4-5
その光景は想像よりも凄惨なものだった。
何の変哲もない長机の上に生首が並んでいる。いずれも歪んだ恐怖の表情のまま、無造作にそこに置かれていた。切り離された胴体が周辺に折り重なるように倒れているのも不気味だ。辺りには飛び散った血が何かの文様のように入り乱れ、まるで何かの儀式のようにも見える。
その周囲を男たちが取り囲んでいた。無言で佇むその姿は異様であり、それでいてその表情はどこか恍惚としながらも虚ろにも見えるという、正気を失った者のそれだった。精神的に普通ではないことだけは確かだ。格好からして山賊たちだろう。息遣いさえ感じないのがより一層恐怖を掻き立てる。
他に民人たちは見当たらない。
その場所は集落の広場の一角なのか、周囲には何もない開けた箇所なので隠れる場所もなかった。
ただ、その背後には巨木が聳え立っており、例の娘ヘザが言っていた神木とやらだと思われた。
ここへ来る道すがら、ヘザからは正式な名乗りを聞いていた。ナジェイラの祖、森の民オムロのヘザ。それが彼女の名だった。この場合のオムロというのは民長の名になる。つまり、オムロという男の所在を突き止める必要があるということだ。彼らは神木と共に地下洞窟に住んでおり、その神木が秘密と密接に関わっていることは確実だった。
皆で裏口付近の見張りを排除した後、単独で隠蔽の魔法で洞窟に潜入して順調にここまで来たのだが、果たして目の前のこれがどういう状況なのか理解しかねた。
この地下洞窟は地中のそれと同じく、魔力探知がほぼ意味をなさない。空間的広がりがあるため、多少の反応は感じ取れるのだが、有効性という点では信用がおけない。
その微かな性能を信じるのであれば、ここまでに人間の反応はほとんどなかった。不気味な男たちの魔力反応すら、視認できるかどうかの距離でかろうじて掴んだくらいだ。やはり当てにはできないだろう。
「それで、これからどうするのー?」
一応場の空気を読んでか、念押しした甲斐があったのか、シィーラはささやくように聞いてくる。
(あの者たちが何をしているか分からぬが……事態は思っているより悪いようじゃ。ここで何をしているのか見極めたい気持ちはあるが、先にオムロなる民長を見つける方が先決であろう。あの娘が言っていた奥の居住区のある場所に移ろうと思う。おそらく左手の道じゃ)
「おっけぃ」
いつもと変わらず気の抜けた返事だが、異様な場を見ても動揺しない心の強さは頼もしくもある。
それにしても、やはり人の気配がまったくないのが気にかかるところだ。山賊たちと捕まった民人たちを合わせればそれなりの数がいるはずだが、いずれもまったく出くわさない。後者はどこか一か所に閉じ込められていると考えても、前者の方は自由に動き回っていると思ったのだが姿が見えない。
生首を囲んでいた男たちもせいぜいが7、8人で、あれがすべてではないはずだ。
岩肌の通路を抜けながら、人の気配を探しながら歩いてゆく。
洞窟内はすべてが吹き抜けになっているわけではなく、完全に閉鎖空間な場所も多い。それでも薄闇で辺りが見えるのは、光苔がぼんやりと周辺を照らしているからだった。逆に、こちらの姿も映るので隠蔽の魔法は必須だ。魔力の消費を抑えたいのだが、なかなかうまくはいかない。
通路は複雑に入り組んでいるわけでもなく、程なく住居らしき建物が並んだ場所に出る。頭上はかなりの高さがあるが上空からの陽の光は多少届いていおり、洞窟内であっても樹木が広がっていた。それらで作ったのか、簡素ながらも木造の家はしっかりと建てられている。
しかし、そこにも人の姿はない。
異様な空気の中を注意深く進んでゆくと、やがて気配よりも先に腐臭に気づいた。
「にゅー……なにこれ、くちゃい」
(声を出すでない。とにかくこの匂いを辿るがよい……目的地になりそうじゃ)
悪い予感しかしないが、避けては通れない。シィーラは心底嫌そうな態度を隠しもしないが、断ることはしなかった。何が待っているのか、おそらくは勘づいているはずだ。
やがて一際大きな家が見えてきた。その前で槍を持った男が玄関前の階段に座ったままうたた寝をしていた。
匂いが相当きついと思うのだが、よく見ると鼻に雑草を詰め込んでいた。格好からして山賊の一人だろう。他に仲間はいないようなので、素早く寝ている間に気絶させて縛り上げる。こういう時のために道中で縄代りの蔦を作っておいた。尋問してもよかったが、今は先に中を確認した方が早いと判断する。
