第九十七話 バルドレッド
「シュセット!?」
振り向き驚いているとフルールさんに突き飛ばされる。シュセットはそんな俺とフルールさんの間を駆け抜けていく。ロイドさんのほうはすでに後ろへ飛んで回避していた。
「どうしてシュセットがここに? いえ、それより私たちに気づいてない?」
「ようすがおかしいぜ。それに俺自身も何か違和感がある。どうも変な感じだ」
シュセットはカルミナたちの前に止まった。俺たちに気づいたようすはない。ロイドさんの言う違和感、俺は感じていないが、フルールさんは覚えがあるようだ。考えられるとしたら変化の魔法だが、今の戦闘で掛けられていたのだろうか。
「ふむ。やはり杖が壊れた影響が出てしまいましたか。カルミナ様、申し訳ありません。せっかく御力が宿った神器を頂いたというのに……」
『かまいません。あの杖にできたのは小さな疑問を誤魔化す程度。今となっては必要ないでしょう』
カルミナ、枢機卿がシュセットに騎乗する。戦いを続ける雰囲気ではない。今にも走り去ろうとしている。
「カルミナ、逃げる気か? アリシアとシュセットは返してもらうぞ」
『ふふふ……この馬は私が使えるように変えたものですよ。それにアリシアもこの世界の住人です。世界の管理者たる私のものと言ってもおかしくはないでしょう? ならば私用の体に変えてもいいと思いませんか?』
「ふざけるなよ! アリシアもシュセットも、勝手に変えていいわけがないだろ!」
瞬時に魔法を構築し、三本の破壊の矢を放つ。しかし、カルミナが手を振ると同数の矢が現れ、迎撃されてしまう。
『……やはり枷が外れたせいで能力が上がっているようですね。とはいえ、調子に乗って力を使い過ぎないよう気をつけて下さい。なにせツカサにはまだ魔王討伐が残っていますから。ふふ、では、頑張ってくださいね』
「待て!!」
シュセットが走り出すのとカルミナが魔法を撃つのは同時だった。魔法は地面へと当たり、植物が変化する。俺たち背丈以上に長くなり、堅さは鉄と同等、そして薄い葉は刃物のように鋭くなっていた。
「くそっ! 進めねえ! 変化の魔法ってのは何でもありか!?」
「迂回はできそうだけど、シュセットの足には追いつけないでしょうね。どうするツカサくん?」
「カルミナを追います。でも、まずはバルドレッド将軍のようすを見ましょう。動けないようなら、どこかの部隊を探さないと」
正直、混乱していた。
記憶の復活。カルミナや枢機卿の裏切り。そしてシュセット。いろいろなことが起こりすぎた。カルミナを追うとは決めたが、魔王のほうはどうすればいいのか判断がついていない。
どうする? いや、今はバルドレッド将軍だ。……傷口はふさがってるけど、顔色が悪い。それに少し震えてる?
「フルールさん、回復薬ってもうないですか? 傷口はともかく、かなり顔色が……」
「もうないわ。ロイドさんからも貰ってるし、全部使いきったはずよ。でもおかしいわね。さっきはこんな顔色じゃなかったはずなんだけど」
「血を流しすぎたってわけでもなさそうだな。バルドレッド将軍、ちょっと失礼しますぜ」
ロイドさんが傷口や服に付着した血などを確認していく。一通り調べると今度は血がかかった地面や草なども見ているようだ。
「……もしかしてと思ったんだが、やっぱりだ。毒が回ってやがる」
「毒!? そうか……あの水の魔法。解毒薬とかは誰も持ってないですよね?」
「ないわね。持ってるとしたらアリシアちゃんかルールライン様だけど、その二人がいなくなっちゃたし……薬類は完全にないわ。こっちに向かってるはずの部隊を探したほうがよさそうね」
「……う、ぐ……だい、じょうぶ……じゃ」
バルドレッド将軍が目を開け、途切れながらも言葉を発した。言葉の内容とは裏腹に大丈夫そうには見えない。体を起こそうとしたバルドレッド将軍を見て、すかさずフルールさんが支えに入る。
「……ふぅ、ふぅ……この毒では死なん。……ぬしらは進め」
「置いてはいけませんよ! 何とか治療を、そうができなくてもせめて他の部隊をここに誘導してからじゃないと」
