3-1
アルバの魔法の修行は保留のような形になっていた。
訓練所内でのシィーラの扱いがあまりよくない状態だったので、巻き込まれぬよう共に行動することを控えていたからだ。
見立てでは精神的な壁を乗り越えてしまえば、それなりの魔法士になれる資質は十分にある。焦らずともじっくりと取り組めばよいのだが、訓練所は一定の成果を求められる場所だ。定員数があるとは聞いていないが、あからさまに能力不足な人間を所属させる意味も余裕もないだろう。アルバは早急にその能力の開花を果たせなければ、切り捨てられる立場にあった。
そんな重圧と焦りが更なる壁になることは想像に難くない。今もまだ苦労していることだろう。
最後に助言をした際も、不安そうな顔で瞳を潤ませていた。
「精神的に強くなるにはどうすればいいんでしょうか……?」
いつものように小さな声で問われたが、己次第としか言いようがない。心というものは、他人がどうこうできるものではないからだ。外から何を言おうとしようとも、最終的には己自身の行動がすべてを決める。とはいえ、助言は必要だ。分かりやすく魔法に必須な要因と言えば集中の仕方だろう。集中することで精神力との結びつきが高まり、発動から威力までその結果が如実に表れる。
(精神力にある意味直結するゆえ、効率よく集中する方法を考えてみるか。やり方はそれこそ千差万別で、何が一番いいのかという命題はそれぞれが己で見つける必要があるのじゃが、何か試す指針が欲しいというのなら、まずは自分を無にする方向でやるがよい。具体的には、自分という存在をできるだけ小さく小さくして、見えないほどの点にまで凝縮するのじゃ)
「無になる、ですか?」
アルバが合点がいかないといった顔で首を傾げる。
「魔法を使うのに、無になったら何にもできないんじゃないのー?」
シィーラまでもがそんな疑問をぶつけてくる。不思議がる気持ちは分かるが、建前上シィーラがアルバに教えている体なので、こちらに聞いてくると状況がややしこしくなる。案の定アルバが「何を言っているんだ、この人は」という表情で困惑していた。
ごまかすためにもすぐさま言葉を続ける。
(先に一つの工程が必要じゃ。つまり、そうじゃな。例えば灯火の魔法を手のひらに発動させようとしよう。そこで、腕を突き出して手のひらを見る。その状態で集中するところから始めると考えよ)
シィーラはそれを復唱しながら、実際に手を前に突き出した。アルバもそれに倣う。
(よろしい。そこで先に言ったように集中するための儀式を行う。無になるイメージとして点となってみよ。限りなく己が小さくなると、すなわちそれは世界となる。自分自身が見えないほどの小さな点になるということは、世界と同化するようなものじゃ。言い換えればそれは限りなく己が広がった状態、世界の至る所にあるということと同義となる)
「世界と同化する……」
(己が世界であるということは、そこで起きるあらゆる事象はつまり、己の意志で起こせるということじゃ)
強引且つ詭弁ではあるが、こうした思考はあくまで自己暗示のようなもので論理的に正しいかどうかは関係ない。ある程度納得感のある形で自身の胸の中に納まるかどうかだ。その過程を経て神経が研ぎ澄まされ、魔法を発動するのに最適な心理状態となるように持ってゆくというだけの話だった。集中するということは、究極の形としてそういうものに置き換えられる。
(そこが叶えば、後は身体が勝手に魔法を発動させる)
「え……でも、心は無になっているんですよね?灯火を発動させるっていう思考も消えているんじゃ?」
アルバは論理的に思考できる知性がある。魔法士として有利な特性だ。感覚派の場合、必ずしも必須ではないのだが、個人的な嗜好として好ましい。
(魔法は精神と身体、どちらも使って発動させているものじゃ。そして、身体にも意志というものはある)
「ん、どゆことー?」
