第三百五話 大空泳ぐ巨大怪魚解体ショー
▼セオリー
偽神と化したクロへ稲妻を食らわせた後、お返しとばかりに反撃が返ってきた。
クロのウロコが砲台のように開き、そこからトビウオらしき見た目の眷属がミサイルよろしく俺へ向けて発射されたのだ。緩やかなホーミングで空中を泳ぐトビウオたち。
なんとか空に浮かぶ凧の一つへ辿り着き、描かれた扉を潜り抜ける。直後、凧の一つが爆撃され、モウモウと煙を上げながら焼け落ちていく。俺はそれを遠く離れた別の凧から見ていた。
(さあ、もう一度飛び降りて)
シルバーキーから念話術が届く。凧の真下を覗き込むと、遥か遠い地上にニド・ビブリオの忍者が待機しているのが点のように見えた。
なるほどね、再度ヒモ無しバンジーをして勢いを生み出すわけだ。一度成功したとはいえ、今度はビルの屋上よりも高い場所である。万が一にも地面へ激突すれば一巻の終わりである。
「くっそぉ、流石にこの高さは怖いな」
高いところから自発的に落ちるというのはどうにも慣れない。特にVRゲームだと臨場感がより一層マシマシになっているせいもあって普通に怖い。高所恐怖症だったら足が竦んで動けなくなってるところだ。
聞いたところによるとVRゲームにおける恐怖体験は、人によっては心拍異常を検知して強制ログアウトさせられることもあるらしい。そして、強制ログアウトは通常のログアウトとは異なり、プレイヤーキャラがゲーム世界にしばらく残存してしまうという欠点がある。それは無抵抗のサンドバックを相手に提供するに等しい。この手のアクションゲームでは致命的だ。
そうならないためにも深呼吸をして心を落ち着ける必要がある。すーはー、すーはー。呼吸の合い間、目の端にクロがゆったりと旋回してこちらを向く様子が映った。と同時にトビウオミサイルが再び大量発射される。
「もうちょっとインターバルをくれよな!」
仕方なしに凧のフレームから手を放し、二度目のヒモ無しバンジーを敢行した。
……まずいな、トビウオミサイルのホーミングが思ったより精度が高い。地上へ落ちていく俺を正確に追尾している。このままだと地上にいるニド・ビブリオの忍者が爆撃を受けてしまうだろう。
「大丈夫です、そのまま来てください!」
そんな俺の懸念が伝わったのか、地上で巻物を持っている忍者の一人が大声を張り上げて、そのまま飛び込んで来いと手振りで合図をくれた。
よし、分かった。その心意気を汲んであとは任せる。追尾しているトビウオは無視して扉を潜り抜けた。
扉を抜け、次に出現した位置はクロの背びれ付近、それも眼の前だった。驚くほどの近さ。距離にして十メートルも離れていないんじゃないだろうか。このまま張り付いてもいいし、背びれをぶった斬ってもいい。
(その場からすぐに退避してね)
「はぁ?」
次はどう調理してやろうか、と舌舐めずりするタイミングで、シルバーキーからの念話が届く。とりあえず、頭領の言うことには従っておくべきだ。しかし、退避と言っても、どこから脅威が来るのか分からないのでは逃げる方向を決められない。
そんな俺へ『第六感』が警鐘を鳴らし始めた。向きは後方、すなわち俺が飛び出した扉の描かれた凧のある方だ。くるりと後ろを振り返る。さっき撒いたと思っていたトビウオミサイルが扉を通って出現していた。
「そのまま飛び込めってそういうことね!」
別に地上にいたアイツらがミサイルを受け持ってくれる、という訳じゃなかった。そのまま俺ごとクロへぶつけてしまえ、という作戦だったのだ。
「あぶっ、なっ、すぎっ!!」
ホップ、ステップ、ジャンプでクロの背面をジャンピング回避する。ズザザッと顔面を削られながらギリギリで避ける。いきなりの回避行動だったので最後は無様な顔面スライディングをしてしまったが、なんとか全弾避け切った。
代わりに俺が受けるはずだった爆撃はクロの体表が受け持った。煙が晴れるとウロコが所々剥げ落ちている。連動してクロが雄叫びを上げながら身体をくゆらせた。
「おっと、揺れるな」
およそ理性的ではない叫び声をあげるクロ。
俺がリベンジしたかったのは、偽神と融合して化け物になったクロではなく、奇々怪海の屋上で悠然と泳ぐクロ社長だったんだけどなぁ。
少しばかりの後悔を噛み締め、俺は雷霆咬牙をクロの背びれに沿って突き立てた。そのまま『稲妻』を唱える。稲妻の宿った刀身が何百倍にも伸びていく。そのまま尾から頭へ向けて突っ走った。
雷霆咬牙を突き立てた瞬間からクロが跳ね回る。そのまま俺が斬り進んでいくと一際大きく暴れた。全長の三分の一も捌けない内に俺の方が振り落とされそうになる。
「足への『集中』をより強く、握力も強化しないと握ってられないな……」
気の配分を足と掌へ大きく割り振る。それでもなんとかその場で耐え忍ぶのがやっとなくらいだ。時間を稼がれ、稲妻の効果時間が終了する。クロの身体から咬牙が抜けると、支えを失い、振り払われる力に押し負けた。そのまま空へ投げ出される。
(そのまま落ちて大丈夫だよ)
シルバーキーの言葉を受けて地上に目を向ける。すでに地上では巻物を広げた部隊が待ち構えていた。ずいぶんと手馴れている。もしや、この人間大砲を戦略に組み込むの、初めてじゃないな?
