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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第三章:機略
26/225

3-7


 それから半巡りほどが過ぎた。

 大隊長に一撃を当てた快挙で一目置かれるようになることもなく、暴徒ヴァルガーをせん滅した功績を認められることもなく、訓練生としての日々が粛々と続いていた。想定と大分違う結果だ。まだ判断が保留中という話ではあるが、反応が遅いことからもあまり良い方向に向かっているとは思えない。かといって、何もなかったことのにはならないはずなので、大人しくどういった評価が下されるのかを待っている状態だった。

 例の分身魔法については魔力消費が激しいために、まずはこの鳥の状態での効率の良い魔力確保が先決だと考え、妖精ユムパにとって最も貯蓄や吸収率がよい食べ物を探すことから始めていた。シィーラの知識頼りなのだが、案の定頼りない。

 なんとかかんとかの樹の樹液だとか、うんたらかんたらの泉の水であるとか、大事な名前の部分が妖精語であるため、人間のそれに対応するものが分かりづらいためだ。仕方がないので、実際の現物を見て思い出すしかなく、暇を見つけては今日のように市場を練り歩いて該当のものを探している。

 「あの肉巻きの草がそれっぽいんだけどなー?食べてみたら分かるかもー?」

 (真か?お主、あれが食べたいだけではないのか?)

 「そ、そんなことないかなー?」

 動揺が顔に出ていた。目移りが激しいシィーラと探し物という組み合わせはあまりにも相性が悪い。この方法はあまりよろしくない気がしていた。

 だが、人混みの多い市場というのはもう一つの目的にも最適だった。

 「……この先の路地を左へ。右手の花輪のある扉が目印ですので、そこへ」

 背後から通り過ぎさま、そんな声がささやかれる。

 「ほむ?」

 (呆けておるな。ヨーグからの言伝じゃろう。今が好機ということじゃ。従うがよい)

 最近は訓練所からの監視の目らしきものがあるため、見聞屋としての素性を隠しているヨーグは、以前のように気楽に回水亭には来られない。シィーラと関係があると痛くない腹も探られる可能性が増すからだ。

 ゆえに、こうして人目を避けて密会するような方法で会う必要があった。

 「ここかなー?」 

 指定された扉を開けて中に入ると、薄暗い部屋の中で特殊な編み込みをしたポニーテールが見えた。振り返った褐色の肌の男は、果たして見聞屋のヨーグだった。

 「どうも。お元気そうで何よりです」

 訓練所でも意図的に避けているため、確かに顔を突き合わせるのは久しぶりだ。

 「何かちょーだい!」

 シィーラは挨拶もそこそこに、部屋の右手にあった丸テーブルを囲む椅子に座り込む。

 (おい、気安い相手だとしてもその態度はないじゃろう。礼儀というものがあるといつも言っておろう)

 「えー、こっちはお客様?なんだからいいんでしょー?レーギよりもケーキがいいっ!」

 確かに客側ではあるし、優位性で言えば尊大な態度を取っても許される側面はあるが、だからといって前面に押し出していくべきではない。妖精に人間の時と場合の状況判断を教えるのは骨が折れる。それと、最近流行りの洋菓子は高すぎて無理だ。あれは上流貴族か王族クラスの高級菓子だ。

 「ええ、そう言われると思って用意しています。さすがにケーキは厳しいですが、少しお待ちを」

 苦笑交じりにヨーグは奥からネズパンと飲み物のコップを取ってきた。いい加減、シィーラの性格にも慣れているということだろう。その証拠に、話しかけてくるときはもっぱらわしの方を見つめてくる。既に、シィーラの頭脳部分は使い魔であるこちらだという情報をつかんでいるのだろう。

 使い魔の方が知能が高いというおかしな状況ではあるが、ある程度シィーラと会話すると何となく皆察して納得するのが悲しいところだ。妖精の移り気はすぐにバレる。鳥が頭脳とは明らかに異様な関係だが、一度受け入れられれば人間は順応するものだ。それを許容できない人物も当然いるのだが。

 (それで、わざわざ呼び出したということは何か伝えたいことがあったのじゃろう?話してくれ)

 今日の会合はヨーグからの招待によるものだ。色々と調査を頼んでいるので、その何かに進展があったのだろうと思っている。

 「それなんですが、ようやくあの男の尻尾を少しつかみましてね。そこを辿っていくとどうやら、シィーラさんにも関係しそうな気配がしてきたので、事前の注意みたいなものです」