(だから、お主がいちいち疑問を挟むな。面倒臭いことになるであろうが。よいか、伝えるのはここからじゃ。先に手のひらを出させたのは、正にそのためじゃ。今、身体そのものは魔法の灯火を発動させる体勢になっておるな。つまり身体はそのことをしっかりと覚えておるわけじゃ。たとえ精神的に無になっても、身体の意志は魔法を使おうとしている)
「……精神を無にして世界と一体化したとき、身体が魔法を使おうとしているから、そこで現象の可能性が収束して、魔法として発動する……?」
アルバが何かに気づいたように呟いた。
一方で、シィーラはわしの言葉を繰り返しながらも分かっていないようだった。この辺りは解釈次第なのでこれといった正解はない。自分の中で都合よく昇華できるかどうかと言ってもいい。「やり方など曖昧でも適当でも、よしんば不合理でもかまわぬものよ」とは師匠の弁だが、鳥になって魔法を使えるようになった今、本当にそうだと痛感している。
魔法の発動方法には、実は型などないのだ。魔法教会が特定の詠唱や所作などを教えているが、あれは一般化した定型として教えやすい方法という、あくまで指導側の効率的な手段に過ぎない。極端な話、単に指を鳴らすことを起点に魔法を発動させることも可能だ。個々人でそれらの最適な方法は異なる。肉体的、精神的なスイッチを瞬間的に連動させることができれば、どんなものでもかまわないのが本質とも言える。
もちろん、威力や効率、起動までの速さを追求するためには、教会の推奨する詠唱や所作というのは、合理的で理にかなっている。最終的な魔法の評価という意味では、より好ましい形というのがあるのは確かだが、単に発動させるという一点においては、方法など無数にあるということだ。
魔法教会に属している魔法士には、こういった教え方はあまりよろしくないのだが、アルバは教会員ではないのでかまわないだろう。
その後ペンターズが現れてその場をかき乱していったため、あの集中方法がうまくいったのかどうかは確認できていない。何かのきっかけになっていればよいのだが。
「次の講義って、この大陸の色んな国の話だよねー?ちょっと楽しみー」
訓練所の廊下を歩きながら、シィーラが呑気に話しかけてきたので我に返る。
(以前、わしが話した時はあまり聞いていなかった気がしたがな……)
「そうだっけー?そんなことないと思うけどなー」
あの時は途中で野生の鹿か何かを見つけたシィーラが追いかけ始めて、半端に終わっただけだったかもしれない。そのような中断が多いため、何の話をしていたときなのか分からなくなっているのは確かに否めない。
大部屋に入ると、一部の視線が険しくなったがシィーラは気にも留めていない。奥まった場所であくびをしながら始まりを待つ。
あからさまに舌打ちなどをして雰囲気を悪くしている輩もいて、遠巻きに「あれが仲間殺し」だのこれ見よがしに話しているのだが、当人はまったく無反応だ。強靭な精神の強さと言われる所以だが、実際は視界に入れていないし、聞いてもいないという方が正しい。
妖精にも五感はあるようだが、人間のそれとは大分違って必要に応じて処理をするという機能面が強いということが、最近分かってきた。シィーラが言語化する説明では捉えにくいのだが、入替によって混ざりあった結果なのか、わし自身も同様の処理を疑似的に可能だと気づいた。実際に体験することで言わんとすることがより理解できるようになったというべきか。もちろん、まったく同じ感覚なのかは疑問の余地が残るのだが、シィーラの説明より頭に入ることは間違いない。
驚くべきことに、妖精の視界というものは人間のそれとはまったく異なる。意識しているものしか見えない。例えば、人間なら何気なく道を歩いている際、視界に入るものはなんとなくでも見える。それは路傍の石であろうと石畳の亀裂であろうと、気にしていなくとも見てはいる。ただ、脳がそれらを普段は遮断し、必要なものとして処理していないがゆえに見えないものとして記憶しているだけだ。意識しなければ思い出せないのは、そのような仕組みがあるからだろう。
