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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第三章:機略
27/225

3-8


 強化遠征に参加することになった当日。

 どうにか準備を終えた時には既に白む朝を迎えていた。

 ほとんど寝ていないため、シィーラはあくび交じりでいつもよりやる気がなさそうな状態だ。そういえば、徹夜などの体験はさせていなかった気がする。いざという時のために慣れさせたいところだが、その口実が思いつかない。正攻法では絶対に乗ってこないことは明白だ。何か餌が必要だろう。

 などということをぼんやり考えながら、指定された場所へと向かっているところだった。

 わし自身も魔力をかなり消費しているので、冴えた考えが浮かばないのは仕方がない。

 「どうして訓練所じゃないのー?」

 集合場所はロハンザの郊外に広がるガザ林と呼ばれているところだった。ガザというのは大陸では木材としてよく使われる樹木の種類なので、その名前はおそらく通称だろう。地図に記載があるかどうか分からないくらいの規模ではあるが、現地観点からすればそれなりに大きい。

 そこまで馬車でも借りて行きたいところだが、基本的に街内のみの辻馬車というのものは一歩でも外に出れば範囲外になって料金が跳ねあがるために使えない。徒歩で来るようにとの厳命もあって、懐に余裕がないわしらはてくてくと歩いているわけだ。

 (遠征と言うからにはどこか外の演習地で集中的に行うのが普通じゃ……山籠もりでもするのかもしれぬ)

 そういう暮らしには慣れているのでまったく問題はない。シィーラも妖精である以上、大自然には慣れ親しんでいるはずだと思ったが、

 「ええー、山なのー?」

 なぜか不服そうだった。

 (嫌なのか?妖精ユムパならば自然の中にいるのが本来の姿ではないのか?)

 「そうだけどー、そうじゃないのー。山の中だと美味しい料理が食べられないじゃーん」

 すっかり人間の味覚に毒されていただけだった。マナだけを活動源としていたのなら、味覚の発見というのは確かに大きな変化だ。簡単にくだらないと切って捨てるわけにもいかないのかもしれない。

 そうこうしている間にガザ林に足を踏み入れていた。人気はまったくない。

 「それで、ここからどこへ行くのー?」

 (具体的な場所は流石に指定されていなかったな。おそらく、表林道を歩いていれば向こうから迎えが来るはずじゃ)

 森や林の中の道というのはそれほど多くない。特に主要な道となれば一本道がほとんどだ。どこからか見張っている者がいるはずだった。漠然とそう思って歩いていると、数分と経たずにそれらしき気配が近づいてきた。

 「参加者だな?招待状を見せろ」

 不意に現れた灰色の旅人のマントを羽織った者、青年らしき若い男が声をかけてきた。フードで頭を覆っており、その出で立ちは荒野を進むかのような出で立ちだ。

 「包帯所ー?包帯を巻くところー?」

 そんな名前の場所はない。分かっていないシィーラに訓練所からの命令書を見せるように指示すると、相手はそれを軽く確認してからついてくるように短く告げ、すぐさま先導して歩いてゆく。当然主要道ではなく、完全に道も何もない林の真っただ中だ。そちらに合流場所があるのだろう。一応追いはぎの類の懸念もあったが、書類確認と時間と場所の三点を考えるとそんな可能性はほぼない。

 青年は無言で10分ほどすいすいと前を歩いてゆく。同じような景色が続く林の中で、なかなかの身のこなしと空間把握能力と言えよう。気配の消し方やその歩き方といい、斥候のような訓練を受けているのだと推測できる。

 やがて不意に開けた場所に出て、再び口を開いた。

 「この先に馬車が止まっている。後はそこの人間に従え」

 案内はここまでと言うことらしい。こちらが何か問いかける暇もなく、そうしてまた背を向けて今来た道を戻って行く。また別の参加者を迎えに行くのかもしれない。 

 「むむむ、あれかなー?」

 言われたとおりに進むとしばらくして、荷馬車が二台止まっているのが見えた。荷台はやや大き目で幌馬車になっているため、中は見えない。その前に皮鎧を着た男が立っていた。騎士団の紋章は入っていないが、削られた跡が残っていた。不穏だ。身元が割れるとまずいという証左ではないか。これから向かう先が穏やかではないことは確かだろう。

