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第七十九話 小休憩

 規則的な揺れを感じ、柔らかな光に包まれ目が覚める。



 ……ここは、どこだ?



 辺りには草木しか見当たらず、森の中から出てないのはわかる。ただ水の流れる音も聞こえていた。この森ではまだ川は見つけていなかったはずだ。だとすると今は知らない場所へ来ているのだろう。



「シュセット」



 声をかけるとシュセットは止まってくれた。背中から降り、お礼を言う。

 アリシアは目覚めていない。魔力切れだと考えると、まだ半日経っていないということだろうか。


 体を包んでいた光が消える。

 柔らかな光はカルミナが回復魔法をかけてくれていたようだ。しかしその割に体の調子はあまりよくない。痛みこそないものの、反応が鈍いような気がしていた。



 ……いや、カルミナも魔力が回復しきってないはず。完全に治しきれなかった可能性もあるな。



『ツカサ、目が覚めたのですね』


「カルミナ……魔力のほうは大丈夫なの?」


『はい。ただ、回復魔法をかけ続けていたので魔力はあまり残っていません。会話なら可能ですが、魔法はもうかけられないと思ってください』



 回復魔法をかけ続けていたということはそれなりに重症だったのだろう。いったん目立つ行動は控え、しばらくは休憩したほうがよさそうだ。



「アリシアも起きてないし、少し休憩にするよ。ちなみにだけど、あの魔族がどうなったかはわかる?」


『魔法に集中していたため詳細は不明です。これから辺り一帯を観察してみます』


「了解。何かわかったら教えて」



 ひとまず川を目指して歩いていく。


 辺りは薄暗いが深夜という感じはしなかった。どちらかといえば早朝に近い気がする。とはいえ今の時間がどうであれ休憩はするつもりだ。


 川辺でシュセットに装備させていた荷物を下ろす。そして荷物から布を取り出し、適当な葉を集めてその上に布を引く。簡易ベットを作ったらアリシアを寝かせ、シュセットと川へと向かう。


 川は緩やかな流れをしていた。それなりに深いが透明度は高く、川底が見えるほど澄んでいる。手で汲み、匂いを嗅いでみるが問題はなさそうだった。そのまま顔を洗い、頭をすっきりさせる。


 隣では派手な音を立てながらシュセットが水を飲んでいた。喉が渇いていたのだろう。凄い勢いだ。そのようすを見ているとこっちまで飲みたくなってしまう。



 ……飲んでも平気かな。綺麗だけど……いや、やっぱり煮沸しておこう。薬もないし、どのみち食事の用意で火にかける。水を飲むのは少しだけ我慢しよう。



 適当な石を積み上げ、その上に水を張った鍋を乗せる。

 目立たないように鍋を火にかけるため、炎の魔法のみで加熱する。枝などには着火させない。魔法単体なら煙がほぼ上がらないためだ。さすがに湯気は出てしまうが、近くなければ見えないだろう。


 鍋の水が沸騰したところでしばらく待つ。五分以上たったところで飲み水用を小鍋に分けて冷ましておく。残りは調理用とし、そのまま火にかけ続ける。

 調理といってもたいしたことはしない。干し肉と乾燥野菜を煮込むだけの簡単なものだ。調味料も塩だけであり、水分量に気を付けていれば失敗はしない。


 具材を鍋に入れ、一息つく。そこまで動いていないというのに体は疲れてしまっていた。


 一息ついでに水を飲もうと小鍋を見る。まだ湯気は立っていた。このまま待っていたら当分飲めそうにはない。そこで荷物からコップを取り出して湯を掬い、息を吹きかけて冷ましていく。


 唇で触れても火傷しない程度になったところで、ちびちびと飲みはじめる。ゆっくりと喉を潤し、再び一息つく。


 少しの間、何も考えずに調理中の鍋をぼんやりと眺めていた。寝てはいないが、半分意識はなかったかもしれない。そのせいか、後ろから聞こえてきた物音に妙にビクついてしまった。


