第二百四話 机の上の書類
▼アヤメのデスクより
※※シャドウハウンド逆嶋支部‐情報統制課第三室からの報告書※※
仮称「世界の軛ダンジョン」にて、タイド副隊長の率いるチームが不死夜叉丸撃破後に持ち帰った書物の内、『武士と忍者』、『光吏と影子』、『宇宙より飛来せし物ノ怪』、『軛と古の盟約』の四冊に関連性が認められました。
以下に必要と思われる情報を抜粋し要約してあります。ご確認ください。
その昔、世界は『上位支配者』と呼ばれる管理者たちの手によって統治されていた。
上位支配者によって統治された地域には『光吏』と『影子』と呼ばれる配下が送り込まれ、現地で才能の有る者を見いだしては『武士』もしくは『忍者』と呼ばれる戦闘兵器へと変えていった。
光吏の指導を受けた者は武士へ、影子の指導を受けた者は忍者へと変貌し、それぞれ常人ではあり得ないほどの力を与えられた。しかし、同時に本人たちも気付かぬまま上位支配者の目となり耳となっていた。
このようにして世界の歯車は回っていたのである。
……だが、それは永遠には続かなかった。
突如、隕石が飛来した。七つの隕石だ。
上位支配者たちですら予期できなかった災害である。通常の隕石であればとうの昔に克服していたが、こたびの飛来物はただの隕石ではなかった。
隕石が地表に落下した直後、七つの国が滅んだ。小さな国なら容易く飲み込むほどのクレーターを生み出しつつ、衝撃波は数千キロ先まで届いたという。
各国はすぐさま動き出した。一体何が起きたのかを確かめるため武士と忍者を総動員したのだ。爆心地に着き、彼らが目にしたのは『獣』だった。獣と形容する他ないが、この世界には存在しない生き物。それらが隕石の落ちた七つの場所に同時に降り立ったのだ。
七体の獣。それらは山を思わせるほどの巨体を丸め、大きなクレーターの真ん中で静かに胎動していた。まるで、まだ微睡んでいるかのようだった。
上位支配者も動き出した。突如として現れた規格外の生物。明確に世界へと滅びを齎しかねない災害である。武士と忍者を操り、まだ目覚めていない獣たちを調査していく。
調べるだけの猶予があったのは幸いだった。しかし、同時に絶望も与えられた。獣の保有するエネルギーは一体だけでも簡単に世界を滅ぼせるほどの力を秘めていたのである。加えて獣たちの目覚めが近いことも分かってしまった。
上位支配者たちは選択しなければいけなくなった。戦って討ち滅ぼすか、それともこの世界を捨てて逃げ出すか。もし戦うならばどんな戦略であれば勝ちの目があるか。逃げるならどこへ逃げるか。目覚めが近いとはいえ、まだ考える時間はある。
そう、まだ時間はあると思っていた。埒外の災害に見舞われて恐慌状態に陥った人類がどれほど愚かな選択を取るか、上位支配者たちは正確に測り切れていなかった。
光吏と影子の派遣がまだ済んでいなかったある小国。当然、武士も忍者も居ない。もしくは、武士や忍者といった超常的な存在が兵力に加わっていれば自制も効いたのかもしれないが……。
その小国は獣に対して酷く恐怖した。隣国に隕石のごとく飛来し、瞬く間の内に見渡す限り全てを更地へと変えてしまった。ひとたび動き出せばいかなる被害を齎すか分かったものではない。恐怖に駆られた小国の指導者は全戦力を動員して攻撃を仕掛けた。
耳元で破裂する爆薬はさぞや良い目覚まし時計になったことだろう。上位支配者たちが予測した覚醒の時より半年早く七体の獣の内、一体が目覚めてしまった。
その後、当然のように小国は滅びの運命をたどることとなる。獣が覚醒してわずか数分後の出来事だった。
