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FairyTame-妖精交換(仮)-  作者: 雲散無常
第二章:訓練所
11/205

2-1


 「―――つまり、ここロハンザの街というのは大陸でも屈指の都市国家であり、独立した国としての機能を持った一大商業都市である。その軍としての側面を持つのがロハンザ傭兵騎士団であり、その軍事力・武力はこの都市の商品の一つでもある。傭兵の名を冠す通り、傭兵騎士団は他国との契約によってその国の戦争に参加することもある。貴様らが日々学んでいるのは、そうした武力向上のためだ。己の命を懸けるのだ、そのための努力をゆめゆめ怠るなよ」

 教壇に立って巨漢のペドンが野太い声で話している。

 いかにも武闘派な全身筋肉のみで出来ている外見からは想像がつかないが、それなりの知識と教養を持っていることがここ数日で判明した。平民出身であることを考えると、並々ならぬ努力と環境に恵まれたのだろうと推察される。

 「けど、指導官さんよ。武力ってんなら、この授業とかいうんだっけ?良く分からん話を延々と聞かされるのはなぜなんだよ?」

 街中を歩いていればその辺のゴロツキだと思われそうな恰好の男が不満げに声を上げると、周囲からもそうだ、そうだというような同意が漏れた。この大広間のような部屋には、現在50人ほどの男女がいる。訓練所には実技と講義といういわゆる実践訓練と座学の勉強がある。後者は当然、個々の戦い方、戦術や戦略、小・中・大規模部隊での動き方などが中心だが、それに伴って各国の情勢やロハンザ傭兵騎士団の理念、歴史、立ち位置などの知識を学ぶことでもある。

 一般的にこうした学識を得る機会は貴族階級など一部の者たちにしかないため、学習という概念を理解できない者は多い。こうしたやりとりは既に何度か見てきた。というか、シィーラも同様の疑問をぶつけてきたことがある。知識、情報というものがいかに重要なものなのか、経験して実感しない内はなかなか分からないものだ。

 「良く分からん話ではない。それは貴様がちゃんと聞いていないからだ。いいか、よく聞け。何度でもいうが情報は力だ。どんなことでも知っていることは強みになり得る。現に貴様らは今、知らないがゆえに自らが既に劣っているというこを露見している。要するに、周囲からバカだと判断される隙を与えている。真に強くなりたいのなら、すべてをどん欲に吸収しろ。無駄なことなどひとつとしてないと思え」

 「んー、つまりどういうこと?」

 シィーラが小声で聞いてくる。学ぶことの大切さは幾度となく話したはずだが、未だに分からないのか。疑問に思って尋ねてくるだけマシではある。無関心なのが一番よろしくない。

 (あやつらが今、知ることの重要性を理解していないということが、先程の質問によってバレたという話じゃ。それはつまり、そんなことも分からないほど愚かだという証明だということだ)

 「ほむほむ……ゼーちゃんがいつも言ってる知識は力だーってやつ?」

 (うむ。そのことを理解していない者ほど弱い。お主もできるだけ話を聞いて、知見を高めよ)

 「ぬふー」

 それは了解したの意なのか納得がいってないのか、判断に困る反応だ。少なくとも、頭ごなしに無視するようなものではないので一安心だが。最初の頃からしたら雲泥の差だ。

 質問した男はバカ認定されたことは分かったのか、不服そうに否定したが、授業はかまわず進んでゆく。時間は有限だ。進行は個々の事情よりも全体を優先するようにできている。これを妨げると訓練所では問答無用で様々な罰則が適用されることは既に周知の事実であり、初日の闘耐戦のように厳しいものだと分かっているので、訓練生のほとんどは従順に従うことを覚えた。逆らってもいいことはないからだ。

 ロハンザ訓練校に通い出して一巡り。ようやくこの組織の仕組みを理解しだしたところだ。ここから最短でシィーラの実力を認めさせ、騎士団に入団させることが目標となる。実際は更にそこから図書館で調べ物をする、というものが最終目的ではあるのだが、一つずつ着実に進める。いや、着実ではなくかなり無茶な近道を考えてはいる。普通に段階を踏む場合、訓練校は二年の工程を用意しているが、そんな悠長な時間をかけている暇はない。

 それはあくまで凡庸な人間が一から最低限の要素を身に着けるための時間であって、例外は常にある。そのための制度もしっかりとあるので、シィーラはそちらを狙っていく。そのための布石を色々と仕込む必要はあるが、可能な道筋は見えていた。

