4-6
身体はすぐに反応した。
血肉を感じることはないが、確かに自分の意志で動いていると実感する。そこに十分な思考は必要ない。
考えるより早くシィーラの側から魔剣を拾い上げ、自らの手足のように振り上げる。
樹木人間の鋭い枝先がこちらに到達する直前、その突きを弾く。半ば無意識に返す刀でその胴体辺りに斬りかかるが、今度は相手の別の枝に阻まれる。人型ではあるが、手足が四本というように忠実に部位構成があるわけではない。肩口から、あるいは膝元から必要に応じてその枝は触手のように生やしたり伸びたりしてくる。
その硬度も樹皮の硬さとは別物で、魔剣の刃を通さないほどのものだった。体勢が不十分とはいえ、攻撃したこちらが少し押し返されたほどだ。もっと魔力を込める必要がある。そのための隙をシィーラに作るように頼む。
(いつまで呆けておるっ!戦えぬなら、派手に逃げて囮になるがよい!この状態は長く持たぬ!!)
現在のわしは妖精魔法による複製の自分自身、つまりは人間形態だが、すべてが魔力によって維持されるために短期でしか活動はできない。この分身魔法を何度か試した結果、最高でも10分ほどしか使用できないことは分かっていた。あまりに膨大な魔力消費のため、魔力量に自信があったわしでさえその程度の時間しか保てなかった。
その上魔剣を使うとなれば、更に魔力を持っていかれるために本当にわずかな時間しかない。
こちらの必死な叱責に気づいたのか、座り込んでいたシィーラはどうにか立ち上がるとその場から駆け出す。
「こ、こっちだヤバババーン!!き、来ちゃってチョッチョコピー!!」
言っている意味は分からないが、一応挑発しているようだ。及び越しながらも必死さは分かる。妖精はやはり魔族系を恐れているようだが、今は勇気を振り絞っている様子がひしひしと伝わってきた。
「GUGAAAAAAAAーー?」
その意味が分かっているのかいないのか、樹木人間の虚ろな顔がシィーラの方に向く。叫び声がどことなく戸惑い気味なのは多分気のせいだろう。
その瞬間を見逃す手はなかった。上空に跳び上がり、魔剣に適度な魔力を送る。やりすぎると今度は自分自身を保てなくなるという厄介なバランス調整が必要だが、嘆いている暇はなかった。すぐさま一撃で打倒する必要がある。そのための魔力量の見極めが一番困難だった。
相手の耐久力の見積もりが初見ゆえほぼ不可能で、完全にジャキリの博打番、つまりは運任せということになるのだがそれもいいだろう。かの有名な賭け士のジャキリも、ここぞという一番では常に運任せであったが、それでも全部勝ったという話だ。結局、最後は運次第になるというのは避けられない。ならば、下手に勘ぐるよりは流れに任せるのも悪くないはずだ。
適当な魔力を込めて、一気に下に向かって解き放つ。強力な剣気がほとばしった。
上から振り下ろしたのは、魔剣の威力で樹木人間を貫通した場合の被害を考えたからだ。あのまま攻撃を飛ばせば、後ろの神木まで傷つけかねない。山育ちの身として、そのような不敬な真似はできなかった。
しかし、その剣気は本命ではない。本来は魔力を乗せたその剣気が対象を斬る攻撃だが、魔族由来の魔物に対しては効果が薄い。怯ませる程度にしか効かないのは分かっている。その後の物理的な斬撃のための布石だ。研ぎ澄まされた魔力を込めた刃で、魔芯と呼ばれる活動源を破壊するのだ。倒し方そのものは、普通の魔物と変わらない。ただ、その強さというか魔力耐性が桁違いだと言うだけだ。
幸いこの樹木人間はそれほど魔族の影響が色濃く反映されているわけではない。どういった理由かは分からないが、今のうちに斬り捨てる他はなかった。
剣気が飛び出し、樹木人間を貫通して地面へと斬りかかる。力加減が過剰だったのか、地面が割れた。それほどの威力であっても、魔物の致命傷には至っていない。衝撃を受けた程度で、こちらを視認して来る。表情のないはずの顔部分が怒ったように睨んでいるようにも見えた。シィーラからこちらに再び標的が移った。
どこからか新たな枝が伸びてくる。
素早い反応だったが、もう遅い。叩き下ろしのような形で、既にこちらは体勢が整っていた。魔芯の位置は分からないままだったが、内部に刃が通ればきっと感じるはずだ。そうなれば、その中心へと力を向ければいい。見つからなかった場合のことなど考えている余裕はない。