そこからドミノ倒しのように隣接する国々が蹂躙されていった。武士や忍者も抵抗したが、各国にいた少数の武士や忍者だけではとても太刀打ちできるようなものではなかった。まさにゾウの足元を這うアリのごとく踏みつぶされていったのである。
上位支配者たちは決断を迫られた。十分に議論の為されていない中で最良の方法を選び取らなければいけなかった。
「ただちに各国の武士と忍者を集結させ、目覚めた獣を討ち滅ぼすべきだ」
「いいや、情報が不足し過ぎている。現時点での総力戦はリスクが大きい」
「それよりも、さっさと逃げてしまった方がいいんじゃないか?」
「どこへ逃げようと言うのかね。獣の持つエネルギー総量は一個体だけでも惑星を破壊できるほどだ。とても逃げられるとは思えないが」
「宇宙だ、宇宙へ逃げよう」
「現実から目を背けるな。現状の科学技術では永続的な宇宙渡航は望めまい」
「では、やはり戦う道しかないのでは」
喧々諤々、議論は紛糾し終わりは見えず。時間ばかりが過ぎていく。そんな中、一人の上位支配者が声を上げた。
「我々に残された時間は少ない。だからこそ解決策が無いわけだ。では、時間があったならば事は解決できていたかね?」
その一言を受けて、騒々しく言葉を交わしていた者たちが一斉に静まり返る。それから上座にいた一人が重々しく口を開いた。
「ヴェド=ミナース。今、わしらは逼迫した状況に置かれておる。もしもなどという仮定の話をしている時間はない」
「仮定ではない!」
ヴェド=ミナースはギョロリと上座の一人を睨み付けた。その迫力に上座の一人はビクリと身体を強張らせる。周囲の上位支配者もヴェド=ミナースの一喝に何事かと視線を向けた。
「……我に一計がある」
「聞かせてみせよ」
「獣を封印し、時を稼ぐのだ。我らが獣に対する答えを得る、その日まで」
ヴェド=ミナースの選択は「戦う」でも「逃走する」でもなく、「時を稼ぐ」というものだった。
「そんなことが可能なのか?」
当然のごとくヴェド=ミナースの提案を疑問視する声が上がる。対するヴェド=ミナースの答えは「肯定」だった。
宇宙より獣が飛来してくる少し前、偶然にもヴェド=ミナースの統治する国で二人の忍者が誕生していた。
その内、一人の名はフェイム。『渡世術』と呼ばれる固有忍術を持っていた。彼の忍術は異なる世界へ渡ることができるというもの。基本的に術の対象は自分自身だけだが、術の対象を拡張するくらいはどうにでもなる。
もう一人の名はエニシ。固有忍術こそ持たないものの『神託の名匠』と呼ばれる技能を持っていた。彼の作ったユニーク忍具の中に『神縫い』と呼ばれる針があった。その針はたとえ神であろうと縫い付けて動けなくしてしまうという。
「『神縫い』で獣を縛り、『渡世術』で獣を異世界へ飛ばす。犠牲は出るだろうが、これで十分な時間を稼げるはずであろう」
結果的にヴェド=ミナースの提案が賛成多数で可決され、実行に移された。そして、武士と忍者双方が多大なる犠牲を払いつつも七体の獣を異世界へ封印したのである。しかし、封印までに世界の九割が壊滅した。そこまでの犠牲を払っても封印するのが限界だった。
その後、ほとんどの国が壊滅した中、奇跡的に無事だったある国を七つに分割し、各獣に施した『渡世術』が永続的に効果を及ぼすよう大規模な儀式忍術を執り行った。かくして生まれた儀式忍術の要こそが世界の軛なのである。
世界の軛が壊されれば再び獣が解き放たれてしまう。そのため、光吏と武士は軛の外を監視し、影子と忍者は軛の内を監視するという盟約が交わされた。こうして上位支配者が答えを見つけるまでの長い時間が過ぎ去っていったのだった。




