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プロローグ


 世の中は理不尽だ。

 そして、不可解な謎で満ちている。どれだけの賢人が真理を追及しても未だに解けない事象、不思議、法則など、世界の摂理の扉は重く閉ざされているものが多い。

 そのようなことは理解していると思っていた。

 他人より多くの書物を読んで知識を深め、その辺の戦士よりも多くの魔物を倒し、普通の人々が知り得ない裏の社会もそれなりに見てきたと自負している。

 だが、足りなかった。

 それでも、目の前の状況には未だについていけない。慣れない、理解ができない。

 少し想像してみて欲しい。

 自分が、自分という存在が眼前で勝手に暴れている姿を。

 それを自分だと認識しながら、まったく制御できないという訳の分からない感覚を。

 身体が勝手に動いているのとも違う。既に自分の身体の感覚はない。ただ、それが他人によって操られているだけだ。いや、目の前に見えてはいるが実は偽物なのではないか。自分にそっくりな何かであって、今見えている人間は自分ではないのではないか。そう考えられたら良かったのだが、残念ながらそうは思えない。

 形容しがたい超感覚的な何かで、確信を持ってしまっている。あれは自分自身だ。訳が分からずとも、それだけは否定できない。

 自身で長年鍛えて培ってきた剣技が、自分以外の意志によって繰り出されているのを見る。

 それなりに洗練されていて悪くはない。キレはないが、経験に裏付けれされた確かな力の流れが見て取れる。付け焼刃ではない。

 客観的に観察できるのはやはり貴重な体験ではあるな……いや、そういうことではない。

 「あっはっはっはー!やっぱ、愉快だわー!てきとーに動いてもまだまだイケるじゃん!」

 (いや、適当に動くな。前にも言ったはずじゃ。変なクセがつくからやめろと)

 「そうだっけ?たいしたことじゃないから、すぐ忘れちゃったのかしらん?まぁ、いいじゃん」

 最後の一人を斬り捨てながら、屈託なく笑っている。自分の顔が。

 あれほどの笑顔を振りまいたことは記憶にない。無表情だの真白仮面みたいだの、無感情系の評価しか受けたことがない。

 (たいしたことじゃからな!勝手に軽く扱うな……とりあえず、逃げるぞ。いくらそやつらが強盗だとは言え、殺してしまった以上警備隊に捕まる)

 「あー、そういえばそんな訳の分からないルールがあるんだっけか。まったく、納得いかないよねー。こっちは人助けしたのにさー」

 不満げに言いながらも、過去の経験で学んだので拒否はしない。剣を収めてその場を後にする。

 と、背後から感謝の声がかかる。

 「兄ちゃん、ありがとなー!おかげで助かったぜー!!」

 「いぇーい!またねー!」 

 手を振り合いながら笑顔で別れる。だが、その近くには三体の惨殺死体があることを考えると、なかなかにシュールな絵面だ。自業自得ではあるが、死体はいずれも強盗犯だ。ある道具屋に押し入って金品を巻き上げようと店の主人を脅したところに、たまたまわしらが居合わせた。

 よせば良いものを客からも強奪しようと欲をかいたため、返り討ちにあったというのが経緯だ。殺しも辞さないといった雰囲気ではあったが、実際にそこまでしようとしていたのかは不明だった。しかし、シィーラに手を出したのが運の尽き。彼女に容赦という言葉はない。嫌いなものはとことん嫌う性格だ。

 個人的にも外道な行いをした時点で慈悲をかける必要はないと考えるが、今回のそれが死ぬほどのことだったかは正直微妙だった。まぁ、済んだことは仕方がないのだが。

 「それで、何処に逃げればいいのー?」

 呑気に訊いてくる自分の姿に未だにぬぐえない違和感を抱きながら後を追う。

 (容姿についてあの主人が素直に話していると、後々面倒だ。宿屋へはもう戻れぬ。別の町に向かうのが賢明じゃろう)

 「えーー!?まだ、この街に着いて二日目じゃん!食べてないものいっぱいあるよー!」

 (お主がいつものように考えなしに斬り殺すからじゃろう。いい加減、学べ)

 「だって、気が付いたら勝手に死んでるんだもん。しょうがないじゃん?」

 人は勝手に死なない。少なくとも、攻撃を仕掛けた本人が言うセリフではない。殺された方はきっと文句を言うはずだ。

 「あ、でも、ダメだ。今日、ニャリスの手伝いするって約束してたじゃん。行かなくちゃ」

 突然進路を変える。ついでに話題も変わっている。ニャリスが誰なのか分からない。シィーラのお決まりのパターンだ。脈絡なく、言動がすぐさま切り替わる。もう、幾分慣れてきた。

 (いや、この街にはもうおれぬと今言ったじゃろう?)

