4-4
謎の森での三日目の午前。
予定ではドグオンが先導するはずだったが、心変わりしたらしい。
曰く「ここでわいだけなんぼ主張しても、ごっつ意地はってるだけの分からず屋みたいになるやん」とのことで、一応こちらの優位性を認めたということなのだろう。主導権を握るより、協調性を取って印象を良くする作戦に方向転換したのかもしれない。
ドグオンは分かりやすいくらいに打算的なので、それだけ信用できそうな気がしていた。思考の読めない人間ほど扱いづらいものはない。そういう意味では、シィーラのような妖精はその最たるもののひとつだとも言える。
そんな予測不能な班長のもと、索敵は粛々と進んでいた。
「やっぱりこの森は奇妙やな……」
「どういうことー?」
「こないに広い地域で人の形跡がまったくあらへん。仮にも森の民が住んどる森やったら、何かしら痕跡があるはずや。付け加えるなら、動物のだって同じや。こないまっさらな状態なんて考えられへんで」
「同意……意見を認めること。通常、皆無。全体、異様」
流石に二日目ともなると、皆がこの森の奇妙さに相当な違和感を覚え始めていた。地中の魔力云々や、上空へ抜けられないことだけではなく、その在り方そのものが常識から逸脱しているということだ。
「でも、この森全体がおかしいとしても、こんなに広い空間すべてに結界のようなものが働いているとは考えにくいわ……」
「そりゃ確かやな。彷徨いの森ですら、ごっつ危険地帯言われてるのは魔地域の一部のみっちゅう話や。わいらが歩き回ってたすべての場所がおかしいっちゅうのは筋が通らんわ」
(幻惑系の結界だとしても、これほどの広範囲をすべてというのは在り得ぬ。で、あれば、こちらの移動に合わせて何らかの仕掛けが発動していると考えるしかないのじゃが……)
そんなことが可能なのか。理論上は魔法で構築できたとしても、その労力や魔力たるや途方もないものに思えた。かといって、ここが何もない自然の森だということもまた在り得ない。
「魔力反応は相変わらずないんか?」
「うん、ないみたいー」
「ほなら、どうすんのや?今日も昨日みたいに、ただ闇雲に歩いても何も見つからんちゃうか?」
(一応、考えはあるにはある)
この森の異常さについてはずっと考えてはいた。仮説は幾つか立てていたものの、更に補強する要因を今日探すつもりだったのだが、思いの外他の者がせっかちだった。事の成り行きを傍観してあくびしているロアーナのように、能天気な性格の方がこういうときは有難いところだが、こればかりは選べるものではない。
不確かな憶測を話すのは好きではないが、そうも言っていられない状況なのでわしは仮説を話すことにした。
まず、この森の魔地域と原地域の境が曖昧なことから、この森全体のマナが通常のものとは違うことを前提とする。この特殊なマナによって生み出される魔力は当然の如く、我々が知る既存のそれとは一線を画す。その影響については不明だが、少なくとも常識外の効力を及ぼすものとして考えれば、本来ならば不可能とされる魔力隠蔽を行える可能性があり、わしの魔力探知に引っかからない可能性がある。
つまり、既に見逃しているかもしれないという懸念が一つ。
次に、森の民が住処としている森ならば、彼らの拠点地域は当然結界か何かで隠されていることが考えられる。この森全体の特殊な魔力場と相まって、それを遠隔から見つけることはおそらく困難で、直接その境界線辺りに行かなければ分からないということ。ゆえにこそ、結局足で稼ぐしかないという話が二つ目だ。
更に三つ目。幻惑系の何かに既にわしらが囚われているかもしれないという懸念がある。前に述べたように、ここの森のマナが通常とは違うせいで一般的な魔法にかかっているかどうかの判断が正常にできていない可能性がある。既に術中にはまっているということも考えるべきかもしれないということだ。そんな間抜けなことはないと自信をもって言いたいところだが、地中で奇妙な動きを見せるマナ、魔力の動きを見た後だと、そうした自身への疑いを持つことも視野に入れるべきだと考えた。
そして四つ目、上空へと抜け出せないという事実。樹を駆け上がったジャコブがその天頂辺りで引っかかったことから、高度制限的には森の樹木の長さがが関係していること。
