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第八話 デメル村

 セルレンシアを出て六日目。旅は順調に進んでいた。


 現在はそろそろデメル村が見えてくるころである。そして御者の担当は俺、隣にはアリシア、ロイドさんは馬車の中だ。


 旅の三日目から御者は交代制にしていた。もちろん最初は教えてもらいながらだったが、馬車を引く大型の馬、シュセットが賢いおかげでさほど苦労はしていない。御者といってもやることはほとんどなく、初日の終わりには一人でも何とかなるほどだった。



「そろそろのはずなんですけどね。できれば、日が落ちる前に村に入っておきたいです」


「そうだね。少し速度を上げる? シュセットはまだ余裕そうだし」


「うーん……いえ、このままで行きましょう。今のところ問題なく進んできてますから、たぶん大丈夫です」



 今は街道とは呼べない荒れた道を進んでいた。

 周りを見ても木しかなく、代わり映えのない景色がずっと続いている。気を抜くとあくびが出そうになるほどであり、もし一人だったら眠気に勝てなかったと思う。


 道中は良くアリシアと会話をしているが、大半は先ほどのようにペース配分だったり、何処で休憩を入れるかなどの話が多い。それというのも休憩や馬車の速度など、日程などは俺とアリシアで決めるようにロイドさんに言われたためだった。


 ロイドさん曰く、今後のために出来ることを増やしたほうがいいとのことだ。二日目ぐらいにそのようなことを言われ、その後の旅の計画は任されている。ロイドさんはやばくなるまで口はださないらしい。



 少し不安だったけど今のところはうまくいってる。といっても俺は御者担当で、ほとんどはアリシアがやってくれてるけど。













 日が落ち始めたころ、遠目に村らしきものが見えてくる。



「あれがデメル村かな? 少し速度を落とすね」


「はい! やっと着きましたね。ロイドさんを呼んできます」



 アリシアが振り返り、馬車の中にいるロイドさんを呼ぶ。

 その間にシュセットの速度を徐々に落とし、常足へと変える。


 後ろから物音がしはじめたころ、村の入り口に門番らしき人を確認できた。



「ツカサ、入口の前で一度止めてくれ。俺が話をする」



 荷台から顔をだしたロイドさんはそう言うと、アリシアと場所を交代していく。


 村の入り口に着くと、ロイドさんは門番の人と親しげに話しはじめる。

 なんとなく聞こえてくる内容から察するにロイドさんはこの村に何度も来たことがあるようだった。


 ロイドさんとの話だけで充分なのか、俺やアリシアについては特に確認もされずに門を通過する。


 村の中を見まわすと、少し不思議な感じがした。


 村は規模は小さいが、周囲を高い柵で覆ってあったり、槍を持った人が巡回していたりと物々しい雰囲気だ。

 村人らしき人もいるが、それよりも怪我をしている人が多いように感じる。



「ツカサ、村のことが気になってるようだが説明はあとだ。まずは村長の家に行く。あの周りよりちょっと高いやつだ。今後の予定も含めて、そこらへんは村長の家で話す」


「わかりました」



 指示に従い馬車を進め、村長の家に着く。


 遠目から見て大きいと思ったが、どうやら村長に家はこの村で唯一の二階建ての家のようだった。周りの家より少しだけ綺麗な気もする。もしかしたら新しく作られたばかりなのかもしれない。


 馬車を降りて扉の前までいくと、先頭にいたロイドさんが二回ほどノックをする。しかし、返事を待たずに入っていってしまった。アリシアと二人で慌てて後を追うと、中には一人の男性が呆れたような表情で座っていた。



「……普通は返事、もしくは扉が開くのを待つものだと思うが? 相変わらずだな、ロイド」


「わるいわるい、セリューズの旦那も真面目なのは変わってそうにないな。積もる話もあるが、まずはこの二人の紹介をさせてくれ。こっちはツカサだ。で、この嬢ちゃんがアリシアだ」


「それは紹介をしたことになるのか? まあ、いい。お二人とも初めまして、私がこの村の責任者……村長を務めさせていただいているエレヴァント・セリューズと申します」



 座っていた男性、セリューズさんは沿いう言うと立ち上がって挨拶してくれた。座っている状態でも体格がいいと思ったが、立ち上がるとより一層迫力がある。その見た目は村長というよりは戦士のようであった。