 「はの男ー?」

 シィーラはピンと来ていないが、わしはすぐに分かった。ジェイクのことだろう。というか、ネズパンを食べながら話すのは止めなさい。礼儀だけではなく、行儀も覚えて欲しいところなのだが、一向に芽吹かない。悩ましいものだ。

 「はい。査問会にいたというジェイクです。ここ最近の動きがかなり活発でして、近々大きな何かが起こります」

 ヨーグの目がすっと細められる。穏やかな話ではなさそうだ。

 (……おい、シィーラ。食べるのに夢中になってないで、先を促せ)

 相手の真剣さの半分もない態度で、シィーラは「ほんでー?」と投げやりに相槌を打つ。これは食べ終わるまで何を言っても無駄そうだ。気にした様子もなく、ヨーグは続ける。

 「まだ確たる証拠はつかんでいませんが、十中八九、強化遠征のようなものが訓練生から選抜されることになりそうなのです。そして、その編成にあの男が噛んでいるのは確かです」

 強化遠征というのは以前に訓練所資料で読んだことがある。不定期に行われる特別訓練で、ロハンザの街以外の場所で行う実戦的且つ集中的な強化鍛錬のことだ。主に見込みのある訓練生を対象に、短期で能力を伸ばすことを目的としたものだと説明があった気がする。

 その話が今出てくるということは、シィーラがそこに選ばれる可能性が高いということだろう。だが、そんな話はまったく聞いていない。そのような特殊な行事があるのなら、噂話の一つでも漏れ聞こえてくるはずだが、まったくの初耳だった。人の口に戸は立てられぬはすで、にわかには信じがたい。その疑問をぶつけると、

 「疑問を持つのも当然ですが、今回のこれはかなり極秘に進められています。というのも、どうやら組み込まれている訓練生はかなりクセのある者ばかりで、通常の強化遠征とはまったく趣が違うものになりそうなのです」

 ヨーグはここで更に声を潜めた。

 「今回の強化遠征は、何かの試験というか先遣的な役目があるようなのですが、その内容は不明です。最終的な目的がかなり厳重な秘密にされていて、どうしても分かりません。ただ、それだけに重要な何かであることは間違いないのです」

 確かにそれは怪しい。厄介なのはどうやらそこにシィーラも編成されそうなことだ。目的が不明なものに巻き込まれるなど願い下げではあるが、訓練所からの命令となると断りにくいのも確かだ。進退を迫られれば、入団を切望している身としては受け入れるしかない。その辺りも見越しての強制参加ならば、完全に手のひらの上で踊らされている。

 その手掛かりはあのジェイクという男にありそうだ。判明していることだけでも教えてもらうと、思ったよりも何もつかめていなかった。

 まず、ジェイクの素性は不明のままだった。

 このロハンザの街にどうやって入ってきたのかも不明で、かろうじて傭兵騎士団の上層部の誰かとつながりがあり、その関係で訓練校のヤヤーク所長に紹介された経緯が分かっているだけだった。その名前からしても、本当に一つ名で平民以下の身分なのかどうかも判明せず、仮に一つ名であれば待遇が三つ名並みで違和感があり、それでいて上層部からの言動における態度は格下相手のようでもあり、ちぐはぐな印象があるという。

 ヨーグの個人的感触からすると、ジェイクの背景には大きな組織があって傭兵騎士団としては敬意を払わねばならないが、ジェイク個人の身分は低いためにそのギャップが出ているのではないかということだ。概ねその推論は支持できる。付け加えるならば、ジェイクという男そのものへの畏怖のようなものも感じた。格下だと判断しているにも関わらず、越えられない何かを本能的に感じ取っていながら、それを認めがたいというような人間のどうしようもなさが滲み出ていた気がした。

 その背後にある組織とやらについて何か分からないのかと問い詰めたが、戦争屋関係、すなわち戦いに関する何らかに特化した集団だろうという憶測しか出てこなかった。傭兵騎士団と提携しているのならば、それはそうだろう。戦闘集団がいきなり養蜂の技術を得ようなどとは思うまい。

 そんな得体の知れない組織が関わっている強化遠征に、まさか巻き込まれるとは思ってもみなかった。完全に想定外だ。

 「早めにお伝えしたいと思ったのは、おそらくその強化遠征に参加する場合、宵のポロロイ河越えになると考えられるからです」

 「オロローヒ?」

 (ポロロイだ。食べながらしゃべるでない。要するに、自己責任で命を懸ける大博打になるということで、かなり危険だという話じゃ)