 「約束は守らないとだめじゃん?それに、花摘みなら森だから平気でしょー」

 そう言われると強く拒否はできない。約束したならば反故にするのは心情的に許せなかった。ただ、そんな約束を本当にしただろうか。ニャリスに心当たりがなかったが、花摘みでピンときた。確かこの街の花売りと会話していた。情報を聞くために少しばかり立ち話をしただけだと記憶しているが、その際に他の場所に注目していたせいもあり、すべての会話を聞いていたわけではない。知らぬうちにそのようなやりとりがあったのかもしれない。

 (森ならば、まぁ、かまわぬが……そこまでじゃぞ?)

 「おっけぃ!」

 近くお尋ね者になりかねない状況なのだが、軽いノリで町外れの森に向かうことになった。



 今日は厄日のようだった。

 森に入って花畑の方に足を踏み入れた途端、花売りの娘が見るからに悪党な連中に捕まっていた。後ろから羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなっている。

 「あれー?先に遊んでるとか、ずっこくない?」

 (あれは遊んでいるのではない。たちの悪い輩に絡まれてるのじゃろう)

 いつものように見当違いの感想を正しておく。

 「え、マジで?ちょっと、ちょっとー!ニャリスをいじめたらあたしが許さないぞー!」

 後先考えずにシィーラは駆け出す。もう少し様子見をして状況を確認したかったところだが、望むべくもない。

 「なんだ、こいつ!どっから出てきやがった!?」

 「え?どっからってそこから?」

 振り返って後ろの茂みを指差しているが、相手は別にそういうことを聞いているわけではない。

 「ふざけた野郎だ、こいつの知り合いっぽいな。面倒だから片付けるぜ」

 ニャリスという娘を抑えている者以外の二人が、すぐに応戦状態に移行する。力自慢なのか、まずは腕力でねじ伏せるタイプのようだ。一人は戦斧、もう一人は長剣が得物だ。足運びからして戦いには慣れた感があるが、それほどの実力はなさそうだ。

 (いいか、無闇に殺すでないぞ?あの程度、軽くひねってやれば……)

 「悪者、たいさーん!!!」 

 「ぐああああぁぁー!!?」

 まったく聞いてはいなかった。止めるまなくあっという間に二人を斬り伏せ、残る一人の真ん前に立つ。

 「な、なんなんだ、てめぇはっ!!?」

 仲間二人の死体を見て、ニャリスを捕まえていた男は恐慌状態になっている。いつのまにかその右手には剣が握られており、ニャリスを拘束するための左腕は首を絞めつけるように完全に締まっていた。娘の苦しそうな表情からして、相当の力が入っている。危険な状況だ。

 「さっさとニャリスを放せー!」

 「う、うるせー!近寄るなっ!」

 「なんだとー!?」

 (おい、それ以上挑発するな!そやつ、何をしでかすか分か――!!)

 警告の途中で、男が動いた。危険だ。脳に警告が走る。剣を持った右手の動きが拘束している娘に向かう軌道を描こうとしている。

 自分の身体であれば、今すぐ間合いを詰めてその剣を弾き飛ばせるが、生憎と今はそういうわけにはいかない。シィーラは緊張感のないまま威嚇行動をしているつもりなだけだ。

 羽交い絞めにされていた娘、ニャリスが不意に突き飛ばされる。その背中に向かって男の上段からの一振りが襲い掛かろうとしていた。自暴自棄になったのか、怒りに我を忘れているのか、この場で人質を傷つけることに意味はない。だが、そうした冷静な判断もつかなくなっている。シィーラが追い詰めたからだ。

 最悪なのはこの悪党がそれなりに剣の腕があることだった。人を斬ったこともない空威張りな輩であれば、ここで怯んで剣先も鈍るだろうが、染みついた身体の動きというものはどんな心情であろうと的確になぞってしまう。

 このままではニャリスの命に関わる怪我につながる。

 体勢を崩したままの背中へその剣が振り下ろされる前に、その右腕に向かって一気に飛び込んでいく。

 この身体になってから、今ほど本気で最高の加速をしたことはなかった。

 「ってぇ、何だっ!?」

 「きゃぁぁぁーーーーーーー!!!」

 「ゼーちゃんっ!!!?」

 男の戸惑った声、ニャリスの絶叫、シィーラの悲鳴のような声。それらが混ざり合ったものを耳にしながら、自身の側面が斬られた感覚があった。男の右腕へ体当たりをかませたものの、振り下ろした刃をかすめたようだ。

