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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第二章:訓練所
13/205

2-3


 ロハンザ訓練所の訓練課程はかなりシンプルだ。

 基本的に一日に二回、午後と午前とで講義と実技の授業がある。受ける受けないは自由だが、出席は取っているので虚偽はできない。

 順当な道筋としては、それらを積み重ねて二年後の最終試験で合格すればロハンザ傭兵騎士団へ入団可能となる。もう少し詳細に言うと、一年組、二年組と区分けがされており、段階的に評価試験を行う。そこで成長を認められなければ、二年という月日でも足りない。一生訓練生で終わるということもあり得る。そんな諦めの悪い者はいないだろうが、一般的な凡人を想定した訓練工程ではそういう仕組みになっている。

 一方で、非凡な才人には一般化された課程と同列に扱うことがないよう、様々な昇級制度を設けている。

 騎士団側としても、即戦力になりそうな人材は早く欲しい。二年もかけて知識や技術を身に着けなくとも、周囲が認める実力があれば、極端な話、訓練所一日目でも騎士団へ入団させることができるようになっている。

 その最たるものが即時昇格制度というもので、現役騎士団からの推薦あるいは訓練所指導官からの推薦のもと、特殊な試験によって一定の評価を得るというものだ。当然の如く、その審査は最高難易度で道は険しい。自薦による挑戦も可能だが、その場合は不合格の際には今後一切この権利を行使することはできず、簡単に挑めるものではない。

 昇格という呼称の通り一回のみで騎士団へ入団というのが最短のものだが、昇級という評価では、例えば1ダーリャ組(一年の序列二番組)から2モデーリャ組(二年の序列一番組)への上位移動形式もあり得る。若干ややこしいが、この場合は昇格とも言えるが昇級と呼ばれる。

 ともあれ、歴代で最高昇格記録は2セターリャ組からの騎士団入団という昇格なので、まだ一発で入団を果たした猛者はいないようだ。

 そこを目指しているシィーラにとって、前例がないことはあまりよろしくない兆候だが、なんとかなるとは思っている。これらの制度が示すように、ロハンザ訓練所はしっかりとした実力主義だ。周囲に文句を言わせないほどの力を示せれば、きっと何とでもなる。貴族や平民など身分問わずなところも好都合だった。表向きは能力主義と言いながら、貴族が上位を牛耳っている組織も少なくはない。保守的な組織ほど度を越した昇格などあり得ない。この訓練所が本当に誰にでも門戸を開いているのは奇跡的なことだ。

 とはいえ、現実問題として前人未到の快挙を求めるだけでは脳がない。極端な飛躍が理想ではあるが、それ以外でも細かな一足飛びは可能なので、例えば上位挑戦権を駆使して何度かに分けて昇級する道はある。最終試験に臨むだけならば、二年組であることが条件なのでそこまで昇級しておけばいい。先の上位挑戦権とは、格上の組の相手に個人戦を挑み、勝てばその地位を得るというものだ。成立させるためには色々と手続きやら合意やらが必要だが、幾つかの道筋は確実に存在しているということだ。

 単なる夢物語に賭けてここに来たわけではない。情報を集めつつ、どの方法で上がればよいかを見極めているのが今の現状だ。

 「んー、なんか違うなー」

 (何がじゃ?)

 「身体がさー、思った通りに動かないっていうか、遅いっていうか?」

 シィーラは屈伸をしながら移動中だ。基礎体力の訓練の一つで、周囲の者たちも同様に足を伸ばしたり曲げたりで忙しい。傍目には怪しい集団に映るかもしれないが、こうした筋肉の鍛え方も馬鹿にはできない。欲を言えばもっと傾斜の付いた山道などの方が負荷が高く、必要な部位がより鍛えられるのだが。

 (身体が重いということか?どこか痛めたというような記憶はないが……)

 「あー、違う違う。そうじゃなくて何て言うんだろー?本当はもっと、こうバヒュッて感じなはずっていうか?」

 (ばひゅ……?)

 「あ、いやー、ボヒュッ、かなー?」

 その擬音の違いは毛ほども分からなかったが、言いたいことは何となく分かった気がした。ばひゅだのぼひゅだの言いながら、腕を素早く前に突き出した動きをしていたからだ。

 (ふむ……なるほど。要するに、お主の想定の動きに身体がついてきていないというようなことか?)

