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第八十六話 休息

「――なるほど。しかし、まさか世界が崩壊しかかっていたとは……」


「はい。今は崩壊も止まってますが、いつまた始まるかはわかりません。なので本当は魔王の拠点までは確認したかったんですが――」


「魔道具で造られた騎士に邪魔されたってことか。兄貴、どうします? 後続が来るのは早くてもあと二日。残り時間が分かんないようじゃ待っててもいいのかわかりませんぜ」


「ふむ」



 セリューズさんは腕を組んで目を閉じた。残りの援軍を待つかどうかを考えているのだろう。


 俺としては武器だけでも貸してもらえれば単独でも進む覚悟でいる。しかし、その旨を伝える前にセリューズさんの口が開く。



「進軍する」


「……セリューズさん、いいんですか?」


「ここで待ち、万全の体制を整えたとしても、時間切れで世界が崩壊したら意味がない。であるならば、道を切り開いておく必要があるだろう」



 セリューズさんの話では少数で奇襲をかけ、土の騎士たちを誘導させるつもりらしい。奇襲する場所は二方向からで、土の騎士たちが分散次第、潜入するとのことだ。



「潜入はツカサたちとして、奇襲と誘導は俺と兄貴が二手に分かれますよね。ここはどうします? 一人か二人ぐらいは残していきますか?」


「いや、それだと誘導のさいの人数が足りない。後続の本隊には魔道具で詳細を伝えておく。そうすれば我々が全滅する前には来てくれるだろう」



 エランやセリューズさんは何気なく話しているが、かなり危険なことをしようとしている。ここにいる先行部隊の人数は少ない。下手をすれば本当に全滅しかねないのだ。



「二人とも待ってください。ちょっと危険すぎませんか? 時間がないって言った俺が止めるのも変ですけど、みんなを危険にさらしたくはないんです」


「先ほども言ったが、間に合わなければ意味がない。それに、危険なのはみんな一緒だ。それとも……もしや一人で行くつもりだったとでも?」


「あ、いえ、その……」


「ツカサ様、ダメですよ。一人では行かせませんからね!」



 話し合った結果、俺とアリシアの役目は先ほどのとおり潜入となる。目的は魔王の拠点の捜索、できることならば土の騎士の製造停止と魔王本人の確認もだ。そして拠点を見つけ次第、送言の魔晶石で連絡をし、状況によってはそのまま突撃することになる。


 突撃するのは世界の崩壊が始まってしまっている場合だ。そうでなければ本隊を待つようにも言われている。ただ突撃したとしても、いまだに魔王に勝てるイメージは沸いていない。それは本隊が到着し、人数が増えたとしても同じである。


 勝てるとしたら不意打ち。破壊の力を当てさえすれば、大ダメージは間違いない。そこから畳みかけるしかないと思うが、そのためには魔王を一人にしないと上手くはいかないだろう。理由はわからないが魔族は忠誠心が高い。近くに魔族がいたら間違いなく邪魔されてしまうはずだ。



「――こんなところだろう。細かいところはその都度決めたいと思う。通信用の魔道具はあるだけ持ってきている。何かあれば遠慮なく使ってほしい」


「よし! じゃあ、ツカサたちには物資をわけるから俺についてきな。予備だが一応、剣とかもあるからよ」


「ありがとう。助かる」


「お世話になります」



 エランと並びながら歩き、これまでのことを聞いていく。


 実はセリューズさんとエランがここにいることが気になっていたのだ。エランがパタゴ砦から移動したのは知っていたが、その後どうしてこの場所に来たのかは不思議である。



「俺のほうは単純だぜ? 手が空いてたってだけだ。セリューズの兄貴のほうは抜擢されてだな」



 詳しく聞くと、セリューズさんは先行部隊として拠点を作り、その地の防衛を任されているらしい。選ばれた理由はもっとも拠点防衛に慣れ、かつ実績もあるからだと聞いた。



 ……たしか、セリューズさんがいたデメル村も防衛に優れてるからって理由で任されてた気がする。守る力があるっているのは羨ましいな。



「ほら、ここだ。遠慮はいらねぇ、好きなもんを好きなだけ持ってけ」


「ありがとうございます! ツカサ様、私は食料と回復薬を見ておきますね」


「わかった。俺は剣とかを見てるから、終わったら合流しよう」



 案内されたテントは意外と広く、アリシアは奥のほうへと向かって行った。俺とエランは武器選びだが、やはり魔剣のような強い武器はないらしい。


 いろいろと試していくが、結局は長さが似ているロングソードを選ぶ。あとは持てるだけ投げナイフを貰っていく。



「そんなんでいいのか? なら、ほら!」



 エランの問いかけに頷くと剣帯が投げ渡される。


 剣とナイフを装備し、アリシアが戻ってきたところで準備が整う。



「エラン、出発はいつになりそう?」


「今すぐって言いたいところだが、もう少し時間がいるな。おまえらは今のうちに休んどけ。ひと眠りはできると思うぜ」


「ツカサ様、ここはお言葉に甘えましょう」


「そうだね。最近はちゃんと眠れてなかったし、ここでしっかり休んでおこう」



 休む場所として案内されたのはエランのテントだった。ただ、ほかの人も一緒に寝泊まりしているようで、寝床は複数ある。今は誰でもいないようで好きに使っていいとこのことだ。


 テントを出ていくエランを横目に俺とアリシアは寝床で横になる。もちろん別々であり、それなりに距離をとった寝床だ。


 アリシアはすぐに眠ったようだった。疲れも寝不足もあったのだと思う。かくいう俺もすでに瞼は閉じてしまい、もう一度開くことは出来そうにない。考えたいこともあったのだが、今はそれもできそうにはなかった。











 不意に意識がはっきりする。しかし、目の前の光景は先ほどとは違い、真っ暗な空間が広がっていた。目が覚めたわけではないようだ。その証拠に視界にはいつか見た少女の姿も映っている。



 ……またこの夢か。



 以前はあの少女を怖いと感じた。だが夢の中だとわかっているせいか、今はあまり恐怖を感じていない。



 あの少女は誰なんだろう。見覚えがあるような……?



