4-1
「ジャコブとデデは右からー、ロアーナとあたしは左から行くよー。他は援護よろしくねー」
わしを通じた伝令を与えると「了解、あいよっ、ん」などと思い思いの返事が聞こえた。統一感はないが、従っているだけマシになったと言える。
鬱蒼と茂る樹々の間を抜け、シィーラは気持ちよさそうに走り出す。妖精ゆえか、自然の中ではやはり体調が良くなるようだ。状況としてはかなり殺伐としているので微妙な気持ちもないでもないが、まとまりが出てきたという点では当初よりかなり進歩したと断言できる。少なくとも無駄死にはなくせそうな雰囲気だ。
強化遠征が始まって二日目。放り出された見知らぬ森の中で、わしら第一班は遭遇した敵と戦闘中だった。
(向こうには魔法士と弓兵もおるぞ。遠距離からの攻撃にも気を付けよ)
「モックモックが守ってくれるでしょー」
(樹々は障害物にはなるが、相手もそこは計算してくる。過剰な期待はするでない)
「ゼーチャンは何て言ってるんだ?」
「弓と魔法に気を付けろーだって」
「ああ、それで樹を盾にって話か。そんなに手練れがいるとは思わねぇが、上手いやつは曲射も使ってくるし、追尾する魔法ってのもあるから油断はしない方がいいぜ?」
「それって、曲がってくるってことー?」
「そういうことだ!北東に敵影っ!お先っ!」
ロアーナが嬉しそうに叫びながら速度を上げる。戦闘狂だけあって活き活きとしている。今日の獲物は汎用の剣だ。基本的に力任せの戦法のため、樹々の中では小回りが利く方がやりやすいのだろう。
「さっさとかかって来なー!!!」
奇襲を仕掛ける際の掛け声としてどうかと思う第一声を上げながら、ロアーナは斬り込んでいった。
シィーラもその後に続く。
ざっと見て四人ほどの男が見え、更に誰かが組み敷かれている姿が視界に映る。下劣なお楽しみ中だったようだ。男たちは明らかに山賊風の身なりをしており、敵だということに間違いはなかった。目の前の欲望に夢中で、周囲への警戒が薄れていたようだ。
ロアーナが斬りかかった相手はかろうじて一撃目を剣で受けたが、勢いを殺せずにそのまま背後に倒れ込む。
「なっ、どこからっ!!!?」
慌てて抜剣する一人に今度はシィーラが斬りつけて吹き飛ばす。こちらも体勢が不完全で見事にもう一人の男を巻き込んで地面に投げ出された。
(一人は生きて捕らえよ。尋問する必要がある)
「おっけぃー!」
もつれるように倒れた二人の男へ詰め寄り、容赦なくシィーラは追撃してその首を斬った。命の尊さは教えたつもりだが、敵や悪人に情けはいらないという心構えもしっかりと学んでいるため、一切の躊躇はなかった。
「くそがっ!!!」
あっという間に三人が倒れた後、残された一人は慌ててズボンを引き上げると半裸状態の少女を立たせて盾にした。
「てめぇら、下がれっ!こいつがどうなってもいいのかよっ!」
少女はぐったりとした様子で虚ろな目をしていた。抵抗する気力も、自ら逃げる意志も持てそうにないのは明らかだ。
「お前こそ、もう諦めろ。この状況で逃げられると思っているのか?」
一人を始末したロアーナが剣先を突き付ける。その口元は獰猛に釣り上がっていて、明らかに笑顔だった。愉悦に浸った赤毛の戦士を目の前に、男は当然たじろいだ。戦闘に関わるものであれば、この状態のロアーナの異様さを感じないわけがない。単なる力の差などではない、狂気の類が匂わせる絶対的な恐怖に近い。明らかな立ち位置の格差とも言うべきものだ。
「う、うるせー!来るなっ!近づくなっ!!!」
気圧されるように男は後退する。その腕は少女の首を絞めつけており、苦しそうに嗚咽が漏れた。これ以上あまり刺激するのはよろしくないが、ロアーナは完全に戦闘体制でこちらの言葉があまり届きそうにない。
シィーラは遠巻きにそれを見守ることにしたのか、特に動こうとはしていない。どう指示すべきか迷っていると、背後にちらりと長い腕が見えた。ジャコブだ。右側から追いついたようだ。
(まず片手を上げ、もう片方の手で二本指を示せ。ゆっくりじゃぞ?)