対して、妖精の視界ではそれらは見えない。不必要な情報として処理されるのか、意識が向かないものはすべてぼんやりとした何かでしかなく、それ以上の何物でもなくなる。
関心のあるものにしか目が向かないという表現をすることはあるが、妖精は文字通りそういう世界を見ていることになるようだ。興味を持って焦点を当てたものだけが、明瞭に映ると言い換えられるかもしれない。同様に、聴覚も聞きたいものだけを聞くといった感覚で、真横で大声で叫ばれようと聞かないという判断をした時点で聞こえなくなる。
ゆえに、悪意ある者たちがシィーラに何を仕掛けようと、相手にしない限りはその効果は大分薄れるというわけだった。人間の身体を持ったことでその機能性は切り替えられるようになったらしく、人間的な感覚でいたいときはそうできるようだが、シィーラは妖精的な五感で普段は生活している。どういう原理なのか未だに理解が追いつかないが、自分も同等の切替が可能になっているので、こちらは逆に人間的な五感寄りにしている。
「お静かに願います」
今日の講義をする指導官が入ってきて、大部屋にいた訓練生たちが静まる。この辺りの統率は大分取れてきた。指導官の覚えが良くなければ、騎士団入団への道が遠くなることを理解し始めてきたからだろう。
「ええと、今日は大陸各国の情勢についてのお話からでしたね」
穏やかな声で話し始めた指導官の姿は、その声からは想像もつかない肉体派だった。指導官には専用の制服があるのだが、なぜか着用しているのはズボンのみで上半身をむき出しにした半裸スタイルだ。おまけに戦争で片腕をなくしたらしく、左肘から先は義手ならぬ義槌が装着されており、木製と言えどその威圧感は異様なほどにある。訓練生が静かに聞いているのは、以前に騒がしくした罰としてその義槌で何度も叩かれた者がいるせいもあるだろう。
折檻の際も穏やかな声でゆったりと説教を続けていた光景は、長閑な拷問という空恐ろしい警句を生み出し、逆らってはならないという暗黙の了解が広がった。そんな外見とは裏腹に、知識はなかなかにある指導官だ。人を外見で判断してはならない。
「皆さまご存じの通り、大陸の現在の情勢は大きく分けて三つの大国が分割して統治している状態です。もちろん、これはあくまで大雑把な分類ですので、実際はこれら三国に含まれない勢力や、我が都市のように独立して領地を治めている国も多々あります。ただし、基本的にはどんな国も先の三大国の属国か同盟国になっている、あるいは不可侵条約を結んでいるなど、何らかのつながりを持っています。逆に言えば、そうした関係性がない国が国境戦を巡って戦争をしているのが今の時代と言えます」
三大国というのは一般的に東のアルゼーレ帝国、西の魔法大国ネーズ=ヴァーズ、北稜地域の機械大国であるウェデランズ共和国をさす。ここロハンザの街は大陸南東部に位置した独立都市ではあるが、南地域はかなりの数の中小国がひしめき合っている状態で、先の三大国の手があまり届いていないためか、乱戦地域、戦争地帯とも言われている。既に強大な三大国に対抗するべく、南をまとめ上げて覇権を握ろうとする軍事国や、連合を結んで徹底抗戦しようとする小国の集団もあれば、それぞれの大国に近い国は属国として取り込まれるべきか、他の二国に取り入って立場を利用すべきか、など様々な思惑が駆け巡っている状況だった。
「世情に少し詳しい人であれば、三大国の間にはデラーウェ協定、つまりは三国同盟が締結されているはずだと指摘されることでしょう。先程述べたように三国で分割統治しているのなら、戦争が起こるのはおかしいと感じるかもしれません。ですが、この内容には確かに不可侵条約が含まれておりますが、あくまで本国同士のものであるということを知っておかねばなりません。要するにどういうことかというと、属国同士などはまた別の問題というわけです。少し複雑になりますが、三大国の属国にも幾つか種類があり、直接的、間接的な管理権があるかどうか、従属的な同盟と名義貸し同盟など様々な形式が存在しており、一口に属国と言っても内情にはかなりの差異があります。そしてその違いによって、たとえ三大国の属国だとしても、本国がその地域での争いに関与するかどうかが、あるいは参加できるかどうか、などが決まってくるのです」
