第七十三話 謎の人物
「ふム……警戒してるネ。けど安心しテ。ボクは手先は器用だけど戦いは得意じゃないカラ。それにせっかくの客人ダ、歓迎するヨ?」
奇妙な喋り方をする人物は扉をあけ放ち、俺たちを中へ誘ってくる。その行動を注視しながら俺はペンダントを軽く弾く。
『声は聞こえています。ただ、姿はおろか、いまだ家も確認できていません。あまりにも不可解です。可能ならば一度退却してください』
「ツカサ様、お話してみましょう? この辺りの情報を持ってそうですし、悪い人には見えません。きっと大丈夫ですよ」
カルミナの言葉から間をおかずにアリシアからも提案された。二人が言ってることは対極だ。判断が難しくなる。
どうするべきか……いっそすぐに逃げれるこの場所で話を聞く? いや、ダメだ。二人の意見を汲んだ妥協案だとそんな感じになると思うけど、招かれてそれじゃ失礼すぎる。アリシアは納得しないだろう。
俺の見立てでも危険な感じはしないけど、カルミナの言うとおり不可解ではある。こんな場所にいること自体も怪しい。でも――
もう一度、扉の近くの奇妙な人物をよく見てみる。
やっぱりだ。この人……たぶん強くないな。強い人特有の気配もないし、目の前にいても怖さを感じない。もし家そのものが罠だったとしても、破壊の力なら罠ごと壊せるはずだ。だったら、誘いに乗ってみるのも悪い手じゃない。アリシアの提案を優先しよう。
「……歓迎ありがとうございます。そちらに伺ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんダヨ! 丁度とれたての果実もあるんダ。振舞わせてクレ!」
喜んでいるように見える。邪気は感じられない。大きく手を振る仕草はまるで子供のようだ。
アリシアと目を合わせると頷き、二人で家に向かって行く。
家の中は質素だ。必要最低限の家具しかない。ただテーブルは少し大きく、椅子は四脚もある。ほかに人は住んでないようだが、こんな場所でも訪れる人がいるということだろうか。
席につくことを促され、アリシアと並んで座る。シュセットは外だ。扉の近くで待機をお願いしている。縄は繋いではいないので、いざというときはすぐに逃げれるだろう。
謎に人物について近くで見てわかったことがある。まず性別は女性。顔は中性的でわかりにくかったが体つきから判明した。武器などを隠し持っているかは不明である。服装が大きな布に穴を開けて、それに首を通しただけといった恰好なのだ。ローブのようになっていてよくわからない。ただ、金属音が聞こえた気もする。何か持っていると考えておくべきだろう。
ちなみに今、謎の人物はお茶を入れに行っている。その気遣いはありがたいが、薬が盛られる可能性を考慮して飲食はしないつもりだ。
「お待たセ! お茶と果物ダヨ。この辺では一杯取れるから好きなだけ食べてネ」
「わぁ! これってシルギスの果実ですよね? しかも大きい! こんなに実ったのは初めて見ました!」
「この辺だと自生してるんダ。誰も取らないから大きく育つんダヨ」
どうやらアリシアは警戒していないようだ。切り分けられた巨大なシルギスの実を次々と口に運び、とろけた表情をしている。
……ここ最近は乾いたものが多かったし、果物なんて久しぶりだからな。しかもシルギスは美味しいから仕方ない。俺だけでも警戒してればいいだろう。
アリシアから視線をずらすと、謎の人物がニコニコと笑みを浮かべているのが目に入る。アリシアの食べっぷりが嬉しいのかもしれない。
不躾に視線を送っていたせいか、気づかれて目が合う。
何か勘違いしたのだろう。シルギスの実を小皿に移すと、俺の前へと置いてくれた。これで食べないのは失礼だろう。とはいえ、二人とも食べるの危険だ。誤魔化すために会話を試みる。
「……突然押しかけてすみません。俺たちはこの森の調査をしに来た者です。この場所には外に居る馬、シュセットに導かれて偶然来ました。見たところ、この辺りに詳しいご様子。良ければ話を聞かせてもらえないでしょうか?」
「イイヨ! お話ししヨウ! 何が知りたいのかナ?」
「以前、光の柱が昇ったをご存じですか? それについて知ってることがあればぜひ」
「光の柱カ……うーン……」
謎の人物は腕を組み、目を閉じて考え込んでいる。その隙に俺は小皿のシルギスをアリシアの皿に移す。その行動に対し、アリシアは不思議そうな顔をした。ただ話しかけては来ない。口の中がいっぱいで喋れないのだろう。喋る代わりの俺に向かって小さく会釈し、食事を再開していく。どうやら譲ってもらったと思ったようだ。
「詳しく説明すると長くなるから簡単に言うとネ。あれは魔法陣が発動した光ダヨ。実は完全な発動ができたのはあれが初なんダ。ボクもあんなに派手だと思わなかったから、知らない人が見たらびっくりしたよネ」
「詳しいんですね」
「ウン! 基礎の部分はボクが作ったからネ!」
予想外だ。こんな場所に住んでることから関係はあるかもとは思っていた。しかし、まさか封印の魔法陣を作った人物だったとは。封印の解除方法も答えてくれるだろうか?
