第八十九話 豪快な潜入
空高く吹き飛んだ土の騎士たちの残骸を見て唖然とする。
……もしかして、今の一撃で全部吹っ飛ばした?
「――をして――く、走――」
後ろからバルドレッド将軍の声が聞こえてきた。しかし、上手く聞き取れない。ただ、なんとなく分かる。たぶん、走り出さない俺を叱咤したのだろう。
急いで土煙の中へと飛び込む。顔の前を腕でガードしているものの、土が目に入って前が確認しにくい。
走り出して分かったが、爆発し一度吹き飛んだ地面は柔らかくなっていた。走れないほどではないが、油断すると足をとられそうである。ただ、それよりも土の騎士たちの残骸のほうが気になってしまう。
……粉々だったけどあの量だ。まとまって落ちてきたら、走れなくなるだけじゃすまない。場所が悪ければ埋まるんじゃないか?
ちらりと上を見るが、土煙の中からではさすがに見えなかった。そして見えないゆえに不安に駆られ、俺はさらに足を速めていく。
そろそろ森についてもおかしくない。そう思いはじめたころ、ちょうど土煙も薄くなってきた。おかげで視界が開け、前方が見えてくる。すると不意に上空を何かが通り過ぎていくのに気づいた。
走りながら目を凝らす。
見えたのは高速で飛んでいく大量の石だった。土の騎士の残骸を吹き飛ばしながら森へと飛んでいる。どうやら、いつの間にかバルドレッド将軍が上空の対策をしてくれたようだ。
さらに走る。
森はすぐそこだ。ただ、手前の木々はだいぶ倒れて見晴らしがよくなっている。隠れるには少し奥のほうまで行ったほうがいいだろう。
倒れている木を止まることなく跳び越え、森の奥まで駆け抜ける。隠れられそうな場所を見つけると一目散に飛び込み、荒い息を整えながら俺は後ろを振り返った。
アリシアやフルールさんの位置は近い。すぐ傍まで来ていた。バルドレッド将軍のほうは少し遅れているようだが、魔法を撃っているのだから仕方ない。それに多少の遅れは問題ないだろう。なにせ歩いてもいいのでは思ってしまうほど、敵の姿は見当たらないのだから。
最終的に土煙が完全に消える前に全員が森へと侵入できた。改めて来た道、森の外の平原を見るが何もない。そこには荒れた大地だけが広がっていた。
「――様。――すか? 少し――さい」
声をかけられ、振り向く。アリシアだというのはわかるが、何を言っているのか聞き取れない。先ほどからうまく聞こえないのは、おそらく耳を痛めた影響だろう。
周りを見ればみんなが心配そうに俺を見ていた。おかしいのは俺だけのようだ。その状況に回復薬を使うべきか悩んでいると、アリシアの杖が輝いた。
頭が光に覆われる。
「ツカサ様、どうですか? 聞こえますか?」
「……大丈夫。聞こえるようになったみたい。ありがとう」
「すまんかった。耳をふさぐように言っておくべきじゃったな」
「いえ、他の人は大丈夫だったみたいですし、俺が前に出すぎただけだと思います。気にしないでください」
耳を傷めたのは驚いたが、バルドレッド将軍の魔法がそれだけ凄かったということでもある。もしくは俺の体が壊れやすくなってるだけかもしれないが。
「みんな、どうやら森の中の騎士たちも結構崩れてるみたいよ。今のうちに進みましょう。ここからは私が先導するわ」
森の奥を見ていたフルールさんの言葉により、俺たちは急ぎ進んでいく。出来ればこのまま拠点まで見つけてしまいたいところだ。
少し進むと土の騎士がまた見えてきた。だが、それよりも気になるものを見つけてしまう。不自然にこんもりと盛られた土とその周囲にいる魔族たちだ。
盛られてできた土の山はたぶん土の騎士たちを作る材料だと思う。だとすると、周囲の魔族たちが製造してる可能性が高い。