 その後もペドンは、ロハンザ騎士団がどのような組織なのか、そこで必要な能力がどういうものなのかを説明する。あくまで足掛けの場所なので興味はあまりなかったのだが、母体であるロハンザ都市国家が成り立つまでの歴史は少し興味深かった。

 大陸南東に位置するこの街は、密かに港まである交易も盛んな商業都市でもある。当然、大陸の主要道である交易路も通っており、各国が手に入れたいと思う重要な拠点だ。しかし、この都市がどの国にも属さずに独立を保ち、一般的な国にもならなかったという経緯はもともとが商人の街であることから納得がいく。交易によって人が増え、商人が増えれば大規模な商人ギルドが生まれる。商品が増大すれば、その防衛のための私兵も比例的に増え、やがては騎士団が形成される。そこまでは必然だろう。

 そこから先、頂点に立つような大商人がいれば、あるいは国としての形を取ったのかもしれない。だが、商人ギルドでまとまったところで実際は幾つかの有力商家の集まりだ。互いに個々の利権を守りつつ、牽制するとなれば国として成り立つのは難しい。共和国という形式も取り得ただろうが、既にこの街は独立都市めいた運用ができあがっていたので、無理に国にはならなかった。ゆえに今も、歴史ある有力商家の合議制によって都市は運営されている。

 時代によって数は違うようだが、基本的には3から4つの商家が互いに牽制しつつ、突出することがないようにバランス調整をして均衡を保っているらしい。ロハンザ傭兵騎士団については、その有力商家すべてが出資者になっており、どこか一つの影響が強くなりすぎないようになっているという話からも、絶妙な力関係が成り立っていることが分かった。とはいえ、裏ではきっと相当数の諜報活動やら工作活動が行われているに違いなかった。

 見聞屋のヨーグが入り込んでいる時点で間違いないだろう。見聞屋ギルドの背景にどの商家があるのかは不明だが、表向き中立を装ってはいてもきっとどこかに肩入れしていると思われる。裏事情は今のところ、あまり気にしていない。他に憂慮すべきことが多すぎた。

 ちなみにヨーグは2ダーリャ組、二番目でそこそこの位置にいる。一体、どれだけの顧客を抱えていることやら。その日の講義を終えて、シィーラと共に宿に帰る。訓練所には専用の宿舎もあるのだが、わしらは外に宿をかまえることにしている。金稼ぎに夜の仕事をしなければならないこともあるため、宿舎などの規則で縛られるわけにはいかなかったのだ。

 「うにゃー、なんかたくさん話を聞いても、多すぎて覚えられないわー」

 宿屋の部屋で夕飯を囲みながら、シィーラが愚痴をこぼす。

 「あらあら、お疲れのようですね。どんなお話を聞くのですか?」

 朝と昼番だったので、今夜はナリスも一緒だ。興味深そうに聞いてくる。

 「なんか街の歴史とかー?騎士団がどうのこうのー?」

 (まったく具体性がないな。ちゃんと覚えているのか?)

 「ちゃんと聞いてたよー。商人の街なんでしょー?あー、なんか海の幸のニアメ貝って食べてみたいなー。ナリスの店にはないのー?」

 「ニアメ貝ですか?あれは高級食材なので、ウチのような安酒場じゃ出せないみたいですね。貴族御用達、みたいな感じらしいです」

 「うぐぐ、尚更食べてみたいなー!」

 (この街の高級特産品の一つらしいからな。貧乏人には高嶺の花じゃろうて)

 「お金お金、お金ばっかりだなー、人間はー」

 そこはあまり否定できない。実際、金があればたいていのものは出来てしまうのが今の世の中だ。この旅も路銀との戦いだ。 

 「お金と言えば、まだ夜の仕事は続ける必要があるのですか?訓練所に通いながらというのは、体力的に厳しいのでは?」

 (続けるしかない。ただでさえ、ナリスには負担をかけておるし、いつまでもこの安酒場というのもな。情報収集のための資金や、この街での地位確立という意味でももう少し稼いでおくのが得策じゃ)

 「わたしは別にかまわないのですが……訓練所費用とか、その他にもいろいろと入用なのですね」

 「やっぱり金かぁー!」

 (お主の食費も原因の一つじゃからな。遠慮なくバクバク喰いおって……)