 シィーラが姿を見せたことにまったく驚いていないことからして、待ち構えていたようだ。こんな辺鄙なところでその予測ができるのは関係者しかいない。

 「強化遠征の参加者だな?紹介状を寄越して、すぐにこの荷馬車に乗れ。諸々の説明は後でする」

 事務的な口調で告げられる。不思議と有無を言わせぬ迫力があり、命令を出し慣れている雰囲気が強い。

 この強化遠征中はできるだけ無駄口をたたかぬようにシィーラには言い聞かせているので、一瞬何か言いかけたシィーラは無言で書類を渡した。先程、訳の分からないことを口走ったことを反省させたのでその結果だ。この先何が起こるか分からない状況で、あまり能天気なままでは困るための処置だ。普段はできるだけ自由にさせている分、真剣に念を押すとこちらの言い分に従う交換条件のようなものは出来上がっていた。

 荷馬車に乗り込むと中には既に5人ほどの人間が乗っていた。両側に簡易的な座席代わりの凹凸があり、見事に適度な間隔を挟んで座っている状態だ。一部のみがこちらへ視線を向けてきただけで、他は目を閉じて眠っているかのように微動だにしない。関心がないのか、その振りをしているのかは微妙なところだ。

 とりあえず、こちらへ首を巡らせた男の隣にシィーラを座らせる。

 その男には見覚えがあった。

 いつぞや上位挑戦の個人戦で仲裁に入った指導官ごと殺してしまった人物だ。膝の上に載せた腕が所在なげに組まれているが、やはり通常の者より長い。誰一人としてしゃべらないのが暗黙の了解なのか、馬車内は静寂に満たされていた。

 向かいには同じ顔の少女が二人寄り添うようにして眠っていた。容姿からして明らかに双子だ。その隣には窮屈そうに体を縮めた大男がいる。剃り上げた禿頭と相まって威圧感があるが、顔立ちはどちらかというと柔和そうで、ちらちらとこちらを窺うように盗み見ていた。案外小心者なのかもしれない。

 同列の奥には褐色肌の青年がいた気がするが、ここからはよく見えない。ただし、ヨーグと同じような特殊な編み込みをした一房が前髪にあった気がするので、砂漠の民出身のようだ。 いずれも見知らぬ者たちばかりだが、ここにいる時点で普通ではない身上な気がした。共通点はまだ見えないが、いつぞやのヨーグの言葉もあることだし、必ず何かあると思われた。

 それからしばらく何人かの訪問があったようだが、いずれもこちらの馬車ではなくもう一台の方に乗り込んでいったので、どんな者たちなのか分からなかった。詰めれば一台の荷馬車で運べそうなものだが、二台にした意味は何なのだろうか。耳を澄ませていたところ、総勢10人ほどのような気がした。

 色々と推測はしてみるが、情報が少なすぎてあまり考察は進まない。シィーラは早々と流れに身を任せることにしたのか、うとうとしていた。休めるときに休むように教えたのは自分ゆえ、それはそれでありだとは思う反面、何が起こるか分からない今後の状況を鑑みると、初手としてもう少し周囲に注意を向けるべきだとも思う。この辺の塩梅はなかなかに悩ましいところだ。

