2-7
話し合い、議論というものは基本的に同じ地位、少なくとも同等の意見が通る立場の者同士が行うものだ。
その前提が成立しない場合、それはただの命令か伝達であってある種の申し送りに過ぎない。疑問や反駁を許されない一方通行であり、発言を求められて発したところで形式上で聞き流される。
訓練所の上層部が肩を並べている前で、一訓練生に何ができようか。特殊な雇用関係で被雇用者が容易に逆らえるはずがない。立場上、何をもってしても決定権はこちらにはなく、論旨が覆る道理もない。
だからといって、不公平性を容認するのは識者としては在り得ないだろう。するつもりも毛頭なかった。
正当性を主張しなければ、事実は捻じ曲げられて捨て去られる世の中だ。声を上げることをためらってはならない。
相手方の着地点は何となく見えてきたが、まだ決定的ではなかった。そこを見極めつつ、落としどころを模索する必要がある。そのための一歩目を踏み出すことにした。
「具体的に何を話したいのか、まずはその点をはっきりと教えてもらえませんか?」
ナリスを通じて、単刀直入に斬り込む。所長のヤヤークは迅速に進めると話していたが、現状そのようには進行していない気がしていた。主任のホルムが横やりを入れてくるせいかもしれないが、それらもすべて向こう側の問題だ。こちらが考慮するものではない。
「そうだな。では幾つか質問をしよう。率直に答えてくれたまえ」
ヤヤークはこちらが怯まずにすぐ切り返したことに驚いた様子もなく、淡々と続けた。
「まず一つ、暴徒排除にあたり、訓練生を巻き込むことを分かっていて実行したかどうか、確認したい」
倫理面の問答のようだ。想定内なので迷わずナリスに伝える。
(無論、理解した上で殺した。それ以上の犠牲者を増やさないための対応じゃ。周囲の訓練生について救える可能性があったことを考慮しているのじゃろうが、その確認の時間の余裕はなかった。加えて精神的な治療は難しいことを知っておるゆえ、事後にあまり回復の見込みがなさそうなことも加味して最小限の犠牲で済む方法を取ったまでじゃ)
「……なるほど。明確な意図で即断した実行力は評価したい。貴公は指揮官の才があるようだ」
「身内を見殺しにするような上官はもちたくないですな」
すかさずホルムが嘲るように吐き捨てる。あまり言いたい放題言われるのも癪なので、反論しておく。
(他にどうすべきだったか良策があるなら教えてもらいたいものじゃ)
ナリスが丁寧に翻訳したため、より皮肉っぽくなった質問にホルムは答えなかった。ただ文句を言いたかっただけで何も考えてはいなかったのだろう。ヤヤークからも無言で冷たい視線を浴びて、少しだけ控え目に椅子の上で体を下げた。この二人の間にも、どうやら何かありそうだった。これで、少しは大人しくなってくれればよいが。
「次に、暴徒の中にまだ幼い者がいたようだが、そのことは認識していたか?」
戦争が頻発している時代だ。命がたやすく失われる世の中で、それでも子供殺しには忌避感が強い。もっとも、それはあくまで表向きの話で、実際には兵士と同様女子供だろうと同じだけ殺されている。子供が無力な保護すべき存在という考え方も分かるが、教え込めば子供だろうと武器で人を殺められるし、魔法の才があれば他人を燃やすこともできる。年齢で区切る意味は薄いと思っている。考えるべきところはそこではない。
(今回、呪具だと思われる兜をかぶっていたのは童じゃった。ゆえにその子を中心に潰した。どのみち、呪具の影響で助からなかったであろうしな)
呪具というものは、魔道具の中でも特殊な立ち位置にある。魔力が込められた道具全般を指す魔道具の中で、意図せず人間に害を与えるもの、使用効果を管理できないものが該当する。つまりは、使用者の意図を超えた影響を与えるものとも言い換えられる。
その成り立ちに起因して呪いという名を冠して呼ばれているのだが、実のところ、どう成立しているのかは未だはっきりとは解明されていない。通説では道具に組み込まれた魔石に魔獣や人間の魔力が歪んで蓄積された結果、その魔石が変異して異石となり、何らかの方向に特化した魔法を発現することを至上命令にした形になったとされている。道具としてではなく、異石としての目的を果たすために存在するものとなったいうことだ。
