第三百十話 血染と不知見、同盟締結
▼セオリー
アリス奪還には、まずリンネの情報を集める必要があった。それをクリアするため、俺は頭領の中でも随一の情報収集能力を持つというアカバネ率いる血染組へ依頼を持ちかけた。
本来、頭領への依頼というのは大金を積んで行うのが当たり前の世界だ。かつて大怪蛇イクチ討伐の際は何億という大金が一人の頭領に対して動いたという。
しかし、当然ながらいまだ中忍頭の俺にそのような大金は無い。その場合、どうすればいいのか。
一つは縁故を最大限に生かして“お願い”を聞いてもらう方法だ。要するにシュガーのような友人を頼るってことだな。関係性にもよるけれど、基本的に一番安上がりになることが多いだろう。なんなら今だったらコヨミも頼めば色々と手伝ってくれるかもしれない。
しかし、安易に頼り過ぎるのは危険だ。友人関係はプライスレス、金で買えない関係であるが故に大事にしなければならない。利用する、されるの関係ではないのだ。
もう一つは自分の組織や配下に頭領を入れる方法だ。クランに所属している頭領ランクの忍者たちがコレに当てはまる。不知見組でいうと……これまたシュガーがそうか。
具体的には逆嶋バイオウェアのアリスやヒナビシ、八百万カンパニーのコヨミなど。彼らのように、各クランに所属する頭領たちは自身の所属するコーポからの依頼ならよほどのことが無い限り請け負うだろう。これは頭領を擁するクランの強みでもある。
また、特殊な例でいえば俺とアリスの関係も同様だ。アリスは不知見組に入っている訳ではないけれど、個人的に俺の腹心になっている。もしも、俺が彼女へ依頼をすれば恐らくは無償で請け負ってくれる可能性が高い。まあ、そもそも依頼という形式すら必要なさそうだけど。
さて、俺とアカバネの関係はまだか細い。とても縁故と言える仲ではないし、同じ組織とはいえ幹部同士だ。上位と下位の違いはあるけれど、ほぼ同列のようなものである。
本来なら大金を報酬として提示すべき場面で、俺が見せられるのは「できる限りのことなら何でもする」という曖昧な誠意だった。
「……いくつか質問をしてもよろしいですか?」
「あぁ、もちろんだ」
アカバネは即答せず、質問で判断材料を増やすことにしたようだ。賢い。
「それでは、逆嶋バイオウェアのアリスと貴方の関係性の強度を知りたいですね。彼女はどこまで貴方の味方をするのでしょうか。例えば救出できた場合、冴島組との闘争時に手駒として戦力に加えられますか?」
いきなり難しい質問だ。
摩天楼ヒルズで俺がクロに追い詰められた時に、アリスが助けに来てくれたことは説明した。しかし、そもそもアカバネからしてみれば関係のないコーポクランの頭領が一プレイヤーを助けに別の地方まで出張ってくること自体が理解できないのだろう。
この説明をする場合、まずは俺の持つ【支配者】の称号から説明しなければいけない。
「……アリスは俺の腹心なんだ」
「腹心?」
ええい、こうなったら洗いざらい説明してしまおう。別に話したからといって不利になる情報でもない。
「俺は【支配者】という称号を持っている。手に入れた経緯は複雑だから割愛するぞ。その称号と固有忍術である『不殺術』が……えーっと、なんか上手いこと噛み合った結果、アリスは腹心っていう存在になったんだ」
「なる、ほど?」
明らかにアカバネは頭の上に疑問符を浮かべている。よく考えると、今までこの辺の腹心がどうとかいう話を不知見組の仲間以外で、改まって誰かに話したことは無かった。正直なところ、腹心の発生する条件だってよく分かっていない部分が多い。自分自身よく分かってないのに他人へ説明するなんて、より無茶な話だ。
「腹心という存在は配下とは違うものなんですね?」
「配下とは別だな。配下はプレイヤーが自由に編集できるんだろ。腹心はどっちかってーと既存のNPCを取り込む感じ、かな」
「なるほど、称号【支配者】に腹心、事情は分かりました。……繰り返しになりますが、となるとアリスはどこまで貴方の味方をするのでしょう?」
