2-6
魔剣というものの定義について、明確に記した著作物はなかったように思う。
歴代の魔剣について御伽話から神話、眉唾物の噂から創作物まで一覧化した『魔剣評考』という文献がおそらくは最も詳しいが、その序文においても魔剣が具体的に何を指すのか記すことは難しいとされている。
それでも敢えて広義の解釈として記述されているのは、魔剣とは尋常ならざる魔力を秘めた、あるいは莫大な魔力を要する特異で無二な剣となっている。一般的な分類では魔道具、魔装と呼ばれるものに属するだろう。昔は魔法士が創ったものが魔道具という認識だったが、最近では魔機構による魔核と機械の発明によって様々な魔道具が便利な生活用品としても普及してきているため、それらも魔道具と呼ばれてややこしいことになっているが、後者は今は置いておく。
常人には扱えず、ゆえにこそ絶大な威力を持つものが魔剣だ。一番有名なのはおそらく魔剣セリディオンで、その一振りは山をも斬ると吟遊詩人が歌うほどだが、その代償は常人の魔力一万人分とされるほど馬鹿げた話でも知られている。真偽はさておき、それほど取り扱いは難しいという比喩だろう。
シィーラに預けている魔剣はそこまでの逸品ではないが、膨大な魔力を必要とする点は同じだ。だからこそ、魔力を出力できない体質のわしにはうってつけであり、肌身離さず身に着けている。魔力を解放できないのならば、魔剣を扱えるのはおかしいと思うかもしれないが、魔剣というものは宿主から強制的に魔力を摂取する性質がある。こちらから能動的に出力はできずとも、受動的には出ていくため実に都合がいいというわけだ。
良く誤解されるのは、魔剣が常に無尽蔵に魔力を奪ってゆくというもので、持っているだけですべての魔力を奪われて死ぬというものだ。確かに魔力の最大量が低い者ならばそういう危険性もなくはないが、魔剣自体にも蓄積する限界はあり、ある程度の保有量が確保されていれば周囲からの魔力の吸収率というのはかなり抑えられる。その性質のおかげで、少なくともわしは適切に魔剣に魔力を放出する調整が可能だった。
そして、その蓄積された魔力量というものは、そのまま魔剣の威力に直結する。
暴徒たちの呪具は強力だが、現在の魔剣の状態ならばそれを上回ることは十分可能だと思われる。未だこの魔剣の最大威力を試したことはないが、昔こちらが死にかけるほど魔力を注ぎ込んだ状態では、想像以上の効果が得られた実績がある。見積もりに妥当性はあるだろう。
問題はシィーラがその反動に耐えられるかどうかだ。身体はわしのものでも、魔力は精神にも影響を及ぼす。身体的な負荷だけでは計れるものではなかった。何しろぶっつけ本番だ。今まで本来の意味で魔剣を使わせたことはなかった。
(いいか、とにかく全力の八割ほど魔力を込めたら、魔剣の振動を抑え込め。逆にその振動が指針じゃ。己で押し込められないほど魔力を注ぐなということじゃ。その見極めはお主自身にしかできぬ。見誤るなよ。そしてその状態で、射角110度辺りを一閃する。じゃが、絶対に振りきってはならぬ。被害を無駄に広げぬよう注意するがよい)
「ふむふむ……そこそこの魔力ね。でも、シャカク110ドってなに?」
そういえば、妖精には数の概念がほとんどなかった。暴徒たちの陣形の範囲をできるだけ正確に伝える。これから行うのは言わば剣気を飛ばす間接攻撃だ。範囲は最小限に絞らなければならない。余計な被害を与えるのは好ましくなかった。
「なるほどなるほど……この身体って魔力を放出できないけど、確か魔剣にいっぱい吸収させるコツはあるんだよね?それをしろってことだろうけど……どうやるんだっけ?」
(おいっ!?)