できるかどうかではなく、やるかやらないかの選択だけを考える。既知以外の可否については無駄だと教えられた。慎重さに欠けると昔師匠に不満をもらしたことがあるが「悠長に考えておる暇など戦闘中にあるわけがなかろう」と呆れられた思い出が蘇る。まったくその通りだ。
即断即応できなければ戦場では死ぬ。やるしかない。
魔剣がその固い樹皮を斬りつけた瞬間、わしは魔芯を探すために全力で魔力探知を行った。魔物の種類によって魔芯は違う。人間の心臓が左胸に位置するように固定されているわけではい上に、個体差もあったりで目星はついても確信は得られない。おまけに今回のは初見の樹木人間だ。ふざけた倍率の賭けになる。
それでも、わしには根拠のない自信があった。妖精もどきになっている今、その手の探知には自信がある。不可思議なマナに満ちたこの森の中であっても、対象に直接触れていさえすれば大丈夫なはずだ。異様なのはこの森だけではない、この身体、状態そのものが常識外だ。不可思議さでは負けない。
果たして、魔芯の見当はすぐについた。内部に食い込んでいる今、そこに力を集めるだけのたやすい仕上げだ。久々に魔剣の感触を確かめながら、最後の魔力を乗せてそれを破壊する。
「ーーーーーーーーーーー!!!!」
断末魔の声もなく、樹木人間は崩れ去った。樹皮がボロボロと剥がれて、見知らぬ半裸の男が地面に落ちる。山賊の一人だろうか、媒介にされて樹に操られていたのかもしれない。動物が魔獣化するように、人も魔物化することはある。魔族レベルの膨大な魔力が必要なので滅多には見られない現象ではあるが。
その屍は地面も半壊していたため、更に下へと落ちて行った。必然わし自身もその亀裂から階下へと吸い込まれた。既に地下洞窟内であったが、そのまた地下へと落ちるという面倒な状況になった。幸いそこまで深さはなく、例の祭壇の下に空間があったようですぐに落下は収まった。
魔力消費が限界なので分身魔法を解く。
精神は元の鳥のような器の方に戻るので、急に視界が変わって一瞬気分が悪くなる。視界酔いとでもいうべきか、自分の立ち位置が分からなくなるこの感覚は未だに慣れない。ゆっくりと目の前を確認すると、隣で自分の姿のシィーラがのびていた。
(おい、何があった!?)
ぺしんぺしんと頬を羽で数回叩くと、すぐに反応があった。
「ほにゃっ!?」
飛び起きてこちらを認識する。
「あっ、ゼーちゃん。無事だったんだね、良かったー」
(良かったではない。なぜ、倒れていた?何か攻撃でも受けたのか?)
「うんにゃー、囮になって走ってたら、頭の後ろにバッツンって何か当たったのーっていたた。後ろがなんかヒリヒリパーだよー」
シィーラは後頭部をさすっている。
(ヒリヒリ……?ふむ、わしがあやつを叩き斬ったとき、地面の一部も飛び散っていたゆえ、それが当たったのかもしれぬな)
「そうかもー?すっごい大きな音してたものー」
(それでまんまと気を失っておったということか?)
みたいだねーと他人事みたいに笑っているが、勘弁してほしい。自分の身を守る方法は教えてきたはずだが、流れ矢のような副産物の飛び石を受けて気絶では先が思いやられる。今回のように単独で戦いながらシィ-ラの身の安全までは保証できない。おそらくは魔族の魔力にあてられて動揺していたためだとは思うが、対応策を考えておかねば危ういところだ。
ともあれ、今は民長が先だ。
先程の地下の空洞が気になる。割れた地面を避けながら半壊した祭壇に近づくと、その足元に隠し階段があるのが分かった。周囲が亀裂で裂けているので既に隠れてはいないのだが、祭壇をずらせる仕組みになっている。不可抗力とはいえ壊してしまった身として、少し複雑に思いながらも動かそうとするとそちらも壊れているのか機能しなくなっていた。
(……軽くそこの地面を叩いてくれぬか?おそらく、穴が開く)
普段は破壊行為は禁止しているので、シィーラは「今日はいいのねー?」と皮肉なのか天然なのか良く分からない返答をしてきた。
脆くなっていた地盤の一部が崩壊したため、そこから石階段へと降りる。
薄暗いが何も見えないほどではない。前方はそれほどの広さはなさそうだ。奥は完全な暗がりで良くは見えない。魔力探知をしては見るものの、結果は芳しくない。ここは一層効きが悪いようだ。ただし、例の魔族のような強烈な気配と魔力は感じない。
下りきったところで、不意に血の匂いがした。
「誰ぞ、そこにおるのか?」
突然、しわがれた声がかかる。
「あんたこそ、だれー?」
「そなたがあの狼藉者の輩でないのなら、助けてくれまいか?わしはナジェイラの祖、森の民オムロの長じゃ」