家の中がどういう状況なのか、まずはわしが家の上から覗いてみることにした。洞窟内ではあまり風雨の心配をしなくていいせいか、大分造りが大雑把だった。屋根と壁の間に隙間がある。そこから中を見ると、痛烈な腐臭と共に恐れていた光景が視界に映った。
死体の山が一角に積み上げられ、そのすべてが腐りかけていた。奇妙なのはそのどれもが四肢を切断され、バラバラにされている状態なことだ。拷問の末に殺されたのだろうか。
一方で、まだ生きている者たちもいた。そんな屍とできるだけ距離を取った場所でうずくまるように固まっている。
おそらくは森の民人たちだろう。衰弱しているのか、絶望した顔で虚ろにただそこにいた。死体と同じ家に閉じ込められているのだ。まともな精神状態ではないだろう。内部にも山賊の姿は見当たらない。
シィーラの頭に戻って、家を開放するように指示する。
「民長はいたのー?」
(いや、おそらくはいないじゃろう。じゃが、他の者から話を聞く必要がある。それと湧き水場から水桶と器を用意しておくがよい)
念のために上から周囲を見渡す。他の山賊たちはやはりいないようだ。先に上空から哨戒しておけばよかったと今更に気づく。どうにも、鳥のような特性を活かした行動というものを念頭に置いて物事を考えられない。精神的に人間なのだから当然なのだが、もっと柔軟な思考を持ちたいものだ。
家の扉は急造の閂で外から施錠されていたので、それを取って囚われていた者たちを外に出す。
案の定、ろくな食料どころか水さえも与えられていなかったようで、水桶の飲み水は有難がられた。それから衰弱しきった者たちを他の家で寝かせ、まだ話せる状態の者だけをその場に残して何があったのか聞いてみた。
率先して話してくれたのはトーバという中年の女だった。民長の世話役の一人で、事情にも詳しかったために大体の経緯が分かった。
「――じゃあ、民長はその祭壇ってところにいるのねー」
「はい。おそらくは……ただ、わたしたちは掟で近づくことすらできない神聖な場所ですので、正確な道は分からず……」
(おおよその方角が分かればどうにかなるじゃろう。事態は一刻を争う。まずはポッポ便を飛ばして、ロアーナたちを引き入れるぞ。この者たちにも後からわしらの仲間が来ることを伝えておくがよい)
山賊たちは現在、民長のオムロと数人の民人を連れて秘密の祭壇にいるはずだという。そんな場所に外部の者を案内するわけはないのだが、秘密を探りに来た山賊たちの脅しによってついに民長も屈服したらしい。初めは強硬に口を閉ざしていた民長だが、民人が一人また一人と惨殺され、最終的に皆を殺すという脅迫に折れたという形のようだ。家に重なっていた死体の山から、惨い状態だったことは想像に難くない。
その死体の悉くが四肢を切り離されていたり、不自然にバラバラだったことはその脅しのためかと思われたが、それだけでもないらしい。数が合わないのだ。その切り離した腕や足、首などが一部持ち去られたままだった。民人たちには当然、それが何を意味するのかは分からない。ただ、死さえ辱められているという怒りと悲しみだけが残されていた。単なる嫌がらせや残虐性の可能性も否定はできないが、それだけではない気がしていた。
他にも、散り散りになった民人たちがまだ複数いること、戦える男たちは別の場所に閉じ込められていること、既に相当数の数の民人が殺されたこと、山賊たちの様子がおかしくなっていること、等々の情報がもたらされた。この森の民の秘密とやらがまったくの謎なので何とも言えないが、山賊たちの計画が崩れていることは分かる。話せる民人の一人が、たまに来る外の者を見かけたという目撃談もあったのだが、トーバが素早く遮って何でもないと否定したことも気になった。
こちらへの信用度が低いのは仕方がないところだが、閉鎖的な空気もあって隠されていることはまだまだ多そうだ。
「とりあえず、行ってみるから平気ー」
軽く答えるシィーラに複雑そうな顔を見せるトーバ。民人以外にここを荒らされたくはないという気持ちがありありと窺えるが、他に選択肢はないことも理解しているといったところか。ヘザの話をしたので多少は警戒心が薄れたが、信じるに足る要素は圧倒的に足りない。
だが、そんな相手の思惑を気にしている余裕はない。
(戦える者が閉じ込められている場所があるなら、そこへ案内するように言うがよい。先にそちらを開放して、自衛できるようにしてから祭壇へ向かうぞ)
その意見には賛成のようで、トーバはすぐに心当たりの元へと駆け出した。
