4-3
ロアーナたちと合流したのは夕闇が差し迫っていた頃だった。
骨折中のオキの速度に合わせたため、予想以上に時間がかかった。本来なら動かさずに休ませるべきだったのだから当然だが、生憎とその選択肢は取れなかった。
背負われることも拒否した手前、姉妹はそれでも必死に歩いていたことは認めねばなるまい。お互いの落としどころとして、これでも最大限に急いだ結果だ。
拠点としてドグオンが選んだ場所は、川辺の小高い斜面だった。丁度良い大木の間に巨大な葉を器用に重ねて屋根を作っている。蔦などで編んだロープも作っており、ハンモック形式の寝床も用意してある。
薪も既にある程度集めてあり、夜番のための焚火の準備もしっかり終わっていた。砂漠の民出身であろうから、野営生活についてはお手の物といったところなのかもしれない。
「随分、遅かったやないかって……そっちの姉ちゃん、ごっつい怪我してるやないかいっ!」
「うん、変態に捕まっちゃってねー。休ませたいんだけど、どこ使えるー?」
「……なんや、ろくでもないことがあったみたいやな。釣り床より地面に横んなる方が楽やろ。葉っぱさん敷いたとこ使わせてやる。ついてきーや」
微妙に不審な眼差しを向けながらも、労わるようにドグオンは姉妹を連れて行った。
「んで、あの二人は結局はぐれただけだったのか?」
ロアーナが近づいて来る。その手にはトカゲの丸焼きの棒を持っていた。おやつ感覚で食べているようだ。
「それ、ちょーだい!」
「やだね。欲しけりゃ自分で作れよ」
「えー!ロアーナのケチー!」
「ここじゃ自給自足が原則だ、甘ったれるな。だいたい、誰のせいでこんなところまで来るハメになったと思ってんだよ。想像以上にやばそうじゃないか」
その点に関しては申し訳ない気持ちは多分にある。ナリスというかニャリスの代わりとして無理やり同行させているようなものだ。現時点では第一班の仲間として一番信が置ける。
(とにかく、状況把握が先決じゃ。他の面子がどういう感じで、今何をしているかを訊くがよい)
「――そうだな。でっかいなりのやつは意外に大人しい感じだ。基本的に誰かに従う性格なのか、物静かだし使いやすいと思う。盾に丁度いいかもな。ぼさぼさ髪のやつはいつぞやの指導官殺しの奴だから、危ない野郎かと思ってたが案外普通だ。相変わらず、何言ってるかよく分かりにくいけど、まぁ、協力的っぽいな。あと、野生のカンがすげー、斥候とかに向いてるかもな」
デデとジャコブについては好感触というか、比較的友好的な評価のようだ。
「んで、あの砂漠の民の男の方はちと厄介だな。ありゃぁ、いわゆる仕切り屋だ。あんまり好きじゃない。言ってることは正しいんだろうけどよ、なんか上から目線でむかつく。この場所だって、私はもっと森の奥目で隠れる方がいいんじゃないかって言ったんだけど、開けた場所の方が近づいてくるもんが見えるからいいってよ。まぁ、どっちもどっちだよな?あと、お前の班長待遇が気に入らないみたいだぜ?自分がやるべきだってこぼしてたな」
ドグオンについては愚痴っぽい感想が多かった。ロアーナの性格とあまり合わないのだろう。頭の回転が早いことから、リーダータイプであることは分かっていた。班長の件に関しては、その場で不満を表明していたのでさもありなんといったところだ。譲れるものなら譲ってもいいのだが、決定事項だと言い渡されているのでどうしようもない。適度に折り合いをつけるしかないだろう。
「それで、二人はいま何してるのー?」
デデは使えそうな木材の採集、ジャコブは狩りと周辺の警戒だということだ。ドグオンの指示らしいが、的確で悪くない判断だ。わしでもそうするだろう。命じられて従っているということは、二人のドグオンへの信頼も悪くはないということか。
(早めに一度話しておいた方がよさそうじゃな……少なくとも今の状態では皆が協力する方が都合が良い。共通の目的を確認しておかねばなるまい)
「共通の目的ってー?」
(この強化遠征を高評価で終えることじゃ。そこを見誤って個人主義に走ると、ろくな目に合わんじゃろうて)
というか、シィーラにもしっかりと理解していて欲しいところだ。あまりふわふわしていると、班長として締まりがなさすぎる。
そうして初日の夜、これからの指針について話し合うことにした。
「特殊な森ね……確かに、ここは空気が何か変だなとは思ってたんだが……」
ドグオンが焚火に薪を放り投げながらうなった。
