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第九十五話 最後の朝餐

 気が付けば真っ暗な世界だった。

 目の前には磔にされた少女がいる。その全身は赤い。今もなお血が止まることなく流れ続けているようだ。どれほどの血を流したのか、少女の下には死んでいてもおかしくない量の血が溜まっていた。



 ……いつかの夢で見た少女だ。これは、またあの夢なのか。



 相変わらず俺は見るだけで何もできない。ただ、もし動けたとしても近寄らなかっただろう。


 あの少女は普通ではない。それは以前の夢でもわかっている。そして今も異常だ。目は見開き、嗤いながら何かをぶつぶつと呟いている。


 致死量を超える血を流してるうえ、狂ったようなその異様な相貌はとても正気とは思えない。少女の嗤った顔は初めてではないというのに、いまだに恐怖を感じてしまう。



 ……この夢は見てもいいことはない。頭がおかしくなる前に起きないと……どこかに出口……目覚める方法は――











「――様。――サ様」



 アリシアの声と肩を叩かれる振動で目を覚ます。



「……おはよう。……俺が最後か。随分と寝ちゃったみたいだ。」



 夢見は最悪だった。ただ、体のほうは回復している。起きたのは俺が最後のようで、全員が何かしらしているようだった。



「気にしないでください。私やバルドレッド将軍も起きたばかりですから」


「そうじゃぞ。それにツカサくんにはたくさん寝て回復してもらわないといかん。魔王との戦いでは特殊属性が必要になるはずじゃからな」



 気遣ってくれる二人に礼を言い、辺り見回す。ロイドさんは帰って来ているようで、近くでフルールさんと地面に何かを描いている。枢機卿様は一人違う場所で魔道具を使っているようだ。



 ……どれぐらい寝てたんだろう。周りのようすを見るに結構寝ちゃってたみたいだけど。



 起きたときには上空にあった魔法陣は消えていた。ただ時間はすでに朝のようで、魔法陣が無くても充分に明るい。


 空を見る。雲一つないいい天気だ。ただし、雲がないせいで空にある黒点がはっきりと見える。異質であり、違和感しかない黒点はわずかに大きくなっているような気がした。



「お、ツカサも起きたようだな。それじゃあ、俺の偵察してきた情報と、フルールの姉ちゃんの情報を合わせた結果を話させてもらおうか」


「……ロイドさん。お願いですから、その姉ちゃんというのは勘弁してください。私のことは呼び捨てで、そうでないなら今後は返事をしません」


「そんなに嫌かね? 仕方ねえ、今後は呼び捨てするから許してくれ。そのかわり俺にももっと気安い感じで喋ってくれよ。っと、あれだな。話がずれちまった。改めて説明させてもらうぞ」



 ロイドさんの話によると、偵察では拠点らしきものは見つからなかったらしい。その代わり大量の騎士がいる地点を見つけたという。しかも見つけたのは土の騎士ではなく、全てが鉄の騎士だったとのことだ。

 そして、その鉄の騎士がいた場所とフルールさんが尾行していた足取りの先は見事に一致したと聞く。この時点でかなり怪しいが囮という可能性も捨てきれない。



「私からも一つ報告があります。先ほど本隊と連絡をしていたのですが、土の騎士および鉄の騎士は向こうでは現れなくなったと報告を受けました。その代わりに魔族による妨害が活発になったとのことです」


「ん? 妨害? ルールライン殿、攻撃ではなく、妨害なのか?」


「ええ、なんでも石の壁や沼地、突風に砂煙と嫌がらせのようなものが多いとか。死者が出ない代わりに怪我人が多く、おかげで進行速度はかなり遅いようです。この場所へも今日中には辿り着けないでしょう。下手をすれば明日も怪しいかと」



 本隊のほうには騎士人形がいない。俺たちが向かおうとしている場所にはいる。そして魔族は妨害はするものの、表立って仕掛けてくることがない。もともと魔族は少数だと言われている。だとすると、本隊のほうへ送られた魔族は妨害が精一杯の可能性が高い。