例えるならば『滑らかに切る』という魔法の異石が組み込まれた呪具は、何かを切るために使われる道具としてではなく、あらゆるものを切るために存在するものに変質した、ということになる。人間が道具として使っているつもりでも、呪具の目的のために人間が使わされている、という捉え方もできる。この場合、用途としての『切る』ことは達せられるので期待する結果は得られるところが厄介なところだ。普通では切れないものも切ることができるという点で、利便性はあるからだ。
ただし、呪具の動力源として必要な魔力が膨大になるため、使用者の寿命も奪われるリスクがある。人間の持つ魔力は有限であり、それが枯渇すれば次は生命力が削られる。それが呪われた道具と呼ばれる理由であり、今回、子供であろうと容赦なく斬った要因でもあった。
「呪具に関してはまだ確定はしていないが、確かにそれらしき者が中心にいたことは報告書に記されている。なぜ、その子供が中心だと分かった?」
(魔力探知の詳細は他人には理解できぬ。ただ、分かるとしか言えぬ。その辺りは魔法士であれば周知の事実じゃ。それ以上言えることはない)
ナリスは意図的に、魔法士に向かってそう告げる。
「まあ、それは確かにそうね。その時共有魔法でもしてれば別だけど、後からその手の魔法についての証明はしようがないわ。個人の感覚的なものを言語化するのは、ベーゼルの塔より高いもの。分かるから分かる、としか言えないわよね」
ミュゼールが無理難題だと同意する。
「わたくし的には見破ったのが、その使い魔の鳥だってことに興味があるけれどね。噂には聞いていたけれど、本当に変わった鳥ねぇ……」
じっくりと翡翠の瞳で凝視される。やけに蠱惑的な仕草なのは、意図的なのか無意識なのか判断がつきにくい。鳥に対しても自身の魅力が通じると思っているのだろうか。過剰な自信にも思えるが、それだけの絶対的な自尊心があるというのは強固な精神的な強さをうかがわせる。魔法士にとっては得難い資質だ。
「入所試験時にその鳥が実際に魔法を使っているのは確認している。だからこそ普段の動向も許可された。それに、現在代弁しているのはその鳥なのだろう?目の前にしても未だに信じられないが、その知性は高いとオレは認める」
「まぁ、ね。確かに魔力は凄い感じるし、知能も高いと思うのだけれど……それ以上に変わった何かが混じっている感じなのよね。後で詳しく調べさせてくれないかしら?というか、その使い魔の鳥の声を聞く魔法を使えるあなたも興味深いわ。ナリスさんといったかしら、一緒にどう?」
「いえ、わたしは……」
「余計な話は今は控えたまえ、ミュゼール指導官。この場は貴公の好奇心を満たすものではない。つまり確信を持って実行したと、そういうことだね。一切の躊躇も見られなかったようだが、以前にも同じような経験があるのか?」
ヤヤークは話を引き取って本筋に戻す。そう言う所長の視線は、ナリスでもシィーラでもなくわしに向けられていた。
(……争いの根源を断つために必要であれば、神にも魔族にもなれ。その覚悟がない者は戦場に立つな、というのが師匠の教えじゃ)
「ふむ……なかなか苛烈な人生を歩んでいるようだな。確かに戦場に美辞麗句を持ち込んでもしかたがない。綺麗事は事後処理に使うものだ」
「あら、その意味なら、今こそその人道的な言い訳を使うときじゃないのかしら?」
やや茶化すようにミュゼールが口を挟む。
(それは対外的な説明において、戦わぬ者に対して用いるものじゃろうて。今ここでわしが口にするものではない)
「なるほどまさしく。貴公が聡明なことは喜ばしい限りだ。次に、死傷者の中に妊婦がいて母子共々亡くなったのだが、そのことについてはどう思う?」
さらっと重いことを投げてくるヤヤーク。個別の内容よりもその意図が気になっていた。それらの質問を聞いてどうしようというのか。予め用意された選択肢を迫ってくるものと思っていたのだが、その詰め方が予想外だ。心理テストのようなものを受けている気分だった。
(質問の意図が分からぬ。何をしたいのか尋ねてくれまいか。今の質問はまったく必要のない情報に思える。罪悪感の有無を知りたいのか?今回の対応に関して、精神面での精査が必要とされ、その判断材料として問いかけられているのか?)