 「あー、そうかな?そんな感じ?多分、もっと早くいけそうなんだよねー」

 屈伸しながら前進し、尚且つ上半身はまた別の動きをしているシィーラは、器用ではあるが妙なジェスチャーであることは間違いない。流石に目立ったのか、背後から「お前、さっきから何してるんだ……?」と声がかかった。

 「ほぇ?」

 シィーラと同時に振り返ると、そこには見事な赤毛の少女が不審な目を向けていた。

 その瞳も鮮やかな深紅の吸い込まれそうな色で特徴的だ。切れ長の鋭い形も相まって睨まれているような険しさがあった。それでいて、端正な顔立ちが際立つ怜悧な美人なのでやたらと絵になる。薄着のシャツは汗ばんでおり、豊かな胸が強調されて艶めかしいが、本人は全く無頓着のようだ。男女比率が8:2ほどの訓練所において、その無防備さは危険な気がする。もっとも、露出した肌から見える筋肉の付き方からして、完全に武術を学ぶ者のそれだったので腕に覚えはありそうだ。

 「動きが怪しすぎるし、ぶつぶつと一人でしゃべってるし、鳥?を頭に乗っけてるし、気になって仕方ないだろ……」

 そう言われるとまったく反論できない。訓練所に通ってもう一巡りは経過している。密かに、既にそういう訳の分からない人物だと認識されて放置される立ち位置になったと思っていたが、まだ初見の人間もいたということか。

 まさか変人に分類される日が来るとは思っていなかったが、客観視したときにシィーラの言動では何も否定できないのが辛い。それはともかく。

 今日までこんな立派な赤毛は目にした覚えがない。大陸では様々な人種がおり、髪の色も多種多様ではあるが、赤毛は特に珍しい部類に入る。しかも、燃えるように赤い。赤みを帯びている赤茶などですら珍しいのに、これほど赤赤と、ただただ真っ赤としか形容できない鮮やかさを持っているのは稀だ。さぞ、好奇の目にさらされてきただろう。

 地域や国によって、赤毛に対する偏見や差別があることを何かで読んだことがある。神聖視する部族か何かもあった気がするが、圧倒的に偏見の方が多かったように思う。何より、こうしてまじまじと見てしまうことがある意味その証明だ。どう思うかについてはまったく別の問題ではあるが。

 「怪しい?別にみんな同じことやってるじゃん?」

 シィーラは言いながらも屈伸は止めない。上半身に余計な動きが加わっている分、十分奇妙な動きだ。説得力が皆無だった。

 「絶対同じじゃない」

 「んー、そうなの?ゼーちゃん?」 

 (さっきからお主、腕も動かしておるからな。それが目立つのじゃろう)

 「ゼーちゃん?」

 「あー、これかー。なるほどね。あっと、ゼーちゃんはこれね」

 (人をこれ扱いして指を差すな)

 「ああ、ごめんごめん。指差すのダメだったんだっけか」

 「……」

 赤毛の少女の視線が少し痛い。値踏みするように鋭い眼光のせいもあるが、わずかに殺意、いや闘争心のようなものが含まれているように感じる。獣に襲われそうな際のひりつく感覚だろうか。身体の使い方や仕草、体勢や細かな動きからして戦闘の心得があるのは間違いないが、どの程度の実力なのか底が知れない。

 整った容姿からは想像もつかない獲物を狩る獰猛な匂いをさせつつ、その危険さを不意に幻にさせるような奇妙な気のそらし方も持っている。無意識なのか意識的なのか、自分の纏う雰囲気を悟らせないかの如く、触れようとすればするりと身をかわす娼婦の処世術のような強かさも感じた。