 振り返る。


 見えたのは寝ていたはずのアリシアであり、今は上半身を起こしていた。聞こえてきた音はアリシアの起きる音だったのだろう。そのアリシアは目を擦って眠そうにしている。



「アリシア、おはよう。はい、これ。まだちょっと熱いから気を付けて」


「……おはようございます……」



 アリシアは寝ぼけながらも白湯を飲んでいく。まだ眠そうではあるが、白湯を飲み終わるころには目も覚めているだろう。



「食事はもう少しできるよ。食べられる?」


「あ、はい、大丈夫です。白湯もありがとうございます。おかげで目が覚めました。食事の準備は何が残ってますか? 続きは私がやるので今度はツカサ様が休んでてください」


『ツカサ、報告があります』



 突然、カルミナの声が聞こえてきた。会話に割り込むように話しかけてくるのは珍しい。緊急なのだろうか?



「……じゃあ、アリシアに任せようかな? 火は入れ終わってるから、あとは塩で調整をお願い。俺は休憩がてら、少し辺りを見てくるよ」


「うーん、それだと休憩じゃないような気がしますけど、わかりました。気を付けてくださいね」


「大丈夫。すぐに戻るよ」



 森へと向かう。念のため剣を持って行こうとして、無いことに気づいた。



 ……そういえば、剣は投げ飛ばしてそのままだ。取りに行けるだろうか? 



 シュセットなら道を覚えてるかもしれない。ただ、あの場所は魔族にばれている。戻ってもいいのか悩みどころだ。

 残念なことに予備の剣は持ってなかった。野営用の小ぶりのナイフならあるが、戦闘に耐えられる強度はない。かといってほかに武器になるようなものも手持ちにはなく、結局のところ何も持たずに森へと入る。


 悪い話ではないことを祈りながら、話をしても声が届かないところまで歩いていく。


 相変わらずこの森は静かだった。そのせいで思ったより離れてしまったが、アリシアは作業中だ。早めに戻れば大丈夫だろう。



「カルミナ、報告って何?」


『報告は三点あります。まず悪い話からになりますが、あの魔族は死んでいません。姿を確認したところ、重傷は負ったようでしたが治療可能な範囲です。そしてもう一点、ツカサの魔剣はあの魔族が持ち去ったようで、付近には見当たりませんでした』


「それは……まいったな。怪我なら俺たちのほうが軽傷で済んだけど、魔剣のことを考えると損してる気がする。はぁ……良いほうの話、期待してもいい?」


『はい、そちらについて魔族の拠点の正確な位置が判明しました。どうやらドルミールの結界によって隠されていたようです』



 拠点の正確な位置というのはありがたい。突発的な戦闘になったが、悪いことだけではなかったようだ。それにカルミナの観察が可能になったのなら、潜入と奇襲で封印の破壊もできるかもしれない。



『それと補足になりますが、あの魔族の名前も判明しました。名はヴァンハルト。ドルミールが話していた魔族のようです』


「たしか、拠点の責任者だっけ? わざわざ出て来たってことは、それだけ重要視されてる? もしくは人手が足りてない?」


『その両方だと思います。見た限りでは魔族の数はかなり少なく、三十程度だったはずです。拠点も魔法陣を除けば規模が小さいようでしたので、結界頼りだったのかもしれません』



 カルミナから聞いた話だと、魔法陣は祭壇のようなものに描かれており屋外にあるとのことだ。そして魔法陣の四方に小さめの塔があり、そこから見張りなどをしているのだという。

 塔は森に紛れるような色で高さも木より少し低ぐらいだと聞く。ただこの森の木は大きい。元の世界のビルでいうと五、六階ほどの高さはあると思う。見通しが悪いとはいえ、高さ的に遠くまで見えてる可能性も否定できない。接近するさいは注意する必要がありそうだ。