「あれは出来れば潰しておきたいわね。バルドレッド将軍、いかがいたしましょうか?」
「わしらの最優先は拠点の発見じゃが、あれが土の騎士を作っているのなら考えものじゃな。しかし、この場での指揮官はツカサくんじゃよ。判断は任せよう。それと、フルールくん」
「はい、何でしょうか?」
「その言葉遣いじゃが、もっと砕けた感じで良いぞ? これから戦闘もあるやもしれん。あまりかしこまった喋り方だと、いざというときに遅れを取ってしまうじゃろう。公の場でもないのじゃ、気楽にな」
「ありがとうござ……あー、いえ、わかったです?」
フルールさんは混乱しているようだ。喋り方というのは一度定着してしまうと変えにくいというのはよくわかる。俺もアリシアとカルミナ、ついでにエラン以外ではいまさら敬語をとって喋れないと思う。
変な言葉遣いになったフルールさんを横目に土の山、そして魔族たちについて考える。
魔族の数は見えるだけで五人。ただし、土の山の向こう側にもいる可能性を考えたほうがいい。魔族たちは倒れている者もいれば、怪我の治療をしている者もいる。土の山は今のところ放置されているようだ。
土の山を観察するが、特におかしなところはない。高さこそ人の三倍近くあるが、いたって普通の土である。土の騎士を作るのならば核となるものがどこかにあるはずなのだが、それも見当たらなかった。
俺たちの一番の目的は拠点を見つけることであり、今は森に入って少し進んだところだ。ここで見つかってしまえば、何のためにバルドレッド将軍に魔法を使ってもらったのかわからなくなってしまう。
……けど、このあと本隊も来るんだよな。
ここで止めておかないと被害が増えるかもしれない。それに土の騎士については一応目的の一つでもある。今の状況から考えれば、あとで本隊の人たちが魔族を止めるより、今俺たちが止めるほうが楽なはずだ。
「止めましょう。ただし、見つからないように」
俺の言葉に全員が頷いてくれる。
「賛成。でも見つからないようにって難しそうよ?」
「大丈夫じゃろ。見つかったとしても連絡する前にやればなんとかなる」
「先制は私に任せてください。バルドレッド将軍みたいな凄い魔法は使えませんけど、試したい魔法があります」
「わかった。最初の一撃はアリシアに任せる。準備してる間、俺たちは隠れながら近づいておこう」
アリシアをその場に残し、俺、フルールさん、バルドレッド将軍は各自隠れながら進んでいく。
もっとも身軽で経験豊富なフルールさんは回り込むように土の山の裏へ、俺は横だ。バルドレッド将軍は正面からとなる。
ほどなくして、土の山の横へと移動が完了した。そのため、先ほどは裏になっていた場所も見えるようになる。
……やっぱり裏側にもいるな。それも六人も。フルールさん一人じゃきついだろうし、俺も裏側に回ったほうがよさそうだ。
俺の場所から近いのは四人。その内は一人は倒れ、もう一人はその倒れた魔族の治療をしている。残り二人は上空を警戒しているようだ。
連絡を取っているようすはない。装備も剣をぶら下げているだけだ。鎧などの防具は見た限りは着ていない。奇襲で何とかなりそうであった。
息を潜め、魔力を集めながら待つ。
一番距離のあるフルールさんもそろそろ配置についているはずだ。いつはじまってもおかしくはない。
アリシアがいるであろう方向に目を向ける。
瞬間、閃光が奔った。
光が見えたのは一瞬だ。その一瞬で土の山に人がくぐって通り抜けられそうな穴が空いている。魔族たちのも何が起きたかわかっていないようで、ポカンとした表情で穴のほうを見ていた。
……今のはレーザー?