 何かの事務作業中だったのだろう。机には書類のようなものが置いてある。地図のようにも見えるが詳細はわからない。



「それで、用件は物資の補充、前線の情報といったところか?」


「さすがセリューズの旦那、話が早いぜ。ついでにこの辺にいる魔物の場所も教えてくれるとありがたい」


「それは構わないが、こちらからもついでに頼まれてほしいことがある。魔物の情報が必要だというなら、そちらの都合にも丁度良いかもしれない」


「ってことはもしかして……」


「ああ、魔物の討伐を頼みたい」



 ロイドさんとセリューズさんは旧知の仲のようで、話がどんどん進んでいく。話に入る隙もなく、俺とアリシアは置物のように佇んでいた。

 セリューズさんはそんな俺たちに気づいたのだろう。ロイドさんと一緒に改めて説明をしてくれる。


 説明を聞いたところ、どうやらロイドさんはアッフェデーモンと戦った日から魔物との戦闘はしていないため、この周辺で戦っておこうと考えていたらしい。

 それに対してセリューズさんは、この村の近くで魔物の群れが見つかり、討伐について悩んでいた。そこに丁度よくロイドさんが現れ、しかも魔物と戦おうとしていたために討伐を頼んだということだった。


 魔物については狼種の魔物であり、確認できたのは大型が一匹、小型が七匹の計八匹の群れ。この村のことは気づいている可能性があるとのことだ。

 守りながらだと被害が出るため、近いうちにセリューズさんが一人で討伐に向かう予定だったらしい。ちなみに悩みというのは、魔物と入れ違いになってしまった場合の村の防衛についてだと言っていた。



 会話に一区切りついたので、この村についてを聞いてみる。



「セリューズさん、この村って怪我してる人や見張りの人が多いですよね。話にあった魔物のせいなんですか?」


「魔物のせいというのはそのとおりだが、今話していた討伐対象のせいではない。この村には前線での重度の怪我人を保護し、回復させる役割がある。つまり、ツカサ君が見た怪我人というのは、村の住人ではなく前線の人間だよ」



 ほかにもセルレンシアや近くの村から来た物資の収容、その物資を前線へ供給していること。この村自体は廃村になったものを利用していて、普通の村人たちについては怪我人の看病のため雇った人だということを話してくれた。


 セリューズさんも元々は前線で戦っていたらしい。

 この村を作るときに村を守る人も必要だという意見があり、拠点防衛が得意なセリューズさんに白羽の矢が立ったというのが、ロイドさんからの補足説明だった。


 ロイドさんからセリューズさんに聞いていたら、アリシアが挙手をするのが目に入る。



「はい! セリューズさん! 私、回復魔法が使えます。怪我をしてる人がいっぱいいるなら、お役に立てるかもしれません」


「アリシアさんだったね。回復してきて軽症と判断されているものを含めれば、現在この村には七十名弱いる。治療を手伝ってくれるなら助かるが、この村から動けなくなるかもしれない。まずはロイドと相談し、それから決めたほうがいい」


「そうだな。魔物の討伐は俺とツカサは確定だ。嬢ちゃんも連れてく予定だったが……まあ、ここで治療をしてもらっても大丈夫だろう」


「え? 討伐にも行きますよ?」


「……いくら何でも魔力がもたねえだろ。どうする気だ」


「大丈夫です! これを使います!」



 そう言って、いつの間にか背負っていた長い包みを見せてきた。包みの中身は杖のようだ。

 長さはアリシアの肩まであり、端には白い宝石がついている。



「エクレール様が私の十五歳の成人祝いに用意してくれた杖、魔杖リュウールです!」


「魔杖!? 嬢ちゃん、そんなもん持ってたのかよ!」


「あのエクレール・フォトン殿から譲渡された魔杖か……アリシアさん、その魔杖の力は?」



 どうやら、魔杖というのは凄いもののようで三人とも少し興奮したようすである。

 これはまた話に入れそうにない。そう思った俺はおとなしく聞き役に徹することにした。



「この魔杖は魔力制御の補助と光属性の魔法強化、そして触媒なしで魔法陣作成ができます!」


「おお! ってことは怪我人の治療に魔法陣を使うのか!」


「触媒なしとは……さすがは魔杖だな。それに魔法陣とはありがたい。それなら継続的に利用できる」


「はい! 直接回復魔法をかけるよりは効果はうすくなっちゃいますけど、魔法陣ならたくさんの人が使えます。それに魔法陣の消費魔力は多いとはいえ、一人ずつ魔法をかけていくよりは結果的に少ないはずです」