 そう考えた場合、ロイドさんが発見した大量の鉄の騎士は戦力を集めたようにも見えるけど……



「……土の騎士がおらず、ここにきて時間稼ぎじゃと……? もしや――」


「――私としてはロイドくんが発見した鉄の騎士たちの先に拠点があると考えます。ここにきて戦力の分散はしないでしょう。であるならば、時間を与えれば敵は数を増やします。早急に進むべきです」



 バルドレッド将軍の呟くような声は枢機卿様の意見で遮られる。ただ、バルドレッド将軍は気分を害したようではなく、何かを考えこんでいるようすだ。そもそも小さい声だったので独り言だったのかもしれない。俺が近くにいたから聞こえただけで、枢機卿様は気づかなかったのだろう。



「俺もルールライン様の考えに賛成だ。それにツカサが反対側を探して何もなかったんだろ? いくら広い森っつってもそろそろ場所は限られる。鉄の騎士たちは拠点を守ってるんだろうぜ」


「……そうね。私も鉄の騎士の先に拠点があると思う。ヴァンハルトの足取りの先もそこだったしね。攻めるのにも賛成よ。ルールライン様の言うとおり、時間がたてば敵はどんどん増えるはずだから」



 枢機卿様の意見にロイドさんとフルールさんが同意する。バルドレッド将軍は腕を組んでいるが、反対というわけでもなさそうだ。



「俺も賛成です。アリシアはどう?」


「私もです。……ただ、何か引っかかるというか――」


「……いや、問題あるまい。いくら敵がいようとも、わしとルールライン殿で蹴散らせる。それより、空のあれが大きくなっとるほうがわしとしては気がかりじゃよ」



 みんなで空の黒点を見る。

 バルドレッド将軍も気づいたということは、やはり俺の気のせいではなく実際に大きくなっていたようだ。あまり時間はないと考えたほうがいいだろう。



「じゃあ、鉄の騎士の先を目指すってことで。最後にこれ食っておきましょうぜ。携帯食料が最後の食事ってのは味気ないですから」



 そう言ってロイドさんが取り出したのはシルギスの実だ。手のひらの上で器用に六等分にしている。



「……ロイドさん。最後って縁起でもないような」


「あー、わりぃ。深い意味はなかったんだ。まぁ、フルールの姉――いや、フルールもそう深く考えないでくれ」



 配られたシルギスの実を見つめ、少しでも味を思い出そうと鼻に近づける。


 甘く良い香りがするはずだった。しかし、何も感じない。動揺を隠しながら二度三度と嗅いでいく。すると、微かに甘いにおいを感じることができた。どうやら嗅覚のほうはかろうじて壊れていないようだ。


 周りを見ると俺以外は食べ終わっていた。


 俺は慌てて口に放り込み、味わう振りをして咀嚼していく。



「シルギスの実はうまいが、最後だと思うとしょぼく感じるのう」


「高級食材ではありますが、ひとかけらですからな」


「いやぁ、なんというか、申し訳ないです」



 ロイドさんが小さくなっている。とはいえ、不満を言っている二人の顔は悪い笑みだ。からかっているだけなのだろう。



「お二人とも、あんまりいじめちゃダメですよ? 何だったら話題を変えましょう! そうですね……せっかくなんで明るい話題がいいんで、魔王を倒したあとの事とかどうですか?」


「おぉ! 嬢ちゃん、いい考えだ!」



 各自、装備を確認しながらも話は続く。みんな少し緊張しているのかもしれない。



「ツカサは? 魔王を倒したあとはどうするんだ?」


「俺は元の世界に帰りますよ」


「え? 帰るのか……てっきりこっちで暮らしてくんだと思ったんだがな」



 ロイドさんは何故そう思ったのだろうか。少し考えてみると、以前はカルミナに頼まれてこの世界に来たとしか言ってないことを思い出す。元の世界に大切な人がいるのを伝えていないのだ。頼まれて来るぐらいなので、元の世界に未練がないと思われているのかもしれない。