 これはポロロイ河を渡れば近道になるが、あまりに急流で死者も多かったことから、それでも自己責任でいくかどうかという決断の話が由来だった。強化遠征にはどうやら生死も関わってくるらしい。想像以上に厳しいもののようだ。そんな危険な訓練を、こちらが辞退できないような形で命令してくるのだろうか。どう考えても理不尽できな臭いのだが、ヨーグが間違った情報をわざわざ伝えてくるはずもない。

 戦闘集団の組織である以上、命を懸けることは前提とは言え、訓練所の時点で生死に関しては自己責任という名目を前面に押し出してくるのは少し違和感を覚える。騎士団入団が確定した場合は理解できるが、今はまだその前段階だ。早いか遅いかの問題でしかないと言われればその通りではあるが、何か釈然としないものがあるのも事実だ。

 「つまり、嫌ならあきらめろという選択を残しつつ、実質断れない状況で決断をせざるを得ないことになります。他に集められそうな訓練生の面子もそうした顔ぶれが多そうなので、明らかに狙っているようです。そんな中で、シィーラさんがどう考えても浮いてる気がするのがまた気になるんですが、理由は不明です」

 選抜された理由が、他の者と違うということか。

 その違いを聞き出そうとしたとき、急に外が騒がしくなった。「火事だー!!!」という叫び声と警鐘の音が聞こえる。

 木造建築が多い街の中では火の巡りは恐ろしく早い。飛び火で瞬く間に広がるからだ。そういえば、最近ボヤ騒ぎが頻発していると小耳に挟んだ記憶がある。火事で大した被害が出ていないのがその証拠だ。今回もその類だろうと思ったのだが、

 「……今日はここまでのようですね」

 「ほむ?」

 ヨーグがそう切り出したのは意外だった。思いの外、火事を気にしているようだ。

 「少し別件で調べていることがありましてね……申し訳ありませんがここで切り上げさせてください。ああ、そちらのご依頼の方もしっかりと対応はしていますのでご安心を。では」

 本当に急いでいるようで、するするとその場を去って裏口らしきものから出て行ってしまった。

 残されたシィーラは未だに出されたものを食べ続けている。もう少し食べ物意外に関心を持ってもらいたい。

 (どうにも奇妙なことになってきたようじゃな……)

 ヨーグの伝えてきた情報を整理すると、強化遠征なる何らかの特別訓練に駆り出されることになるようだ。どこでどのくらいの期間になるのか、その目的も不明だが、最終的に断れないことになりそうだ。しかも、生死を賭けての話らしい。何がどうなるのか分からないが、準備だけはしておいた方がいいだろう。

 「はにがひみょーはほー?」

 (だから、口にものを入れているときはしゃべるな。そして、お主はもっと緊張感を持て……)

 相棒である妖精の成長をただ願うばかりだった。



 人生とはままならないものである。

 その理不尽さは捨て子だった時からしっかりと学んでいる。現状も妖精に身体を乗っ取られるという訳の分からない事態になっているくらいだ。今更何が起ころうとそれほど驚きはしない。しかしながら、それでも文句の一つは言いたい。それとこれとは別というやつだ。

 (明日、出発じゃと……) 

 先程受け取ったばかりの手紙の内容に、唖然とする権利はあるはずだ。

 ヨーグから強化遠征の情報を聞いた半巡り後、その命令は突然やってきた。しかも、狙いすましたかのように夜に届けられ、反論の機会もない。従わなければ問答無用で退所扱いだった。死んでも自己責任の内容で、即答を要求するのはなかなかに鬼畜だ。

 今更断るはずがない、断れないという状況を見越しての伝達なのは間違いない。昼間には、誰にも何も言われていないからだ。伝える時間はいくらでもあったはずなのに、だ。やはり様々な思惑が飛び交っているようだ。ある程度の用意はしていたが、ここまで急だとは思わなかった。

 「にゅーん?この魔紋ってなぁーに?」

 手紙には誓約書がついており、ご丁寧に署名の横に魔紋証明付きだった。

 「魔紋っていうのは、人が魔力を流すとそれぞれに独自の文様が出る魔紙ましの性質を利用して、本人証明をするための特別な方法ってところかしら……でも、今のシィーラの状態ってどうなるのですか?」

 最後はわしに向けての質問だろう。ナリスが首を傾げる。

 (魔力を出力できないゆえ、本来のわしは魔紋がないことになるのだが、ある特殊な方法で魔紋は出せる。じゃが、わしとシィーラのそれは別物であるから、問題はないと言えばないのじゃが、長期的に考えると工夫せねばちょっとややこしいことになるな……)