もはや偵察という範疇を越えたと思いながら、その後を追う。考えることは次から次へと増えていた。
「しょ、正気に戻ってくれぇぇぇぇ!!!!」
悲痛な叫びが聞こえてきたのは、不自然な岩棚の背後に伸びた通路の先からだった。その岩棚も普段は樹の枝や葉で隠されていたらしいが、誰かに荒らされた形跡があって怪しかったから分かったようなものだ。
秘密の祭壇とやらを探していたのだが、おそらくこの方角で間違ってはいないだろう。「当ったりー!」などと能天気に駆け出すシィーラに続く。先程まで珍しく「気持ち悪い」を連発していたのは何だったのか。人間としてのそれではなく、妖精の感覚での話のようで気になっていた。
確かに辺りの空気は悪くなっている。洞窟内は樹木もあり静謐で澄んだものだったのに対して、淀みのような何かを感じた。マナの質が違うというのが近いか。
不穏な何かを感じつつも通路を出ると、少し開けた場所が視界に飛び込んできた。
まず目に入るのは大木だった。樹齢何百年かと容易に推測できるほど巨体で、歴史の重みを感じさせるその姿は不思議な威厳と荘厳さが内包され、見る者を圧倒する。それ自体が強いマナを発散しているのか、ある種の魔力酔いに近い空気に当てられそうになる。あらゆる意味で濃い、という感想を抱いた。
その太い幹にはこれまた巨大な布が幾重にも巻かれており、儀式めいた何かの装飾のようだ。大木に特殊な縄を巻いて神木とする風習もあるが、類似した何かかもしれない。ナジェイラの祖、森の民オムロが信奉している御神体に違いない。昔ながらの生活を営む自然派と呼ばれる者たちは、そうした自然物を象徴として守り奉る傾向が多い。
だが、先程生首が並んでいた奥にも巨木はあった。あちらは神木ではないのだろうか。今目の前にある方が威厳はあるが、あちらもかなりのものであったし、装飾はこちらほどではないにせよ、民人が祀っていた気配もあった。神木が二つあるなどということはないはずで、何かが噛み合わない。心の隅に留めておく。
本来は神々しいその神木はしかも、今現在は異様な雰囲気を醸し出していた。拡がるように聳え立つその枝から、不自然なものが吊り下がっていたからだ。
「あれー、人って木の実になるのー?」
(なるわけがない。意図が分からぬが、あれは悪趣味極まりない悪意だとしか言えぬ……)
幾人もの人間が、立派な木の枝からぶら下がっていた。首吊りというわけでもなく、無造作に足や手、胴体に縄代りの蔦でくくられて壊れた人形のようにだらりと揺れている。その四肢はあったりなかったりで、例の家に積み上げられていた屍と同じだ。一体、なぜバラバラに切り分けたのか。狂気が滲み出ていた。
それだけでも異様な雰囲気なのだが、更に奇妙で不気味なものが巨木の前にあった。
どのような構造になっているのか、一本の枝が地中から突き出る形で前面に押し出されており、枝先がまるで人の手の指のように更に五本に分かれていた。加えておかしなことに、それらが意志があるかの如くゆっくりと蠢いていた。もはや植物系の魔物に近く、実際そういうものだと初めは考えたのだが、なぜか本能的にそれが魔物ではないと理解していた。まったく未知ではあるものの、それが自然物だと知っている、そんな不思議な感覚だった。
(あの手前のものは……何だ?)
「ん-っと、人の言葉で言うとあれかな、古代樹とかなんとか?なんか変な感じだけどー」
(変……というか、昔の樹は勝手に枝が動くものなのか?)
「うん、動くよー。勝手っていうかー、必要だからみたいなー?」
動くのか。古代の生態は一体どうなっているのか。シィーラはまだ何か知っているようで詳しく聞きたいところだが、他にも気になることがある。
地中から突き出しているその周囲が、明らかに人工的な石細工で装飾され、祭り上げるように整えられていることだ。つまり、これが秘密の祭壇なのではないだろうか。意味ありげに何本もの蝋燭が建てられた燭台が並んでいるのも、そういった印象を裏付けている。
そしてもう一つ、誰の姿も見えないことだ。
先程の悲鳴のような叫びの主がいない。惨たらしく吊り下げられている人間は皆死体だ、声を上げられるはずもない。民長や山賊たちも見当たらないのは奇妙だった。魔力探知で分からないのは土地柄というか、この森の地下特性ということで納得はできるが、気配すらも感じないのは不自然だ。
もう少し俯瞰的に上から探そうと思って飛び立ったその時。
「うぅっ!!」
突然シィーラがうめき声をあげてその場にうずくまった。
(どうしたのじゃ?)