「疑問……疑わしいこと。空、壁、なし。結界、範囲、広大、無理、推測」
「何だって?」
(空に壁があるはずがないし、結界だとしても範囲が大きすぎて無理だと思う、というところじゃろう)
ジャコブの独特の話し方は、未だに他の者には伝わりづらいようだ。先程、この森の地中が奇妙なマナを含んでいること、上空へ出れないことを話したので、それに対する反応だ。
「ああ、確かに上空に制限があるってのは信じがたいな。ジャコブの兄ちゃん、あんさん木登りとかも得意そうやし、試してみたらいいんちゃうか?」
その提案にすぐさま乗って、ジャコブは手近な大木を駆け上っていった。ある種の野生児みを感じていたが、そうした動きを見ると本当に大自然で暮らしていたことが窺える俊敏さだった。
何となく皆が大木を振り仰いでいると、ほどなくしてジャコブは返ってきた。その顔は困惑していた。
「不可解……理解できないこと。透明、壁、拳、反発。魔法、奇妙、無知」
自然と視線がこちらを向くので翻訳する。
(透明な壁が拳を押し返してきた。魔法か何なのか奇妙で分からない)
「つまり、本当に上も抜けられないっちゅうことか。使い魔の鳥が上から眺めたら、もっと楽できる思たんやけどな」
「……そもそも、ここに森の民がいるなら、彼らこそ特殊な人種である可能性が高いわ。そんな隠れ住んでいる人たちがいる森なんだから、自然にせよ人工的にせよ、人払いのような結界があるのは当然でしょう?」
ウェーディー姉妹の姉の方、レキが呟くように言った。オキは既に疲労で眠りについている。念のため、もう一度治癒の魔法はかけているが、回復魔法である治療魔法ではない。あくまで自然治癒能力を高める効果しかなかった。早急な回復は望めないままだ。即応性のある回復魔法はリナーレ神官のみが扱えるため、ここでは奇跡はおこらない。
「そんなけったいな森の民の噂話なんか、わいは聞いたことないでー?」
「お前が知らない森の民なんて一杯いるだろ?私にはよく分からないけど、騎士団の連中がここにいる奴らを救いたいってんなら、なんかそれなりの理由があるんだろうよ。大事なのはそいつらがどこにいるのか手っ取り早く探す方法で、どんな奴らかはどうでもいいんじゃないのか?」
「どうでもいいっちゅうことはあらへんけど、まぁ、確かにどうやって見つけるかって方が大切だわな。そこでシィーラの兄ちゃん、あんさんはどういう考え持ってるんや?わいのやり方と比べてもろて、どっちが優れてるか決めようやないか」
ドグオンは分かりやすい形で主導権を奪いたいようだ。気持ち的には別に譲ってもいいのだが、効率的な面でドグオンの能力を把握しきれていない。無能な指揮官に任せる気は毛頭なかった。現状、高度な魔力探知がある自分が引率することが上策であることは間違いない。かといって、ドグオンにへそを曲げられるのも厄介なので、適当なところで折り合いをつけたい。 (明日一日、まずはわし主導で動いてみて、何か不満があれば次の日はドグオンのやり方でやってみるという形で提案してくれ。こういう輩は口でどうこう言っても納得はすまい)
潔く負けを認めて下に入るかどうか、人としての器も今はまだ知れない。ただ、指揮系統はきっちり一つにまとめておかねばならない。そのためにも、どちらに命令権があるかだけははっきりさせておかなければならなかった。
「なるほど。口で言うより、身体で示せっちゅーこったな?ええやろ、明日、お手並み拝見といこか」
(付け加えてこの遠征の、というか第一班としての目標を確認しておくがよい。即ち、この7人すべてで無事生還し、偵察任務を終えることが好評価の条件だと肝に銘じておくべきじゃ)
シィーラがそれを告げると、ドグオンが反論した。
「それは一つの考え方に過ぎんとちゃうか?わいは逆に、この七人の中で誰が一番有益なのか競う場だとも思うで?こんな怪しい森におんのや、仲良しこよしで遊ぶ場所やない。一番役立つ人材のあぶり出しみたいなもんやろ」
(いや、最初に言っておったはずじゃぞ、わしらは貴重な資源じゃと。それを潰し合いさせるとは思えぬ。個々の能力をはかる目的もあるじゃろうが、それよりも集団での適性を見るはずじゃ。騎士団に入るのなら、今後も小隊で動くことは必須。その際にどれだけ協調できるかの試練じゃろうよ。見たところ、ここにいる誰もが訓練生として何らかの問題ありと見なされている可能性が高い。別にそれを詳しく話せとは言わぬが、心当たりはあるのではないか?)