ほむ?と言いながらも、シィーラは素直に従った。これは事前に取り決めていたハンドサインだ。一本で待て、二本でやれ、三本で自分で考えて行動しろという単純なものだが、声を出せない時には有効な合図となる。もちろん、かなり分かりやすい所作なのでさりげなく伝える必要はあるが、タイミングさえ間違えなければそれなりに有用な手段だ。
「やめておきなよ。今ならまだ楽に死なせてやるけど、それ以上抵抗する気なら腕と足を一本ずつもいでやる。痛いのが好きなのかい?」
物騒なことを言いながらロアーナが近づく。完全に男の視線は釘付けになっていた。
「や、やめろっ!それ以上近づくなっ!!!」
半狂乱一歩手前の男は、更に腕に力を入れながら後ずさる。少女の顔がうっ血状態になって真っ赤に染まってゆく。かなり危険な状況だ。
その時。
背後から音もなく忍び寄って伸ばされた長い手が、男の首を真横に捩った。
ゴキッと鈍い音がして、男は最後の言葉を残すこともなく事切れる。ジャコブは正しくこちらの意図を理解してくれたようだ。贅沢を言えば殺して欲しくはなかったが、この際仕方がない。人命優先だ。
「おい、大丈夫かっ!」
ロアーナがすぐさま少女を救い出して、竹筒から水を飲ませてやる。先程の戦闘狂の顔とは打って変わって優しい表情だ。瞬時に切り替わるのは少し興味深い。完全な戦闘狂の場合、正常に戻るまで時間を要するものなので、まだそこまで深くは入っていなかったということだろうか。
「制圧……抑え留めること。右側、完了。弓兵、一名。デデ、捕獲」
ジャコブがいつもの淡々とした口調で告げる。
敵の一人を捕虜としたようだ。なかなかの吉報だった。相手側の情報を引き出したかったので、非情に都合が良い。
(ここを軽く調べたのち、すぐに拠点へ戻るぞ。おそらくはこやつらも斥候じゃ。死体は埋めて隠しておくように指示するがよい)
「えー、敵なのにいちいち埋めるのー?」
(そうじゃ。死体が残っていれば、こちらの存在がバレる。たとえわずかな可能性でも、行方不明の疑いが残っていれば向こうの動きに制限をかけられる。応援が来ない内に撤収するぞ)
シィーラが指示を飛ばして理由を説明すると、皆素直に従った。その頃にはウェーディー姉妹とドグオンも合流しており、後始末はすぐに済んだ。
「この娘はわたしと違ってやられてしまったのね……」
被害者の少女は安心したのか、疲れ果てて眠ってしまっている。背負っているのはロアーナだ。
「お前と違って足は折られてはないけどな」
オキは自分の片足を忌々し気に見やって、「どっちもクソね……」と小さく呟いた。彼女の左足は添え木で固定され、常に姉妹であるレキが肩を貸して寄り添っている状態だ。先日負傷した状況を思えば、それだけで済んだのは僥倖と言える。
ある意味、この強化遠征の洗礼を受けたと言っても過言ではない。
その始まりを思い出すと、オキの言葉は間違ってはいない。最低の出発点だった。
「一度しかいわんからよく聞け。協力者であるこの森の民が、ある山賊に襲われ数十人が捕まっている状態だ。貴様らの任務はその行方の捜索及び敵勢力の排除だ。後者は副次的目的で、必要に応じて対処しろというだけで、あくまでも主目的は追跡調査になる」
馬車で連れられた場所は、見知らぬ森の中だった。目覚めてすぐに追い出されるように降ろされ、唐突にそう命令される。
「任務てまた急な話やな?まぁ、それが目的っちゅうんならそれはのむとしても、その協力者だとか山賊の情報はもちっとくれないんか?いきなり、あーせぇこーせぇ言われても、わいらも素直に『ほな、いってくるわー』とはならへんやろ?」