 「それは必要警備でしょー!仕方ないねー」

 「それをいうなら必要経費、だね。まぁ、食べないと体力もたないからね」 

 ナリスはシィーラにやや甘いところがある。こちらが厳しくしているので、余計にそう感じるのかもしれないが。

 「それで、訓練生生活には慣れたのかな?友達とかできた?」

 「友達?」

 「うん。一緒に色々と学んでいるんでしょ?」

 「一緒にって言っても、同じ部屋にいるだけだよー?」

 「え、そういうものなんですか?」

 ナリスの問いはわしに向けたものだろう。以前、ナリスとはシィーラの教育方針について少し話したことがある。人間社会に適応させるため、他人との関係性や距離感、人間の感情の機微について学ばせたいというものだ。すぐに元に戻れない状況なため、シィーラはしばらく人間としてふるまう必要がある。そのためには人間を知る必要があるということだ。種族の違いというのは、想像以上に溝が深いと痛感している。そのギャップをできるだけ埋めたい。

 そのためには、今回のように大勢の人間が集う組織に属することは、色々と都合が良い。ナリスと親しくなったように、他の人間とも交流を深めてもらいたいところではある。ではあるのだが、今の所シィーラが興味を持つ人物はあまりいない。その基準がまったく分からない。

 今は大分仲間のような存在になったナリスとの関係だが、シィーラがなぜ気に入ったのか、その理由は定かではない。以前の答えでは「なんとなく?」の一言で済まされている。ごまかしているわけではなく、本人にも良く分かっていないのだろうと思う。

 そのような趣旨をナリスには伝えてある。それでもいまいち理解されなかったので、分かりやすい例えを出した。

 シィーラの場合、相手がどこかの王だったとしても気に入らないことがあったら、いきなり剣で切りつけかねない。掛け値なしに本気でそうなる可能性がある。人間の身分の重みや礼節、本音と建て前、そのような概念がひとつもないからだ。それでようやく、ナリスにもその重要性が伝わった。今ではわし同様、シィーラに教育を施してくれている。主に一般的な礼儀について、だ。

 その効果のほどはさておき、同志がいるということは有難いことだった。

 (しばらくは自然の成り行きに任せようと思っておる。こやつ自ら興味を持った相手こそ、きっとチャンスがあると睨んでいるのでな)

 「チャンス……ですか?」

 (良い機会、という意味だ)

 ナリスはあまり北稜語に詳しくはない。大陸ではここ50年ほどで共通語が制定され、どこの国でもそれが主流となって母語化された。もちろん、元々の各国、地域の言語も残っているが、三大国や魔法教会が主導して変革したため、その普及率は文字通り大陸全土に広まった。それでもまだ北稜語が共通語に食い込んでいるのは、最近の機械の普及に伴うものだ。

 魔力を活動源とする魔核コアという発明により、便利な魔道具・機械類が爆発的に増えた。北稜語はその機械にまつわるものが多く、そこから北稜語がやや復権を果たしたようなものだ。機械の生産、発明、運用などは圧倒的に北稜、すなわち大陸北部の地域が多く、ゆえにそれは必然とも言えた。

 「興味ねぇ……面白そうな人はいたけどさー、なんかみんな近寄って来ないんだよねー」

 「そうなの?どうしてなんだろう?」

 ナリスは首を傾げているが、きっとそれは変人扱いされているからだ。常にわしという鳥のような何かを頭や肩に乗せ、独り言をしゃべっては――実際はわしと会話しているのだが、他人には分からない――どこでも我が物顔で過ごしている新人だ。ただ者ではないオーラが溢れ出ている。初日の闘耐戦でも、かなりやられはしたものの、最後まで耐えきった猛者でもある。同じ境遇だったチョーロという青年があの後全治二巡りの怪我を負っているにもかかわらず、だ。警戒して近寄ってこないのは当然だと言える。

 「さあねー。あ、でも、アレだ。今度すっごい強い人が戦い方を教えてくれるらしいんだ。それはちょっと楽しみー」

 最近、強くなることに貪欲なシィーラだった。負けず嫌いなところがあり、そうしたことへの向上心はなかなか悪くない。問題は加減を知らないことで、訓練であろうと容赦なく相手を殺しそうなことがあった。その抑制のため、こちらへの負担が大きいのは困ったものだった。

 訓練所での地位向上、実力を認めさせて早期昇格することは必須の工程のため、今回来る要人の目に留まることも考慮に入れる。ヨーグの情報では騎士団の幹部クラスらしい。裏技でそういった人物からの推薦も訓練所での評価向上に寄与するようなので、是非とも印象付けておきたい。