現状の大陸は絶妙な均衡状態を保っていると言える。三大国を中心とした比較的安全な地域とそこに含まれない乱戦地域に別れ、場所に寄って明確な違いが分かりやすい。もちろん、それらの情報を正しく理解している必要はあるのだが、戦争が起こり得る場所かどうかを知っていれば、平和に過ごすも戦に明け暮れるも選べる時代だ。一方で、生まれた国が乱戦地域である貧民層には、選択権などないのは世の常である。
「我が傭兵騎士団の需要が高いのは、まさしくこのような状況によるものです。先の三大勢力のいずれにも属さず、期間限定の兵役を担うためだけの戦闘集団。傭兵ギルドなどの個人を束ねたものとは違い、大隊規模でのまとまった戦力は、人員が足りない国には貴重なものだということは皆さんもお分かりでしょう」
指導官は義槌で教卓を軽く叩いて続ける。
「更に言えば、我々は傭兵団ではなく傭兵騎士団です。この名を冠す意味を忘れてはなりません。騎士団とは秩序と名誉を重んじる組織です。ただの武力集団ではないのです。騎士としての矜持を持つこと、皆さんは決してそれを忘れてはならないのです」
立派な文言で悪くない志ではあるが、本来の騎士とは貴族の身分階級的側面もあり、残念ながらロハンザ傭兵騎士団の騎士という身分は、他国にとってはそれほど高潔には映らないだろう。せいぜいが、どこかの傭兵団などより少し程度がいいくらいの認識だ。かといって、大国の騎士が清廉潔白な正義の官職というはずもなく、一般的な評価の指標としてだ。それでも比較された場合、戦争において狼藉を働くことが少ないという信用と実績がある傭兵騎士団の名は、決して低いものではない。
「では、今までの話を踏まえて、我ら傭兵騎士団が参加することが多い陣営はどこか、それを学んでいきましょう――」
その後の指導官の講義で、立地的関係から主に東のアルゼーレ帝国からの依頼が多く、逆に西側に立っての参戦はほとんどないということが分かった。建前上、どんな国の依頼でも金次第で受けるとはいえ、極端な話、昨日攻め落した国を翌日取り返す敵対側につく、というような無軌道なことはできない。ある程度、提携する勢力というものができるのは自然な流れだろう。
また、直接的に隣接する領土の国とは同盟を結んでおり、これらの国が侵略されそうになった場合には防衛に参戦するとのことだ。いっそ、それらの国を攻めて併合すればいいのではないかという過激な意見が訓練生が出たが、ロハンザの街は今以上の領土の拡大は望まない方針であること、それらの国が事実上の防波堤の役目をすることを説明された。独立都市として、その辺りの強かさはしっかりしているようだ。
その他に特筆すべきは、ロハンザの街が魔法教会から特区指定されていることだった。これは領地内に何らかの魔法的価値があり、魔法教会が有事には後ろ盾となって保護するという契約だ。一般的には古代遺跡のある土地などが該当するのだが、ロハンザの街付近にそのようなものはない。理由については開示されないため、特区指定された意義は不明だが、ロハンザの街が独立都市として機能している要因の一つであることは確かだろう。少し気になる情報ではあった。
「うむむむー」
講義を終えたその日の夜、シィーラが珍しく考え込むようにうなっていた。
いつもの宿屋である回水亭の安部屋である。今夜は珍しく早引けしているナリスがベッドの上から首を傾げた。本当なら、こんな時間のある夜には強奪屋の仕事でも引き受けておきたいところだが、例の査問会での結果が出ていない以上、下手に動くのは得策ではないために自重中だ。
「どうしたのですか?」
「なんか、よく分かんないんだよねー」
(具体的に何がじゃ?)