 それはタイミングが少し遅かったということも意味する。剣が振り下ろされた先を多少は逸らせたが、その凶刃はニャリスの腕を斬り落としていた。

 (くそっ、間に合わなかったかっ)

 慣れない痛覚と争っていたが、既に飛行できなくなっていた。無様に地面に落ちると同時に、視界の隅でシィーラが動いていた。

 「よくも、やったわね!!許さないんだからっ!!!!」

 珍しく怒気がこもった声と共に、一撃で男の首を斬り捨てた。見事な薙ぎ払いだが、小悪党にはもったいない。いや、この所業ではもはや小悪党ではないか。

 「ゼーちゃん、大丈夫!?は、は、はね、羽に血がっ!!」

 (わしよりその娘の処置だ!腕の切り口に近い部分を紐で縛れ!血を止めるんじゃ!)

 「えっ、あ、うん、止血ってやつだね!?でも、紐なんてないんだけどっ?」

 わたわたとその場で訳の分からない動作をするシィーラ、というか自分の姿。今まで一度もそんな動きはしたことがない。あまりに情けなくて涙が出そうになるが、今はそんな場合ではない。

 (蔦じゃ。その辺の樹から蔦を斬って紐代わりに使えっ!)

 指示を飛ばしながら、自身の状態も確認する。痛みとしびれはあるが、思った以上に浅そうだ。視認できないが致命傷とは程遠いだろう。この状態での、突発的な痛みに慣れていないため、脳が衝撃を受け止めきれなかった可能性が高い。

 今はニャリスの治療を優先すべきだと判断する。魔法医の資格も経験もないが、知識はある。斬られた腕の切り口は綺麗な部類だ。素早く行えば接合できるはずだ。

 問題は手足となるシィーラ(自分)がポンコツなことだ。指示通りに動けるかどうか、そこにかかってくる。

 「わわわっ!蔦が絡まって……ええっ!なんであたしが縛られてるわけー?ちょっと、ゼーちゃん!全然動けないんだけどー!?へるぷみー!」

 ……絶望しかなかった。



 三時間後、すっかり日が暮れた森の中。

 放心状態で地面に伸びているシィーラが言った。

 「人の腕、こわい……もうヤダ……」

 どうにかニャリスの腕の治療を終えたのだが、軽くトラウマになったようだ。肉の切断面というものはそれなりにグロいので無理はない。首を切り離した者が言うことではないと思うが、自分の意志による行為の結果と他人がしたそれでは見え方が違うというのは一つの真理だろう。文句を言いながらもやりきったのは、シィーラなりに責任を感じたからだ。というより、その点を強調して刷り込ませた。

 今後もこの調子では困るので、今回の件はよい薬になっただろう。こちらもかなり疲れたのだが、その甲斐はあったはずだ……あったと思いたい。

 (人間は簡単に理性を失う。よく覚えておくがよい)

 一応、ダメ押しに釘を刺しておく。シィーラの性格を考えれば言いすぎるということはない。

 「それは本当にね……ゼーちゃんがうるさく言う意味がちょっとだけ分かったよー」

 ゴロンと寝転がってシィーラが呟く。

 「それにしてもやっぱり、人間って違うんだねー」

 (どういう意味じゃ?)

 「だって、あたしたち妖精だとどこかがおかしくなったら、作り直せばいいだけだもん」

 急にとんでもないことを言い出した。

 (作れるのか?)

 「うん。たまーに、変な魔物の枝みたいな触手みたいなのがさ、あたしたちを溶かす樹液というか変な液体飛ばしてくるの。それって浸食してくるから、こう、かかった部分を自分で切り離すのね。すっごい痛いんだけど、そうしないとヤバいからねー。んで、その後修復?するためにぐぬぬーんって力入れる感じでまた作る的な?魔力がいっぱいいるけど、そんな感じだからさ。一回切り離されたものを使うとか、すっごい新鮮だね」

 (『ぐぬぬーん』で精製できる方が新鮮すぎるじゃろうて……人の身体はそれ一つじゃ。替えは効かぬし、手入れを怠れば腐って朽ちる)

 「そうなんだー、やっぱ人間の体って便利だけど不便だよねー」

 (実に今更過ぎる感想だな……)

 シィーラは妖精だ。人間とは根本的に何もかもが違う。そしてその違いこそが、わしことゼファード=エンドーラとシィーラの間に横たわる一番難しい問題だ。

 いや、一番は身体と精神が入れ替わっていることである。しかも、妖精の身体というものは明確に定義できず、自分自身は現在鳥みたいな何かになり代わっている状態で、兎にも角にもすべてが不明瞭で訳が分からない。一体何がどうなっているのか。

 改めて思い出す。あまりにも不可解で数奇すぎるそもそもの事の発端を。

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