第三百八話 アカバネの誘いと密約
▼セオリー
ヤクザクランの影響力が中四国地方で低すぎる件について。
そんな愚痴の一つでもこぼしたい気分だけれど、こればっかりは仕方がない。
アカバネが軽く調べたところによると、中四国地方ではコーポクランの影響力が最も強いのだという。特に摩天楼ヒルズではヤクザクランがほとんど駆逐されており、絶滅危惧種に近い存在らしい。なんてこったい。
要はヤクザクランの絶対数自体が少ないのだ。なんせ、来て早々の不知見組が影響力一位になるのだ。よほどの事態だろう。
ここで問題になるのは甲刃連合のクエスト「西日本制圧」において、俺の任された中四国地方の制圧はクエスト達成と見なされるのかどうか。
これに関しては受注クエスト一覧から進捗を調べることができた。そして、そこには驚きの文言が載っていた。
『中四国地方制圧 クリア』
『甲刃連合に戻り、クエスト達成を報告する』
そう、クエストの内容が進んでいたのだ。ハリボテの影響力一位であっても一位であることには変わりない。そうシステムが判断してくれたのだ。ありがとう、優しきクリア判定システム。
となると、やるべきことは全て終えたということになる。
「え……、じゃあ関東地方に戻っていいのか?」
「そういうことになりますね」
アカバネが頷き返す。俺の中では未だ「本当に、終わったのか……?」という疑念が渦巻いていたので、客観的に断定してくれるアカバネの言葉を聞いて、ようやく終わったのだという実感が湧いてきた。
「よし、不知見組! 帰るぞ、凱旋だ!」
山怪浮雲の第二拠点に居る不知見組の面々へ号令を掛ける。
ホタル、エイプリル、アーティ、ルペルと寓話の妖精たち、そして今は居ないシュガー、アリス。彼ら全員の協力あってこそのクエスト達成だ。胸を張って帰ろう。
それにアリスのことも気がかりだ。関東へ戻ったら早急にリンネとやらの動向を調べる必要がある。
「というわけで、俺たち不知見組は関東に戻るけど、アカバネはどうするんだ?」
アカバネも血染組というヤクザクランの組長だ。待たせる配下もいるだろう。そんなわけだから、ここでお別れなのかな、と思っていた。
「もし良ければ関東へ戻るまで私も同行してもよろしいですか?」
だから、アカバネがこんな提案をしてくるとは思ってもみなかった。そして、この提案が波乱の幕開けだったとも、この時の俺は思いもしなかった。
旧サーバー間移動鉄道に乗り、関東地方へ戻る。帰りの列車内では寓話の妖精たちのメンバーたちと話をした。
寓話の妖精たちは不知見組の下部組織という扱いになっていたけれど、これまでちゃんと関わりがあったのはルペルだけで、他のメンバーと話をする機会が全然無かった。新たな交流は楽しいし、色々と話が弾む。今だからこそ腹を割って話せることだって大いにあるのだ。
というか、不知見組に寓話の妖精たちを合わせると、ずいぶんと大所帯になってきたものだ。最初はエイプリルとシュガー含む三人だけのパーティーだったのに、思えば大きくなったなぁ、などと感慨深げに思ったりしてしまう。
列車が揺れる。あと少しで関東に帰還だという中、アカバネに呼び出された。列車の連結部分にちょっとした会話のできるスペースがある。そこへ連れて行かれたのだ。
「こんなトコまで呼び出して、どうしたんだ?」
「実は、一つお誘いしたいことがあります」
アカバネの表情は真剣そのものだった。下らないジョークを言うような雰囲気でもない。それなら、俺も真面目に話を聞くとしよう。
「聞いてみないことには何とも言えないな。とりあえず、話を聞こうか」
「……セオリーさんは、甲刃連合の序列一位に興味ありませんか?」
「……はぁ?」
「要するに、冴島組のキョウマを倒しませんか、というお誘いです」
「…………はぁぁああ?!」
さらりと告げられた一言。アカバネの口にした言葉をゆっくりと吟味するまでもなく反射的に驚愕の声を上げてしまう。コイツ、いきなり自分の世話になってる組織の転覆計画を持ちかけて来やがった。
「どうですか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。一旦、考えさせてくれるか」
「おや、セオリーさんなら二つ返事で了承いただけると思っていたのですが」