そんなことを思いながら三度目のヒモ無しバンジーからの扉潜り抜け転移。次の転移場所はクロの頭部を斜め上空から見下ろせる位置だった。
今にして思えばニド・ビブリオの忍者たちが全員上手に凧揚げできる時点で練習している可能性を見出すべきだったか。人間大砲はその場の思い付き戦法ではなかったというわけだ。成功データがあるなら事前に教えといてくれれば、俺もここまでおっかなびっくりやらなくて済んだんじゃないか?
相変わらず頭領の考えは分からないな。
さて、クロのいる場所よりもさらに上空から地上を見下ろして分かるのは、俺の攻撃を受けたクロがますます破れかぶれな攻撃に出ているということだ。俺を狙っていたはずのトビウオミサイルは、今や地上へ向けて断続的に放たれ、一帯を火の海にしていた。その爆撃は自身の眷属すらも巻き込んで、本当にただの無差別破壊となっている。
「これ以上、戦闘を長引かせると下手すりゃ摩天楼ヒルズが無くなっちまうな。……となると、狙うはクロの頭か」
頭を斬り落として一撃でケリをつけるしかない。おそらくシルバーキーも地上の惨状を鑑みて、俺の転移場所をクロの頭部上空にしたんだろう。
ただし、一撃で斬り落とすには俺だけじゃ筋力が足りない。多分、骨にぶつかった時点で勢いが殺される。
「『支配術・黄泉戻し任侠』」
となれば筋力自慢を呼び出すにかぎる。
「おぅ、なんだぁ。今日は呼ばれないのかと思ったぜぇ」
「マグロ解体には力が足りなかったんでね。ライギュウ、頼りにしてるぜ」
「ははぁ、コイツかぁ。たしかに捌きがいのあるデカさだ」
「それじゃあ、いくぞ。ライギュウ、合わせろ。『雷霆術・稲妻』」
クロの頭頂部へ雷霆咬牙を叩きつける。そこへライギュウが上から拳を合わせた。
「『雷神術・壊雷拳』」
後押しする拳がクロの頭頂部ごと雷霆咬牙の峰を叩く。破壊的な威力の拳によって、俺には出せない剣速を生み出した。すなわち一刀のもとにクロの頭部を上から下までぶった切ったのである。
ずるり……、頭部と胴体がゆっくりとズレていき、そのまま両方が地面へと落下していく。頭と身体が切断された瞬間、巨体を浮かしていた異能も失われたようだった。
地上にいる眷族たちが空を見上げながら鳴き声を上げる。何を言っているのかは分からないけれど、どこか悲痛な叫びのように聞こえる声だった。
斬り伏せられたクロは高層ビルを何棟も巻き込みながら地上へ墜ちる。その衝撃はまるで隕石が落ちてきたかのように激しい。眷属が下敷きになって潰れていくのが見えた。一般のNPCやプレイヤーは逃げ切れただろうか。
そんな心配をしてみせるけれど、かくいう俺もこのまま地上に叩きつけられると落下ダメージで即死なのだ。あっ、まずい。リスポーン地点が山怪浮雲の方かも。摩天楼ヒルズまで戻ってくるの面倒くさいぞ!
もはや、死ぬ覚悟は決めて、今度は摩天楼ヒルズまでどうやって戻ってくるのが一番速いだろうか、ということを考え始めたところで、急に何者かが俺の体を包み込むように抱きかかえてくれた。
「お疲れ様、セオリー君。君の勝利だ」
「あ、どもっす」
シルバーキーが跳躍からのお姫様抱っこで落下死という窮地を救ってくれたのだ。お姫様抱っこされるのはカナエに続いて二人目である。あらやだ、キュンってしちゃうかも。というか、女性にばかりお姫様抱っこされてるな。俺って実はか弱い属性ついてたりするのか?
そんなこんなでありつつ、無事に地上へ降り立ち、寓話の妖精たちやシュガーといった仲間たちと合流することができたのだった。