それは絶対忘れてはならないところだ。魔剣への魔力供給の調整は、わしの身体にとって死活問題だ。改めて懇切丁寧に教え込む。実際には、それほど何かが必要なことではない。ただ、意識してそう刷り込むことにこそ意味があった。実は最終的な開閉と後押しはこちらでやる必要があり、わしのさじ加減ひとつだ。微調整などシィーラ一人ではまだどうにかできるものではない。魔力を扱うことの難しさは魔法士ならば誰もが嫌というほど知っているが、妖精にはベーゼルの塔より高いだろう。まだまだ遠い目標ということだ。
「ああ、そうだった、そうだった。最近、全然やってなかったから忘れてたわー」
(忘れるな!絶対に絶対にじゃぞっ!)
「ほいほーい。んじゃま、やってみますかー」
どこまでも軽いノリで、シィーラは魔剣を構えた。既に隠蔽の魔法は解除している。魔剣と言っても、見た目はそれほど特別ではない。中には外見から禍々しいものもあるらしいが、わしのものはそうではない。剣身も業物であることは分かるが、そこまで異彩を放つものではない。ただし、そこに魔力を、現状のように膨大な魔力を通さなければ、の話だ。
背後で遠巻きに見守っているペドンが息を呑む音がした。
魔剣が発する魔力の高まりに気づいたのだろう。刃に魔力が行き渡った途端、その剣身は紅黒く光沢を発して怪しい霧のようなものが立ち昇る。その尋常ならざる出で立ちこそ、魔剣と呼ばれる所以だ。
「おおっ、おおおおっ!!?」
シィーラの手が小刻みに震え出す。魔力の大きさに身体が反発しているのだろう。さりげなく、こちらも魔力を流して調整しておく。
(無理はするな。振るう力を残せないと自滅するぞ)
冗談でも何でもなく、魔剣は諸刃の剣だ。強大な力であるからこそ、それを制御できなければすべて自分に返ってくる。手に入れたばかりの頃、調整の段階で何度か死にかけたものだ。一般的に他人の魔力の流れに介入できる術はないが、この入れ替わりが起きている特殊な状況下ではそれが可能なようだった。だからこその、シィーラへの無茶ぶりでもある。本来なら中途半端な剣技と知識しかない者に魔剣など使わせない。
「だ、大丈夫。イケる、あたしイケてるぅ!!」
発してる言葉は謎だが、シィーラはしっかりと腰を落として居合抜きのような体勢で落ち着いた。剣の型を教えた成果だろう。自然と適切な構えとなった。魔剣に集まった魔力も安定している。
(悪くない。そのまま、先ほど言った範囲に気を付けて一閃するがよい。力む必要はない。魔剣が赴くままに委ねろ。じゃが、振り切るのだけは気を付けるのじゃぞ?)
「オモムク……ママ?」
(自然に任せるという意味じゃ)
語彙力でしばしば会話が途切れる。初期よりは大分学んできてはいるが、こちらも緊急時は気を付けねば余計な時間がかかって致命的になりかねない。
暴徒たちを見やると、依然としてその歩みはゆっくりなものの、巻き込んだ訓練生たちが手当たり次第に周囲へ攻撃の輪を広げていた。既にどれだけの死傷者が出ているのか、この訓練所そのものの防犯意識に難がある気がしないでもない。
「おっけぃ。いくよー」
相変わらず気が抜けるような物言いだが、相反するように身体の所作は真剣そのもので、シィーラ自身魔剣の力の大きさは認識しているようだ。顔つきが自分が見慣れた無表情なものに変わっていた。自身自身を思い返す表情がそれというのもどうなのだろうと今更に思わなくもないが、今考えるべきことではない。
ゆっくりと深呼吸をするような息遣いの後、不意にシィーラがその腕を振るった。
途端、バリバリッとまるで雷が短く鳴ったような轟音と共に魔力の波が飛び出した。
向かう先は暴徒たちの群れだ。何か飛行物が見えるわけではない。ただ、その力の波動を感じるのみ。果たして、魔法陣あるいは結界とも言うべき障壁を突き破ってその一撃は届いた。
それは純粋な剣気であり、爆発などの派手な効果は一切及ばさない。ただ粛々とその場のすべてを斬った。
静かに、ただ、深く。
断ち切る。
剣とはそういうものだ。