 どうやら、かなりすごい物のようだ。アリシアのどや顔が決まっている。

 ロイドさんは腕を組んで考えているが、否定的な表情ではない。



「……なるほど、今から魔法陣を作れば明日には魔力も回復してるか。……わかった! 嬢ちゃんも討伐にも連れていこう」


「やった! ありがとうございます!」


「そういうことならば、さっそく魔法陣を設置するに適した場所に案内しよう。ある程度の広さの空き家ならまだいくつかある。そこなら丁度いいだろう」



 アリシアとセリューズさんは魔法陣の設置に向かっていく。


 結局、俺にわかったことは、明日の討伐にアリシアが参加すること、魔杖はすごいということだけだった。



「ツカサ? どうしたんだ、呆けた顔して」


「いえ、みんなの勢いに押されたといいますか……」


「あー……すまん。魔杖とかいきなり言われてもわかんねえよな。よし! 飯でも食いながらそのあたりのこと話そうぜ。嬢ちゃんたちも魔法陣の設置が終われば飯に来ると思うしな」



 セリューズさんの家を出て、食堂に向かう。

 この村では、自力で動ける人はそこで食事をするらしい。


 既に日は落ちているが、村の中は歩くのに困らない程度には明るかった。それぞれの建物にランプのようなものが吊るしてあるためだろう。


 聞いてみると、あれは魔道具であり、見た目どおり光を出して辺りを照らすものとのことだ。ただ、外を照らすよりは室内の光にするのが一般的だと言っていた。



 ……そういえばセリューズさんの家にも似たものがあったな。



 それなりに貴重なものらしいが、村のいたるところにある。言われなければ貴重なものだとは思わなかっただろう。


 この村のことを知れば知るほど、村という言葉が似合わない。むしろ補給拠点や兵站といった方がふさわしい気さえしていくる。



「ロイドさん、この村ってなんで村って呼んでるんですか?」


「ん? どういうことだ?」


「村の役割や村長のセリューズさん、ここにいる人たち、どう考えても村じゃなくて軍事施設だと思うんです」



 ロイドさんは顎に手をあて、俺を観察するように見つめてきた。



「んーまあ、そう思うよな。ここを村って呼んでるのは念のためだ。魔族は知性があるって話したの覚えてるか?」


「はい。知性があるのが魔族で、ないのが魔物だって言ってましたよね」


「そうだ。この知性ってやつがどこまであれば魔族と呼ぶかは結構あいまいでな。人によって違うこともある。ただ基本的には人間の言葉を理解して、話す奴らのことを魔族って呼んでるんだ」


