3-6
「どうやったら、ロアーナと合体できるかなー?」
ある日の実技講習の終わり、演習場から引き上げる際にシィーラが問いかけてきた。
合体とはまた婉曲なのか直接なのか微妙な表現をしてきたものだ。性交のことを人前では大っぴらに言うなと諭したので、忠実に守っているとはいえ、言及している時点でどうなのかとは思う。
(それは力尽くという話ではないじゃろうな?)
「違うよー。無理やりはよくないってゼーちゃんが言ってたんじゃん?」
(うむ。覚えていて何より。強制するのは強姦といって犯罪じゃ)
正直、それが半ばまかり通っている場や状況が多くあることも事実なのだが、妖精にそれが常識だとは思って欲しくはない。
(ロアーナに合意の上で持ってゆくためには、やはりねじ伏せるのがよいであろうな……)
「ほぁっ!?それって力尽くじゃないのー?」
(いや、言葉が足りなかったな。物理的にねじ伏せるのではなく、立場的にこちらが上だと理解させるという意味じゃ)
「んー、どゆことー?」
(ロアーナのような弱肉強食主義の相手には、こちらが絶対的に優位に立つのが定石じゃ。つまり、分かりやすくやるならば戦闘で勝つこと、それも服従させるくらいの圧倒的勝利じゃな。叩きのめすという意味ではなく、手も足も出ないくらいに立ち回って、ロアーナが感服するくらいの力の差を見せつけるのが理想じゃ)
「えっと、つまりー……ユーなんか秒でコボコボにできるぞーいって分からせればいいってことー?」
概ね間違ってはいないが、本当にどこでそんな言い回しを覚えてくるのか、毎回不思議でしょうがない。それと、擬音はボコボコだ。惜しい。
「うみゅー、でも、まだあたしってそこまで強くないのー?魔剣使えばいけそうなんだけどなー」
シィーラは割と自分の力量に自信を持っている。それはそれで悪くはないのだが、自己分析で過大評価はよろしくない。
(前にも言ったが、お主はまだ魔剣を扱いきれてはおらぬし、魔剣頼みに勝ったとしても納得はすまい。ロアーナは一対一の対人戦においては、お主より経験も当て勘もずっと上じゃ。相手の得意分野で勝つのは理想じゃが、それが叶わぬ以上、駆け引きでいかにして自分の陣地に引っ張り込むかが鍵となろう)
「むむむ、もっと簡単に言うとー?」
(要は、正面で対峙しながらも隙をついて決定的な一撃で屈服させる、というのが現状で一番脈がある手じゃろうな)
「ほむほむ……戦ってる中で、不意打ちいっぱぁぁーつ!みたいな?」
こういう理解力はやけに高い。先の奇襲で自分なりの強みに気づいたせいかもしれない。
(そういう解釈でもいいが、その場合不意打ちと呼ばぬであろうな。死角からの一撃というような感じか)
「四角?三角じゃだめなのー?」
(そのしかくではない……とにかく、本気で実践するつもりであれば、そうじゃな……フェイント、牽制の動きを覚える必要がある)
そこからしばらく近接戦闘における身体の動き、読み合いや、腕の仕草一つで相手を誘う『振り』の動きなど、懇切丁寧に説明する。興味を持ったことへのシィーラの集中力は秀でているので、普段の移り気とは打って変わって驚くほどの吸収力だった。
人であれ妖精であれ、性欲がかかったときの精神力というのは凄まじいものらしい。翻ってわし自身のことを鑑みると、どうにも例外な気がしていた。鳥にも発情期があるはずだが、特にそういった感覚はなく、そこは妖精に準じているようだ。物理的に鳥のような身体ではあるが、やはりそこは鳥ではないということだろうか。鳥としての繁殖行為というものにも多少興味がないではないが、それで変な感覚を覚えて取り返しのつかないことになるのもどうかとは思うので、何もなくてよかったのかもしれない。
そんな取り留めのないことを考えながらも、一通りの概要をシィーラに伝え終えた。
「なるほどー、それができるようになれば合体可能なんだねー、やるぞぉー!」
正直、実力的にはまだロアーナの方に分があるだろう。特に近接で正面からやり合うとなれば、不利なことは間違いない。ただ、シィーラが持つ不可思議な気配というか、捉えきれない感覚というのが脅威なのは事実だ。戦闘の最中に一瞬でも見失えば、武芸者が頼るのは勘と気配の察知になる。この時になって初めて後者がうまく機能しないことに気づくと、それに即応することは難しい。相手を捉えきれない状態では、身を守るにも苦労することは自明の理だ。