「うーん、そこが結構難しいとこでさ。命令自体あんまりしたこと無いんだけど、その数少ない命令をわりと無視されてる気がするんだよな」
「腹心が命令を無視するんですか?」
アカバネが不審げに呟いたのを見て、慌てて訂正を入れる。
「いや、悪い意味で無視するんじゃなくて、命令よりも俺の命を優先するんだよ。イクチとやり合った時も自分自身の命を優先しろって言ってんのに上手いこと抜け穴を見つけて俺を優先しようとしてたからな」
「……そういうことですか。主人の命を最優先し、そのためなら自身の命すら投げ打つ、と。正しく腹心を全うしているわけですね。……ゲームプレイヤーとしての視点からすると少々扱い辛そうですが」
「ぶっちゃけ、その通りではある」
「ですが、裏を返せば貴方と腹心アリスとの関係性の強度は相当に強いと言える」
「そうだな、俺の命令ならよほどのことが無ければ二つ返事で了承するだろう」
「では、貴方と私で冴島組を打倒する際、アリスの協力を取り付ける。それを依頼の報酬として約束して頂けるなら、リンネという女性の情報収集を承りましょう」
「……分かった、それなら大丈夫だと思う。アカバネ、よろしく頼む」
こうして、俺とアカバネは取引を交わした。
実際のところ、この取引はアカバネにとって無償で引き受けるに等しい。冴島組と争うこととなったらいずれにせよアリスという戦力は必要だった。おそらくアカバネに言われるまでもなくアリスに協力を仰いでいただろう。
対するアカバネとしても頭領アリスという戦力は魅力的だ。彼女を助ける方向で合意したいのは彼も同じだったろう。あとは頭領が仕事をするにあたって、無償というわけにもいかず、妥当性のある報酬として救出後のアリス参戦の確約という約束を取り交わしたわけだ。
裏の思惑を言わず、両者ともに察して合意した。
ありがたい限りだ。ここで金銭の要求をされたとて、支払い能力は不知見組に無かった。こちらの懐事情を察してくれたアカバネには感謝だ。とはいえ、大っぴらに無償で受けるとは組長としても口が裂けても言えない。アリス参戦の約束は組員に対する建前的報酬ってとこだな。
取引の話がまとまり、用件の済んだ俺はそろそろ帰ろうかと思っていたのだけれど、それをアカバネが引き留めた。
「私の方からも一つ提案があります。そちらの不知見組と血染組でクラン同盟を交わしませんか? いずれかの窮地にはもう一方が助ける。相互扶助の同盟です」
「相互扶助……、お互いに助け合いましょうね、ってことか?」
「その通りです」
「強制力とかあるのか? 助けに行かないと罰則とか」
「強制力はありません。一部『念話術』のような忍術がクランの垣根を越えて機能する利点がありますが、そのくらいです。どちらかと言えば気持ちの面が大きいでしょうか。いわば盃を交わす、という行為をゲームシステム的に行うようなものです」
「ほうほう、盃を交わす、か」
なるほど、たしかに暗黒アンダー都市で城山組と同盟を組む時にも『契約の巻物』という忍具を使った。あれも一種の盃を交わす行為に等しい。そういうヤクザクランのロールプレイをアカバネはしたいわけだ。
拠点の内装に凝っているところからも感じていたけれど、アカバネもなかなかロールプレイを重視するタイプらしい。こういう手合いはロールプレイに乗ってやった方がテンションも上がって結果的にプラスへ働く可能性が高い。それにロールプレイ重視のプレイヤーはシステム的に強制力が無くても同盟を守ってくれるだろうという信頼感がある。
「オーケイ、同盟を組もう」
血染組事務所の応接間にて、簡易的にではあるけれど俺とアカバネは盃を交わした。ゲーム的な強制力は無くとも、その意味は二人の中で確かな繋がりとなった。
「これから不知見組と血染組は一蓮托生だ」
「えぇ、よろしくお願いします」
こうして固い握手とともに同盟は締結された。頭領アカバネ率いる血染組は心強い仲間となるだろう。
さて、次はリンネの足取りを掴む。そして、なんとしてでもアリスを奪還するのだ。