 やはりよく読めない。それをシィーラも感じ取ったのか、

 「あれ、なんか怒ってる?」

 赤毛の少女に問う。

 「……いや、別に。そうか、鳥?を連れた奇妙なやつがいると聞いていたが、お前か」

 毎回、『鳥』という後ろに疑問符が付いている気がする。別にそれほど気にしてはいないが、どうにも引っかかる。鳥以外の分類はできないと思うのだが。

 「奇妙?あたし、めっちゃ普通だと思うけど?」

 シィーラは本気でそう思っている。共に行動して一巡りほどで、「もう完全に人間じゃん」と一点の曇りもない得意顔で宣言したことを思い出す。ちなみにその時、体中に無数の葉がペタペタと張り付けられていた。怪我をしていたので治療中だったのだが、薬草だと教えた植物をそのような形で使う輩は、断じて人間ではない。当然、煎じて飲む方法など思いつきもしていなかった。

 つまり、シィーラの言動は初見で見切られる。あまり関わらない方がいい部類の人物だと。

 「お前の普通は狂っているな。だけど、そうだな。そこそこ強そうだ。もう少し鍛えた後ならやり合うのも悪くない。名を聞いておこうか。私はロアーナ=メレンバッタだ」

 何が琴線に触れたのか、ロアーナだと赤毛は名前を告げた。興味を持ったということだろう。

 「むむ?確かに鍛えている途中だけど、あんたより弱いとは思わないなー。あたしはシィーラだよー」

 (正しい名乗りには、ちゃんと正式名を返せと教えたじゃろう?)

 「あ、そうだった、そうだった。シィーラ=エンドーラね」

 「シィーラ?女のような名だな」

 ふっとロアーナの口角が上がった。それは嘲笑であからさまな挑発だった。尊名主義の大陸において、初対面の相手の名を馬鹿にするのは侮辱行為に他ならない。先程のシィーラの自分が格上だという言葉に対して、喧嘩を売りにきたのだろう。

 だが、生憎とシィーラにはそうした人間社会の常識は通じない。教えてはいるが、未だに感覚がつかめていないようだ。

 「女、なのかなー?あ、でもこの身体は男だったっけか。どっちなんだろーね?」

 どこか怪し気で意味深長な返しになっていた。この返答は予想外だったのか、ロアーナの反応が一瞬止まった。怒りに身を任せた一撃でも警戒していたのかもしれない。感情的な揺さぶりをかけたのに、その気配が何もなく気分を害した様子もないので戸惑ったのだろう。その間も長くは続かなかった。

 「……奇妙だというのは本当のようだな。まぁ、いいさ。今は眼中にない。またな」

 屈伸の速度を速めてロアーナはシィーラの横を通り過ぎてゆく。単なる気まぐれで話しかけてきたのだろうか。用は済んだとばかりにあっさりと先を行く。その時、若干右足の動きがずれた。微妙なぐらつきだったのでうっかりバランスを崩しただけかもしれないが、少し気になった。体幹は大分鍛えられていそうだっただけに、意外なミスだ。

 揺れる赤髪にまた視線が引きつけられる。やはり目立つ。なんとなく目で追っていると、不意に過去に同じような赤毛の女のことを思い出した。あれは師匠の知り合いの者だっただろうか。記憶が曖昧なのはおそらく幼かったからで、その他のことをまったく覚えていない。同時に、師匠が赤毛について何か言っていたように思うが、そちらも記憶に残っていない。きっと、どうでもいい女性評価論だったんだと思われる。師匠はよくそういった偏見に満ちた独自の分類をするクセがあった。

 例えば、左利きの女は料理よりも狩りが上手い、などといった根拠もない類のものだ。完全に体験談に基づく統計を無視したもののはずなのに、意外に当てはまることが多くて謎の的中率だった気がする。



 「何だったのかしらん?」

 益体のない回想から我に返ると、シィーラはやや不機嫌そうに首を傾げていた。絡まれた理由が不明だからだろう。

 (……分からぬ。お主が変な動きをしていたから気になっただけかもしれぬな)

 「変って何がよー?」

 (だから、その腕の妙な動きは止めよ。屈伸移動だけで十分だ)

 「あれっ?なんか勝手にまたやってたー。でも、これもなんかよさげじゃない?ほっ、ほっ、ほっ!」

 (良さげではない。変なクセがついても困る。あと、妙な掛け声もやめよ。お主が先ほど言っていた想定と反応速度の違いは、まだわしの身体の本来の機能を十全に使いこなせていないことから来る無意識のズレのようなものじゃろう。今はやはり、しっかりと身体と精神を馴染ませる方向に特化すべきじゃ)

 「えっと、つまり……?」 

 (……深く考えずに、無理のない動きのみで身体を使って慣れさせろ。いずれ好きに動かせるようになる) 

 「おっけぃ!」

 (馬鹿者、声が大きい!)