その言が本当ならば探していた民長オムロその人だ。
(周囲を警戒しつつ近づくがよい。まだ敵が潜んでいる可能性がある)
この一帯にどれほどの山賊がいるのか分からない。先程の魔物めいた山賊の成れの果てだけとは到底思えなかった。
シィーラは何も答えずに慎重に歩を進める。こちらの緊張感が多少は伝わったせいかもしれない。あるいは、まだ魔族の影に怯えているのか。
「……答えがないということは、そなたも彼奴等の手の者か……」
他には一切声がないため、周囲には誰もいないのかもしれない。牽制も兼ねて灯火を放つ。
暗がりだった奥が照らされた。
「うへー……」
シィーラが思わず漏らしたように、そこにはなかなかの凄惨な光景が広がっていた。まるで戦場の最前線跡のように死体が無造作に散らばっており、苦悶の表情で干からびている肉塊がそこかしこに見えた。奇妙なのはそのすべてが生気が抜き取られたような抜け殻の状態だということだ。血だまりでも広がってそうなものだが、血の一滴もなく体内の水分が蒸発してしまったかのように、乾燥した屍が散見された。
(これは一体どういうことじゃ……)
そして、そんな異様な死体の真ん中に座り込んでいる老人がいた。民長であるオムロだろう。こちらは衣服に血らしき染みが幾つも染み込んでおり、両手を縄で縛られ、薄汚い布で目隠しをされた状態だった。肉体的に傷つけられたというより、精神的に満身創痍といった雰囲気で、ひどくうなだれていた。
目的の人物を見つけたのはいいが、状況がまったく読み込めない。
更に奥にはあの巨木の幹の下層が見えており、その根にあたるのかどうか分からないが、それらの一部から奇妙なものがぶら下がっているのが見えた。二つ並んだ実のようなものだ。胡桃の殻のようにも見えるが、その形状は様々で大きく、ただ必ず対になっているという特徴しかなかった。
それが何なのかはまったく見当もつかないはずなのに、ひどく嫌な予感と気配がした。あれはよくないものだと、本能が告げる。
とにもかくにも、他には誰もいない。山賊たちはどこへいったのか。この死体たちなのかとも思うが、こんな干物のような状態では判断がつかない。
(尊老をこのような状態のままにしておくのは忍びないが、まずは事情を聞くとしよう……)
状況が分かるまでは、オムロを開放するのも危険な気がした。
一体ここで何があったのか。
オムロに洗いざらい話すように促すと、意外にもおおよそのことを説明してくれた。秘匿すべき掟がある以上説得する必要があると踏んでいたのだが、散々その手のやり取りを山賊としていた経緯から、もう疲れ果てていたようだ。民人を犠牲にしても守ろうとしていたがあまりにも被害が大きく、事態が悪化してしまったことでその方針を変えたらしい。
こちらには都合がいいので、そのまま聞くべきことをすべて聞き出した。
どうやら思っていた以上に事態は切迫していたようだ。慙愧の念に塗れたオムロの声が悲痛さを物語っていた。
まず、山賊たちが何者かは分からないが、若い民人の一部が招き入れたことは相違ないようだ。ヘザが言っていたことは真実で、外の世界へ出たがる一派が外部と密かに通じて森の民の在り方を変えようと画策したようだ。当然、山賊たちはそんな内部事情に頓着するはずもなく、そんな民人の理想を利用して森の民の秘密を手に入れ、金策しようとしていただけだ。森の民のような自然派、狩猟採集民とも呼ばれる昔ながらの伝統民族には長い歴史がある。そこには現代では貴重な様々な秘密があるとされており、そういった情報は高く売れるというのは世の常識でもあった。
裏切った若い民人たちはそうした裏の目的にも気づかずに騙されたというのが真相で、この住処に案内した後、山賊たちに捕縛されたとのことだ。真っ先に民長であるオムロを人質にしたため、山賊たちは瞬く間に森の民全体を掌握し、一部は取り逃したものの完全に支配下に置いたということだ。
その後、オムロにこの森の民の秘密を吐かせるために見せしめに民人たちを殺していった。その件はトーバが話してくれた通りのようだ。秘密は話せないと粘っていたオムロだが、民人の犠牲者の数が増えるにつれ折れざるを得なくなったというわけだ。山賊は脅迫をあきらめるどころか過激に殺戮を行ったらしい。オムロは逃れた一部の民人の戦士たちが応援を呼んでかけつけてくることに望みをつなげ、情報を小出しにしながら時間を稼いでいた。
