第三百七話 影響力と任務の成否
▼セオリー
摩天楼ヒルズでの一件を終え、副次的に『クエスト:広がりゆく海、山怪浮雲の危機を救え』をクリアしたことで山怪浮雲のクランと良好な関係を構築することができた。これにより、不知見組は山怪浮雲の中に事務所を構えることを許可されたのだった。つまり、中四国地方で勢力を伸ばすための足掛かり、拠点を手に入れたのである。
そんな折、血染組のアカバネが関西地方から足を伸ばし、中四国にいる俺の下までやってきた。
「アカバネはすでに任務完了か、すごいな」
「それほどでも……。元々、任務の難易度に差がありますから」
冴島組のキョウマから課された任務は西日本の制圧だ。アカバネは関西地方を任されていたが、すでにその任務は片が付いたのだという。
たしかに関西地方はワールドクエストによって主要フィールドの大半が壊滅的打撃を受けた地方ではある。しかし、だからこそ生き残りが一つのフィールドに集まっている訳だから制圧するのは骨が折れたのではないか。
そう思ったのだけれど、アカバネ曰くそんなことも無かったようだ。
「むしろ、狭いフィールドのおかげで警察クランとヤクザクランが削り合いをしてくれましてね。私は横合いから殴り込むだけで済みました。簡単な仕事でしたよ」
アカバネのやり方は、なかば警察クランと協力し、関西のヤクザクランを打倒して支配下に置いた、という流れらしい。なるほど、このクエストの勝利条件はその地方にあるヤクザクラン内で一番の影響力を持つことのようだ。
キョウマの指示を真に受けると、その地方一帯を全て甲刃連合の支配下に置くかのような物言いだった。だから無理ゲーだろと思った訳だけど、敵対すべきがヤクザクランだけで済むなら戦いようはいくらでもある。
「いやぁ、アカバネのおかげで俺もやれそうな気がしてきたよ」
「……? なにをおっしゃいますやら、セオリーさんもすでに任務を終えているのでしょう」
俺の奮起の一言を聞いて、アカバネは怪訝そうな顔をして返答した。しかし、それはこっちも同じだ。アカバネの返答を受け、俺はハトが豆鉄砲食らったような顔になる。
任務を終えている? 一体、何を言っているんだ。まだやっと山怪浮雲で拠点を手に入れたって段階だ。階段で言えば最初の一歩目を上がったところだろう。
「もしや、クランの影響力を確認していないのですか?」
「……クランの影響力って?」
「そこからでしたか」
アカバネは額に手を当てて空を仰いだ。え、なんなの、そんなに当たり前のことを知らなかったのか、俺は。
「簡単に説明すると、地方毎に発行される忍者新聞というものがあります。ヨモツピラーの発行する公式情報の書かれた新聞です。これにクラン影響力という欄があり、自身のクランがその地方でどれだけの影響力を持っているか調べることができるのです」
「忍者新聞……、知らねー」
マジで知らない初見の情報だった。っていうか、めちゃくちゃ重要な情報じゃねぇか。どっかでチュートリアルをすっ飛ばしたか?
「まさか、クラン設立時の説明を全て飛ばしてしまいましたか」
アカバネの様子を見るに、クランを設立する時にこの辺の説明は全てされてるらしいな。では、何故俺がそのことを知らないのか。
「なるほど、クラン設立時の説明。……あっ!」
脳内に湧き上がるのはシュガーの姿。
「シュガー、お前かぁぁああ!!」
今は近くに居ない友へ向けて怒りの咆哮をあげる。
そもそも不知見組というクランは暗黒アンダー都市で城山組の協力の下、設立された。その立役者は何を隠そうシュガーだ。
ヤクザクランの設立には色々と大変な下準備があったという。その過程の中にクラン運営にまつわるチュートリアル的説明もあったのだろう。その頃、俺はライギュウにどてっ腹へ大穴を開けられ、ぶっ倒れていたので詳しいことは知る由も無い。
「えっと、ウチのクランはちょっと変則的な設立の仕方をしてるから、チュートリアルを聞けてないんだ」
「そういうことでしたか、では今回は私のもので確認しましょう」
「すまない、ありがとう」
アカバネは異空間収納から青白く発光する電子巻物を取り出す。そして、空中に浮かべてスルスルと開いた。どうやら新聞という体をとってるだけで、実際にはステータスウィンドウなどと同じ要領で見ることができるようだ。
アカバネが巻物をスライドさせていくと、様々な地方ならではの情報が載っている。この忍者新聞とかいうアイテム、実はかなりの有用アイテムなんじゃないか?
