第二百四十九話 ある少女たちの登山、あるいは未知との遭遇
▼
旧東北サーバー西部に連なる黒羽山脈。
複数の山が連なり生まれたこの山脈は山あり谷ありの急勾配が続き、登頂を困難なものとさせる。また、草木が鬱蒼と生い茂る様はまるで人の侵入を拒んでいるかのようであった。
そんな黒羽山脈の中腹近く、二人の少女の姿があった。
一人は旧関東サーバーでシャドウハウンドに所属していた忍者モモという。『滑瓢術』という固有忍術を持ち、様々な妖怪の力をその身に宿すことができる。
モモはふと前方を見上げた。高い木々のせいで見通しが悪い。今、自分たちがどこら辺を歩いているのかさえもよく分からなかった。辟易とした気持ちを抑え、顎を伝う汗を拭うとモモは隣を一緒に歩く少女へと声を掛けた。
「ねぇー、ミツビちゃん。クエストってまだ先かな? もしかして、何も無いんじゃないかな?」
「そないなこと言うたってもう後戻りはでけへんでしょう」
ミツビと呼ばれた少女は溜め息交じりにモモへ返した。その言葉を受けてモモも同じく肩を落として溜め息を吐いた。二人とも山を登るのに飽き始めていた。しかし、だからと言って戻るにも微妙な位置まで登ってしまった。
だいたい「‐NINJA‐になろうVR」の定番シチュエーションとしては、山には中腹と山頂にそれぞれクエストが用意されていることが多い。
そのため、もしかしたらもう少し進めばクエストが見つかるかも、という淡い期待を拭えないのだ。そうしてダラダラと山道を進んでいた。
そもそも二人がこんな面倒な思いをしてクエスト探しをしているのにも訳がある。
モモとミツビは二人とも所属していたクランを脱退していた。つまり、二人は無所属忍者なのである。
そのためクランに所属していれば受注できていたデイリークエストやウィークリークエストが受けられない状態になってしまった。
シャドウハウンドを辞め、無所属で当てもなくフラフラとしていたモモは、同じく旧関西サーバーにあった金之尾神社を辞めて放浪していたミツビと偶然出会った。そして、意気投合の末、クエスト探しの旅へ出発したのである
少女二人、どこへ向かうか。
「北か南かー、どっちが良い?」
「北にあがるんがええなぁ」
「それじゃあ、北へ行こう!」
行き先はそんな軽いノリで決められたという。
山道を登っていると段々と霧が出てきた。ただでさえ見通しの悪い山の中で、さらに視界を狭める霧は現実であれば冷や汗ものだが、ことゲーム内においては嬉しい変化だ。
環境の変化はクエストの兆しとも考えられる。二人は浮き足立って歩を進めた。すぐに開けた場所へ辿り着いた。
「あそこに見えるのは鳥居やろうか」
「ホントだ。ってことはこの先は神社?」
ミツビが先に気付いて指を差す。朱く大きな鳥居が見えた。
二人して鳥居へと恐る恐る近付いていく。見上げるような大きさだ。歩けども歩けども鳥居の下まで辿り着かない。周囲に立ち込める霧も相まって遠近感が狂ってしまいそうだ。
ようやく鳥居の足下まで辿り着く。こうして見上げてみるとその大きさの異常さがはっきりと分かる。全長20メートル以上あるんじゃないだろうか。
鳥居の大きさに目を丸くするモモの横で、ミツビはもう一つおかしな点に気付いた。
「神社はどこやろうな?」
言われてモモも気付いた。鳥居の周囲を見渡しても玉砂利の敷き詰められた地面が広がるばかりで、肝心の神社本体がどこにも見当たらないのだ。
そこで二人はピンときた。おそらく自分たちは何かしらのクエストの入り口に立っている。しかし、クエストを正式に受注するためには、ギミックを解かなければいけない。そういうことなんだろう。
目を皿のように細くした二人はあっちへ行ったりこっちへ行ったり周囲を探し回った。
「あ、カラスだ」
しばらくしてモモは鳥居の上にカラスがとまっているのを見つけた。すると、カラスは見つけられるのを待っていたかのように羽ばたき、鳥居の前に降り立った。
「わあ、このカラス可愛い。お辞儀してるよ!」
鳥居の前に立ったカラスはペコリと一礼してから、ピョンピョンと飛び跳ねつつ鳥居をくぐってみせた。するとどうだろう。さっきまで目の前に居たカラスは鳥居をくぐった途端に消えてしまったのだ。
「消えてしもた……?」
ミツビの呟きを聞いて、モモは慌ててカラスの後を追って鳥居をくぐってみた。しかし、後ろを振り返れば変わらずミツビがいた。彼女の方からもモモが見えているようだ。特に何も変わらない。けれどもカラスの姿だけが綺麗さっぱり消えてしまった。
「どこにいっちゃったの?」
不思議だ。しかし、同時にワクワクがあった。これは確実にクエストの入り口なんだと判明したからだ。あとは謎を解くだけ。
「直前にカラスは何をしとったん?」
「えっと、たしかお辞儀をしてからくぐってたような……」
得られた情報は少ない。しかし逆に考えればそれらの情報から答えを導き出せるということ。ミツビは直前のカラスがとっていた行動が怪しいと睨んだ。間近で見ていたのはモモだ。だからモモに行動を思い出してもらい、実際に再現してもらう。
鳥居の前に立ち、お辞儀を一礼。それから鳥居をくぐる。モモの姿が忽然と消えた。
やはり、カラスの行動がヒントになっていたのだ。ミツビは遅れないようにモモの後を追って同じように一礼してから鳥居をくぐったのだった。
視界が歪む。しかし、それは一瞬のことだった。
気付けば目の前に立派な神社が建っていた。それから先に鳥居をくぐっていたモモも居た。さっき見たカラスが神社の周囲を飛び回っている。神社の屋根にはもっと多く何十羽ものカラスがとまっている。
「何してるん?」
先ほどから動かないでいるモモを不思議に思い、ミツビは声を掛けた。
びくりと肩を震わせたモモは振り返ると、人差し指を口に当ててミツビへ静かにするよう指示を出した。何やら慌てた様子に何事か察したミツビは慌てて口を両手で塞ぐ。
それからモモはゆっくりと神社の方へ指を差した。ちょうど神社の賽銭箱にもたれかかるようにして赤いお面を被った人物が座ったまま眠っていた。
長い鼻に厳めしい表情の赤いお面。さらに背中からは真っ黒な羽を生やしている。その姿はまぎれもなく天狗だった。
今回出てきた忍者モモは141話で登場した新米プレイヤーです。ミツビは初登場ですね。