 「……やれやれ、これで全員揃ったか……」

 不意に先程の皮鎧の男の声が漏れ聞こえた。人数が揃ったのだろうか。

 いよいよ出発かと思った矢先。

 「ちょいと待ちなーっ!!!」

 聞いた覚えのある声が響いてきた。



 シィーラがすぐさまにぱっと目を覚ます。

 「ロアーナだっ!!」

 止める間もなく、後部の幌をめくって外へと身を乗り出と、そこには色鮮やかな赤毛がいた。見慣れた軽装ではなく、胸当てを装備した戦闘モードの恰好だった。

 「私も連れていきなっ!!」 

 「……なんだ?貴様はいったいどこから現れた?」

 「すみません、なぜか追いつかれてまけませんでした……」

 申し訳なさそうにしているのは、道案内をした旅人風の青年だった。

 その説明を聞く限り、最後の一人を案内した後、他に誰もいないか機密保持のための確認で林内を見回っていたところでロアーナを見つけたらしい。関係者以外がいるのはおかしいと思って不審者として見張っていたが、逆に察知されて追いかけまわされたということだった。何となくその光景が目に浮かぶ。

 「貴様、訓練生の者だな?どうやって強化遠征のことを知ったのだ?」

 「そんなことどうでもいいだろ?私は自主的に参加してやろうとわざわざ来たんだ。嫌とは言わせないよ」

 どうでもよくはないし、なぜに上から目線なのか。無駄にツッコミどころが多すぎる。せめてもう少し何かそれらしい理由をつけるべきだろう。

 だが、皮鎧の男は一度舌打ちした後、一瞬もう一台の荷馬車を見やってから小さく首を振って言った。

 「……時間がない。ここで問答をしても埒が明かないだろう。一つだけ確認する。ついてくる気なら、生死に関しても自己責任だ。証文は用意できないから、ここにいる者が証人となる。それでもよいのだな?」

 「当たり前だ。戦いってのはそういうもんだろうがよ?」

 戦いではなく建前上は強化遠征と言う特殊訓練なのだが。おそらくは命を懸けるほどの厳しいものであろうから間違ってはいないか。腑に落ちない何かを感じた。男は何を考えたのか、それに触れないまま、ややしかめ面で荷馬車を指差した。

 「……馬車に乗れ。すぐに出発する」

 「やったね、ロアーナ!」

 シィーラが嬉しそうに声を上げると、皮鎧の男は胡乱な目で睨んでくる。これは完全につながりを見抜かれたと思っていいだろう。こんなにあからさまな態度が逆に怪しいと思っているかもしれないが、何も言わないのが更に不気味でもあった。

 実際、ロアーナにガサ林に来るよう依頼したのはシィーラだ。今回、ナリスが完全に部外者で同行できないため、護衛と言うか仲間内の戦力がもう一つ欲しかったところ、該当するのがロアーナだけだった。訓練所での交友関係がほとんどないので実質一択だった気がするが、貸しもあったことでぴたりと嵌まった形だ。仲間と言えるほど親しくもないのだが、性格的には一本気で裏表がなさそうな分、信頼はできると思っている。

 「お、おう、こんなところで奇遇、だな?」

 話しかけられたロアーナは戸惑ったように棒読みの挨拶を返してきた。

 「ほぇ?あ、そうだった!ぐ、偶然だねー、ほんとうにー」

 (……さてはお主、無関係の振りをする取り決めでもしておったのを忘れていたな?)

 「な、なんのことかなー?」

 まったくごまかせていない態度でシィーラが荷馬車に戻ると、その隣に自然とロアーナも座ってきた。その途端、あっという声を漏らして動揺した様子が垣間見える。やはり、この馬鹿正直な二人には腹芸は無理なようだ。自然に知り合いの距離になってしまっている。

 昨夜は自分の準備で忙しすぎて、ロアーナの勧誘には同行できなかったため、どのような取引が二人の間で行われたのか詳細は分かっていない。もっと詳細を詰めた形で演技するように言い含める必要があったようだ。今となってはもう後の祭りであるが。

 それを横目に皮鎧の男も乗り込んできて、前部の方へと移動する。

 「では、これより強化遠征を行う場所へ向かう。どこが目的地であるかは機密事項となるため、これから貴様らにはしばらく眠ってもらう」

 そう宣言したかと思うと、懐から革袋を取り出して急に何かを前方に撒いた。その一瞬で空気が変わった。

 ここにいる者たちは戦闘に特化した者だ。少なくとも、その業界に身を置こうとしているため、こうした行動には無意識に反応するようにできている。各々が自らの武器に手をかけようとして、それを止められる。