ナリス自身も、何か感じるものがあったのか、慎重に言葉を選んで声にした。
「ほぅ、問いの奥にまで思考を伸ばすか。想像以上に教養もあるようだ。ゆえにこその合理主義か……」
ヤヤークは考え込むように腕を組んで一旦口をつぐんだ。未だ、こちらの質問には答えていない。逆にわしも答えてはいないが、そのことについて言及もしてこなかった。返答がないことは想定内だったのだろうか。一体、何が目的なのか判然としない。色々とちぐはぐな印象が拭えないままだった。
しばらく沈黙が続いた後、不意にヤヤークは一人の男に話を振った。
「ジェイク。そろそろ、そちらから問いかけてみてはどうかね?」
目を向けた先には、この部屋に入ってから一言もしゃべっていない人物がいた。最後の五人目の男で、自己紹介もヤヤークが名を告げただけの謎の多い関係者だ。一切話に関わってこないので敢えてふれないようにしていたが、ここに来て所長から背中を押されるのには何か深い理由があるに違いない。
だが、声を掛けられてもまるで反応がない。極端な細目にも見え、目を瞑っているのか閉じているのかさえ判断が難しい。今も、顔はこちらを向いているが、その視線が果たしてどこへ向けられているのか分からない。見られているという感覚はないが、無視されているという気もせず、居心地の悪さをずっと感じている。
「そのような者に意見を求めることはありませんぞ、ヤヤーク所長。やはりこの者に今回のような――」
「黙りたまえ、ホルム主任指導官。ならば訊くが、貴公の妥当性を裏付けるような問いかけがあるのか?あるのならば先に許可しよう。文句ではなく、建設的な助言ならばいつでも私は歓迎する」
ぬぐっとホルムが息を呑み、次いで覚悟を決めたようにシィーラへと視線を向けた。ここで退くわけにはいかないといった雰囲気だ。この男の事情など知ったことではないが、何か並々ならぬ決意があるようだ。
肝心のシィーラはしかし、この部屋に入ってから眠気と戦っているような残念な状態なので、いくら睨んでも効果はない。向けるべき視線はナリスかわしになるのが正しい。それをホルムに教えてやりたいところだが、伝えたところで怒りが増すだけだろう。
「では私から問おう。貴様はなぜロハンザ傭兵騎士団に入りたいのだ?入所当時からできるだけ早く昇級を望んでいるようであるし、その魂胆は何だ?」
眼鏡の奥の切れ長の目が、更に鋭く細められた。
この質問もやはり意図が不明だ。今回の件に直接的には関係がない。とはいえ、遠回しにつながっていくことなのだろう。適当に避ける方法もあるが、面倒なことになりそうなので答えておく。
(金のためだと言ってくれ。借金があって早急に返す必要あるが、同時に信用問題の回復も図らねばならず、確固とした身元保証のために騎士団という肩書が欲しいという内容で頼む)
予め用意していた設定を伝える。本当の目的は言えるはずもないので、事前に考えていたことだ。下手に図書館で調べ物がしたいからなどと本音を言えば、調査が終わった後にたやすく抜ける可能性があることがバレてしまう。初めから退団しようと考えている者を採用する組織などない。馬鹿正直に話せるはずもなかった。
「金に肩書か……やはり所詮は俗物の下賤な平民よな」
侮蔑の様相で吐き捨てられる。そう思わせた方が話が早いのでかまわないのだが、どう見てもこのホルムという男も金に塗れている印象が強い。それは指にこれ見よがしにはめている宝石のついた指輪からも滲み出ているのだが、指摘はしないでおこう。隣で同じように唇を歪めたミュゼールを見て、同僚にもそういった風に思われていることは分かった。分かっていないのは本人だけ、という構図が見て取れたのでそれで溜飲をさげておく。
「そんな低俗な目的で生きているのは恥ずかしくないのか?人としてもっと高みを目指してみようとは思わぬのか?」
(傭兵の名を掲げながら、低俗などという言うのはおかしなものだ。傭兵とは金で動く職業じゃろうて。一般職に低俗も高尚もない。己を顧みよ)
「ふん。口だけはよく回るようだが、我らは傭兵騎士団だ。ただの傭兵とは違う。間違えるなよ、平民風情が」
