第九十二話 翔けて駆ける
あけましておめでとうございます。
足で魔法を発動し、その爆発力で吹き飛んでいく。
高速で流れる景色の中で次の着地点、ちょうど良い高さの木を見極めると失速しないうちに二回目を発動する。上空を飛び続けているため土の騎士は何もできないだろう。魔族のほうも俺を捉えることは出来ないようだった。
手のほうでも同様に加速し、三回、四回と爆発の力で飛び続ける。そして四回目の魔法で飛び、失速しはじめたとき、そこは光が指し示したアリシアたちの居場所のすぐそばだった。
転がるようにして着地する。
上空から見えたのは大量の土の騎士と人影が二つ。人影のほうはバルドレッド将軍とアリシアだろう。
急いで立ち上がり、近くの土の騎士を切り伏せる。すると微かにできた隙間から二人の姿が確認できた。
バルドレッド将軍は巨大な斧を振り回し、アリシアは格闘で土の騎士を捌いている。二人に大きな怪我は見当たらない。
「アリシア! バルドレッド将軍!」
俺の声に気づいてくれたのだろう。バルドレッド将軍の動きが変わる。回転して周囲を一掃すると、巨大な斧を振り上げていく。斧はすぐに褐色の光を帯び、勢いよく地面へと叩きつけられた。
褐色の光が地面を走る。そして、光を追うようにして地面が連続で爆発していく。
直線上の敵が吹き飛び、俺の前に道が出来る。
「今じゃ! 合流せい!」
その声にすぐさま走り出し、道がふさがる前に駆け抜けていく。
「ライトシールド・デュプリケート!」
二人のもとに辿り着くと同時にアリシアがシールドの魔法を周囲に展開した。土の騎士相手なら少しの間は持つだろう。一息つくことも出来そうだった。
「ツカサ様、怪我を……すぐに治します。動かないでください」
「よくここまで来てくれた。あとはフルールくんじゃな。何とかここ脱出して合流せねば……」
「そうですね。さすがに仕切り直さないとまずそうです。それとこのさいなので悪い報告もしておきます。俺のほうでは拠点を発見することができませんでした」
「む、そうか。それはたしかにいろんな意味で悪い報告じゃのう」
アリシアの魔法を受けながら、バルドレッド将軍に見たことを報告していく。シールドにはひびが入っているが、魔族のほうは様子見をしているようで魔法が飛んできていない。おかげで予想以上に時間を稼げている。
「……ふぅ、これで大丈夫です。頭と背中の傷ですが、深くなかったのが幸いでした。動いても傷口が開くことはないと思います」
「ありがとう。助かった」
こめかみを触るとたしかに傷はふさがっていた。腕で邪魔な血を拭い、視界を改めて確保する。
実のところ、背中もこめかみも痛み自体は感じていなかった。特に背中のほうなどはアリシアに言われるまで忘れていたぐらいだ。思ったよりも冷静さを失っていたのかもしれない。
「私のシールドもそろそろ限界みたいです。もう一度張りますか?」
「いや、ツカサくんの報告を聞く限り、フルールくんを探しに動いたほうがよいじゃろう。もしも拠点を見つけとったら、わしらより苛烈な攻撃に晒されてるやもしれん」
俺が拠点を見つけていない以上、フルールさんのほうで見つけているというのは充分に考えられる。拠点を見つけた状態で光を浴びて居場所がバレていたとしたら、バルドレッド将軍の言うように相当な数に襲われている可能性は高い。
「まずは敵を一掃する。ツカサくんとアリシアくんは合図をしたら出来るだけ高く飛んどくれ」
「わかりました。アリシア、俺がアリシアを抱えて飛ぶから、空中での防御をお願いできる?」
「任せてください! 魔力は温存してたので、まだまだいけます!」
アリシアのシールドが壊れ、土の騎士たちがなだれ込むように迫ってくる。それを俺たち三人は背を合わせて向かい打つ。
薙ぎ払いで広範囲を一度に牽制し、隙ができては蹴って吹き飛ばす。少しでも空間を確保できるように戦っていく。