「人間の言葉を……じゃあ、村って呼ぶのは拠点が魔族にばれないためってことですか?」


「正解。ただ、魔族の情報は少なくてな。どこまで効果があるかはわからんし、気休めに近い。実際、村を見ればすぐバレるしな」



 そう言って笑いながらロイドさんは大きい建物に入っていく。どうやらここが食堂のようだ。


 食堂にはまばらに人がいる程度で混んでいるようすはない。これならアリシアたちを気兼ねなく待てるだろう。


 聞くところによるとメニューは日替わりで一種類のみ。そして残念ながら御代わりはなしとのことだ。


 ちらりと食べている人を盗み見る。



 あれはパンと、ホワイトシチュー? ……いい匂いがする。



 近くを通ったため、香りも漂ってきた。

 ロイドさんが食事を取りに行ってくれる間に席を確保してしばらく待つが、匂いだけで腹が鳴りそうになる。



「食堂のおっちゃんが俺のことを覚えてくれてて助かった。本当は身分証がないと飯はもらえないからな」


「え? じゃあ、忘れられてたら……」


「セリューズの旦那が来るまで飯はお預けだった。まあ、細かいことは気にすんな。冷めないうちに食おうぜ」



 シチューは見た目からして美味しそうだった。

 色どりも豊かで野菜の種類が多い。そしてゴロっとした肉も見える。かなり贅沢に使っているようだ。


 まずは一口。大きめのスプーンをシチューの中に侵入させていく。そして、具を山盛りにして口へと運ぶ。



 ……おいしい。



 口当たりは優しく、しかしながら濃厚でコクがある。このコクやトロっとした触感はホワイトソースだけではなく、チーズをふんだんに入れているように感じた。

 肉は鶏肉に近い見た目だったが、口に入れると煮込んだ牛肉ようにほぐれていく。肉の自体の味は少したんぱくな気もするが、濃厚なシチューとは相性がいい。


 目の前のロイドさんを見てみると、夢中で食べている。すでに半分近くないようだ。


 続いて皿の上のパンを見る。

 パンはスライスされていた。手に取った瞬間に硬いのがわかる。おそらくシチューに浸しながら食べるのだと思う。


 手でちぎり、あえてそのまま食べてみる。



 ……やっぱり硬い。



 何とか咀嚼すると微かに酸味を感じる。少しクセのある味わいだった。


 次はシチューに浸しておき、時間をおいてから食べてみる。

 まだ少し硬さは残るが、だいぶ食べやすくなっていた。

 クセについてはシチューの味が勝っているようでほとんど感じない。丁度いいアクセントになっていた。


 ふとロイドさんのほうを見る。するとシチューだけを先に食べてしまったようで、パンを悪戦苦闘しながら食べていた。


 顎が疲れそうだ。そんなことを思っているとテーブルに影ができる。



「この村の食事には満足していただけたかな?」



 影を作った主、声の方へ視線を向けると食事を持ったセリューズさんがいた。その横には少し疲れたようすのアリシアもいる。



「セリューズさん、お疲れ様です。食事、すっごくおいしいです。アリシアもお疲れ様、大丈夫?」


「それならよかった。食事には気を使っているからね。アリシアさんは頑張ってくれたよ」


「頑張りましたー。でもツカサ様、大丈夫ですよ。疲れたわけではありませんので」



 アリシアは話しながらも席につきスプーンを持つ。


 それは一瞬の出来事だった。


 アリシアが食べ始めたと思ったら、次の瞬間には食べ終わっていたのだ。目を離した時間はあれど十秒とない。恐るべき早業であった。


 今の食べる速度でわかったのは、疲れていたわけではなく、お腹がすいて元気がなかったということである。


 セリューズさんもさすがに今の早業には驚いたようだ。ただ何故か拍手をしている。そして、食べ終わって悲しそうなアリシアに自分のシチューを譲っていた。






 食事が終わり、落ち着いたところで話を聞くと、魔法陣の設置はうまくいったとのことだ。


 セリューズさんは本当に助かったと言っていた。どうやら触媒というのが希少であり、最近では魔法陣の設置はなかなか難しい状況だったらしい。


 その貴重な触媒を必要としない魔杖。

 この魔杖についてセリューズさんはアリシアの許可をとって少し調べたと聞く。


 その結果、触媒はいらないと言っていたが、実際には魔杖が触媒の代わりをしているのだという。セリューズさん曰く、何度も魔法陣を作成すれば壊れてしまうだろうとのことだった。


 武器の鑑定まで出来るセリューズさんに驚きつつも感謝する。アリシアの魔杖はかなり便利であり強力だ。知らなければきっと使い続けて壊してしまっただろう。


 鑑定のことを聞くと、セリューズさんは武器の良し悪しについて見分けのコツを教えてくれた。さらにそこから何故か魔剣の話になり、ロイドさんも加わって伝説の武器防具の話に発展していく。


 夜が更けても話は続き、今度はロイドさんが主体となって英雄について語っている。

 ロイドさんはいつの間にかお酒も飲んでいたようで少し顔が赤い。


 思わずアリシアを見てしまうが、飲んでないようで安心する。

 この世界では十五歳で成人らしいが、見た目のせいもあってアリシアがお酒を飲んでいたらダメな気がしたのだ。


 現在、アリシアは半分眠っており、俺も眠い。ただしセリューズさんとロイドさんは一緒に盛り上がっていて終わりが見えない。

 ただ、二人の楽しそうなようすと、久しぶりの再会だというのもわかっているため、止めることなく最後まで付き合うことにする。そうして付き合った結果、終わったのは深夜。食堂が閉まる時間になってからであった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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