一斉に暴徒たちが倒れる。胴体を分断、あるいは身長によっては首元を断たれて。構えていた盾もその武器も、すべてを斬り捨てた。
背中の子供の兜の高さに合わせた結果だ。
その呪具から発せられていた魔力も一瞬で吹き飛ばされた。断末魔の声もなく、ただ静けさだけが戻ってくる。
残されたのは無数の死体だった。大量の血の匂いが風に乗って届き、確かに終わったと感じた。
一部、正気を失って暴れまわっていた訓練生たちも巻き込んだ形になったが、やむを得ない。そもそも、狂わせられた精神が元に戻せるかどうかも怪しい。人道的見地からは見捨てたと思われても仕方がない。抗弁する気もなかった。より多くを活かすための処理、処刑に等しい。戦場に、殺し合いに綺麗事はない。
いずれにせよ、鎮圧は完了した。少なくともこれ以上被害が広がることはない。死屍累々の痕跡が残っているが、後処理は知らない。訓練所敷地内なのだから、運営側の責任でどうにかするはずだ。そこに訓練生を借り出すような真似はすまい。
「……ふぅ……なんか、めっちゃ力抜ける……」
シィーラは脱力状態でふらふらしていた。膨大な魔力を魔剣に吸い取られた後だ。立っているだけでも疲れるその感覚は覚えがある。
(急激に魔力を消費した場合の魔力枯渇症状じゃな。座れる場所に移動して、体調を整えるがよい。それと、魔剣は更にお主から魔力を奪おうとしてくる。前に話した通り、うまくその辺りは調整せねば更に疲労がたまるぞ)
「うげっ、これ以上取られるときっついなー」
「それが貴様の本当の実力というわけか……?」
背後からペドンの声が聞こえた。いつのまにかその傍らには副官のような者もおり、更に従えてきた部下たちに指示を与えている。暴徒たちの確認に向かわせたのだろう。対応班がようやく追いついたといったところか。
「んー?実力ってなんだっけ?」
(お主の最高の力……みたいなものだ)
できるだけ簡単な言葉で説明する。
「貴様と話していると知性について考えさせられるな……いったいどういう環境ならそのような不安定な見識と言動の人間になるのか……」
シィーラにはまったく意味するところが伝わっていないが、こちらには十分理解できる。5歳ほどの童に識者が後ろから指示を飛ばしているようなものだ。噛み合わない違和感を覚えるのも無理はない。
「何はともあれ、礼を言う。あの手の馬鹿どもの襲撃は前にもあったのだが、今回ほど手の込んだものは想定していなかった。後手に回ったのは否めん。拙速ながらも対応できたことは良かった」
どこか胡乱な言い回しだ。想定より被害が大きかったということだろうか。気になる点は他にもある。それを問い質そうとしたところで、伝令係が駆け寄ってきた。
「ペドン指導官、ホルム指導官から速やかに報告せよとの言伝です」
「主任が?ふむ……分かった。現状を一旦取りまとめ次第、すぐに向かうと返答してくれ」
敬礼をして伝令係が慌ただしく走り去ると、やや渋い顔でペドンが言った。
「さて……協力してもらっておいて何だが、おそらく貴様はこれから厄介なことに巻き込まれる。オレも許可した手前、多少は手助けできるが、期待はしないでくれ」
一気に不穏な空気が立ち込めてきた。
その後の展開は早かった。
シィーラがそれ以上魔剣に魔力を吸われぬよう頑張っているところで、査問委員会に召集されることになった。
今回の件の聞き取り調査らしいが、ペドンの態度と事前の話からしてあまり好ましくない方向に進むのは目に見えていた。
無視する方向でいきたかったが、さすがに指名をもらっている上、ごまかすには残された物証と結果が多すぎた。ただ、対面での質疑応答となれば現状のシィーラでは少し分が悪い。回水亭へナリスを呼びに人をやって、同席させる許可だけはもらった。適当な理由付けとして、魔剣使用の代償でシィーラが一時的にポンコツになっているとでっちあげたので無理も通った。こういう時、魔剣のような特異物は都合が良い。そういうものなのかと強引にねじ伏せる力があるからだ。
