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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第三章:機略
24/207

3-5


 その後の混乱は予想通りというか、少々想定を上回った。

 大隊長を襲撃する訓練生というのは前代未聞だったらしく、主任指導官のホルムが相当お冠だったからだ。

 副官のエメという男もご立腹の様子で、シザレッド自身が諫めなければ抜剣して斬りかかって来そうな雰囲気だったので、しばらく剣呑な空気が辺りに漂っていた。護衛もその役目を果たせなかった苛立ちをぶつけてくる逆恨みの視線が強く、こちらとしては快挙を成し遂げた実力者として畏敬の念を期待していたところに、なかなかの逆風だった。

 そんな空気を吹き飛ばしたのは大隊長のシザレッドで、内心はともかく器の大きいところを見せてシィーラを持ち上げて褒めてくれた。

 「はっはっはっ、奇襲とは言え見事な一撃だったよ。遺憾ながら、してやられたと言うしかないな」

 最高位の上官がそう手を叩いて笑うのだから、他は黙るしかない。

 実際、怪我もさせていないので当然だとこちらは主張したかったが、ここは黙って嵐が過ぎ去るのを待つのが上策だ。エゼルホンの仮眠というやつだ。状況を静観して機を待つのが最終的には上手くいく。ちなみにエゼルホンはとある国の王で、幾つかの近隣諸国で戦っていたとき、最後まで自ら仕掛けずに仮眠を取りながら見守っていたことで周囲が自滅し、結果すべての国を併合した逸話がある。

 ゆえに、じっと黙っているようにシィーラにも指示した。

 ……したのだが、既にシザレッドを待っていた事前の我慢期間もあり、妖精ユムパの耐久許容量は越えていたようだ。

 「殺せたのに殺さなかったんだから、感謝してよねー」

 あっさりと言うべきではない一言が放たれてしまった。実際に狙われる立場の人間にしてみれば、冗談ではすまされない。

 「き、貴様ーーっ!!!」

 副官が今度ばかりは容赦できぬと、抜剣して飛び掛かってくる。

 「はわわわっ!!?」

 「やはり狙っていたのではないのかっ!!!失敗して、訓練生の昇級という形でごまかしているんだろうっ!!!」

 勝手な解釈が生まれてしまっていた。

 シィーラはとっさに魔剣でその一撃を受け流すが、これもまたまずかった。

 「その剣はどこから出したっ!!!?やはり隙を見て油断したところを襲うつもりだったなっ!!!卑怯者めっ!!」

 完全に刺客だと決めつけられてしまう事態になった。頭に血が上った状態では、まともに話も聞き入れられそうにない。

 (馬鹿者がっ!せっかくの功績が台無しではないかっ!!)

 「ええーー!小粋なシープをかましただけなのにー」

 どこでそんな言い回しを覚えて来たのか。だいたい、まったく小粋ではなく小癪なだけだし、シープではなくおそらくジョーク辺りを言いたかったのだろう。何もかも間違っていて迷惑極まりない。

 (とにかくこの場を離れろ。訓練所の指導官たちならまだしも、この状況で本隊の騎士団員相手にやりあうわけにはいかぬ)

 そうして自滅する形で、戦略的撤退を強いられた。

 計画は完璧だったはずであるのに、納得が行かない結末になってしまったのである。



 二時間後、指導官のペドンからある一室に呼び出しを受けて説明されられていた。

 主任指導官のホルムもその隣で不機嫌顔でこちらを睨んでいる。

 喚き散らしていないのは、更にその横に大隊長副官のエメという男がいるからだろう。その表情は先ほどの怒りが一週して冷静になったような不気味なほどの凄みを帯びたもので、能天気なシィーラすらもやや怯ませるほどの迫力に満ちていた。

 どういう腹積もりなのか分からないが、少なくとも黙ってこちらの話は聞いていた。

 「――では、あくまで昇級目的の腕試しで、大隊長に対する積極的な攻撃的意思はなかったということだな?騎士団へのどんな敵対組織とのつながりもなく、連携した事実もないと」

 ペドンが確認するように要約した。

 「そだよー。大隊長を殺したって何の意味もないしー、他の組織とか知らないしー」

 その言い方をどうにかして欲しいと思うものの、ここにナリスはいない。謎翻訳が無難に機能してくれることを願うことしかできなかった。厄介なのは、この男口調に直してくれる不可思議な翻訳は、言葉のニュアンスや行間を読むセンスもあることだ。昔、どう訳されるか実験していた時に気づいたのだが、不満げな時は不満そうに、適当な態度の言葉の時にはそのような雰囲気を割と感じさせる変換が行われるので、シィーラの独特の言い回しの趣も醸し出す傾向が強い。

 常に畏まって変換してくれるぐらいの方が有難いと思ってしまうのは、高望みしすぎだろうか。

 「……以上のように、シィーラ訓練生にはシザレッド大隊長を害する気はまったくなかったという言は、信用に値するかと思われます……」

 苦し紛れのようにペドンはそう切り上げた。

 この大柄な指導官は一貫して公平な態度で接してくれる人物で、初日から闘耐戦で殴ってきた苛烈な相手だとしても好感が持てる。今回もこちら側に立ってくれていることは察せられた。その恩をシィーラがどこまで理解しているかは不明だが。