 「落ち着け!これは眠り粉の一種で、害はない。目的地を隠すための処置だ」

 「……それがほんまだっちゅう証拠はあるのけ?」

 砂漠の民出身らしき褐色の男が問う。意外にも高めの声質だった。

 「貴様らはこれから鍛えようとしている言わば資源だぞ?ここで潰して何の得がある?早まったバカな考えは捨てろ」

 その説明には一定の説得力があり、加えて双子のどちらかがぼそりと呟いた。

 「確かに今のは人体に無害っぽい……魔法増幅系の薬粉やくふんみたいね……」

 「そういうことだ。しばらくして眠くなるだろうから、そのまま大人しく体を休めておけ。目覚めた瞬間から、強化遠征は始まる」

 「そもそも、その強化遠征ってのは何をするんだよ?具体的なもんが――」

 ロアーナが口を挟むと、すぐに遮られる。

 「黙れっ!私が説明しているときはじっと耳を傾ける以外に余計なことはするな。ここからは騎士団正規の軍事作戦中に則った扱いとなる。上官への無駄口は団規による懲罰も考慮に入れる。質問等はこちらが許可した場合のみだ。分かったな?」

 まだ何か言いたそうなロアーナだったが、立場を考えたのか大柄にうなずいた。

 「貴様らが今これから目指すものは唯一つ。生き残って自らの存在価値を示せ。強化遠征にてこちらが提示する課題をこなしていけば、自ずと結果と評価はついてくる。その評価次第で即入団も可能だ。単純なルール……北稜語が分からんやつもいるか、いわゆる約束事だ、簡単だろう?」

 その課題とやらが問題なのだが、詳しくここで聞ける様子ではなかった。かといって、放置すべきものではない確認事というか懸念事項がわしにはあった。

 (挙手をして、こう質問……挙手と言うのは手を上げることじゃぞ?それまでは声を出さぬようにして、質問を許可されたら『課題には実際の敵の排除も含まれるか』と聞いてくれ)

 シィーラは素直に従ってくれた、のだが、

 「なんだ、貴様。なぜ急に万歳をし始めた?」

 見事に両手を振り上げていた。挙手は通常片手だという常識は妖精にないことを忘れていた。奇妙な目で見られるのも仕方がない。

 (こういう時は片手でよい……片方を降ろせ)

 「……質問があるということか?まぁ、いいだろう。なんだ?」

 「その課題って、敵を殺すことも含まれてるのー?」

 婉曲的に表現したのだが、大分直接的に訊いていた。

 「当然その機会もあるだろう。まさか、傭兵騎士団志望でその覚悟がない者などいるはずがないな?」

 (明確な軍事作戦中で敵がはっきりしているのならそうじゃが、今の状況のように不明瞭……詳しい説明がない前提で敵と会ったら殺せという命令には従えぬぞ)

 「上官の命令に従えぬ者など不要だ。今すぐ降りたいのか?」

 「そういうこっちゃないやろ。この兄ちゃんが言っとるんは、敵が何者か分からんままで殺せ言われても、従えんちゅうことやろ。なんでもかんでも命令や言われて、体よく殺し屋みたいに使われたらかなわんって話やねんな」

 褐色の男が上手い具合に意図を汲み取ってくれた。シィーラに首を振って同意させる。

 「なるほど。小賢しくとも頭は回るようだ。今は分かりやすく詳細を省いただけで、もし会敵する状況が生まれる課題であれば、しかるべき情報はもっと渡す。他に何かあるか?」

 積極的に会話する者はいないようだ。あるいは、下手に藪をつつきたくないだけか。

 「何もないならこのまま眠って休め。目が覚めたら楽しい魔界が待っているぞ」

 男が薄く笑う。

 予想通り、この強化遠征は険しいものになりそうだった。

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