そこまで警戒したのは、ペドンが内密にもらしてくれた内部事情のためだ。
今回の暴徒たちのように突然訓練所を襲ってくる輩は以前から何度もあったらしい。にも関わらず、訓練所側はたいした防衛策を取っていない。正門には一応門衛がいるが、他の出入り口も幾つかあり、そちらに対しては申し訳程度の柵があるだけで人はいない。押し入ろうと思えば誰でも入れるということだ。
広大な敷地内を警邏している者もほとんどおらず、防犯意識は低いと言わざるを得ないと思っていたが、どうやらそれはわざとらしい。戦闘を生業にしようという者たちが通う場所だ。突発的な事態にもそれぞれが対応すべきということが念頭にあるらしい。
気構えと理念は理解できるが、それでもやはり対応不足だと思わずにはいられない。訓練所側もそこは分かっているのだろう。外部への説明責任のために、ある程度用意された言い訳があるはずだ。訓練所には貴族の子女なども通っており、安全面において最低限の保障はされている前提だ。建前上、何らかの対策を取っていたと説明する際、何も知らないシィーラが絡むと面倒になる。割り込んだ形で事態を収拾したこともあり、それらのすり合わせが必要になったのだと読んでいる。
しかも、今回の襲撃ではおそらく想定以上の被害が出ている。その辺りの責任問題で、こちらが生贄にされる可能性もある。ペドンの警告はまさしくそれだったのかもしれない。だとすれば、藪蛇だ。評価を上げるために協力したのであって、追い出されるためではない。間抜けに利用されるつもりはなかった。
そうして現在、長机を挟んだ小部屋で、シィーラとナリスは厳しい雰囲気をまとった訓練所運営上層部の五人と対峙していた。
「さて……一通りの報告と説明は受けたのだが、もう少し詳しく当事者から話してもらう必要があってね。お互い、無駄に時間をかけても仕方がないので迅速に進めようと思う」
真ん中に陣取った中性的な顔立ちの男が簡潔に語り出す。先だっての短い自己紹介で、このくすんだ金髪の男こそがロハンザ訓練所の所長ヤヤーク=サガンス=フォルリッツだと知った。つまりは最高責任者が直々に出てきたということだ。隣には指導官主任のホルムという男もおり、せいぜいその辺り止まりだろうと思っていたのだが、事態は益々面倒な方向に向かっていると確信した。
その重々しい雰囲気を感じているのだろう。ナリスは緊張した面持ちでシィーラの隣に座っている。膝に乗せた手がきつく握りしめられていることからもそれは分かる。一番そうすべきシィーラはしかし、半分眠っているような状態で締まりのない状態だ。実際、半ば眠っているのかもしれない。魔力を今ほど急激に失ったことはなかったはずなので、その反動をしっかりと受けている。一切受け答えはしなくていいと事前に言い含めておいたが、その必要もないくらい心ここにあらずの状態だった。これはこれで都合が良い。
その分ナリスの負担が大きいが、どうにか手助けしてもらうしかない。
相手は弁が立ちそうな輩だ。未だ言葉について知識不足且つ理解不十分なシィーラよりも、ナリスの方が百倍は頼りになる。
「まずは今回の件、事態収拾に一役買ってくれたことに礼を言おう。こちらの対応よりも早く対処し、敵性勢力を無力化した実力は称賛に値する」
誉め言葉ではあるが、その口調はとても歓迎しているとは言い難いものがあった。案の定、一方で、と続いた。
「訓練生にも多大な犠牲者が出たことも事実でね。貴公の対処方法に問題がなかったか、それを話し合う場が今だと思ってくれたまえ」
犠牲者という言葉で、隣のナリスが僅かに身じろきした。大まかな事情しか話していないため、現場がどれだけの惨状だったのかは想像もできていないだろう。不可抗力とはいえ、巻き込んで死なせた者たちがいるのは事実なので、特に言い訳はない。
「少し横から失礼しますよ、所長。具体的には、現状で今回の暴徒13名、当訓練生36名の死傷者が出ています。この者が殺した数としては、身内の方が多いということですな」