 「確かにこの者と、今回捕まえた反逆者たちとの間のつながりを示すものは見つかっていない。しかし、だからといって白だとも言い切れんな。わたしの勘が何か不穏なものを感じている。普段の素行はどうなんだ?」

 「はい。これといって問題はおこしていません。実技成績は上の下、座学は下の上で、先日の暴徒ヴァルガー鎮圧の立役者であります」

 「最後の件に関してはトラクーリャ組の凡夫がたまたま居合わせただけです。鎮圧の際に訓練生も巻き込んでおり、一部では仲間殺しとも言われてますがね」

 ペドンの援護射撃もホルムの補足で台無しだった。伝え方に悪意が溢れている。

 「先のあの襲撃か。呪具か使われたという話だったな……」

 何か思うところがあるのかエメが顎に手をやって固まった。全体的に凡庸な顔立ちの男だがその顎はしゃくれており、そこが特徴と言えば特徴だ。シザレッドの副官ではあるが、自身も第二中隊隊長という肩書があり、部隊によっては司令官の立場だけあって陣頭指揮を取れる素養は持っていた。ただのお飾りの秘書的な雑務係ではない。

 「……シィーラ訓練生。偽りなく即座に答えろ。ある命令を受けたとき、以下の条件の場合どう行動するかだ。問い。その作戦を実行すれば部隊全体の20人が助かるが、腹心の部下一人の命が犠牲になる。実行するか否か?」

 急に妙な質問が飛んできた。最近、どこかで同じような感想を抱いた気がするが、今は返事が先だろう。シィーラは「むぅ」と一言うなってみせたが、これはあまり真剣に考えていない。暗にわしの助言を待っているときの反応だ。

 もっと前提条件に付いて詰めたいところだが、エメはそれを許さない雰囲気でこちらを見つめている。その視線は確実にわし自身を捉えていた。シィーラの使い魔で知性があるという情報をおそらく掴んでいる。完全に何かを見定めようとしている目だ。ここで下手なごまかしは下策のようだ。

 (立場が全体を統括する最高指揮官であれば部隊を活かし、単なる小隊の上官職に過ぎないのであれば腹心の部下を取る)

 本音としては臨機応変としか言えないのだが、最低限の枠で形式上の答えを出すしかなかった。

 シィーラがそれを伝えると、エメは何も言わずに席を立った。その表情は険しいままで特に変化はなく、何も読み取れない。

 「エメ中隊長?」

 ホルムが困惑した声を投げるが、一顧だにせず部屋を出てゆく。微かに「……多少の芽はあるか……」というようなささやきが聞こえた気がしたが、あまりにも小さくて定かではない。

 「ほぇー?」

 その背中をシィーラの気の抜けた声が追いかけるが、無情にも部屋の扉はバタンと閉じられた。

 何とも言えない沈黙が一瞬部屋に広がり、すぐにその空気も弾けた。

 緊張感のようなものが抜けていく。

 「……これは、報告に納得して終わり、という解釈でよろしいのでしょうか?」

 「し、知るかっ!少なくとも、拘束はしない方向でいいのだと思うが……だいたい、この会合自体良く分からないまま始まったのだ……」

 ホルムの最後の言葉の方は独り言のようだ。不満げにぶつぶつと恨み節のようなものを吐き出している。

 こちらとしても、何のために呼び出されたのか説明が欲しいところだが、冒頭から何もなかった上に、現状の指導官たちの困惑ぶりを見るに、答えはなさそうだった。先日の査問会同様、勝手に振り回されるこちらの身にもなって欲しい。

 一方で、こういうことはままあることだ。大陸は身分階級制度が根強い傾向にあり、人権の平等だのあらゆる民に公平な政策だのというような自由主義の風潮は高まってはいても、まだまだほんの一部でしかない。立場の弱い者は支配され続け、搾取されるのが当たり前の仕組みが出来上がってしまっている。

 騎士団入団という目的がある以上、その決定権を持つ運営側には逆らえず、今は大人しくして耐え忍ぶしかなかった。

 「とにかく、これで終わりでいいだろう。おい、貴様。これ以上迷惑をかけるんじゃないぞ。首の皮一枚でつながっている崖っぷちの身だと覚えておけ」

 ホルムは嫌味たっぷりにそう捨てセリフを残して去っていった。

 「……やれやれ、お前も色々と厄介ごとを持ち込んでくれるな」

 「別に悪いことしてないのになー」

 ペドンに応えたシィーラの言葉は事実だ。こちらは特にルール破りはしていない。多少、誇大解釈を適用させてはいるかもしれないが、逸脱はしていない。それどころか、功績としてはかなり大きいはずなのに不当に評価されていると、逆に文句を言いたいところだ。