強化遠征の面子に、ジャコブが含まれている時点で何か裏があることは感じていた。指導官殺しが普通に特殊訓練に参加しているはずがない。同様に、仲間殺しなどと言われているシィーラに対しても、ほぼ強制参加のような形式で召喚されている。他の皆も断れない理由や事情があるのだと思うのは当然だろう。
この指摘は的を射ていたようで、ドグオンの勢いがなくなった。こちらの言に納得する部分があったのだろう。
「……確かに、こんな命を懸けたわけのわからへん訓練にほいほいと乗ってきた面子や。普通やないんやろな。何が何でも騎士団に入りたい、そこの気持ちは一緒やな?」
確かめるように皆を見回した。否定する気配の者はいない。
「ほな、シィーラの兄ちゃんが言ったように、とりあえずこの7人で頑張るしかあらへんか。集団行動ってやつは苦手やさかい、難儀するかもしれへんけど、努力はしてみるわ」
どうにか最低限の意思の確認は取れたようだ。
その夜は交代で見張り番を立てつつ、就寝することにした。既に寝ているオキの担当分はレキが肩代わりすることで落ち着いた。夜の森が危険だということは皆分かっていた。魔物は夜に活性化する種が多く、視界が悪くなるのも戦闘では不利になる。夜に動くのは緊急時のみというのが大陸の常識だった。
その他、姉妹の意図的な離脱に関しては、運悪くはぐれたということで説明しておいた。ドグオンは多少怪しんではいたが、深くは追及してこなかった。この班全員での成果を目的とした以上、とりあえず結束する方がよい。それぞれが何を思っていようとまずは結果だ。
各々の得意分野も確認が済んだ。ジャコブとデデが近接戦、特に攪乱と盾担当で、姉妹が魔法、ドグオンが投石術での後方支援、ロアーナとシィーラが近接攻撃という役割分担だ。投石と聞いてロアーナが馬鹿にする一幕があった。知らない者の間ではよくある話だ。砂漠の民の投石術というのは単に石を投げるというものではなく、即席で石を加工して飛び道具とする高度な技であり、門外不出の秘儀に近い。砂と石ぐらいしかない砂漠の民ならではの歴史ある研鑽された技術だ。
実際にその洗礼を受けるはめになり、ロアーナは最後には感心していた。意外だったのは、ジャコブが対抗心を燃やしたのか、木片で同じようなことをして失敗したという場面もあった。戦闘に関する話題に敏感なのは同じ感覚だということかもしれない。
皆それぞれに思うところはありつつも、初日の夜はそうして更けていった。
翌日。
魔力探知を行使しながら先を進む。
時折、魔物はいるもののそれ以外は見つからない。原地域でも魔物が迷い込むことは多々あるので、別段珍しいことではない。それが群れや複数であれば話は別なのだが。
「ほんま、適当に進んでるわけじゃあらへんやろな……」
ドグオンが何度目かの同じ疑問をぶつけてくる。
「違うよー、ゼーちゃんは優秀なんだよー」
「そやかて、印跡なしでこないな広い森歩き回れるなんて、信じられへんやろが」
「……わたしたちを見つけたのだから、信じるしかないでしょう?」
「そうかもしれへんけども……やっぱり、ありえへんとちゃうか……」
下生えの草木をかき分けながら、ドグオンが呟くのも当然だ。疑ってくる理由は分からないでもなかった。未開の森などでは、通常通った道の大木などに印をつけておくことは重要だ。迷わないように、または他の誰かに分かるように、というような意味合いで印跡と呼ばれる。実際、ドグオンは昨日の拠点までにそれらを残していたという。合流できたのはそのおかげだと思っていたようだが、魔力探知のみで追いついたのでまったく気にしていなかった。
「そんなことより、こっちの道のガサガサ、イヤなんだけどー?」
シィーラは先程から先導を歩いており、必然的に歩くのに邪魔な背丈の高い羊歯系の葉を伐採する役になっている。ガサガサというのはその葉のことらしい。