(ならば、何がどう違うか言ってみよ)
ナリスがやんわりと教えを乞うが、明確な説明は返ってこなかった。ただ上辺のそれっぽい言葉を並べただけで中身がない。それでも、まくし立てる勢いだけは立派なもので、さも意味がありげに途切れることがない。おそらく何度も同じようなことを吹聴してきたのだろう。一切内容が伴っていないのがあまりに虚しいのだが、誰も指摘してこなかったのだろうか。
いい加減しつこいと思ったところで、ミュゼールが遮ってくれた。
「はいはい、もう十分よ。ダダ=イエの秘儀魔法はもうたくさん。他に何か質問はあるの?」
「ダダ……?う、うむ、そうじゃな……」
ホルムは軽く小首を傾げた。その様子から、件の諺を知らないことは明白だったが無理もない。それは魔法士特有のもので、暗に人を馬鹿にするときに使うものだ。道化師の振る舞いといった意味を持ち、愚か者を指す。その昔、辺境の魔法士が『秘儀魔法』という自著で幾つもの魔法を書き記して後世に残そうとしたのだが、そのすべてが既存のもので、田舎者ゆえにそのことを知らずに自身が生み出したと勘違いした悲しい魔法書になってしまったことが由来だ。
プライドが高い者は「知らない」ということを認めることができないので、こうした諺を知ったかぶりしてやり過ごす習性を逆手にとって皮肉に使われることが多い。
逆に、ミュゼールはわしに伝わると踏んでわざわざ使ったのだろう。意味深長に目配せをしてきた。好意的に興味を持たれているのは分かったが、その目の奥に怪しい何かも感じるので、あまり深くは踏み込みたくはない。研究対象にされる可能性が大いに高そうだ。
「貴様が仮に、万が一にでも部下を率いて任務に赴くとき、一番重要視するものは何だ?任務達成という成果か、自分の命か、部下の命か、それとも失敗しようとも最後まで成し遂げようとした名誉か?言ってみるがいい」
まるで何かを想定しているような質問だった。どうにも気に食わないが考える。
(前提条件が曖昧すぎて答えられぬ。その任務の重要性、実行する際の状況や部下の面子にもよるとしか言えぬ)
「そんな細かなことは捨て置け。拝命した任務だぞ?いますぐ思いつく優先度を答えればよいっ!」
(臨機応変に対応するとしか言えぬ。その任務の成否如何によってその後がないのならばどんな命も懸けようが、結果が大局に影響を及ばさぬのであれば躍起になることもあるまい)
「そんな判断を貴様ごときがするというのか。つまり、与えられた任務を自己判断で良いように評価するということか。なんという驕りだ」
(他人の命を預かる身分の者が、命令だというだけで思考停止して従う方が愚かであろう)
「はっ、言われたこともできぬ無能だと自らさらけ出しているだけだな。小賢しい知恵をつけただけの猿ほど厄介なものはないな」
なぜか得意げに見下される。会話が噛み合っていない。こんな男が主任指導官で大丈夫なのだろうか。
「……貴公の訊きたいことは以上でよいか?そろそろ、ジェイクの言を聞こうと思う」
ヤヤークのそれは質問ではなかった。確認という威圧の側面が強く、まだ何か言いたそうだったホルムは大人しく引き下がる。その力関係はやはり所長の方が勝っているようだ。今のやり取りに何か実があったのか確認する間もないまま、次の展開に付き合わされる。主導権のない会話はやはり好きではない。
改めて促されたジェイクという男は、静かに目を開いた。極端な細目かとも思っていたが、やはり閉じていただけらしい。
その漆黒の瞳が、まっすぐにわしに向かっていた。シィーラではなく、鳥であるこちらを確実に射抜いている。何か奇妙な感覚があるが、それを言語化できない。確かに視線を合わせているのに、見ているものはまるで別の何かのようだ。虚ろな瞳であるとか焦点が合っていないとか、その類の位相のズレでもない。
こちらを覗き込んでいるのに特に何も感じさせない視線。逆にそれがただ者ではないことを意識させた。人は何かしら自分の色、個性というものを身にまとっている。戦士ならば常に警戒している緊張感がどこかに滲み出たり、為政者ならば他人を無意識に観察したりと、無意識に職業的あるいは習性的な性癖が出る。ジェイクにはそれがない。視線から、気配から、一切何も読めなかった。