しかしその奮闘も虚しく、しびれを切らした山賊の頭領が手も付けなられないくらい暴れ出し、すべてが変わったらしい。
「暴れるって、どんな感じー?」
「あれは狂うたというのが正しいのかもしれぬ……突如、我らの四肢を切り落とし……儀式もなしに勝手をし出したのじゃ」
「儀式って、おじいちゃんが祈ってうんたらかんたのやつー?」
「うむ。正しい供物を捧げねば呪われるだけじゃて」
(呪いか……つまり、正確な情報を知らずに先走った結果、何らかの代償でこのような事態を引き起こしたわけか)
ここでいう儀式というのは、オムロのみが知っている森の民の秘密だ。そこだけは絶対に秘匿する秘中の秘というものだが、それ以外は赤裸々に語ってくれた。簡単に言えば、この森の神木には相貌の実という特殊な果実を宿す。その実は必ず二対のもので、片方に何かを入れるともう片方にその複製ができるとい特性があるという。にわかには信じがたいが、その話を聞いてわしには思い当たるものがあったので、不思議と信じられた。
詳細は分からないが、その複製を作るにあたって儀式というものが必要らしい。
「良く分からぬのは、あやつがどうやって相貌の実の効能を知ったのかじゃ。わしはそこに関してはまだ語ってはおらなんだ。だのに、ある日急に相貌の実の話をしてきおった。使い方までは把握しておらなんだが、その存在を知る術がどこにあったのか皆目見当がつかぬ……」
「村の人っていうか、民人だっけ?その中に知っている人ぐらいいるでしょー?痛い目にあいたくなくてしゃべっちゃう人だっているんじゃないのー?」
「確かに数人は儀式に関わっている関係で知ってはおるが、決して話さぬよう厳命しているゆえ、そうは考えられぬのじゃが……」
オムロは民人を信じているようだが、人の心は弱い。肉体的、精神的に追い詰められれば吐いてしまうことはあるだろう。もっとも、別の線も考えられるのだが今は可能性に過ぎない。それよりも気がかりなことがあった。
(相貌の実とやらがこの森の民の秘密であり、それらを狙っての犯行だったというのは分かった。じゃが、それらよりこの場所を山賊が知った方法が謎じゃ。たとえ若い民人の一部が外の世界に憧れたのが動機じゃったとしても、どうやって閉鎖的なこの森で外部の山賊と繋ぎをつけたのか)
オムロはそこには心当たりがあるようだった。こんな名もなき森の中にも送伝屋が訪れるということだ。いわゆる行商人という職業だが、大陸では送伝屋と呼ばれている。その送伝屋は探索者など御用達の特殊な者たちで、どんな秘境や危険な場所であろうと商品をもって駆けつけるらしい。
自給自足で成り立っている自然派の生活において一般的な生活用品や商品など不必要に思えるが、送伝屋は情報や知識、知人間の手紙などの配達も担うため、それなりに需要はあるようだ。不定期にではあるが、そんな馴染みの送伝屋を通じて民人の離反者が外部と連絡を取ったのではないかというのがオムロの推測だ。
在り得ない話ではない。一定の納得感もあるにはある。だが、やはり先の相貌の実と合わせて別の可能性が捨てきれないのも事実だ。ただ、ここで詰めても意味はないので伏せておきつつ、もう一つ問いかける。こちらの方が本題だ。
(魔族に関して何か情報がないか確かめるがよい。正直、そこだけは有耶無耶にしてはならぬ)
魔族は基本的に古代遺跡付近にしか現れない。今回のは魔族そのものではないにせよ、あの魔力の濃さは異常だ。魔族に関係する何かがあるに違いなかった。
「なぜ、そのようなことを……?」
ここまでは協力的に暴露を続けていたオムロが、魔族に関してだけは口が重くなった。最重要な秘密の一端に触れたのかもしれない。知らない振りをしようとしているのが明らかだった。 そろそろ拘束も解いて自由にしようとしていたのだが、ここで渋られると少し怪しく見えてしまう。魔族と関りがあって隠匿しているのであれば、さすがに単なる被害者としては見られない。
「さっき散々暴れてたからねー、ちなみにゼーちゃんがぶっ飛ばしたから、今は大丈夫だよー」
「暴れていた……?倒した……?」
オムロが良く分かっていなかったようなので、半壊した祭壇の下へと連れてゆく。亀裂と残骸、岩や様々なものが散らばった惨状を見て、オムロは口をあんぐりと開けたまま固まった。尋常ではない力がそこに作用したことは見間違いようがないはずだ。
(あの樹木人間が魔族に関連がないとは思えぬ。知っていることを教えてくれぬか?)
もう一度質問をすると、民長はあきらめたように口を開いた。