俺を何だと思っているんだ、コイツは。丁寧な物腰からずいぶんと物騒な考えを取り出して来たもんだぜ。そんな俺の視線を受けてか、アカバネは続ける。
「上位幹部の序列決めをする前に一度、幹部会合があったのを覚えていますか?」
「甲刃連合の内乱騒ぎが終わった後のヤツか」
「そう、それです」
パトリオットシンジケートに唆された当時の上位幹部序列二位、三位が寝返って冴島組に襲い掛かった大騒乱。それが終わった後、俺とカザキは幹部会合に呼び出され、上位幹部となったのだ。
「はて、それで幹部会合がどうしたんだ?」
「覚えていないのですか。その時、セオリーさんはキョウマに対して啖呵を切ったでしょう」
「え、……そうだっけ?」
「えぇ、しかとこの耳で聞きました。『おい、待てよ。序列をつけ直すなら一位のアンタも参加した方が平等じゃないか?』とキョウマに対して挑発的な言葉を叩きつけたのです」
うーん、そんなことを言ったような気もする。でも、アカバネから言われて段々と思い出してきた。
たしかに序列決めをするなら一位の冴島組も参加すべきだと言った記憶がある。その直後にカザキからは拳骨を食らって、キョウマからは序列二位になったら挑戦権をやるから頑張れよ、みたいな激励を受けた気がする。
「言った、かも」
「かもではなく、言いました」
俺の言葉を即座に訂正するアカバネはずずいと俺に詰め寄ってくる。おい、距離が近いよ。VRゲームだとマジで目の前にいる感覚が強いからな。もし俺が女性だったらハラスメント機能でアカバネの存在を透過させてるかもしれん。
「アカバネ、意外とグイグイくるな。そんなに大事なことか?」
俺はハラスメント機能をオンにしたい気持ちを我慢して話の先を促した。ハッとしたようにアカバネは二、三歩後ろに下がった。
「……失礼。私にとっては強く感銘を受けた出来事だったので、つい熱が入ってしまいました」
感銘を受けた、か。それはリスペクトな感情だ。冴島組のキョウマに対して挑発的な俺の物言いを見てリスペクトの感情を抱いた……?
「つまり、キョウマを打倒したい気持ちを共有できる俺に目を付けたって訳だ」
「少し違います。私は、……キョウマ打倒を諦めた者です」
「諦めた者?」
「実を言うと、血染組はすでに一度、序列二位まで上がったことがあるのです」
序列二位。序列一位に座す冴島組への挑戦権を得られる唯一の存在。アカバネはかつてその序列二位だったというのか。そして、諦めたという言葉から推測されるのは……。
「それってつまり、一度やったのか?」
「ご明察の通り。私は一度挑み、敗れた。そして、下位幹部の最下位から再スタートを余儀なくされました。そして、もう挑みはしないだろうと思っていました」
挑み、敗れる。それくらいのことはゲームをしていれば数えきれないほど経験する。しかし、アカバネは一度の敗北を喫し、次の挑戦を諦めるほどだったという。
「そんなに強かったのか」
「そうですね、……いえ、正確に言うと何が起きたのか理解できなかった。理解できないものは攻略できません」
傲慢なるルシフォリオン討伐の際にはアカバネの情報解析能力が戦況を大きく有利なものとした。それだけデータへの信頼が厚いアカバネが何も分からなかったというのだ。その衝撃は相当なものだろう。攻略不可能と匙を投げたのも頷ける。
「でも、諦め切れなかったんだろ?」
「セオリーさん、貴方のせいですよ。小さくなっていた火が再び燃え盛ってしまったのです」
笑うアカバネの顔は新しいゲームと出会いワクワクする子どものそれと似ていた。彼もプレイヤーだ。負けっ放しじゃあ終われないよな。
それに一度でもキョウマへ挑んだことがあるという経験は非常に貴重だ。そんなアカバネが協力してくれるってのは俺にとって願っても無いチャンスだ。逃す手は無い。
「良いぜ、その話乗った」
列車連結部という二人だけの密室で、俺とアカバネは固い握手を交わす。ここに密約が結ばれたのだった。
いやぁ、更新が遅れに遅れてしまいました。
2月はプライベートが充実し過ぎて全然書く時間がありませんでした。すみません。
みんなもマジックザギャザリングを遊ぼう! 今ならパソコンさえあればMTGアリーナというゲームでも遊べちゃうぞ! なんならFFとコラボするぞ!




