第百五十二話 悪だくみする巫女
すみません、更新が遅れました。
第五章に入ってから書きたい話が四つくらいあって、どれをどのタイミングで出していくか悩みながら書いている為、時間がかかってしまいました。
▼淵見 瀬織
大学で講義を受けている最中も、俺の頭の中は朝のゲーム情報番組『VRゲームTV』の放送内容でいっぱいだった。
石板に彫られた文字に対して、影子はこうも言っていた。
『石板に彫られた文章は必要とされる者を指しているでござる。彼らは世界の軛を破壊するためのピースでござる。その地方に必ずいる者が選ばれているから、頑張って見つけ出すでござるよ』
石板に彫られた必要とされる者は四人。猟犬を従えし者、秘密を解き明かす者、万物を支配せし者、王位を簒奪する者。
色々とヒントが散らばっているけれど、その中でも一番気になったものはやはり『万物を支配せし者』だ。
万物というほど万物ではないけれど、俺は一応【支配者】の称号を持っている。もしかしたら関係があるのかもしれない。
もし、俺の【支配者】が関係あるのであれば、他の必要とされる者たちに関しても称号に関するヒントとなっている可能性が高い。
称号はプレイヤーとNPCのどちらもが持っている可能性がある。なかなか見つけ出すのは骨が折れるだろう。
しかし、一つだけ心当たりがある。王位を簒奪する者に関してだ。ちょうどおあつらえ向きに【簒奪者】という称号を持った人物を知っている。チュートリアルで俺とは異なる選択をしたプレイヤー、イリスだ。
ここまで思い当れば、残りは二人。意外とすぐに世界の軛を破壊するためのピースは揃うかもしれないな。
しかし、俺にとって世界の軛を破壊するのは現状二の次だ。それよりもパトリオット・シンジケートへ対応することの方が重要である。
講義を終えると、足早にサークル室へ向かった。
「おはようございます」
挨拶もそこそこに先輩方へと顔を向ける。神楽夜ミ子と鷹条瞳の姿がそこにはあった。
「おはよう、淵見くん」
「おはよう」
神楽と鷹条は俺が入室したのを見るや手を止めて挨拶を返した。それから神楽は「早くこっちに来て」とばかりに手招きしてくる。それからテーブルの上に置かれた通信タブレットを興奮した様子で指差した。
「それは?」
「今日の朝、ゲーム情報番組が放送されてたんだけどさ、それに公式イベントのワールドクエストに関する映像が流れたんだよ」
「あぁ、『VRゲームTV』ですか」
「なんだ、淵見くんは知ってたのかー」
番組のことを俺が知っていると分かると、途端に意気消沈してテーブルの上に突っ伏して項垂れてしまった。俺は椅子に座ると、テーブルに置かれたタブレットを覗き込む。ちょうど石板がアップに映っている状態で停止されていた。
「あぁ、この石板の件ですね」
「そうそう、知ってるなら話が早いね。ここに書かれてる『万物を支配せし者』って淵見くんの称号を指してるんじゃないかって思ってるんだけど、ぶっちゃけどう?」
なるほど、神楽もそこに気付いたから興奮冷めやらぬ面持ちでテンション高くタブレットを指差していた訳だ。
「そうですね、その可能性もあるかな、とは思ってますね。まだ確証は持てないですけど」
「何言ってるのさ、ほとんど確証は得てるようなものでしょ!」
俺の煮え切らない解答に神楽は捲し立てるように反論してくる。いや、そんな絶対そうと言える確証は持ててないのが本当のところなんだけども、どうして神楽の方がこんなテンションアップしているのだろう。
「いや、本当にちょっとは可能性があるかな、くらいのもんじゃないすか?」
「えー、もしかして覚えてないの?」
「何がですか」
「ヴェド=ミナースの言っていたことだよ」
……ヴェド=ミナースって誰だっけ?