恐ろしいまでに自然体で無防備だ。それはこちらが警戒しても何も引っかからない、危険性を察知できないということを意味する。街中で何の関心もない赤の他人とすれ違うようなものだ。そうした人間ほど怖いものはない。殺意のない不意打ちは避けられないからだ。
ジェイクとは一体何者なのか。
固唾をのんで第一声を待つが、なかなか口は開かれない。ただ、静かに観察されている。すべてを見透かすかのような視線。それでいて、そこに感情は乗っていない。ただ、視られていた。黒い瞳に吸い込まれそうなほどなのに、こちらからは何も見いだせない。
「非常に稀な……知性を持っているようだ」
ジェイクは唐突に語り出した。ささやくような声だった。
「合理的判断ができ、最大幸福の比較に基づいた決断力もある」
独白のようでいて、誰かに語り掛けているようでもあった。
「倫理観は持っているが、それに囚われすぎることもない」
こちらを凝視しながら淡々と続ける。
「周囲よりも己の論理をよしとし――」
「確固たる意志で他者に屈せず――」
「説得力を持つ力強い言葉を放つ」
よく分析しているように聞こえるが、抽象的でもあり、個別に何かを言い当てているわけではない。占い師が曖昧に広義的に何かを話すようなものだ。当てはまると言えば当てはまることが多く、単に否定する要素がないだけとも取れる。何より、それを口にされたところで何だと言うのか。意図が分からない。
まだ続きそうな気配があったので遮っておく。無駄な独白をしたいのか、何か質問がしたいのか、はっきりしろと。
ジェイクの口角が少しだけ上がった気がした。笑った、のだろうか?
「……問答をする気はない」
ならば何のためにここにいるのか。そう問いかけようとした矢先、それが突如目の前に現れた。何の予兆も脈絡もなく、瞬きの間にそっと滑り込まされたかのように、いつのまにか目の前の長机には、生々しい子供の遺体が横たわっていたのだ。
「――――!!?」
「これは……」
「ひぃっ!!!!?」
「きゃぁっ!!!」
その場にいた者それぞれが椅子から仰け反るような反応をする中、シィーラとその頭の上のわし、ジェイクのみが動かなかった。その視線は相変わらずこちらを見定めるかのように揺るぎない。ただ、視るためだけの瞳が静かにそこにあった。
これもまた反応を見るための一手だったのだろうか。
流石に少しは驚いたものの、わしはこれが幻惑の類だと瞬時に察知していた。まるで魔法の兆候がなかったことには驚いたが、すぐに現実のものではないことは見抜けた。気配も匂いもしないからだ。目の前の子供の遺体は魔剣で斬られたものだろう。首と胴が離れた状態で、その間からは夥しい血が流れ出た状態で凝固している。今にも溢れ出そうではあるが動きはない。ある一瞬を写し取ったかのような状態で静止していた。
例の呪具らしき兜は子供の頭から少し脱げかかった状態で、幼子の虚ろな表情が見えた。苦悶と言うより、苦虫を潰したかのような唇の結び方で、良く見ると布か何かを噛んでいる。痛みに耐えていたのだろう。年齢に見合わぬ皺多き皮膚も哀れさを誘う。あまり眺めていたいものではない。
「見事な反応だ」
ジェイクは依然としてこちらを見つめていた。やはり、こちらを推し量るための何かだったのだろう。
哀れな子供の姿は一瞬でまた掻き消えた。圧倒的存在感を放っていたそれは、まるで初めから何もなかったかのように消え失せたが、皆の瞼に焼き付けられたあの無残な姿はしばらく記憶から立ち去ることはあるまい。
「……ジェイク。いまのは試したのか?」
ヤヤークも今の方法は聞かされていなかったのか、少し咎めるような口調で言った。
「無論。突発的な対応こそ、真贋なれば」
「……それで、結論は?」
ジェイクは静かに目を閉じて小さくうなずいた。
未だに事情が良く分からないが、シィーラというかわしは合格だったらしい。ただし、それが幸か不幸かは未だに不明だった。