横目で見えるバルドレッド将軍の斧は徐々に光を増している。俺のほうも魔力を集めているが、動きながらというのはいまだに慣れていない。ギリギリ間に合うかどうかというところだった。
「伏せろ!」
バルドレッド将軍の声に瞬時に反応する。
伏せた直後に風切り音が聞こえ、巨大な斧が頭上を通っていくのが見えた。
目の前の土の騎士たちが吹き飛んでいく。
俺は伏せて足を止めた時間を活用し、一気に魔力を集める。集めた魔力は足に魔法二回分。溜め終わった瞬間にアリシアと目配せをし、次の行動へと移る。
「征くぞ!」
バルドレッド将軍の斧は眩しいぐらいに輝いていた。
俺は立ち上がると、飛び込んできたアリシアを抱き留める。そしてすぐに二回分の魔法を同時に発動させ、勢いよく上空へと飛んでいく。
「アリシア!」
「はい! ライトシールド・デュプリケート!」
アリシアの魔法により、俺たちは光の壁に囲まれる。目の前には多数の矢や魔法が迫っているが、それより気になるのは下から聞こえてくる音だ。
激しい波のような流れる音。そして何かが砕け割れ裂けるといった破砕音が断続的に聞こえていた。バルドレッド将軍の魔法だとは思う。断定しないのは、もっと爆発音がする魔法だと予想していたためだ。
眼下を見る。
バルドレッド将軍の姿はない。その代わりに見えたのは、この辺り一帯に広がるすり鉢状のクレーターだった。ただ、それだけではない。巨大なクレーターは渦を巻くように動いていた。
渦は周囲のものを巻き込みながら、すべてをクレーターの中心へと運んでいく。それは大量の土の騎士たちだけでなく、巨大な木々までもを砕きながら飲み込んでいた。
「……すごい」
「ツカサ様、あそこを見てください!」
アリシアの指の先を見る。そこはクレーターの範囲外でありながら、何故か土が動いていた。渦とは違う動きで盛り上がっていくのが見える。
小さな山となった土は突如、崩れていく。そしてその中からは土で汚れたバルドレッド将軍が現れた。
バルドレッド将軍はすぐにこちらに気づくと何かを叫んでいる。ただ距離が遠いのと下の渦の音のせいで聞き取ることはできない。すると聞こえてないのことが分かったのか、叫ぶのを止めて何故か斧を構えはじめた。
「何をする気なんでしょうか……」
「わからない。けど、俺たちのほうもそろそろ何か動かないとヤバいかも」
自然と二人とも下を見る。
アリシアを抱えた俺は魔法の爆発力を利用してかなりの高さまで跳んでいた。しかし、当然ながらずっと飛び続けることはできない。丁度バルドレッド将軍が斧を構えたころだろうか。俺たちの落下ははじまっていた。
「私が下にシールドの魔法を張ります。ツカサ様、それを踏み台にしてください」
「わかった。クレーターの範囲外まで跳べるよう祈ってて」
「では、いき――っ!? 前!!」
とっさに前を見る。すると前方からは凄まじい勢いで石の棒が迫ってきていた。
「アリシア、中断! 俺に捕まってて!」
魔法を中断し、伸びてきた棒を掴む。
次の瞬間、体が引っ張られるような感覚に襲われる。事実、石の棒は振り回され、俺たちは高速で移動していた。同時に、石の棒はあまりにも長いせいか、中ほどから折れていくのも見える。その結果、俺たちはすぐに宙に放り出されてしまう。
石の棒は途中で折れたものの、俺たちはクレーターの外へ向かって飛んでいる。速度は充分。ただし、高さはあまりない。距離が足りるか微妙なところである。
「くっ! 届くか!?」
迫る地面を見て念のため魔力を集める。
「ツカサ様!」
アリシアが魔法を発動しようとしているのを抱きかかえる力を強くすることで制止させる。そして、その代わりに――
「ファイアボール・バースト!」
放つと同時に着弾した魔法は大きな爆発を起こし、その爆風で俺たちは飛ばされていく。
着地には失敗し、ゴロゴロと地面を転がる。しかし、転がっている地面はクレーターの外であり、範囲外への脱出には無事成功していた。
「……アリシア、怪我は?」