シィーラの護身を鍛えてく上で、この特性は最大限に伸ばしたいところだった。だが。現段階ではまだ小手先の技でしかない。もっと磨き上げてゆく必要がある。長い時間をかけて体に馴染ませなければならないのだが、シィーラはそこをまだ理解できないだろう。説明したところで納得しそうにないので、今は目先の餌でやる気だけを引き上げて釣るしかない。
ロアーナ相手に圧倒的な実力差で勝つことは正直厳しいだろうが、勝負に勝つことは不可能ではない。その結果がどう転ぶかはロアーナ次第なので、成り行きに任せようと思う。実際のところ、これ以上シィーラの逸る気持ちを抑えることが難しかった。ロアーナに対する思い入れが強すぎて暴走する危険の方が高く、下手に我慢させるのも下策だと判断したのだ。
見染められたロアーナに対しては、ご愁傷様としか言いようがない。
そういえば、シィーラの性別的にはどちらなのかと以前に聞いたことがあった。要するに、ロアーナに対する性欲は男としてのものなのかどうかという話になるからだ。中身が女で、身体的に男だからこその衝動なのか否か、といった疑問が当然ある。女同士、男同士という関係性もあるにはあるが、やはり異性間の方が大多数である以上、それを基準に考えるのが道理だ。 その点で、シィーラはどちらでもないというのが一応の結論だった。
妖精には明確な性別の区別はないらしく、どちらにもなれ、どちらでもあるというような感覚が近いとのことだった。一応、男女どちらか寄りという意識はあるようだが、それほど気にしていないという前提があり、人間や動物のように男女、雌雄の違いが身体的にないことから、さもありなんといったところだ。
物理的な特性に依存していないのであれば、そういう形もあり得るのはなんとなく納得できる。
普段からどことなくシィーラを女性寄りに感じていたのは、あながち間違ってはいなかったようだ。ただし、年齢的には完全に子供としてであり、幼き時分に男女の区別をあまりしないのと同様の感覚だ。まだ親になったこともないわしだが、既に子を育てている気分に度々陥るのはどうしたものか。
(何にせよ、もう少し実戦形式で勘を養いところではあるな……わし自身が相手をしてやれればよいのだが……)
「それって、ゼーちゃんとゼーちゃんがやり合うことになるんじゃないのー?あれれ、ならさー、分身の魔法ができればいいんじゃなーい?」
(分身の魔法?それは、東方の忍とやらが使うという分け身というものか?)
「シノービ?なにそれ?あたしが言ってるのは分身だよー?自分をもう一体作って、いろいろ二倍みたいなー?んにゃ、でも、なんかそれって凄い難しいとか……誰か言ってた気がするなー」
何かを不意に思い出したように、シィーラがどこか遠くを見つめる。妖精特有の突発的な記憶の回想だ。長い時間を生きる妖精は退屈することで死ぬのだが、この死が意味するのは記録のリセットであり、まっさらな白紙の状態からやり直すことを指す。おそらくだが、この際の記憶のリセットというのは実際には封印に近いもので、ふとした拍子に揺り起こしのような形で蘇るものだと推測している。ゆえに、シィーラは時折気になる単語や現象から突如、それまで知らなかったはずの何かを口にすることが多々あった。
今の分身の魔法とやらもその類だろう。
複製魔法というものはあるにはあるが、対象が物理的なものは不可能とされている。できるのは例えば灯火を複製するような形の、魔法の複製くらいだろう。魔法は魔力を源としており、瞬間的に干渉することはできる。だが、それらを現実に定着化させることは非情に困難だ。永続的にその影響を留めるには性質が違い過ぎる。
人を魔法で複製するなどというのはどう考えても、ベーゼルの塔より高いことだろう。荒唐無稽すぎて笑い話にもならない。
一方で、ふと考えてしまう。
妖精魔法であれば可能なのだろうか。どうやら妖精という種族には物理的な身体というものがない、というか曖昧とした存在だ。物理的なものでないと考えれば、それはある種の魔法の性質にも近く、複製も可能なのではないだろうか。
とはいえ、シィーラが中身であっても人間のわしの身体であるものは、果たしてどちらに属することになるのか。精神と身体、複製できるとするなら両方なのか、片方なのか、あるいはどちらも一つずつ別で考えるものなのか。さっぱり分からない。