誰もが呆然としている中、フルールさんが動き出したのが目に入る。慌てて俺も走り出す。一瞬どころか数秒出遅れたが、幸いにも魔族たちはまだ動いていない。
高速で駆けるなか、ナイフを取り出すと上空を警戒していた一人に投げる。
最初に俺に気づいたのはもっとも近い、治療をしている魔族だった。目が合い、口が開いていくのが見える。
「敵襲! 一人! こっちに――」
足から爆発音が響かせ、魔族の声をかき消す。
飛ぶようにして一気に近づくとその勢いのまま蹴り上げる。爆発の魔法付きでだ。治療をしていた魔族はまともくらい、吹き飛んでいく。死んではいないだろうが、当分目覚めることはないだろう。
治療を受けていたほうも余波で転がっていた。もともと意識はなかったようなのでこちらは放っておくことにする。
残り二人。
ナイフを投げつけたほうは肩を押さえ、こちらを睨んでいる。どうやらうまく当たったようだ。一方、もう一人のほうは剣を抜き、こちらに向かって来ていた。
再び加速する。
魔族との距離はすぐに無くなり、間合いに入ると同時に剣が振り下ろされてきた。
それでも俺は止まらず、斜め前へと足を出す。
魔族の驚いた顔が見えた。剣が体の横を掠めていくのを感じながら、さらに足を進め魔族の側面につく。
そのまま横を抜ける寸前、魔族の腕を強引に掴む。同時に足で急ブレーキをかけ、地面を足で削りながら魔族を引っ張っていく。
引っ張られた魔族は想定どおり体勢を崩していた。尻もちをつく寸前のようだ。その状態で回転し、ハンマー投げのようにして肩を押さえた魔族へと放り投げる。
肩を押さえた魔族は受け止めるものの、そのまま後ろへと倒れていく。俺はすかさず距離を詰め、鞘付きの剣で二人を気絶させる。
次の敵を探して周りを見れば、裏側の敵は全員倒れていた。アリシアが駆け寄ってくるのも見える。どうやら今の二人が最後で戦闘は終わりのようだ。ただ、終わったというのに辺りを見てもバルドレッド将軍の姿だけ見えない。
「アリシア、お疲れ。バルドレッド将軍は? なにかあった?」
「いえ、大丈夫です。魔族の処遇について、本隊の人たちに連絡を取るって言ってました」
「なるほど。たしかにそのままにしておけないし、俺たちもここにいるわけにはいかないしね。それはそうとアリシア、凄い魔法だったね。いつの間にあんな魔法を?」
「えへへ、こっそり練習してました! 上手くいって良かったです!」
聞くところによると、先ほどのは一応アロー型の魔法らしい。ただし、尋常ではない速度であり、さらに回転もさせて威力を上げているとのことだ。準備に時間がかかり、狙いもまだ甘いというが、それらを差し引いても充分すぎる威力の魔法だと思う。
「二人とも怪我はないようね。上手くいって良かったわ。さっきの魔法には驚かされたけどね」
フルールさんも合流し、やはりアリシアの魔法の話題で盛り上がる。あの魔法、もしかすると独自魔法を使っていても避けらないかもしれない。そんなことを思ってしまう。それほどまでに速く、普通の状態では軌道を見ることすらできなかったのだ。
しばらくするとバルドレッド将軍もこちらに来た。連絡は終わったようだ。
「今、本隊とやり取りしとったんじゃが、どうやら後続のセルレンシアの部隊と合流したらしい。そのうえでいくつかの部隊を先行させたと言っておった」
「セルレンシア? ほとんど村の防衛で戦力は残ってないって聞いてましたけど、まだあったのかしら?」
「一部の有志を枢機卿がまとめたと言っとったぞ。数は少ないらしいが、代わりに移動が速くなって追いついたんじゃろうな」
バルドレッド将軍の話では、新たに先行した部隊にこの場の魔族たちを任せるということだった。任せられるということは、かなり速いペースで来ているようだ。
魔族たちは、バルドレッド将軍が土の魔法で拘束していく。その間に俺たちは土の山を崩していた。ただの土であるため意味はないかもしれないが、念のためだ。ちなみに核も探してみたのだが、見つけることはできなかった。
「良し! これでいいじゃろ。おーい、終わったぞ!」
バルドレッド将軍の声が聞こえ、みんなで集まる。ひと段落して多少の疲労感はあるが、誰も休もうとは言わない。視線は森の奥へと向かっている。俺たちは顔を見合わせると一つ頷き、森の奥へと歩みを再開させるのであった。
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