第百九十九話 不死夜叉丸攻略戦×一合の攻防
▼セオリー
世界の軛ダンジョンに入り、隊列を組んで中を進んでいく。
途中に出てくるモンスターたちは主に妖怪をモチーフにしているようだった。ボス戦を前にダンジョンモンスターとの戦いでプレイヤー間のコンビネーションを確認する。出てくるモンスターの中では鎌鼬のスピード感がボスの不死夜叉丸に近いということで、コンボ技や妨害・補助のタイミングを調整するのに使わせてもらった。
さすがに八人もプレイヤーが揃うとダンジョン攻略もサクサクだ。ハイトたちに関して言えばダンジョンに何度も挑戦していたからか、出てくるモンスターも完全に把握しており、出現すると即座にモチーフになった妖怪の名と弱点を教えてくれる。
輪入道、がしゃどくろ、唐傘お化けに一反木綿などなどバリエーション豊かだ。まるで今日は百鬼夜行かと錯覚させるダンジョンである。あとはダンジョンの壁が普通の岩壁じゃなければもっと雰囲気が出るんだけど、それは求めすぎというものか。
結局、ダンジョンの道中は危なげなく突破することができた。これまでに百回を超える挑戦の経験値がシャドウハウンドと逆嶋バイオウェアに蓄積されているのだ。当然とも言える。
また、索敵役をしてくれたアルフィと忍犬ヘルマン君の存在も大きい。というのも、このダンジョンは妖怪ぬりかべが敵モンスターではなく、ダンジョンギミックとして存在している。ギミックの内容は一定時間ごとのダンジョン構造の変化だ。これがとても面倒らしい。
何故なら頑張ってダンジョン構造を把握しようとマッピングしたところで壁の配置が変わると意味を為さない。しかも、変化はランダムでパターンは掴めないときた。
つまり、世界の軛ダンジョンは毎回入るごとに正解ルートが変わるランダム生成ダンジョンなのである。
そういった点から索敵役の重要性が非常に高いのが、このダンジョンの特徴だ。いくら出てくるモンスターを完全に把握していると言っても、不意に罠を踏んでモンスター部屋などに閉じ込められてしまえば苦戦は免れない。丁寧にダンジョン攻略するのが結果的に一番被害を軽くする方法なのである。
「この先に不死夜叉丸が出てくる」
ハイトが手で示す先には不自然に開けた空間が広がっていた。まるでダンスホールかと見まがうほどの広さだ。たしかにゲーマーであれば誰しもこの先にボスが現れることを予見するだろう。
先の空間に入ればいよいよボス戦である。パーティーメンバーの間に緊張感が流れる。ここが一息つける最終ポイントだ。俺はインベントリの中に入っているアイテムを確認し、減った気力を丸薬で回復させた。そうそう、ライギュウも今の内に呼び出しておこう。俺と同様に他のメンバーも思い思いの準備を行う。
「さて、準備はオーケーだな。行くぞ」
ハイトの号令に全員が頷き返す。
こうして、俺たちは不死夜叉丸の待つボス部屋へ足を踏み入れた。
全員が中へ入ると同時に、強烈なプレッシャーを放つ存在が出現した。指先でつまむように白布のベールを持ち、しゃなりと立ち上がったその顔には般若の面。
存在を認識した瞬間、目の焦点が強制的に不死夜叉丸へと吸い寄せられた。そうすると当然のごとく般若と目が合う。キンッと瞳の部分が赤く光ったように見えた。こりゃ、演出が完全にホラーゲームだ。
『軛の監視者・不死夜叉丸』
視界に名前が表示される。なるほど、ユニークモンスターはこんな風に名前が表示されるのか。そういえば、俺がテイムした蜘蛛のアーティはユニークモンスターだけど、こんな風に大仰な名前表示はされなかったな。どうしてだろう。もしかして、すでに八重組によってテイムされてる扱いだったからかな。
そんな想像が頭を過ったけれど、すぐに振り払う。名前の表示が消えた途端、不死夜叉丸がダッシュでこちらへ詰めてきたからだ。すぐさま頭を切り替え、前方に集中する。
「前衛は私の周囲に固まれ」
不死夜叉丸が走り出したのを見たタイドが声を上げる。それを合図にゲンとライギュウがタイドの左右に付いた。
今回、不死夜叉丸と戦うにあたって俺たちはパーティーを三つに分けることにした。一つ目がタイド・ゲン・ライギュウの前衛組である。
「ライギュウ、合わせろ! 『監獄術・鳥籠』」
「分かってらぁ、『雷神術・壊雷拳』」
鉄の檻が不死夜叉丸の周囲に出現し、瞬時に縮まる。さらにその上から雷が迸る拳をライギュウが叩きつけた。光が視界を染め上げると同時に金属がひしゃげるような轟音が響いた。