 「個人的にはお前の行動は、前評判通りの実力を認めざるを得ないと思うが、どうにも派手過ぎて賛否両論なところがあるのは事実だ。もっとうまく立ち回ればいいものを、妙なところで損をしている気がする」

 「んー、そうなのー?」

 ペドンの言いたいことは分かる。もっと適切な言動が取れれば、多少批判的な相手でもそう悪い印象は与えないで済むはずだった。だが、これはもう妖精である以上どうしようもないことだ。シィーラの奔放さを抑え込むことは不可能なので、妥当な線をどこで引けるかという落し所の見極めの問題になっている。

 (とりあえず最悪の結果は避けられたようじゃ。いい機会だ、先日の査問会のその後の状況を聞いておくがよい) 

 未だに暴徒鎮圧の功績についての返事はないままだった。どういうことになっているのか知りたい。

 「あー、その件は残念ながらオレにも分からん」

 ペドンは申し訳なさそうに頭をかいた。

 「通常は評価値を吟味して昇格やら何やらで組替えとかを言い渡してる頃なんだが、貴様についての処遇は未だ何も連絡がない。多分、まだ揉めているんだろう。今回の件も大隊長殿は素直に貴様の一撃を認めているように思えるんだが、まわりがいろいろと、な……実際のところはオレにも分からんわけで、気長に待てとしか言えん」

 その物言いで何となくは察せられた。おそらくはシザレッドの護衛役側が、そのまま認めてしまうと自分たちの失態をさらけ出すことになるので、他の要因と絡めて言い訳したいというところだろう。だが、その割にこちらへの風当たりはそれほどきつくなかったようにも思える。利己心で保身に走るなら、適当に証拠をでっちあげてシィーラを反騎士団勢力だと断定して捕らえ、すべて無かったことにすることも不可能ではない。

 裏で何が起こっているのか、どうにも見えてこない。

 「んー、とりあえず、もう帰っていいのー?あたし、お腹すいたー」

 「あー、いや、それなんだが、もう少しここにいろ。オレにもよく分からんが、貴様はこの部屋にいなければならんらしい」

 「えー!?なにそれー!あんた、さっきから分からんしか言ってないよー?」

 「うっ、それはその……すまん」

 痛いところをつかれたのか、素直にペドンは謝ってくる。本当に自身でも状況が分かっていないようだ。上からの命令だということだ。というか、迂闊な発言だったのではないか。今の言動を聞いたら、途端にこの部屋が怪しくなってくる。

 (無闇にしゃべらぬ方がよいかもしれぬ。盗聴されている可能性がある)

 「とーちょー?」

 (口に出すな、馬鹿者。要するにこの部屋を誰かが監視、勝手に覗いてるかもしれぬということじゃ)

 「そんなことできるのー?」

 (壁の一枚二枚ぐらいなら魔法で透過させる、あー、ないような状態にすることも可能じゃ。そのための仕掛けが必要ゆえ、少し辺りを調べてみる。それまで大人しくしておくがよい)

 「ほーい」

 「なんだ、何を話していたんだ?」

 ペドンが訝し気な視線をシィーラに向ける。

 「うん、なんかどっかから覗いてるすけべーがいるかもーって」

 「何だと!?そんな不届き者がいると言うのか!?いや、それよりも、それが本当なら口に出したらまずいだろう?全部、バレるぞ?」

 まったくのその通りだが、今回の場合はおそらくは問題ない。先程は警戒はしたが、よくよく考えるとペドンに対して特に口止めしていないところから、すべて想定内だと見ていいだろう。逆にここまであからさまだと、こちらを試している節がある。

 果たして、部屋の隅に分かりやすい魔札を見つけた。おそらく魔力を増幅させる効果のあるものか、場所特定の目印となるものだ。魔法によっては対となる目印を置き、そこを起点として発動させる種類のものもある。

 隣の部屋辺りで、誰かが盗聴の類の魔法を発動しているに違いない。

 (懸念は当たっていたようじゃ。とはいえ、単にこちらの実力を測るためだったのじゃろう。魔札を見つけたと言っておくがよい)

 「魔札って魔道具だっけー?見つけたみたいだよー?」

 「何?どういうことだ?」

 ペドンが困惑した声を上げたとき、扉を叩く音がして見知らぬ男が顔をのぞかせた。

 「もう帰っていいぞ」

 それだけ言ってすぐさま去って行った。タイミング的に今の男が監視している者の関係者であることは間違いない。隠す気もないということだ。

 「じゃあ、帰ろー」

 シィーラは何も気にせずに部屋を出ようとする。もう少し何か考えて欲しいところだ。結局、副官のエメがあっさりと退出したのは、その後のこちらの動向を窺う意味があったのかもしれない。あるいは何か別の意図でこちらを盗み見ていたのか、魔札を見つけさせてからの考察で、実力を推し量っていたのかもしれない。

 いずれにせよ、こちらを警戒していること、それを明示的にすることでの示威行為だ。疑っていると宣言することで、下手な真似はするなという警告であるとも言える。

 階段を数段飛ばして駆け上がっているつもりだが、騎士団入団への道はまだまだ険しいようだ。

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