棘のある言い方をしたのはホルムという主任指導官だ。やけに整えられた口髭が神経質そうな印象を与える。初見時の態度からしてこちらを見下していた男で、敵意すら感じた。平民を蔑む貴族至上主義のような者も多いのでその類だと思ってあまり気にしていなかったが、今回の厄介の大元はどうもこの男のような気がしてきた。
「主任、それは少し言い過ぎかと。訓練生が多数く死んだのは確かですが、そのすべてがこいつのせいではありません」
ペドンが事実を補強してくれる。この二人の間にも確執がありそうだ。ペドンもそういえば平民出身だったと聞いたことがある。何にせよ、助力はありがたい。
「はん、例の呪いとか何とかいう与太話か?正気を失って訓練生同士が斬り合っただの、魔法で殺し合ったなんて、そんな精神干渉の類が本当にあったと思うのか?暴徒のような下賤な輩に、そんな高度な魔法が使えるはずがない」
「それについては複数の証言や、実際の死亡現場の状態から信憑性は十分にありますがね。そもそも魔法ではなく、呪具の効果であれば扱える可能性は高いです。その点についても、今調査しているのでいずれ分かるかと」
まったく正論だ。少なくともあの呪具に関しての証拠がある以上、それを待ってからこの話し合いをすべきなのではないだろうか。疑念点がそこにあるのなら、現時点で責められるのは理不尽だ。
「いずれにせよ、問題は経過ではなく結果でしょう?明確な事実として、死んだ訓練生の中にあのエジデルト家のご子息がいた。その責任の所在を明らかにする必要がある。そういうことなんでしょう?」
五人の中で唯一の女性、ミュゼール指導官が大きな帽子の下で皮肉そうに唇を歪めた。古の魔法士が被りそうなつばの広い三角帽子は、今では魔法教会の正式な儀式などでしか使われていない。正装の一部としては良く知られているが、実生活で身に着けている者がいるのは驚きだ。黒い魔法着もわざとらしいくらいに古風なそれで、古き良き魔法士を体現したいのかと言う出で立ちだが、その実、魔法着の胸元はざっくりと斬り込みを入れて大胆に開けており、妖艶な雰囲気を醸し出している。
訓練生の男の間では特に人気があることは知っていたが、目の前にするとなるほどと納得はいく。本人も分かっていてやっているので、その威力は抜群だ。豊満なその胸に目がいかない男はいないだろう。自分も例外ではない。鳥となっても、その辺りの欲は変わらないらしい。
しかし今は、その胸よりも注目すべき点がある。
(エジデルト家とは何か、訊いてくれないか)
ナリスを通して疑問を投げると、
「ここロハンザでは歴史ある名家だ。我が訓練所に長年多大な融資をしてくださっている。過去に号持ちとして名誉ある騎士団大隊長などを輩出しており、今期のご子息もその期待が寄せられていたというわけだ」
ヤヤークが淡々と答えた。なるほど、今回の火種はそこにあるようだ。号持ちという言い方は聞き慣れなかったが、おそらくは勲章付きや二つ名と同様の実績ある者に与えられる栄名のことだろう。
「あっさりと死んでる以上、その期待は肩透かしだったってことみたいだけどね」
「ミュゼール殿、その物言いは不謹慎ですぞ!」
「あら、ごめんなさい。でも、事実でしょう?遺体の状態からして、呪いの瘴気にあてられて取り巻きと斬り合ったらしいじゃない。例の赤毛嬢でさえ、まがりなりにも抵抗できてたんだから、それ以下だったってことは確かよ」
ロアーナは先の一閃に巻き込まれてはいない。呪いの影響を受けたが、本能的にその場を離れる回避行動を取っていたからだ。シィーラは当然それを確認した上で行動していた。暴徒たちに近い場所にあの女戦士が居座っていたら、事態はもっとややこしくなっただろう。きっと救いに行こうとしたからだ。
「あんなガサツ者と比較するのは――」
ホルムが抗議しようとしたところで遮られる。
「そのくらいにしたまえ。要点はそこではない。とにかく、だね」
ヤヤークがこちらを見据えて、重い一言を放つ。
「貴公の処遇に関して、色々と考えねばならないということだよ」