褐色の男が鋭く切り返す。寝起きでも即座に頭が回る点は好感が持てる。対してシィーラは、いまいちまだ覚醒していない。
「言いたいことは分かる。聞きたい情報を言え。可能な限りは答えるつもりだ」
「ほなら、まずは――」
質問したいことはすぐに思いついたが、シィーラの状態を鑑みて黙っていることにした。他の者の態度を見定めるのにも丁度良い。何しろどういう者たちなのかまだよく分かっていない。今後のためにも、言動一つ一つから情報は拾っておく必要があった。
そうして分かったことを脳内でまとめてみる。
まず、この強化遠征は既に始まっているということだ。この森の中が実践を伴う演習地にあたり、訓練と言う名の任務が簡単に言えば偵察だ。この森を縄張りとしている森の民がおり、その集落が襲われたので、奪われた民人を奪還するための情報が欲しいという話だった。
騎士団には一見関係なさそうなのだが、この森は特殊な場所らしくてある理由で必須だという。その使用に森の民の協力が必要なため、今回の依頼となったというのが経緯のようだ。襲った連中はどこぞの山賊と言う情報しかないが、数はそこそこ集まっているという。大陸各地にはそういった賊が徒党を組んでいるのはよくあることで、中にはゴーダス乱賊団のように悪名が轟いているならず者集団もある。
問題はその襲ったという敵が本当に賊なのかどうか、という点だ。何しろ一方的に与えられた情報のみで、敵だと教えられたものが実はそうではないという事態も考えられる。先に懸念したように命令だからとすべてを鵜呑みにして実行した結果、対峙した相手に実は非がなくて良いように利用されただけ、などという事は避けねばならない。
その点に関しては自身で確かめればいいという回答のみだった。見れば分かる、というぐらいに非道な行動をしている可能性があるということだろう。あまり想像したくないが、下衆な状況も想定しておいた方がよさそうだ。
更に重要なのは、今回の面子だった。馬車に乗っていた五人とシィーラで小隊を組むことになっており、強化遠征の評価は団体行動での適正も含まれているようだ。飛び込みで追加のロアーナもいるので、実質7人で第一班となる。そしてなぜか、その班長としてシィーラが任命された。これは決定事項で覆らないとのことで、頭が痛かった。
見知らぬ者をまとめのは困難の極みだ。ましてや、人間の感情の機微を理解しない妖精のシィーラだ。波乱の予感しかない。
最低限の自己紹介で分かったのは、砂漠の民らしき褐色の男がドグオン=カガマロイ、双子姉妹はレキ、オキ=ウェーディーという魔法士で、剃り上げた頭の主張は激しいが無口な大男のデデ=ラニオマル、腕が長い独特の口調のジャコブ=ヘーヴェマンということだけだった。
第一班という名称からも分かるように、もう一つの馬車にも同様の訓練生が乗っていて第二班らしいが、顔合わせもなくどんな者たちがいるのかすら分からない。そちらは今回の件に直接関わらないとのことで現場で鉢合わせすることはないらしいが、戦力を分ける意味も不明すぎる。
判明しているのは敵情視察が任務で、期間はおおよそ一巡りが目安。拠点である馬車が停まっているこの森の一角まで戻って、報告すれば完了ということだ。一見単純なように思えるが、この見知らぬ一行でどれだけのことができるのかがあまりにも未知数で不安しかなかった。
とにかく、そうしてなし崩し的に森の探索が始まった。
班長となったからにはとりあえずは先導をしようと先を進んだのだが、これがまずかった。まずは馬車とは離れた自分たちの拠点となり得る場所を探そうと歩き出し、その間にそれぞれの特徴をつかもうと話しかけながら進んでいた。