窓辺から外を眺めていたわしも、室内に視線を移す。監視の目がないか確認することは、既にいつもの習慣になっていた。
「ほら、昼間に色んな国の話してたでしょ?でも、ここって町じゃない?その違いがよく分からなくてさー」
「ええと、つまり独立都市と国の違いが気になるということです?」
「うん、そーそー。そもそも、人が集まってたら村で、それが大きいと町で、その全部を合わせたのが国じゃないの?」
それは以前に自分から説明したものだ。まだ知り合って初めの頃で、人間に慣れていないシィーラに合わせた大分ざっくりとした言い方だったが、しっかりと覚えていたようだ。
(その解釈も間違ってはおらぬ。今、お主が疑問に思っているのはこのロハンザが街なのに、格上であるはずの国のような振る舞いをしていることが理解できない、ということじゃな?一言で言えば、これは定義の問題で本質は同じだと思ってもよい)
「んー、どゆことー?」
(要するに呼び方が違うだけで、実質このロハンザの街は国と同等ということじゃ)
「ええー、じゃあ、なんで言い方が違うのー?ってそうか、人間って同じことを色んな言い方するし、もしかしてそういうことー?」
(それもある。もう少し詳しく言うと、一般的な国の条件というものがあってな。即ち明確な領土があり、そこに永住する人間がおり、それを管理運用する組織があって、その組織が外部と外交可能なこと、大まかにこの四つが成立しているものが国の土台となる)
「その条件であれば、このロハンザの街に限らず、大きな街は皆、国となるような気もしますが……」
ナリスも興味を持ったのか、少し真剣みを増した口調で尋ねてくる。こういった話題は生活にまったく関係がなく、一般人には馴染みがないために気にする者はほとんどいないのだが、何か気になったようだ。
(うむ。先の条件は言わば基本でな。歴史的背景が色々とあって、まず古来の国というものは正式に国として認められるために、王やそれに匹敵する存在が必須だった。この場合の王とは、ノミーナ神官によって受命の儀で正当だと確認された王をさす。要するに王族的特殊能力を持っているかどうか、が鍵になる)
「王族的特殊能力……って何だっけ?」
シィーラには以前にも一度軽く話したはずだが、あまり記憶に残らなかったようだ。何かのついでで出たきただけなので無理もない。今は興味を持っているようなので、おそらく覚えさせた方がいいだろう。今後、この知識はおそらく必要になる。
(対魔族特化能力、あるいは魔界への干渉力、とも言えるものじゃな。一般的な魔力とは別物の特殊な魔力を基盤とした異能で、主に魔法によって具現化されるのじゃが、肉体的に発現する場合もある)
「あー、なんか王様だけが使える超パワーみたいなのだっけー?」
「ちょうぱわー?」
ナリスが聞き慣れない言葉だったのか、眉根を寄せていた。
(分かりやすい例を挙げれば、古代遺跡の封印能力、ネーズ=ヴァーズの封印魔法が有名どころじゃな。あれは王族的特殊能力によるもので、かの王族以外にはどんな大賢者の封印魔法でも不可能だと言われておる。正当な王というのはつまり、この王族的特殊能力を有することで証明され、それゆえに王として認められているとも言える)
「その古代遺跡って魔族が封じられてるとか、魔界とつながってるとかっていうやつだったよね?あと、魔物の巣窟だっけー?」
(うむ。この大陸の負の遺産じゃな。そちらはまた深堀りすると長くなるゆえ元に戻るが、本来の国とはそうした意味で正当な王、王族的特殊能力を持った存在が必須だったのだが、時が経つにつれて王族的特殊能力がない王でも認められる風潮になり、今では既に国として成立している代表者が認定すれば、新たな国として立国が可能になっておる)
「なるほど。既に存在している国が、他国を保証する形になっているのですね」
(そうじゃな。大貴族が身元を保証するようなものじゃ。その上で先程の条件を満たしていれば、その国は正式に国として周知される)
「ほむほむ。それで、この街はなんで街のままなのー?」
(じゃから、言い方の違いなだけじゃよ。ロハンザの街を国として定義するなら独立都市国家とも言えるし、実際そう呼ぶ場合もある。ただ、国を自称せずに街を掲げているのは、先にも言った王という存在がいないからじゃろう。実態はほぼ国として機能してはいるが、王を頂点とした構造にはなっておらぬゆえ、成立した当時の時代では正式に国として名乗れなかった経緯があると推測できる。あるいは敢えて名乗らなかったか。その辺りの詳細は不明じゃが、今も街として存在しているのは当時の名残があるのは確かであろう)