 「つまり、どゆことー?」

 簡易的に説明する。

 魔紋はナリスが言ったように、本人独自の文様が登録されることで偽造されない本人証明となる。具体的には魔力を流した魔紙を保存しておき、後で確認する際にまた同じように魔紙に魔力を流し、二つを照合して同一かどうかで判断するものだ。

 上流貴族や王族などは、生まれたときに魔紋を登録して保存しておくことが多い。そうしておくことで、例えば幼少時に攫われて行方不明扱いになったとして、十数年後にいきなり成人した者が王族を騙って現れたときに役立つ。魔紋で照合すれば偽物かどうか分かるからだ。魔紋がないと成長した姿が分からないので似ているか似ていないか、などのあやふやな外的要因でしか判別できない。実際、そういう手法で名家に入り込もうとする不届き者は少なくなかった。正当な王族であれば王族的特殊能力レントによって区別できるが、当然そう多くはない。

 また、重要な誓約書などでもこの魔紋は使われる。今回のように生死が関係する場合や国家間の契約では特にその傾向が強いが、魔紙は高価なために平民対象の誓約書に使用されることは滅多にない。逆説的に、今回の強化遠征にはそれだけの価値があると訓練所側が認めて本気で取り組んでいるということでもある。死んでも絶対に文句は言わせない、という強い気概を感じる。

 一方で、その魔紋を行うに当たって問題なのが、現在のシィーラとわしの状態である。現状で魔紋に示されるのはシィーラの魔力を元にしたものとなるため、今回限りに限って言えばそれでよいのだが、将来的には都合の悪い状況が残ってしまう。本来のわしの魔紋は別で既に登録されており、万が一その二つが照合されたときに不都合が生じるためだ。そんな可能性は低いとは思うが、騎士団入団時にもおそらく魔紋証明することになり、それが保管されることを考えると下手は打てない。

 本来のわしの魔紋を登録するのが長い目で見れば上策だった。そしてそのためには、魔剣を握る必要があった。身体的に魔力を出力できない以上、魔剣を通じて魔紙に魔力を流す必要があり、その媒介物となるのが魔剣だからだ。その際に、ただ触れているだけでは伝達が上手くいかず、しっかりと魔剣を握って魔力を流すことが必須条件なことは経験で分かっていた。

 「……鳥の状態だと、剣を握るのは不可能ですね……」

 ナリスが状況を理解してくれたが、シィーラはまだ頭に疑問符を浮かべていた。面倒なのでしばらくそのままにする。

 (そうじゃな。ただ、解決方法の目途は立っておる。そのためにすまぬがナリス、今からとある料理を作ってもらいたい)

 「え、料理、ですか?」

 (うむ。膨大な魔力がいるのでな。急がせて悪いが、その他にも色々と手配せねばならぬことがあるゆえ、まずそこから始めたい。理由や説明は後でまとめてする。

 「わ、分かりました……ただ、一つだけ教えてください。これはもうその強化遠征というものに参加するという話になるんですね?」

 わしはうなずいた。誓約書とは別に、ヤヤーク所長の伝言にはこうあった。

 『貴公の評価は現在保留中ではあるが、今回の成果によってすべて明瞭になることは約束する。その際には負の査定を帳消しにし、かなりの上向きで判断することも保証する』と。裏を返せば、今回の遠征に参加しなければ何も評価されないという話だ。もっとも、断った時点でおそらく退所扱いになるので同じようなものだ。

 (期間が分からないのが難点じゃが、少なくともこれが終わった時点で訓練所での地位向上は約束されたようなものじゃ。その頃には色々と調査も進展しているはずであるし、目的に大分近づけることは間違いない。この流れには乗らねばならぬ)

 そこからの夜はとても忙しいものになった。準備はしていたものの、それでも時間の余裕があまりにも少なかったためだ。普段はのほほんとしているシィーラですら、この夜ばかりは単独で仕事を与えなければならなかったほどだ。

 組織に属すると、こうした権力の前には無力だと痛感する。師匠が良く言っていた自由の重みを改めて認識する。

 「自分のためだけに生きたいのなら、他人と関わるのは最低限にするしかないぞ?自由というものは、おおよそ独立して存在してこその宝物よ。人は生まれながらにして世界に属し、社会に属し、種族に属する。そこから更に特定の人間集団に属するのだから、制限ばかりなのは当然じゃ。そんな中でいくら自由を謡おうと、所詮限られた事由に過ぎぬのは明白じゃろう?」

 まったくその通りじゃな、師匠。

 今ならばそう感慨深く相槌を打てるくらいには成長した。この思いを伝えられるのは一体いつになることやら。

 何はともあれ、煩雑な夜はそうして更けていった。

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