更に言えば、複製が可能だとしても、身体だけの人間状態の自分より、今の鳥のような自分の方が可能性が高い気がしないでもない。だが、この状態のわしを複製したところで、何のメリットがあるだろうか。
願ったのはあくまでも、人間の身体でシィーラと稽古をすることだ。
無駄な思考だと振り切ったところで、我に返ったようなシィーラが笑顔で言った。
「うん、やっぱできたはずー。早速、やってみよー!」
軽いノリながら、期待に満ちた自分自身の満面の笑みによる圧力に負けた結果。
「ゼーチャンが二匹いるっー!!?」
馬鹿げていると思うが、出来てしまった。
複製魔法か分身魔法か、呼び方は何であれ、鳥のようなわしが目の前に浮かんでいた。いや、すぐにそっと地面に着地した。それきり動かないが、確実にその外見は妖精もどきの丸い鳥となった自分だった。
(魔法式も発動工程も曖昧なまま、何となくで精製できたのじゃが……)
妖精魔法というものがいかにデタラメなものか実感する。やはり、人間の魔法のそれとは根本的に違うのだろうか。それにしては、人間方式の自分のやり方で発動しているのが謎だ。それはさておき、実際に存在しているのかどうしても確認しておきたい。
幻術の類で、忠実に現実に投影されている幻という線も捨てがたい。触れられるかどうかが問題だ。
シィーラの肩口から離れ、地面に立っている丸い鳥に近づき、羽でつつく。
(……うっすらとだが、触っている感覚があるな……シィーラ、試しに持ってみてくれるか?)
「ほいほーい」
シィーラは無造作にわしとその分身らしきものを摘まみ上げる。
ぞんざいな持ち方はやめい……と思わなくもないが、大事なのはしっかりと持ち上げていることだ。本物のわしまでつまむ必要はないが、対象を明確に指定していないのでやむなしとしよう。
(どうやら、しっかりと現実化しているようじゃな……分身魔法というのは本当に可能だと認めざるを得ない結果になったようじゃ)
「うーん、でも、このゼーちゃん動かないよ?」
(動く?それはわしがまだ何も指示していないから、と、そういうことか?)
「うんにゃー、%=#;がやってたときは、お互いに勝手に口喧嘩してたからー、別に指示とかいらないって話だったはずー」
聞き取れない単語らしきものは、おそらく妖精の名前だ。人の口からは発音できず、人間には聞き取れない体形の言語なので怪音にしか響かない。記憶による知り合いのことを思い出したのであれば、それが意味するところは、分身魔法が生命体の場合、自立思考して独立的に動くということになる。それを確認すると、
「そうそうー、それで%=#;がうまくいかないから、いまいちーって嘆いてた気がするー。自分なのに言うこと効かなーいってー」
(妖精の精神も複製した状態なのであれば、気分次第になるじゃろうから、納得感はあるな……仮にお主が二人いて、同じ店で同時に注文をしても、おそらくは違う食べ物を頼むじゃろうて)
「んー、そうかなー?」
絶対にそうだ。ネズパンが食べたいと言って店に入ったら、まったく違う肉串に気づいてそちらを買うような移り気な性格だ。ちょっとしたことで意見がころころ変わるゆえ、分身しても同じ行動はとらないであろうことは容易に想像がつく。
だが、今大事なのは自立思考するという方にある。
少なくとも、現状のわしの分身は単なる置物だ。姿形は完全に生命体としてぬくもりすら感じたが、ぴくりとも動かない。まるで中身のない器のようだった。そこではたと気づく。
現在のわしの状態は、そういう不完全な状態なのではないか。
分身魔法が半端に行使された結果と推測できなくもないが、もともと精神と身体の結びつきが正常ではないとしたら、その複製は特性をそのまま引き継ぐと推測できる。つまり、現状の自分の精神は人間で身体は妖精という仮定が成り立ち、その分身もまた二つが分離したような、あるいは不安定な状態だとも言える。
そんなあやふやなものが果たして複製できるだろうか。できるのは構造がはっきりしている身体のみで、精神は保留または排除されるという考え方が一般的ではないだろうか。まるで動かない自分の分身は、身体のみが複製された状態で精神がないという推論が浮上する。そうであれば、微動だにしない今の状態の説明は一応つく。
いや、完全に都合のいい解釈に過ぎるか。仮定が多すぎてそもそも論理的な検証が不可能な以上、推論に意味はない。ただ結果を受け入れるしかないのかもしれない。
(実際、まったく動かぬ……精神的な何かがないのではないか?)