「この前の偽神の情報も載ってるのか。便利だな、忍者新聞」
「えぇ、オススメですよ。公式情報なので信頼性も高い。私は全国分を定期購読しています」
「ぜ、全国分かよ、結構な量を読んでるんだな」
「趣味も兼ねていますがね。それに全国の情報へ目を通しておくと、この世界の流れが掴めるものです。イベントの共通点や異常事態の連鎖、それらが収束する未来とかね」
どうやらアカバネは情報マニアらしい。ニド・ビブリオとも相性良いんじゃないだろうか。そんな脱線もありつつ、中四国地方のクラン影響力の欄へ辿り着いた。
クランが系統ごとに分けられ、その中にあったヤクザクランのランキングを見ると、そこには燦然と輝く一位の場所にしっかりと「不知見組」の名が載っていた。
「本当だ、ヤクザクランの影響力一位になってら」
驚きだ、実際に目にするまでは半信半疑な気持ちが若干混じっていたけれど、こうして事実を目にしてしまうと認めざるを得ない。俺たちは知らぬ間に中四国地方のヤクザクランでナンバーワンの影響力を持っていたのだ。
そんな不知見組のすぐ下には山怪浮雲のぽんぽこ組が続いている。なるほど、キンチョウ親分のところか。まあ、妥当ってところなのかな。……いや、ちょっと待てよ。
「ぽんぽこ組が影響力二位?」
控えめに言っても、現在のぽんぽこ組の戦力は高いとは言えない。そんなぽんぽこ組が二位の影響力があるかと言うとぶっちゃけ怪しいところである。
「この新聞のランキング、山怪浮雲限定とかになってないか?」
「いえ、中四国地方全体ですよ」
アカバネは間違いないという。しかし、どうも腑に落ちない。もしも、今のぽんぽこ組が甲刃連合に所属していたとしたら下位幹部にすら入れるかどうか、と言ったところだろう。
「それならクラン全体のランキングも確認してみましょう」
納得していない俺の顔を見て、次にアカバネはそう提案した。全体ランキングなんか見てどうだっていうんだ、という疑問は一度飲み込んで首肯を返す。
「このページです。どうですか?」
中四国地方にある全クランの影響力ランキングが表示される。当然、一位や二位は知らないどこぞのコーポクランだ。というか、十位辺りまでコーポクランで埋め尽くされている。
十一位でようやく見知った顔、シャドウハウンド中四国支部が出てきた。おいおい、警察クランの影響力低くないか……?
十三位にニド・ビブリオ中四国支部がある。百以上のクランがひしめき合う中、ベスト二十に入っているというのはおそらく健闘している方なんだろう。
その後も巻物をスイスイとスクロールしていくが……。
「不知見組の名前が全然見当たらないんだけど」
あれ、ヤクザクランで一位の影響力だったよね。これ、やっぱり何か間違ってたんじゃないの?
「待ってください、今ありましたよ。ほら、ここ」
俺の疑念メーターがマックス値を記録する直前でアカバネの制止が掛かる。スクロールを止めて、指さす先を見てみるとようやく不知見組の名前が見つかった。
「きゅ……九十六位」
酷すぎないか、この順位。なにがヤクザクランで一位だよ。
「どうやら中四国地方ではヤクザクランの影響力がかなり抑えられているようですね」
「そういうこともあるのか。……っていうかさ、これでもキョウマに課せられた任務は達成だ、と言って良いと思う?」
「……」
俺の素朴な疑問に対して、アカバネはなんとも答えてくれなかった。ただ押し黙ったまま影響力ランキングと睨めっこしているのだった。頼む、答えてくれ。