神楽が真面目な顔でそんなことを言ってきたものの、誰だか忘れてしまった。
「誰でしたっけ?」
「なんで淵見くんが忘れてんのよ、当事者でしょうが!」
当事者? なんかそんな知り合いいたっけか。
「キミの称号【支配者】の忍術チュートリアルで出てきた上位支配者だよ」
「……あ、あー、はいはい。そういえばそんなヤツいましたね」
やっと思い出した。『支配術』の新しい忍術を習得したキッカケじゃないか。でも、正直あの時って声も出せないし、身体も動かせないしで非常につまらなかったから記憶の奥底に封印してしまっていた。
「それでそのヴェド=ミナースが何か言ってましたっけ?」
「自分の称号にまつわるNPCなのに興味なさすぎでしょ……」
「あはは、いやはや、第一印象が最悪だったんで記憶から抹消してました」
俺の身体を使って尊大な口調で喋るとかいう羞恥心を煽る行動を取ったことはいまだに恨んでいる。しかも、ただでさえその場にいたコヨミとタカノメは現実世界でも関わりのある人だったのだ。あぁ、思い出すだけでも恥ずかしい。
「えっと、それでヴェド=ミナースが言ってたことに何かヒントありましたっけ」
「ほら、あたしの【神降ろしの巫女】と比較して言ってたでしょう」
「あぁ、ご当地称号なんて比べ物にならないとか貶してましたね」
「そうそう、というかそっちは覚えてるんだね」
「酷い言い草だと思ったんですよ、称号に貴賤はないだろうって。それに神楽先輩に対して失礼だと思いましたし」
「怒ってくれてたんだ、ありがとね。でも、あたしはあんまり気にしてないから大丈夫だよ」
神楽が気にしてないのが一番の救いだ。普通、ゲームの中で自分が持っているユニークな能力を貶されたら嫌な気持ちになるものだ。少なくとも俺だったらムカつく。
だから、現状俺が抱いているヴェド=ミナースへの感情は怒りが七割くらいを占めている。残りの三割はお前誰だ、かな。
「話を戻すと、あの時にヴェド=ミナースは言ってたんだよ。【支配者】の称号は世界の軛を破壊するピースの一つだって」
そんなクリティカルに答えを話していたのか。すっかり記憶から抜け落ちていた。
でも、そうなるといよいよ称号が世界の軛を破壊するのに必要なものである可能性が高まってきた。
「たしかに、そうなると俺の【支配者】の重要度は高そうですね」
「でしょ、でしょー! というわけで、八百万カンパニーと同盟を結ぼうよ!」
「は? ……いやいや、どうしたらこの流れで、同盟結ぶ話になるんすか」
「そりゃあさ、淵見くんは世界の軛を破壊するのに必要な四人の内の一人なんだよ。その重要性を分かってる? 関東地方における絶大な発言権とイニシアチブは約束されたも同然なの。企業で例えると株式の内25%を保有している状況ってわけさ」
どうどうどう、一気に捲し立てられても理解が追い付かなくて困ってしまう。そもそも、どうして称号がそんな重要なものだと思われているのかが分からない。
「その……、神楽先輩が称号を凄い重要なものとして認識しているのは分かったんですけど、それがどうしてなのか理解が追い付いてないっす」
「えぇ……、……あぁ、そっか。淵見くんがゲーム始めたのって今年の二月とかなんだっけ」
「そうですね」
「なら、サーバー間の移動にかかる金額とか制限は知らないかな。今まではサーバーを移動するには莫大なお金とユニーク忍具を持ち運べないっていう重い制限があったんだよ」
あぁ、その話か。佐藤ことシュガーミッドナイトの件で重々承知している。ただ話の腰を折ることになりそうだったので一旦黙っておく。
「つまり、サーバー間を自由に行き来できるようになるサーバー統合は上位ランクになったプレイヤーたち全ての悲願なのさ。各地方にしか存在しないユニーク忍具やユニークNPCの存在もあるし、上位ランクになるほど嬉しい報せだよ」
「なるほど、そうなると称号持ちの誰かひとりでも渋るとサーバー統合の波に乗り遅れてしまうわけですね」
「そういうこと。だから、キミを含めた特定の称号持ち四人は破格の待遇を受けること間違いなしってわけ。いわば、これからの関東サーバーを牽引していく存在になると言っても過言じゃない!」
「それは過言」
鷹条から冷たいツッコミが入った。良かった、冷静な人物も居たようだ。
神楽の話すこともだいぶ理解できた。つまり、今回話題となっている称号持ちが納得する状況にならない限り世界の軛を破壊しませんよ、と駄々をこねればある程度までの我が儘が押し通ってしまうということだろう。
例えば、ヤクザクランを例に出すと、他の組が縄張りとしているシマを全て不知見組へ献上しろ、だとかそういうふざけた要求が通ってしまう可能性もある。
まあ、とはいえ……
「たしかに過言ですね」
「えー、そうかな?」
「というか、そんな不当な手段で手に入れたものなんて世界の軛が破壊されてサーバー統合されたらすぐに失うと思いますよ。そんなヤツの後ろ盾になる人も居ないでしょうし」
「……ふっふっふ、淵見くんの考えこそ甘いよ。そんな利益を生む存在をコーポクランが見逃すわけがないでしょう! ということで、八百万カンパニーと同盟を組みましょうという話に戻るわけ。つまり、権力を手にした後、淵見くんの後ろ盾を務めますよってことさ」
あー、なるほどなー。俺を利用して搾取する側に回るってわけか。利益追求主義のコーポクランらしい考え方だ。しかも、そのためならヤクザクランである不知見組と同盟を結ぶことすら躊躇わないとは、いっそ清々しい潔さだ。
……あれ、でも八百万カンパニーって商売のクリーンさを売りにしてなかったか。そういう社訓的なものは良いのだろうか。
「えっと、……考えときます」
とりあえず、この場は保留させてもらった。なにせ、称号は俺の手にある。さっき神楽の言ったようにイニシアチブは俺にあるのだ。少しくらい回答を引き延ばしても問題ないだろう。
正直、今は世界の軛の件よりもパトリオット・シンジケートの方が大事なのだ。
……あぁ、そうか。そうしよう
俺は神楽からの同盟要求からいい手を思いついたのだった。