 少女についてあと少しで思い出せそうなのに、考えてる途中で頭に靄がかかったように不鮮明になってしまう。

 残念なことに一度靄がかかるともうだめそうだった。少女の顔をいくら見ても、かけらも思い出せそうにない。夢の中なら都合よく思い出させてすっきりさせてほしいが、そう上手くはいかないようだ。


 俺が考え事をしてる間に少女はしゃがみ、砂遊びをしているかのような動作をしていた。何かを作っているように見える。


 しばらくすると作り終えたらしい少女は立ち上がった。その手には黒い何かがある。



 あれは……ナイフ? 笑ってる? ……やっぱりちょっと怖いかも。



 少女は辺りを見回すと、いきなり走り出す。俺の視点も同時に動く。どうやら見ないわけにはいかないらしい。


 俺の視点は走る少女に勝手についていく。景色は変わらず真っ暗なままだ。そんな中をしばらく進んでいると、一人の男性が見えてきた。



 ……前にも見たことがあるような気がする。たしか、少女を囲んでいたうちの一人だ。



 少女の走る速度が上がる。


 男性のほうも少女に気づいたようだ。その顔は驚いたような表情をしていた。


 少女は走る勢いのまま、男性の懐へと突進する。手にはナイフを持っており、間違いなく腹部に突き刺さっているだろう。


 男性のほうはゆっくりと倒れていく。俺の視点は二人が良く見える位置に変わり、予想どおり男性の腹にはナイフが刺さっているのも確認できた。ただ、出血をしているようには見えない。少し不気味だ。


 少女のほうはそんなことに対しては疑問に思わないのか、すぐに男性に飛び乗り、馬乗り状態でナイフを何度も刺している。


 かなり興奮しているようで、聞こえていなくても笑っているのが分かってしまう。歯をむき出しにした笑顔はわかりやすいが、今の状況では狂気的だ。綺麗な顔で笑顔だとというにあまり見ていたくはない。夢だというのに俺は何故か寒気を感じてしまっていた。






 ひとしきり満足したのか、少女は無表情に戻ると緩慢な動作で立ち上がっていく。


 瞬間、少女の姿が消えた。


 一瞬遅れて俺の視点が今度は少女から遠い位置へと移動する。そして見えたのは吹き飛ばされている少女と、いつの間にか立ち上がっていた男性の姿であった。


 男性は刺さっていたナイフを捨てると、ホコリを落とすようにお腹を払う。そこには傷一つ見えない。たしかに刺さっていたはずなのに、服にすら痕跡は残っていなかった。


 一方、少女のほうは吹き飛ばされている最中だ。真っ黒な床の上をバウンドしながら転がっている。ようやく止まったあとも頭を揺さぶられたのか、膝立ちの状態から立てないようすだ。


 男性はそんな少女に目をやると口を歪め、嗤った。おもむろに動き出し、少女に指をさす。そして、その指を下へと動かした。


 するといきなり、何の前触れもなく少女は頭を床へと打ち付けた。いや、おそらく打ち付けられたのであろう。


 少女と男性の間には距離がある。男性はただ指をさし、動かしただけだ。だというのに、男性が指を動かすたびに少女の頭は床へと打ち付けられていく。


 相変わらず音は聞こえていない。しかし、見た目だけでもその威力が分かってしまう。美しかった少女の顔は血だらけであり、額は割れ、鼻も折れている。ときおり飛び散る白いものは、もしかしたら歯が欠けているのかもしれない。


 男性の指は止まらない。上に動かせば少女は宙へと舞い上がり、左右に振れば高速で飛び、床に激突しては転がっていく。勝負にもなっていない。ただただ遊ばれている。


 拷問のような男性の攻撃は続く。見るのも苦痛だが、視線を逸らすことも瞼を閉じることもできない。先に手を出したのは少女ではあるが、前回の夢では男性たちが何かしていたようにも見えた。どちらが悪いかというのはわからない。ただ、さすがにこれはやりすぎのはずだ。


 少女は全身が真っ赤に染まっていた。ピクリとも動かない。男性はそんな少女に何かを話しかける。しかし、反応がないのを見るや、もう一度大きく吹き飛ばす。俺の視点は少女についていき、今のを最後に男性の姿は遠くなり見えなくなってしまった。


 何度目かわからない床への激突。そして転がる体。両手両足は折れており、新しい関節が複数できてしまっている。それでも少女は生きているようだった。


 視点が移動していく。少女を上から覗き込むように。


 ぐちゃぐちゃになった顔は半分潰れていた。目も潰れたようで片目しか残っていない。残った目は開いているが、真っ赤に染まり、見えているのかは不明である。


 不意に目が合う。


 いや、合ったように感じただけだ。きっと俺のことは見えていない。だというのに、体が震えてるような感覚になる。


 少女は嗤いはじめる。血を吐いてもなお嗤う。残った瞳からは涙を流し、血だまりの中で何かを叫び続けていた。

読んでいただきありがとうございます。

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