これらを統合して導き出されたのは、森の民の住処が地下にあるということだ。
「はぁ?なんでそうなるんや?」
納得が行くように分かりやすく要点を絞ったつもりだが、伝わらなかったようだ。多少論理の飛躍があるのは認めるが、ドグオンにすら届かなかったのは意外だ。もう少し噛み砕く。
(この森の土に特殊なマナが含まれると考えると、その土で育まれた樹々は特殊な魔力を帯びる。つまり、この森の草木すべてがある種の結界を形成することができるわけじゃ。じゃが、魔力反応でそれほど異常値を示してはいない。わしが困惑するほどの魔力の異様さは、地中のみじゃ。ゆえにこそ、この土で覆われた場所こそが核心に迫るものという筋道じゃな)
シィーラがたどたどしい言葉で伝えると、ドグオンは思案顔で虚空を見つめた。
「……なるほどな。ちくっとは分かった気がするで。けど、地下言うてもこないに広い森のどこにそれがあるんや?あちこち掘って探すわけにもいかんやろ?」
そこは何となく心当たりがあったので、多少自信をもって答えた。
(西側に見える山脈、あの麓のどこかにおそらく洞窟がある。そしてそこからきっと地下に続く場所があるはずじゃ。自然の地下空洞があるのなら、それ以外に可能性はない)
こうして第一班は洞窟を目指して森の中を進むことになった。
仮説に完全に納得してはいないだろうが、他に有用な指針もないためか、大きな反対もなく遠目に聳え立つ峰へ向かって歩く。
程なくして、森の空気が変わったことを感じた。
「あれ、いま何か切り替わったかもー?」
妖精特有の感覚でシィーラも気づいたようだ。
「承諾……認めること。変化、感知。通常、魔地域、差異」
「相変わらずまどろっこしい物言いやな。よう分からんとこもあるけど、魔地域に入ったってことはわいも感じたで」
その途端、魔力探知で久々に人らしき反応をつかんだ。どういうわけか、今までの探知感覚とはまた別物のようなことに気づく。この森では地域ごとにそういう違いがあるのかもしれない。
(早速怪しい輩の反応がある。こう指示を飛ばすんじゃ――)
回想から意識を戻す。
今朝、寝床にしていた拠点へと戻ってきたところだ。こんなに早く再利用する気はなかったが、怪我人と捕虜がいる以上、他に選択肢はない。
「ほんまに戻ってくる必要あったんか?」
ドグオンは違う意見を持っているようだ。
「あのまま洞窟を探しに行った方が良かったんちゃうか?尋問もあそこでできんこともなかったやろ?わざわざ死体埋める時間までかけて――」
「完了……終わっていること。愚痴、無益。回帰、不毛」
ジャコブがその不満を遮ってくれるが、もう一度説明しておく。
(魔地域ゆえ、あの場所に留まって尋問している時間はないと判断した。なにより、あの娘の回復が優先だと考えた結果じゃな。捕虜にした男からの情報が、必ず真であるとは限らぬ。嘘の情報に踊らされる懸念もあるゆえ、捕まっていたあの娘の話の方が信用できると思わぬか?必然的にその治癒が必要じゃろうて)
「あの手のゲス野郎にそんな気概があるとは思えへんけどな……まぁ、あんさんの推測の洞窟とやらの場所が分からんから、ありはありか。結局山側をでたらめに歩き回るより、知ってる誰かから近くまでの手がかりを教えてもらわんときっついのは理解できないわけやない」
シィーラを通して伝えると、一応同意してくれたようだ。いちいち反論しなければ気が済まない性格なのかと思う反面、こういう反対意見はあり難い。ただ、盲目的に従うだけの面子だと、いざという時に他人に行動を委ねてしまう悪癖が出かねない。それぞれが考えた上で、納得して動くことは重要だ。
「ほんなら、今日はここであの嬢ちゃんの回復待って、明日から捜索っちゅう話か?」
うなずきながらも、正直半日でどうにかなるかは微妙なところだとも思った。乱暴された娘の場合、身体的よりも精神的負荷の方が高い。心の問題は人それぞれゆえ、立ち直るまでの時間は読めないというのが本音だ。ウェーディー姉妹がうまく対処してくれると良いのだが。