森も場所に寄っては植物類の群生が違てくるため、現在地のような羊歯系の先端が尖ったものはできるだけ排除する必要があった。それらで肌が切られることは多く、傷口から化膿して病気になることは多々あるからだ。帰ることも考慮すると、通った道は均しておいた方が都合が良い。
「まぁ、あんさんの魔剣の無駄使いっちゅう話には同意するわ……」
「交替……替わること。先導、開墾、得意」
ジャコブが先頭を買って出てくる。開墾とは違うと思うが、申し出は有り難いので任せてみる。方角だけ指定してやれば、問題ないだろう。
少し下がると背後ではデデがオキを背負っていた。まともに歩けない状態では、さすがに進行が遅すぎるので説得した結果だ。最初はそれでも必死に姉妹で食らいついていたのだが、どんどん距離が開いてしまってようやく諦めを選んだ。矜持と迷惑の秤を正しくかけたのだろう。賢明で助かった。誰が背負うかでも多少もめたが、デデが問答無用でその大きな背中に背負いこんで解決した。
デデはほとんどしゃべらずに無口だが、非常に協力的で優しい性格だということは伝わってきた。臆病で自身を出さないことが多く、おそらくそれがもとでずっと損な役回りをしてきたのだと思われる。今回どのような理由でこの強化遠征に来たのかは分からないが、きっと周囲から良いように利用されて貧乏くじを引かされたのだと推測できる。ロアーナの次くらいには信用できるのではないかと密かに思っている。
「っていうか、こんなガヤガヤ歩いてていいのか?どこに敵が潜んでるか分からねぇ状態でよ」
「近くには人がいないから大丈夫だってー」
「それが本当ならいいのだけれどね……」
実際、敵とは遭遇していないことで証明されてはいるが、まだ二、三時間ほどだ。今日一日かけて立証されなければ、きっと信じられないだろう。それだけ非常識な魔力探知をしている自覚はある。
だが、その立証は別の形で阻まれた。突如、巨大なミミズのような魔物が地中から現れたのだ。
「なんだ、こいつは!?」
「ミミズみたい、気持ち悪い……」
「昆虫系がこないに巨大化するなんてのは珍しいっちゅうか、聞いたことあらへんで?」
(それより、やはり気配も魔力も感じなかったぞ。この森の地面はどうなっておるんじゃ)
それぞれに戸惑いながらも、個々の実力は際立っており、巨大ミミズは5分と経たずに打倒した。一瞬浮足立ったものの、なんだかんだで即座に対応した結果だ。ただし、連携が取れての攻撃というよりは、各々が好き勝手に暴れて破壊したという表現が正しい。第一班として組織的に動いたとはお世辞にも言えない。
その後も単発的に地中からの襲撃はあったものの、山賊たちとは出くわさなかった。拠点を中心に捜索の輪を広げるつもりだったのだが、思ったよりも森は広かった。拠点に戻るよりは進んだ先で、その日の拠点を構築する形の方が無駄がなさそうだという考えに落ち着いた。初日の拠点ほどのしっかりしたものではなくても、どうにかなりそうだという見通しがたったせいもある。
「とはいえ、下からいきなり出てくるのはやっぱ厄介だな」
ロアーナが焚火の準備をしながら、今日一日の戦闘を振り返るようにぼやいた。
(それもそうだが、もっと連携を意識せんと穴ができてしまうじゃろう。皆、勝手に動き過ぎじゃ)
「倒せてるから問題なくなーい?」
(単発相手だからどうにかなっていたが、複数の対処をしなければならなくなったときに対応に困るぞ?)
「どうにかなるってー」
「ゼーチャンが何か言ってるのか?」
「連携取れないとうんたらかんたらー」
肝心なところを省略するな。班として行動している意味をもう少し考えるべきなのだが、個人主義が強いこの面子にそれを納得させることは難しい。特に、シィーラ経由では絶望的だ。
「その辺は勝手にどうにかなるだろ」
どうにかならない事態になってからでは遅いから言っているのだが、ここに理解者はいないようだ。前途多難の二日目が過ぎてゆく。