「ぐっ!? ……ダメじゃ。ロイドくんなら、この毒はわかるな?」
俺の言葉は即座に否定され、バルドレッド将軍はロイドさんを見た。そのロイドさんはというと、苦々しい顔をしている。
「この毒は苦しめるためのものだ。一般人ならともかく、バルドレッド将軍なら死ぬ可能性は低いだろうな」
「苦しめるためのもの? じゃあ、殺す気はなかったってことですか?」
「時間稼ぎ、だろうな。怪我人を出すことで、俺らをここに留めたいんだろうぜ。女神様たちが何を企んでるかはわからねえが、もしかしたら準備が整ってないのかもな」
ロイドさんの言葉で思い出す。たしか、カルミナは最初にあと少しだったという言葉を発していた。それを考えれば準備が出来ていないという可能性は充分にある。つまり、まだ時間はあると考えてもいいはずだ。
「……そういうことじゃ。わしはいい。先を急げ」
「でも……」
「嫌な予感がするのじゃよ。……手遅れになる前に行ってくれ」
「…………わかりました」
バルドレッド将軍を残し、俺たちは進む。カルミナたちはかなり先にいるだろう。だが、行先は追える。追跡が得意なロイドさんやフルールさんがいるうえに、シュセットの足跡はわかりやすい。先には鉄の騎士の大群もいることからカルミナたちは足止めされるだろう。決して追いつけないことはないはずだ。
「なんとか、行ってくれたか……ぐっ! ……ふぅ……さて、もうひと踏ん張りじゃな」
バルドレッドは巨大な斧を杖代わりにし、震える体で立ち上がる。続いてツカサたちが向かった方向とは逆を向き、目を閉じ静かに集中していく。
静寂が訪れる。バルドレッドは風が運んでくる音、匂い、そして大地の震動を感じていた。
「やはり、挟み撃ちじゃったか……」
目を開いたバルドレッドの視線の先には森しか見えていない。しかし、振動から大群の移動を感じ取っていた。
大軍の振動は位置や方向から考えて味方ではない。一度は置き去りにした土の騎士たちだ。他の部隊を狙うことなく、バルドレッドたちを追ってきていたのだろう。おそらくは鉄の騎士たちとの戦いをはじめたら後ろから仕掛ける気だったはずだ。
ツカサたちは巻いたか追ってきていないと思っていたようだが、バルドレッドは怪しんでいた。確証はないが、ルールラインも気づいていたと考えている。バルドレッドが挟み撃ちの可能性に気づいたとき、無理に話を進めたようにも感じたからだ。
バルドレッドとしては、ルールラインの考えはツカサたちには伝えず、前進し、素早く敵を排除することによって、余計な焦りなどを生まないようにする算段なのだと思っていた。だからバルドレッドも言及することなく話を合わせたのだ。実際はその予定だった可能性もある。だが、ツカサの封印が解けたことで計画が狂ったのだろう。ただ、こうなってしまった以上、後ろから大軍が来ていることは伝えてなくて良かったとバルドレッドは思っていた。
「知っていれば……きっと進んではくれなかったじゃろうしなぁ」
ツカサたちを送り出した理由。それはバルドレッド一人で足止めをするためだ。最悪の場合、女神と魔王の両方を相手に戦わなくてはならない。こんなところでツカサ消耗させるわけにはいかなかった。
「しかし、ルールライン殿が裏切りとはのう……いや、女神様か……世の中はわからん事ばかりじゃ」
振動が近くなる。微かに音も聞こえて来ていた。それを感じ取るとバルドレッドは静かに魔力を高めていく。
「……さて、最後の一仕事をするとしようかの」
バルドレッドの全身が褐色の光に包まれる。続いて巨大な斧を振り上げると褐色の光は輝きを増し、一本の柱のようにして天へと昇っていく。
そして次の瞬間、落雷を幾重にも束ねたかのような轟音が辺りに響き渡った。
読んでいただきありがとうございます。
今回、きりが良いところで終わらせたため短めの話となってしまいました。
さすがに文字数が少なく、物語の展開としてもあまり進んでいないため、明日もう一話投稿しようと思います。
お時間があれば明日も読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。