「『六韜奥義が一・舞うは水鳥の如し』」
その歌うような声音は上空から聞こえた。白布のベールをちょいと摘まみ、地に這う俺たちを睥睨するように不死夜叉丸は悠々と空中で佇んでいた。それから流れるように不死夜叉丸は腰の辺りへと手を添える。
「『抜刀・薄緑』」
何も無かった空間から一振りの刀が出現する。そして、鞘から刀身を抜き出すと淡い薄緑色の光が漏れ出した。
「くるぞ、警戒態勢」
タイドの号令に従い、全員が次の一瞬に備える。
その直後だった。空中に佇んでいたはずの不死夜叉丸の姿が一瞬で掻き消える。
「『金剛術・如来照覧』」
次に不死夜叉丸の姿を捉えることができたのは、タイドを守るようにしてゲンが固有忍術を発動しているところだった。ダイヤモンドの如き輝きが薄緑色の刀による一撃を見事に防ぎ切っていた。
両者の衝突によって巻き起こった土煙が晴れると、ゲンの身体に赤い糸が接続されているのが見えた。この糸の先を辿るとハイトの身体と繋がっている。事前に立てた作戦通りだ。
タイドが号令した警戒態勢はパーティー内で俊敏ステータスが一番高いハイトにコタローが『加速加算』でバフを掛け、アマミが『月下氷人』でゲンと繋ぐことを意味する。これにより俊敏ステータスが大幅に上がったゲンはギリギリで不死夜叉丸の攻撃を防げるだろう、と俺たちは目論んでいた。そして、目論見は無事成功したのである。
パーティーを三つに分けた内の二つ目が後衛組である。各メンバーへとバフを掛けるアマミとコタロー、さらに不測の事態をいち早く察知する役目としてアルフィも加えた三人が配置されている。
そして、最後の三つ目は何を隠そう俺・ハイト・ルペルの妨害組である。
「回避技は使わせた、攻略開始!」
ゲンの後ろから声を張り上げるタイドは同時に『監獄術』を使用した。不死夜叉丸は即座に反応して逃げようと動き出す。
先ほど不死夜叉丸が使った『六韜奥義が一・舞うは水鳥の如し』はクールタイム有りの完全回避技だ。物理攻撃だけでなく、デバフのような特殊攻撃からも一度は確実に逃れるというぶっ壊れ性能の回避技なわけだが、その代わりに相応のクールタイムがある。その間が本当の勝負時というわけだ。
「『花鳥術・胡蝶乱舞』」
「『不殺術・仮死縫い』」
ハイトの生み出した青い蝶が不死夜叉丸を包み込み、鉄檻の外へ逃がさないように誘導する。蝶が舞うのと同時に俺も動き出す。隙間を縫って不死夜叉丸へと肉薄すると黒いオーラを纏ったクナイを突き出した。
『鳥籠』と『胡蝶乱舞』によって行動阻害を行い、さらに意識の外から『仮死縫い』で刺す。思い描いた通りの手順でコンボがハマった。しかし、そう簡単にいかないのがボス戦である。
不死夜叉丸は俺の接近を察知したのだろう。刀を水平に寝かせると蝶ごと俺を斬り伏せようと横一文字に薙ぎ払う動作を開始した。こっから先はぶっつけ本番だ、頼むぞルペル。
「『不死夜叉丸、止まれ』」
まさに俺の身体を切り裂かんと振るわれた腕がぴたりと止まった。その言葉は鎖のように不死夜叉丸の四肢へと絡みついたのだ。一瞬、般若の面が不思議そうな表情を浮かべたように見えた。しかし、そんなことは些細な事だ。俺はクナイの一突きを不死夜叉丸の心臓に目がけて刺し入れた。
完璧なタイミングだった。鉄檻で周囲への逃げ場を無くし、蝶による目くらましの中、その上で行動すら停止させた。では、何が一歩及ばなかったか。それは俺自身の俊敏だろう。
結果として、心臓を狙った俺の一突きは不死夜叉丸がクナイを振り払うために使用した左腕を裂くに留まった。ルペルの『忌名術』は確かに不死夜叉丸の行動を阻害した。しかし、その効力は一瞬だけだったのである。そして、その一瞬を俺はモノにできなかった。
直後に俺は腹部に衝撃を受けて吹き飛ばされる。ギリギリで見えた不死夜叉丸の動きから推測するに蹴りをもろに喰らったようだ。ハイトに受け止められた俺は体勢を立て直して不死夜叉丸に向き直る。
一連の攻防の後、不死夜叉丸は一旦距離を取った。俺からの攻撃で片腕が使用不能になったのだ。そりゃあ、いくらユニークモンスターといえども初見は驚くだろう。
これにて一ラウンド目は終了ってところか。戦果は不死夜叉丸の左腕一本、まずは上々と言って良いだろう。
次回はなんと、ついに二百話!
こんなに長くなるとは思ってなかった……。