「元の世界に大切の人がいるので……」



 アリシアとフルールさんの驚いた顔が目に入る。元の世界のことはほとんど話してなかったので驚かせてしまったようだ。


 ちなみにバルドレッド将軍は感心したような表情であり、枢機卿様は何故か頷いている。ついでにロイドさんはニヤついていた。



「ほぉー、意外と隅に置けないねぇ。で、ツカサのその大切な人ってのは恋人か、まさか結婚はしてないよな?」


「どっちでもないですよ。そもそも大切な人、千原さんとは、ほとんど喋ったことも……な……い?」



 頭の中で、ガラスにひびが入るような音がした。同時に酷い頭痛に襲われる。



 ……あれ? なんだ? どういうことだ?

 千原さんは大切な人だ。それは間違いない。けど、その理由は?



 頭痛がさらに酷くなっていく。まるで金づちでガンガンと叩かれているようであり、頭が割れそうになる。ただし、思考は止めない。今止めたらもう二度と思い出せないような気がしていた。



 思い出せ。俺と千原さんは同じ高校のクラスメイトだ。それは間違ってない。でも、関わりはなかったはず。話すのなんて行事のさいの事務的な連絡ぐらいだったと思う。席が遠いときは挨拶だってしてないはずだ。


 なのに大切な人?


 ……おかしい。大切じゃないとは言わないけど、命の恩人の前は、あくまで知り合いってだけだ。あのときに大切な人だと思うはずがない!



 頭の中でひときわ甲高い音が鳴り響き、何かが砕けた。



「あっ……!?」



 頭の中で発生した衝撃に思わず声が出てしまう。ただ、今のを最後に頭痛は消えた。あれだけ痛かったというのに嘘のように痛みが引いている。そして、俺の頭は妙にすっきりとしていた。



「おい、ツカサ? どうしたってんだ?」


「以前、カルミナ……女神の特殊属性によって記憶を封印されてたんです。でもそれは、俺が特殊属性を使えるようになって解除したはずで――」



 俺は自分の記憶について起きたことを話していく。自分の身に起きた不思議な現象、千原さんに助けられたこと、この世界に来た理由、カルミナとの会話。混乱はしていたが、一つずつ順番に話したので理解はしてもらえたようだ。



「つまり、ツカサの封印は解けてなかったってことか? 一部分だけ戻っちまってツカサや女神さまが勘違いしたとか?」


「……いや、そうではないじゃろうな。封印をかけた本人なら解除されたかどうかは分かるはず。ましてや女神さまなら勘違いということも考えられん。それより気になるのは、ただの知人を大切な人に置き換えたということじゃ」


「たしかに……記憶を封印したのがツカサくんを守るためって言ってたわよね。だったら、そのチハラさんって人への認識を変えた理由はいったい何なのかしら? ツカサくんを守ることには繋がらないはず……」



 みんなの話はちゃんと耳に入っている。そのうえで千原さんに対する記憶の改ざんを考えていく。



 ……いや、考えなくてもわかるな。俺をこっちの世界に連れていく理由にするためだろう。何で千原さんだったのかはわからないけど……


 今、思い返せばおかしいところだらけだ。そもそも何でカルミナの話を信じた? どう考えても怪しかったはず。……もしかして最初から何かされてたのか?



 頭を振る。今考えても答えは出ないだろう。それより、騙していたということは後ろめたいことがあるはずだ。カルミナは何かを企んでいる。そして、それを突き止めないとまずいことが起きるような気がした。



「みんな聞いてほしい。カルミナは――」


『あと少しだったのに。上手くはいかないものですね』



 唐突に聞こえたのはカルミナの声だった。しかし、その声はいつもと調子が違う。まるで氷のように冷たい。声をかけてきたタイミングのあまりの良さに思わず言葉が止まる。そして次の瞬間、俺の顔には鮮血が降り注いでいた。

読んでいただきありがとうございます。

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