「だったら、入ってみたらいいんじゃなーい?」
(入る?)
「こっちのゼーちゃんがこっちのセーちゃんにていやーって入ればよさげー?」
何を言ってるのかが分からない。どういうことなのかと先を促す。
「だからー、ゼーちゃんの魂?みたいなのをぽーんとこっちに飛ばせばいいじゃん?そしたら、しゅびびびーって動くよ、きっとー」
魂を飛ばす?精神を移すということか。そんな発想はまったくなかった。あまりに非常識だ。
他方で、現在の自分の存在そのものが理不尽であることが痛烈に思い返される。不可解に塗れた現状が、非常識だの無茶苦茶だのという言葉をあざ笑うがのごとく押し寄せてくる。この考え方こそ改めるべきなのだろうか。立ち位置が未だにどうにも定まらない。
百歩譲って精神だけを切り離せるのなら、むしろ自分の身体へ戻れるのではないかと思ったとき、試してみる価値があると思い当たる。少なくとも今現在の仮定としては、シィーラとわしの間で精神と身体の交換が行われていると考察している。ならば、わしの精神というか、意識を切り離して移動するというその方法はあながち在り得ないとも言えないのではないか。
実際に現状がそのかたちであるなら、どういうわけかそれが起こったということで、その現象自体は否定されることはない。
だが、精神と身体を切り離す魔法など聞いたことがない。いや、何かあったか。精神を高めるための瞑想の果てに、意識のみで知覚できる高次元の世界があるような話を聞いた覚えがある。詳細は記憶にないが、要するに集中して精神統一を図れば、あたかも精神という魂というか意識が、肉体を離れて別次元のどこかへ行くということだ。
それはある種の身体との分離だと考えられる。できるかどうかはともかく、深い瞑想状態に入れば何かが分かるかもしれない。
(……少し試してみるゆえ、静かに頼む)
「おお―、やる気だねー!?おうぅ、おうぅ、おぅぅ!」
シィーラがなぜか交互にパンチを繰り出しながら、謎の掛け声と共に戦闘態勢の構えを取る。そっちがやる気を見せてどうする。そういうのを止めろと言うのに、まったく伝わらない悲しみよ。
とにかく、気が散るので目を閉じて集中する。自身がどこかへ飛ぶようなイメージで、漠然とした魔法を構築する。未だ飛行の魔法というものはないのだが、その場で浮遊する魔法というものは存在する。その浮遊状態を横移動させればいいだけなのではないかと、遠い昔に思っていたので今こそと実戦してみる。
意識を飛ばすというのは、詰まるところまさにそれに近いのではないか、と思った矢先。
視界が暗転し、突如どこかに引っ張られる感覚があった。
(――――!!!?)
味わったことのない奇妙な体験に、流石のわしも動揺する。無謀な魔法が暴走してとんでもないことになったのではないかと危惧したのだが、次の瞬間には何かがカチッと嵌まった時のような、またしても不思議な感覚が全身を貫く。
ゆっくりと視界に光が戻ってくると、シィーラが見える。だが、何かがおかしい。先程とは見え方に違和感がある。
(これは、左右が逆、なのか……?)
「あれれー?ゼーちゃん、こっちが動いてるー?」
その言葉で確信する。わしは今、分身した身体からシィーラを見上げていた。先程つかまれて左右の手の平の上にいたのだが、その位置が逆になっている。シィーラは何もしていないので、わし自身が動いたことになる。そう、精神だけが。結果的に、シィーラの言うように精神のみの移動ができてしまったようだ。
(……妖精魔法、デタラメが過ぎるじゃろう……)
その後、分身した状態で飛ぶことができ、魔法も使えることが分かった。その間、本体の方は代わって休眠したような状態でぴくりとも動かなくなるのも確認した。自分を複製しても、動かせるのは一体ということだ。これでは何の意味もないのではないか。
おまけに、魔力消費量がとんでもなかった。一旦解除した途端、丸い体が萎んだように感じるくらいの疲労感が襲ってきた。
「次は、人間の身体の方だねー?」
満面の笑顔でそんなことを言うシィーラ。
絶対に無理だともう言えない自分がそこにいた。常識を捨てる時が必要なこともあるようだ。
改めて、自身の身に起こっている奇々怪々な状況を思い知らされた。