しかし実際はすぐ後ろにいたドグオンとの会話がほとんどで、他はあまり反応がなかった。多少気心が知れているロアーナに殿を頼んでいたのだが、これも判断を誤った点だった。ものの15分ほどで、そのロアーナが小走りにやってきて告げた。
「ウェーディー姉妹がいなくなってんだけど、見なかったか?」
開始早々、行方不明が出ていた。
(はぐれぬように殿を頼んだんじゃが、一体何をしていたんじゃ、ロアーナは……)
シィーラが意訳で尋ねると、
「いやー、実は私もちょっと迷っててな。追いついたら、そこの大男が最後尾だった。すまん」
すまないではすまない。殿が見失っては元も子もないであろう。人選を見誤ったようだ。
隊列的に、シィーラ、ドグオン、ジャコブ、デデ、ウェーディー姉妹、ロアーナという順で縦長になっていたはずだ。デデに何か気づかなかったかと訊いてみるが、首を横に振るだけで役立つ情報は皆無だった。少し動揺が見られたので、無関心だったというわけではなさそうだ。
「不慣れな姉ちゃんたちにはちくっときつかったかもしれへんな。兄ちゃん、あんたえろう早足だったさかい、振り切ってしもたんとちゃうか?」
(それはないじゃろう。かなりペースを落として……歩く速度は遅めで歩いていたはずじゃ)
「いや、かなり速めだったで?あれで遅め言うんやったら、よほど山歩きとかに慣れてるんちゃうか?基準がおかしいっちゅう話や」
指摘されて思い当たる節があった。前にナリスにもそうしたことを言われたことを思い出す。その反省を踏まえたつもりだったが、まだ速かったのかもしれない。山暮らしだったことを説明して、配慮が足りなかったことを告げる。一応、ジャコブにも聞いてみたが、無表情な青年は問題ないと否定した。ただし、ジャコブも森暮らしだったらしく、慣れている側だったのであてにはならない。対してデデとロアーナは、ドグオンに同意したので、やはりまだ早足だったようだ。
「んー、とにかく探さなきゃダメだねー。少し戻ってみようー」
そう当たり前の提案をしたのだが、
「それはあかん。わいらの目的は拠点探しだったはずや。もうじき日も暮れる。馬車のところへは報告以外で戻れん以上、これから何日か過ごすための寝床は必須や。日が暮れる前に確保せな。はぐれた姉ちゃんたち探しとる場合やないし、ガキやないんやから放っておいても追い付いてくるやろ」
「同意……賛成すること。寝床、最優先」
ドグオンの合理的な判断にジャコブも同調した。
「探すんなら、兄ちゃん一人で頼むで。班長やしな。わいらはこのまま進んで野営地になりそうな場所を探しておくわ。ほな」
反論を与える暇なく、ドグオンはさっさと森を進んでいく。デデは少し困ったように、対立した意見の間で揺れていたが、ジャコブに続いて歩み去った。最後にぺこりと頭を下げる辺り、一応こちらを気遣っている様子で悪意はなさそうだ。
「いきなりバラバラだな。で、どうするんだい?」
ロアーナだけは残って、こちらに従う意思を見せてくれた。それだけでもあり難いが、あちらを放置するわけにもいかない。森の中で連絡が取れなくなるのもよろしくないので、ロアーナには向こうの集団にいてもらうことにする。
「そいつはかまわないけど、あの姉妹を見つけたとして、こっちにどうやって合流するつもり?」
その点は魔力探知でどうにかなると教える。ロアーナの魔力反応ならば付き合いが多少あるので判別できるからだ。一方で、ドグオンたちの特徴はまだ捉えきれていないために心許なかった。
(初っ端から、思いやられる展開じゃな……)
「ロアーナと一緒にいちゃダメなのー?」
走り去った背中を見ながら、シィーラが不満な声を漏らす。どこまでも能天気である。割と大問題な状況に陥っていることに気づいて欲しい。