「ふむふむ……人間が大事にしてる歴史ってやつのせいかー」
妖精にも積み重ねてきた歴史はあるはずなのだが、個々の感覚ではそこは重要視しない文化らしい。逆に、シィーラがここまで人間の様式を理解し始めたことは少し誇らしい。わしが仕込んだような側面があるからだ。他人に学びを与える喜びというものは、確かに存在するのだと実感する。
「あの、疑問があるのですが……昔はその王族的特殊能力を持つ方が本当の王様だったみたいですが、今の世の中の国すべての王様がその力を持っているわけではないのですよね?その王様たちは、どうやって国を成立させたのですか?ええと、時代の経過でそれが必須ではなくなったということは何となく分かったのですが、それでもその部分というのはとても大きな要素だと思います。王族的特殊能力がない状態でも国を興そうとする自信の裏付けというか、なくても国王にはなれるというような確信か何かがあったのかな、と……」
もう一人の生徒であるナリスは、シィーラとはまた違って教え甲斐のある賢さがあった。打てば響く鐘のようなものだ。知性の輝きがある。
(良い質問じゃ。そもそも国とは、その土地に根付いた生活をしている人間の総称と言える。そしてその者たちが群れれば、自然にそれを束ねる立場の者が作られ、その人数が多くなるほどに村、街、国と規模で呼称が変わる。つまり、最初は村長・町長などだった者が、人数が増えるにつれてそのまま国王のような立場になる段階的な経緯にある。もちろんこの例がすべてではないが、そうした変遷を経た場合には、領地内の住民はみな自然に指導者を国王と認めているゆえ、規模が大きくなった時点で国として自然に成立するわけじゃ。その際には、既に隣接する地域との交流も当然あるのが普通なので、近隣国もまたそれを受け入れる下地はできておるし、そうした成り立ちの国がある地域は、どこも同じような条件じゃ。自身もそうであるのに、反対などできまいよ)
「ああ、自然に国として形成される場合は、そういうものなのですね。世の中にこれほど多くの国があると知らなかったので、王様はみな王族的特殊能力があるのだと思っていました」
生まれた土地を離れるような生活は、ただの村人や町人では在り得ないのだから当然だろう。国がどうやってできるかなど気にすることもないのが普通だ。
「そういえば、その王族的特殊能力って結局何なのー?それがあればシィーラも王様になれちゃうのー?」
(後天的に得ることも十分あるゆえ、お主が王になれる可能性はあると言えばあるが、そのためには王族責務を理解して真摯に実行する必要があるぞ?)
「ろむぬ……それってなんだっけ?」
(王族的特殊能を適切に行使する義務じゃ。王としての責務じゃからな。貴重なその力を国民、ひいては人類のためにしっかりと役立てることで、無条件で王として存在していられる。それを怠った王は排斥、要するに王の座から引きずり降ろされるものじゃから、利己的なお主には荷が重いじゃろうな)
「ぐぬぬぬ……怠けたらだめなのかー、それはつらいなー」
王族的特殊能力は血筋で継承されるが、家系が途絶した場合、別の家系に同様の力が必ず発現し、その血筋が新たな王族となることは歴史が証明している。だが、その法則性は不明で、上述した例のようにある王族が排斥されるということは一族すべて殺されることと同義で、その際には新たな王族的特殊能力の持ち主が生まれる。それこそただの農民だったとしても、王族的特殊能力というものは宿る。どういう仕組みなのか、その力を持った瞬間本人には分かるようになっているというのだから、不思議なことこの上ない神秘だ。
ある賢者の説では、世界の防衛機構の一つだという。要するに魔族の侵略を防ぐための超常的な神からの贈り物だ。この辺りの謎は明確な答えがないために、考え始めると泥沼にはまる。 (だいたい、お主、王の器ではなかろう。国を安定させるより崩壊させるイメージしか持てぬ)
「あんまり興味もないしねー。あ、でも、王様って何でも好きなもの食べれるんじゃ?」
「食べ物が目的なら、王様じゃなくてもお金持ちで大丈夫だよ?」
「じゃあ、あたし、お金持ちになりたいー!で、どうやってなるの?」
国家成立というある意味高尚な話が、最後には俗物まみれになっていた。間違っても、シィーラに王族的特殊能力が発現しないよう祈るばかりだ。