そのような状態に陥ったことは今までほとんどない。どんなときも平然としているのがシィーラだ。異常事態に慌てて近くに降り立つ。
「な、何か、嫌なのが来る……!!!」
その言葉が聞こえると同時に、前方から強烈な魔力を感じた。その濃度は通常のそれとは比較にならないほどの強烈なもので、昔同じような感覚に晒されたことを思い出す。
(まさか、魔族かっ!?)
濃密な魔力の膨らみと共に、先程の蠢く枝先の一つから人間が生えてきた。
馬鹿げた話にしか聞こえないが、そうとしか言えない現象が目の前で展開していた。
「BUAAAAAAAAAーーーー!!!!」
半ば樹皮に埋もれたような状態から、瞬く間にそれは人型の化け物になって咆哮した。
「うにゃーーー!!!?」
シィーラはその叫び声に委縮したように座り込んだままだ。妖精は魔族が苦手なのだろうか。今まで遭遇したことがなかったので知らなかった。完全に想定外で判断に迷う。
樹木人間のようなそれは、今やその枝先のような身体を伸ばしてこちらに迫っていた。明らかに敵意があった。非常に危険だった。魔族とは別物だろうが、おそらくは魔族の魔力によって動かされている何かには違いない。発する魔力が桁違いだった。
通常ならば、魔族は人間の俗世に関与することはない。完全にこちらを劣等種として一顧だにしていないからだ。人間が足元を歩く極小のアリなど気にも留めないのと同じ理屈だ。圧倒的に魔力の質と量が違う魔族という種族に対して、人類は魔界との入口を隔絶することで近づけさせない対策で防衛している。まともにやり合ってもほぼ勝てないと分かっているからだ。王族的特殊能力という奇跡の力ですら、魔族そのものに関するものより、関係物への封印や抑え込む方向に特化したものであることからもそれは明白だ。
大陸で強大な力の象徴として古来より恐れられている実力は伊達ではない。もっとも、そんな魔族と戦ったことがあり、何気に師匠は打倒してさえいるのだが、それでも下級魔族という雑魚に該当するものだったというのが事実で、まだ若かった自分は正直死ぬ思いをした。
あの時よりも大分強くなった自信はあるが、一人で相手にしろと言われて勝てるかと聞かれれば、簡単に首を縦には振れない。おまけに今はシィーラに体を乗っ取られている。どう考えても無理だ。目の前の樹木人間が魔族そのものではないにせよ、発するその魔力の濃さと強さは異常な圧で、それだけでも並の者ならば気を失いかねない。
現在のシィーラはその一歩手前の状態に思えた。妖精魔法でどうにか対抗してみることも考えたが、そもそも魔法というものは魔族の得意分野で無謀だと諦める。一説ではすべての魔法の祖は魔族だという研究もあり、その信ぴょう性もかなり高いからだ。魔法に強い師匠ですら、魔族に対しては魔法ではなく武器による直接攻撃に頼っていたくらいだ。
つまり、鳥のような状態の今のわしに、この膨大な魔力をまとった樹木人間の相手はできない。
かといって、頼みの綱のシィーラは完全に役立たず状態で当てにできない。魔剣であれば対抗策になり得るのだが。
久々に絶体絶命の危機だ。そんな状況だというのに、心のどこかで高揚している自分を感じた。不意に師匠の言葉が蘇る。
「人間がこの大陸でなぜ一番のさばっているか、その理由を教えてやろうか。それは死にかけてるときほど、クソしぶとく粘るからじゃよ。あがいてあがいて、瀕死の際の際で奇跡を起こすからじゃ。そこに論理も理屈も理もない。馬鹿げた可能性大爆発じゃな。人が強くなるためにはそれを越える必要がある、やってみせるがよい、坊主」
あれは確か巨大な魔物討伐に参加した時だった。片腕を折られて戦意喪失しかけている時に、助けてくれるかと思いきや煽ってきた思い出がある。とんでもない師匠だが、その結果として強くなったことは確かで、死ぬ気でやれという意味を嫌というほど思い知った。
そんな無茶苦茶な生活をしてきたせいか、こういった危機的状態になるほど強くなる好機だと感じてしまう変態的な感性があった。絶対に避けなければならない攻撃を前に、心の中でにやりと笑う自分を感じる。ああ、今だと誰かが言う。飛躍する時だと誰かが告げる。
運命なんてものは信じないが、在るべき必然的な流れというものを時折感じずにはいられない。
魔法を封じられた状態なはずであったが、わしが無自覚に選んだ最終手段はその魔法だった。
(つい最近覚えたのは、こういう意味じゃったか……)
誰にともなく呟き、その妖精魔法を使った。