『……先ほどアリシアのようすを見ましたが、あまり回復していません。ここからは戦闘を避け、魔法陣の破壊のみに集中したほうがいいでしょう』


「わかってる。隠れながら近づくよ。魔法陣も上手くやれば遠距離から破壊できるかもしれないしね」



 その後もしばらく話を続け、終わったころには結構な時間がたっていた。少し焦りながらアリシアのところへ急いで戻る。



 カルミナと少し長く話しすぎたかもしれない。心配してないといいけど……



 遠目からアリシアの姿が見えた。近くにはシュセットもいる。どうやら川でシュセットの体を洗ってくれているようだ。ただときおり、アリシアはシュセットに水をかけられている。それがなんとなくわざとかけているようで、世話というよりシュセットに遊ばれているようにも見えてしまう。



「アリシア、大丈夫? 結構、濡れてるみたいだけど」


「あれ? ほんとだ。シュセットちゃんのしっぽがよく動くなぁとは思ってたんですけど……もしかして、わざと?」



 アリシアは俺の方へ向けていた顔を再びシュセットがいた川へと向ける。ただし、シュセットはそこにはいない。会話中に向こう岸に渡り、今はのんきに草を食べている。アリシアに見られたのに気づいたのか、一瞬こちらを見たが、すぐにそっぽを向く。まるで知らないふりをしているようだ。



「あれ、絶対わざとですよ! 今、目が合いましたもん!」


「まぁ、きっと遊びたかったんだよ。それより火を出すから乾かそう。寒くないとはいえ、濡れたままだと風邪ひいちゃうから」



 暖かいだけの火の球を宙に浮かべる。天気は良く、日も出てきているためすぐに乾くだろう。


 アリシアを乾かすのは魔法に任せ、その間に俺は食事を取り分けていく。


 食欲をそそる良い匂いがしていた。出来上がったものは具材多めのスープだ。肉と野菜から出汁が抽出されているはずであり、想像しただけでも美味しいのが分かる。


 思い返せば、ほぼ丸一日何も食べていない。食事を目の前にしたせいか、油断すれば涎が出てしまいそうなほど空腹を感じていた。



「いただきます」


「じゃあ、私もいただきます!」



 いつの頃からかアリシアも食事のときにいただきますと言うようになっていた。嬉しくもあり、なんだか少し照れくさい。照れた顔を隠すように器に口付け、スープを飲む。



 ……? もしかして、かなり薄い?



 匂いは良い。具材も種類こそ少ないが、量はある。水分量もおかしくはないはずだ。塩も入れてくれていると思う。



「……ツカサ様、もしかして濃かったですか? ちょっとだけ、お塩を入れすぎたかなとは思ったんですけど……」


「いや、大丈夫。汗かいてるし、塩は少し多くても問題ないよ。今は少し違うことを考えてただけだから」


「なら、よかったです! いきなり止まったからびっくりしましたよ」


「ごめん、驚かせて。今は食べることに集中するよ」



 もう一口食べる。今度は集中して味わう。


 薄くはないはずだ。それはアリシアの言葉からもわかる。しかし、やはり味がしない。具材をかみしめても、スープを口に含んだままにしても何の味も感じられずにいる。例えるならば、味のない寒天が入ったお湯を飲んでいるようだった。


 破壊の力の代償。ふと頭の中に浮かんだ理由がそれだった。白髪の魔族と戦ったとき、最後に限界を超えて魔法を使った記憶がある。確証はないがほかに思いあたる節もない。たぶん原因は当たってるだろう。


 空腹で期待していただけにショックが大きい。思わず顔が歪みそうになってしまう。

 アリシアに不審に思われないように、先ほどとは違う理由で顔を隠すようにして食べる。残すような真似はしない。貴重な食糧であり、腹を満たす必要もある。たとえ味がしなくても、栄養はとれるはずだ。無理やり自分を納得させて食べていく。


 勢いに任せ、途中からは何も考えずに食べ進めて完食する。間で白湯を飲んでみたが、スープと味の違いがわからなかった。最後まで味を感じなかったことに味覚を失ったという実感がわいてしまう。元に戻るかはわからない。俺にはこれが一時的なものであることを願うことしか出来なかった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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