 「ぐにゅ……」

 こんな風に独り言を言いながら、鳥を頭に載せている人物は、確かに奇妙だと言われても仕方ない。誰も近寄ってこないのも道理だ。下手に詮索好きが寄ってくるよりはマシな気もするが、あまりに変人扱いで孤立するのも困りものだ。そういう意味で、ロアーナのような肝の据わった者から話しかけられるのは貴重な経験かもしれない。

 しかし、ロアーナに関しては少し気になる。あれほど目立つ容姿と雰囲気ながら、今まで見かけなかったのはなぜなのか。ロハンザ訓練所には複数の講義部屋や実技用の広場があり、全訓練生とどこかで顔を突き合わせる機会はかなり多い。自由出席制度なので、組違いや年違いでも出くわすことは少なくない。ここまで有力者らしい人物はヨーグからの情報と、わし個人の観察によってリストアップしている。

 ロアーナは確実にその中に入る人物だ。漏れているのには、何か理由がありそうだと思っていると、ガシャガシャと金属音が聞こえてきた。

 「うげっ……」

 音の正体に気づいて、シィーラが呻く。

 「兄貴ーー!!」

 ペンターズが足早に駆け寄ってくる。訓練所に鎧姿の人間は幾人かいるのだが、この小男ほど目立つことはない。騒音を立てない皮鎧だったり、最低限の箇所しか装備していなかったりで、周囲に配慮したものになっているからだ。

 その点、兜まできっちり装備したペンターズに隙はない。またアイツかよ、という周囲の冷たい視線も跳ね返すらしい。そこだけ見ればメンタル強者のように思えるが、普段は臆病という謎の小心者で、一定の方向にだけ図太いだけらしい。

 「兄貴、大変っす!」

 「……」

 「兄貴?兄貴、聞こえてますか?」

 真横からの呼びかけに聞こえないはずがない。無視されていると、ペンターズは考えないらしい。

 「あれ、おかしいな、声が小さいのかな、あ、に、きっ!!!」

 耳元で大声が炸裂して、シィーラが動いた。

 「うるさいっ!!って痛っ!!!」

 本気で殴りに行ってペンターズが吹っ飛ばされるが、当然素手の方にもダメージがある。

 (無駄に拳を痛めるパンチはやめるがよい)

 「思わず手が出ただけ……まったく、何なの?」

 殴り飛ばされて転がっていたはずだが、すぐに戻ってきたペンターズが何もなかったかのように答えた。こういうところは素直にタフだった。

 「大変なんです、兄貴。アルバが次の試験で魔法使えないとヤバヤバっす!どうにか、魔法を教えてやってください!」

 「ヤダ」

 「即答っ!!?」

 「興味ないものー」

 にべもなく去るシィーラ。一顧だにしないその徹底さにはある種、敬服の意を覚える。本気で関心がないのだろう。

 それを分かっていながら尚も追いすがるペンターズもなかなかの根性だ。普通の感性の持ち主なら、今の対応で心が折れるところだ。

 「待ってくださいよ、兄貴!ちゃんと見返りもあるっす!」

 手ぶらで来たわけではないらしい。それでも、シィーラは振り返らない。黙々と屈伸移動を続ける。

 「なんと、アレですよ。訓練所食堂でも幻の逸品。ミゲヤのふわふわ餅の引換券っす!兄貴、食べた――」

 「先払い」

 ぐわっと身体の向きを変えて、シィーラがペンターズに迫った。

 「うわっ!!?」

 その勢いに気圧されてペンターズが後ろに転がる。喰いつきっぷりが尋常ではない。あっという間の手のひら返しだった。

 (食い気が過ぎる……)

 「うるさいよ、ゼーちゃん。それで、パルマって誰?」

 「いや、アルバっす……」

 名前間違いは酷い侮辱なのだが、ペンターズはもはや突っ込む気力もなかったようだ。 


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