「私は大丈夫です。ツカサ様は?」
「かすり傷ぐらいだと思う。痛みはないよ」
立ち上がり、周りを確認する。
土の騎士は大多数が巻き込まれたようで少ない数しか見当たらない。しかも、その少ない中でこちらに向かって来るのはさらに少数だ。しっかりと数えたわけではないが、両手で足りてしまいそうなほどしか見えなかった。
近くにはバルドレッド将軍の姿も見えている。俺たちを飛ばしたあとに走って来てくれたのだろう。まずは合流しなくてはと思い、アリシアと一緒にバルドレッド将軍のもとへと向かった。
「ふぅ……どうやら無事のようじゃな。突発だったのによく反応してくれた」
「驚きましたけど、何とかなってよかったです。それでお疲れのところ申し訳ないんですけど……」
「わかっておる。今のうちに進むぞ。向かうはフルールくんが探索しに行った方向じゃ」
俺を先頭に走り出す。土の騎士たちはできるだけ無視をして先を急ぐ。
……土の騎士の動きがおかしい。何体かは俺たちに向かってくるけど、ほとんどは突っ立てるだけだ。もしかして、さっきの魔法で何か巻き込んだのか? それで不具合が出てくれてるなら助かるけど、油断はしないようにしよう。
意外なほど順調に進んでいく。魔族の姿もない。ただ、ときおり大きな音が聞こえるようになってきた。あまりいい予感はしない。
「……今のは爆発音じゃな。方向はあっとるようじゃが、あの音は土の騎士ではない。この距離で聞こえてるということは……魔族だとしてもかなりの使い手かもしれん」
「ツカサ様、急ぎましょう!」
「ああ!」
走る速度を上げる。
しばらく進むと、辺りの木の数も減ってきていた。見通しが良くなり遠くまで見える。そのおかげで音だけではなく実際の爆発も見えるようになった。さらに戦っているような人影も視界に映る。
「フルールさんです!」
俺より目がいいアリシアが声を上げた。フルールさんが見つかったことに安堵しつつも、速度は緩めずに進んでいく。
少しすると俺の目でもフルールさんが確認できた。その姿はボロボロであり、無事とは言い難い。そして同時にフルールさんが対峙している相手も見えていた。相手は魔族ヴァンハルト。三つ目の封印の魔法陣を守っていた魔族だ。
ヴァンハルトとは一度戦っており、その強さは知っている。俺とアリシアが二人がかりでも倒せなかった相手だ。フルールさん一人ではどう考えても分が悪い。
もっと急がないと!
そう思いさらに速度上げていく。近づくにつれて二人の姿がより鮮明に見えてくる。そのせいでフルールさんが足を斬られる瞬間を目撃し、地面へと倒れていくのが見えてしまった。
ヴァンハルトはゆっくりと剣を振り上げている。
「まずいぞ!」
バルドレッド将軍が声を上げながらも魔法を撃つ準備に取り掛かる。しかし間に合うタイミングではない。俺とアリシアは必死に足を動かしているものの、速度はすでに限界だった。どう願っても、どれだけ必死になっても、進む速度はこれ以上速くなってくれない。
ヴァンハルトの剣が赤く輝く。
間に合わない!
赤く輝いた剣から炎が噴き出し、纏わりついていく。燃え盛り、幅も長さも倍以上になった巨大な剣が出来上がると、気配を感じたのかヴァンハルトがこちらに気づいた。
目が合う。だが、すぐに視線は切られる。
距離はあと少し。三十秒もあれば間に合う距離だった。しかし、その時間を稼ぐ方法はなく――
ヴァンハルトの炎の剣が振り下ろされた。
「――!!」
とっさにフルールさんの名前を叫んだ。けれども何も聞こえない。爆発音によりすべてかき消されてしまっていた。
辺りには霧のようなものが立ち込め、視界を遮ってくる。だが次の瞬間、強烈な突風が吹き荒れ、霧が晴れていく。
そこには剣を振り下ろしたまま呆然とするヴァンハルトと二人の男性の姿が見えたのだった。
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