一方、捕らえた山賊の方はロアーナの担当だ。絶対に吐かせてやるよ、と自信満々に引きずって林の中に消えていった。何かしら情報は落してくると思うが、それが本当かどうかの精査が必要になる。結局、あの娘との話を聞いた上で整合性が取れているかが鍵だ。
暇を持て余していそうなジャコブには、魔力回復のための薬草を探してきてもらうことにした。身体を動かしている方が性に合っているのか、嫌な顔もせずにすぐに飛んで行ってくれた。デデは一度片した拠点をもう一度整備している。とはいえ、簡易的な寝場所を用意するくらいなのでそれほどの手間ではない。
そうして思い思いに過ごし、夕方が迫る頃、ロアーナとウェーディー姉妹は示し合わせたように帰ってきた。
鹿肉の夕食を囲みながら、分かってきた状況をまとめる。
「――要するに、森の民に裏切りもんがおって、どこぞの山賊を手引きしたって話なわけか。隠れ里の秘密を守れん民人が出るようじゃ、遅かれ早かれしまいやったんちゃうか……」
「それはともかく、あたしたちの目的は捕まったその民人とやらを探し出すって話だろ?シィーラの推測通り、洞窟から地下に続く道の先に集落があるってんなら、そいつを確認したら任務完了でいいんだよな?」
(いや、集落そのものを見つけても、そこに囚われた者たちがいなければ意味がない。十中八九、そこにいるとは思うが、肝心なのは民人の確認じゃな)
捕虜とした男と救い出した娘の話から、この森の民の住処はやはり、地下洞窟内にあることが分かった。かなり開けた場所があるらしく、地下にも森が広がっているとのことだ。光失くして育たないはずだが、どうやら洞窟の一部は完全に吹き抜けとなっているらしく、十分な陽光が地下まで届くようだ。
ゆえに、山に登れば大穴が開いている場所から見えるのだが、この森全体が樹々による結界のようなもので高度制限がかけられているため、森側からは山に登ることもできなくなっているという話だ。上空から俯瞰できる者は少ないだろうが、わしのような能力があっても、そういう理由もあって隠れ里としては完璧に機能しているということだろう。
だが、今回のように内部から裏切り者が出れば場所は判明してしまう。よりにもよって質の悪いゴロツキ共を呼び込んでしまったものだ。
「でもでもー、50人くらいで400人くらいの人たちをあちょーってできるものなのー?」
「……あちょーって何?ともかく、女子供と老人を省いたら半分。そのうち、今回の裏切り者に賛同する若い人たちが十数人。戦える人たちが残りだとして、奇襲で減らしていけばどうにかなるんじゃないのかしら?」
「ちゅうか、民長を押さえたら後は何とでもなるんちゃうか?こんな場所に隠れ潜んでる部族か何かや。ごっつい秘密抱えてるに違いないやろし、そういうもんは基本的に民長しか知らんもんや。人質に取られたら、下手に手を出せんようなるわ」
「なるほどね。どちらにせよ、わたしは伝えるべきことは伝えたから休ませてもらうわよ」
レキは一方的に告げてオキの所へと戻った。多少話はするようになったが、やはりまだまだこちらとの壁は高い。それでも負傷者同士、オキは例の娘と一緒に既に休んでいるほどで信頼関係は築けたらしい。娘は気丈な性格で思いの外こちらに協力的なようだ。それしかもう手がないほど追い詰められているとも言えるが、何にせよかなり有用だ。
「ほんで、明日はその洞窟を偵察にいって、捕まってる民人を確認するっちゅう話になるんか?」
(そうじゃな。娘の話では散らばって逃げた民人たちもいるようじゃが、任務的にはその村長が囚われている場所を特定することが肝要と見た。幸い、洞窟内の地下への裏口は、例の娘が案内してくれるようじゃし、正面から行かなくて済むのならどうにか潜入できると思っておる)
「その裏口ってのも、敵方にはバレてるんちゃうか?わしやったら、むしろそっちを警戒する思うで?」
その懸念は最もだが、わしは少し楽観視していた。ここまでの状況を整理して、簡単な推理を披露する。
まず、こんな森の民を襲う動機が、一般的な山賊にはあまりない。金品を狙うのが通常の思考だ。計画的に奇襲をかけたなら、そこには明確な理由があるはずで、それはおそらくこの森の民が握っているであろう何らかの秘密だ。娘はそこに関しては頑なに口を開こうとはしなかったという姉妹の話からして、何かがあるのは間違いない。騎士団との関わりもあることから、戦に応用できる何かだとは連想できる。となれば、当然それは金になる。具体的には分からないが、その秘密はむしろ騎士団側が知っていると思われた。
