「それが分かれば苦労せえへん。秘密ってのはとどのつまり、そいつなんやろ?だいたい、なんでもかんでも複製できるとか、そんなんあるかいな?どうせパチモンやないか?」
「ぱちもん?」
「まがいもんちゅうこった。同じもんができんのやったら、そら大陸でも随一のお宝やで?そんなもんがこないな一部族の特権になってるはずないやろ。うまく扱えば国すら建つわ」
「多分、そう簡単にできないから、ひっそりこんなところで暮らしてるんじゃないの?」
レキが冷静に見解を述べるが、まったくその通りだと思った。補足するように自説を述べる。
(民長の口ぶりでは特殊な儀式が必要で、それをしてもおそらく成功率はそれほど高くないと感じた。なんでもいくつでも、というような印象は受けなかったゆえ、様々な制約はあるのじゃろう。逆に、騎士団側はそこが不満だったのやもしれぬ。大量生産がしたいがため、森の民側の秘密を探りたかった。それゆえの今回の強行策、という流れだったことも考えられる)
「ははん、そいつは納得がいく考えやな。自前で増やすことができれば、それだけ管理しやすいのは間違いない。その線、わいは推すで」
「その場合、騎士団側は何をそんなに増やしたかったんだって話になるな……」
「今の段階でそんなの分かるはずないんじゃないの?というか、結局、班長さんは何を言いたくてこの話をしたの?立派な推理披露でもしたかったわけ?」
皮肉げなその疑問には首を振る。言いたかったのは一つだ。
(違う。この先、騎士団側を無闇に信じるなという忠告をしたかっただけじゃ。その前提として、根拠となる話をしたまで。わしらを管理している連中は、想像以上に手段を択ばずに行動する組織だと知っておいてもらいたい)
「ふーん、そういうことか。けどよ、私らはどうあがいたって命令されたらやらなきゃならねぇ立場だろ?注意しても、どうしようもないんじゃねぇのか?」
ロアーナの言い分は正しいが、ドグオンがこちらの意図を読み取ってくれた。
「結果的にはそういう話でも、こっちの心構え次第で色々変わることはあるやろ。ハナから疑いを持ってるだけで、防げることはあるもんや。こっから気つけてくにこしたことはないで」
「何か裏があるかもしれないと疑えってことね?なんだかくだらない貴族社会みたいなことになってきたわね。どこに行ってもそういう腹の探り合いはあるってことかしら……」
最後の方の呟きは独り言のようだ。ウェーディー姉妹はやはり上流階級出身なのかもしれない。無駄な詮索をする気はなかったが。
とにかく言いたいことは言い終えた。後始末は他人に任せて、後は偵察任務の報告をしに荷馬車の方へ帰るだけだ。
そう思っていたところで、家の外が騒がしくなった。
何事かと思っていると、複数の足音が聞こえて来て、すぐに扉が叩かれた。
入ってきたのは皮鎧に身を包んだ男だった。明らかに森の民ではない。後ろに控えている男たちも、同様に騎士団のようなお揃いの戦闘服だ。
「偵察班の者だな?詳細な報告を求める。ついて来い」
どうやら、荷馬車まで戻らなくても済んだらしい。勝手に向こうから来てくれたようだった。
その後の撤収はあっという間だった。
ろくな説明もないまま、森の民の拠点から強制移動させられた形だ。ここ数日の報告を求められて質問に答えたと思えば、すぐさま荷馬車のところまで急き立てられるように夜通し歩かされた。民長やヘザなどに挨拶する機会も与えられず、明らかにその場から早く引き離したい意図が見えた。
文句を言っても聞く耳を持たれず、第一班の面々は任務達成の充実感を感じることもなく、荷馬車のところまで戻ることとなった。唯一救いだったのは、合流した騎士団側に治療魔法を使える者がいて、オキの骨折が一時しのぎにせよ大分回復できたことだ。
現在、皆は疲れて荷馬車で睡眠を取っている状態だ。これからまた目的地へと移動するらしく、荷馬車は既に動き出している。
わしはシィーラの頭の上で休息していたので、あまり眠る必要もない。
改めて一人で状況を整理していた。
おそらく疑念は当たっていたということだろう。騎士団の到着が早すぎた。こちらが報告するより早く、というより自ら動いて来たということは、最初から監視していたということだ。初めに森に入ってから感じていた、見られているという感覚はその視線だったのだろう。元々、こちらの行動をどう評価するのか不思議だったが、どこかから見ているのなら納得はいく。合わせて、森の民の動向も探っていたに違いない。
ただ、依然としてなぜそれを訓練生に委ねたのかが疑問ではある。山賊側が暴走したことを知ったなら、急いで計画の修正を行いそうなものだ。あるいは、中の状況が本当に分からず、その連絡が半端に伝えられた可能性もある。詳細を確かめるためにわしらが派遣されたということなら、なんとなく筋は通る。任務が偵察という状況の確認だけだったことも当てはまらなくはない。その状況に応じてすぐ処理できるよう、背後に騎士団員を控えさせていたことにも納得はいく。そんな集団の気配に気づけなかったのは悔やまれるが。
仮説が真だったならば、森の民の中にも騎士団側の手の者がいたはずで、それも思い当たる節がある。トーバという民長の世話役と話していたとき、民人の一人が外の者を見かけたという話があった。慌てたトーバに遮られて詳しく聞けなかったが、それが騎士団側の人間だった可能性が高い。その正体を世話役だったトーバのみが知っていたということなのではなかろうか。山賊側にその存在が知られていたかどうか分からないが、外に連絡できたことを考えると自由に動けたのではないか。
その騎士団側の潜入者が今回の件にどれほど関わっていたのかも気になるところだ。黒幕が騎士団であるなら、その者の舵取りが失敗したとも言える。そもそも、相貌の実で騎士団は何を複製しようとしているのか。すべてが謎のままだった。騎士団の事情聴取時に聞いてはみたが、後で説明するの一点張りで何一つ相貌の実の説明はなかった。
何にせよ、今回の全貌について騎士団側の説明は皆無のため、すべてが憶測に過ぎない。訳の分からない状況に流され続けるのは居心地が悪いが、今は耐えるしかなかった。
これからどこに連れてゆかれるのか、その行方も気になる。未だに名も名乗らない担当官らしき男は「これからが本番だ」という意味深長なことしか告げなかった。
まったく気に入らないことだらけだ。
班長などという肩書を与えられたが、シィーラ一人の面倒だけでも身に余る状況で、他の面子も気にかけねばならないのは重荷以外の何物でもない。当のシィーラに至っては「班長って何する人なのー?」とまったく理解していない有様だ。
とりあえず部下である班員を守るのが役目だと教えてはみたものの、どこまで分かっているのかは疑問だ。この先、不安しかない。
不安定にガタつく荷馬車に揺られながら、前途多難な明日に向かってため息をつく。
もやもやした気持ちを抱いたまま、そうして森の民の偵察は終わりを告げた。