 そんな話をしながら、その日の夕食を終えた。

 そこからは仕事の時間だった。



 「でっかい屋敷のわりに、たいしたことなかったな」

 ニャリスが金貨の詰まった革袋を指で弾きながら、ふんと鼻を鳴らす。

 (お膳立てが完璧じゃからな。予想外の何かが起きない限り、計画通りに進めば線をなぞるようなものじゃ。とはいえ、まだ終わってないぞ。気を緩めるな)

 「でも、後は帰るだけでしょー?らくしょーじゃーん」

 シィーラも緊張の欠片もない様子で、部屋の机に腰かけて足をぶらぶらさせている。

 盗みに入った他人の家で寛ぎ過ぎだ。確かに既に脅威は排除しており、シィーラの言うように脱出するだけなのだが、こういう時こそ足をすくわれぬように警戒する必要がある。

 今夜の仕事として請け負っているのは、見聞屋の仲介による強奪案件だ。強奪というくらいなので犯罪ではあるが、対象が不当な手段で稼いでいる悪党や組織、表向きは善人を装って裏で悪事を働くような真っ当ではない人間なので、世の中的には義賊行為としてまかり通っているのが実情だ。そのまま強奪屋という名の職業で、裏家業として成立していたりする。もちろん、現行犯で見つかればただではすまないが、盗まれる方も脛に傷どころか探られたくない腹を幾つも持っている輩なので、やられても自己責任で対処するしかないという構図が出来上がっている。

 また、強奪とは言ってもいざとなったらという意味で、基本的には殺しはなしの盗みが主体となる。見張りや護衛を殴り倒すことはあっても、必要最低限の排除であり、相手が必死に食い下がってこない限りは穏便に気絶させるくらいで、死人なしの綺麗な仕事だ。

 そのための下準備やら何やらが大変なので、見聞屋がそうした下見や情報収集を担い、実行担当がわしらのような動ける者という役割分担で、このような仕事は常に成り立っている。ここでもヨーグとのつながりが役立っているわけだ。

 「あれ?そういや、ヨーグのやつが余裕があったらなんたらかんたらって言ってなかったか?追加報酬の書類があるとかなんとか」

 「お?なになに、そんなこと言ってたのー?」

 ニャリスが思い出したようにそんなことを言い出した。確かに主目的の他に、もしかしたら存在するかもしれないある書類のことは言及されている。だが、それは不確かな情報であり、配置場所も特定できていないので手を出すつもりはなかった。

 (この部屋にありそうならば考えてもよかったが、その望みがない以上、そちらは無視じゃ。帰るぞ)

 「……もう行ってしまったな」

 ニャリスが呆れたように答える。まさか、と思って視線を向けると、部屋を出ていくシィーラの背中が見えた。こういう時だけ行動が早すぎる。

 (いかん!連れ戻せ、ニャリス)

 「言うことを聞くとは思えんぜ」

 ニャリスのぼやきももっともだが、それでも自由にさせるわけにはいかない。わし自ら身体を張って止めることができない以上、頼らざるを得ない。やれやれという仕草で後を追うニャリスに頑張ってもらうしかない。

 そんなこちらの苦労をよそに、シィーラはどんどんと予定外の部屋を練り歩いていく。どんな罠が仕掛けられているか分かったものではない。ここまで楽に動けていたのは、下準備の賜物だ。想定外の場所について、何があるかは未知数だ。危険極まりない。

 「おい、シィーラ。いい加減、時間がやばいぜ?そこでダメだったら引き返すからな?」

 言っても聞かないのはニャリスも分かっているので、ある程度の落とし所を提案する。ここまで自由にさせたことと引き換えだ。シィーラは基本的に約束は守る傾向にあるので、こうして言葉で縛るのは有効な手だ。ニャリスも大分、シィーラの扱い方が分かってきて心強い。

 「えー、やだなー。でも、見つからないし、しょうがないかー」

 既に半ば飽きかけているのも幸いしてか、受け入れられそうだった。下手に口出ししなくて良かったようだ。

 しかし、ほっとしたのも束の間。

 最後の部屋の扉を開けたところで、先客がいた。

 相手側も想定外だったのだろう。一瞬、びくっと身体を震わせてお互いに硬直した時間が流れた。

 全身黒ずくめで、明らかに真っ当でない職業なシルエット。その足元には横たわる人間。既にこと切れている死体であることは明白。おそらく殺人者はその黒ずくめだ。そんな決定的な瞬間に出くわしたにも関わらず、シィーラはいつもの調子で言う。

 「あれー?あんた、誰?」

 返事などあるはずもなかった。


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