山賊がその秘密を狙っているのなら、今頃はきっと民長の尋問が行われているはずだが、こういった先祖代々と思われる秘密というものは死んでも守るという鉄の掟がついてまわる。そう簡単には行かないことは想像がついた。さぞ手を焼いていることだろう。
加えて、この山賊団はあまり統率が取れていない。おそらく逃げた民人たちを追って十数人が森の中を追跡しているのだろうが、ウェーディー姉妹を襲った輩や魔地域にいた者たち、いずれも勝手な行動をしていたように思う。しっかりとした組織であったなら、捕まえた者を無闇に犯すような真似は決して許されないはずだ。
そんなバラバラな集団が相手なら、いくらでも付け入る隙はある。
(とにかく、明日はお主が洞窟内に潜入して村長の場所を特定できればよい。あわよくば村長一人でも救出できれば、相手側と交渉も可能じゃな。報告している間に皆殺しにされかねない状況であれば、そういう引き延ばしも視野に入れねばならぬじゃろう)
「引き延ばしってのは、騎士団の援軍を期待するっちゅう話か?そないな味方がいるなら、わいらに偵察なんて初めからさせへんとちゃうか?」
「面倒くさかったんじゃないかなー?」
「はぁ?そんなアホな理由なわけあるかい!いきなり頭悪い回答すなや」
こちらの翻訳の合間に素のシィーラの返事が挟まると、著しく会話が乱れるのは致し方ないところだが、こればかりはなかなか治らない。何かいい方法がないだろうか。
「ちょっと私は気になってたんだけど、よくあの娘、こっちを信用して色々話してくれたよな?普通、あんな目にあったなら人間不信になりそうなもんだけど、一応救ったとはいえ、ほいほい情報よこすもんか?」
ロアーナがここに来て懸念を示す。
「それはあれやろ、姉ちゃんが言ってた通り、あのヘザって娘の妹が捕まったままで心配だからっちゅう話や。何よりそっちが優先で、もうわいらに賭けるしかないってだけやないか?ドーエの一筆ってやつやな」
「ドーエ?ああ、最後には藁にもすがるってあれか。確かに追い詰められてたら、もう目についたものを信じるかあきらめるかしかないか……」
「泣き寝入りするよりはなんぼかマシやろ。あと、あんさん、明日は一人で潜入する言うても、いざってときにわいらを待機させておくっちゅうなら、当然踏み込む可能性も考えておるんやろな?そんときは、こっちとどう連絡する気なんや?」
状況次第では武力制圧をする必要があるかもしれないことは自明の理だ。どれだけ事態が切迫しているか不明のまま放置して、報告している間に皆殺しにされていました、では役立たずにも程がある。任務的には場所を探し出すことではあるが、杓子定規に受け取るだけでは無能のそしりは免れない。
洞窟内で人手が欲しくなった時は、わしが外に飛び出して援軍要請するしかないと話したところ、罵倒された。
「あほか!あんさんとその鳥っぽいのが離れたらあかんやろ。なんやようわからんけど、その鳥っぽい方が頭脳っちゅうんなら、使い走りにしちゃあかん。ポッポ便貸したるさかい、これ使えや」
緊急で飛ばすなら、確かにこちらの方があり難い。よく持っていたものだ。鳥っぽいではなく、鳥だと断言されないことが少し引っかかりはしたが、多少信用されたと思って素直に借り受けることにする。
「何にせよ、正味な話でここの森の民はかなり危険な状態やと思うわ。結局、わいはやり合うはめになりそうな予感しかせん」
「それはそれで、分かりやすくていいだろ?」
「いいわけあるか!偵察の任務でドンパチするんはおかしいやろ」
正直、その辺りはどう評価されるのか微妙なところだった。額面通りに任務内容を捉えるか、その先を見越すのか、上層部の意図を見抜けるほど相手を知らないことが問題だ。
「ふみゅー?なるようにしかならないしー、今日はもう寝たらいいと思うー」
「相変わらず、お前は身も蓋もないな……」
ロアーナの苦笑と共に、その夜はしまらない形で終わりを迎えた。