……いや、突然解除方法を聞くのはさすがに怪しすぎる。なんとか封印についての話題に誘導しないと。
「ちなみに場所はここから北東だケド、行っちゃダメだヨ? きみたち人間デショ。あそこはヴァンハルトっていう魔族が責任者でネ、かなり警戒してるカラ、近づくだけで攻撃されるカモ」
やはり謎の人物は魔族側だったようだ。とはいえ魔族ではないと思う。その容姿は白い髪にオレンジ色の瞳であり、魔族特有の赤い目をしていない。
再度、警戒心を高める。ちらりと横を見れば、アリシアも食事を止めて――いや、シルギスが全部なくなっている。いつの間にか完食していたようだ。
続けて情報は引き出していきたい。けど、こちらの情報は渡さないほうがよさそうだ。勇者というのはもちろん、念のため俺やアリシアの名前も明かさないほうがいいだろう。
なんとなく自己紹介のタイミングを逃してたけど、かえって都合がよかった。このまま名前の話題にはならないようにしないと。
「では、近づくのは止めておきます。ただ、調査で来ているので遠目からでも確認したいところなんですよね。ヴァンハルトとという魔族は遠くからでも気づくほど感知に優れてたりしますか?」
「イヤ、そんなことはナイ。あの子は元執事でその前は剣士らしいからネ。だからある程度は気配は読めると思うケド、斥候とかの才能はないみたいだカラ……遠くからなら大丈夫かモ?」
「あの子って……そんなに若い魔族なんですか?」
「えート……たしか五十歳ぐらいだったハズ。魔族としては高齢かナァ。でもボクに比べればまだまだ若いヨ!」
どういうことだ? 目の前の謎の人物の見た目だけなら二十歳前後にしか見えない。童顔だとしても三十は超えていないはずだ。魔族の年齢は数え方が違うのか?
……年齢のことはひとまず置いておこう。新しい情報とともに疑問が増えていくが、それより話題が魔法陣からズレてきた。何とか話を戻したい。
「ン? オォ! いつの間にか無くなってたネ。お代わり持ってくるヨ!」
「あ、いえ、私はもう大丈夫です! すみません。一人で食べちゃって……」
「気にしないデ! むしろ嬉しいヨ! よく来る人は飽きちゃってあんまり食べてくれないんダ。それに――」
『ツカサ、その人物の名前を聞き出してください。魔族側で長く生きているなら私が知っているかもしれません』
みんなバラバラに話しはじめてしまう。
俺は話を戻したいが、謎の人物とアリシアの会話は盛り上がりはじめている。カルミナはいきなり話しかけてくるうえに、避けようと思っている話題を聞けと言う始末だ。頭が追い付かない。
アリシアのほうは雑談のようなのでひとまず置いといてもいいだろう。まずはカルミナの提案を考えてみる。珍しく向こうから話しかけてきたので、目の前の謎の人物に心当たりがあるのかもしれない。観察できないからこそ、名前で判断しようって事だと思う。
問題は名前を聞いた流れで自己紹介する事になった場合だ。偽名を使えばいいと思うけど、打ち合わせをしていないアリシアはきっと不思議そうな顔をするだろう。目の前の人物は喋り方こそ幼い感じだが、女神を封印する魔法陣を作る頭脳の持ち主だ。きっと頭は良い。そうすると微かな違和感からこちらの正体に気づかれる可能性がある。
……リスクが高い。名前を聞くにしても最後だ。封印の魔法陣について詳しく聞いた後のほうがいい。それに――
「あ! すみません! 大丈夫ですか! 今、回復魔法を……」
突然聞こえてきたのは、何かを落としたような音とアリシアの声だった。
考え込み、いつの間にか下がっていた視線を上げる。すると目に入ったのは零れたお茶と慌てているアリシアのようすだ。謎の人物は肘近くまである長い手袋に覆われた手をひらひらさせている。手袋は濡れ、若干湯気が立っているが気にしたそぶりを見せていない。
「大丈夫ダヨ! ボクの手は火傷しないカラ! ホラ!」
謎の人物は言葉とともに見るからに熱そうな手袋を脱ぐ。
手袋の下にあったのは赤く腫れた手ではない。そこには鈍く輝く金属の手が存在していた。
「義手……?」
思わず声が漏れてしまった。
謎の人物の手は映画などで見るようなの機械の手だ。しかも、その動きは手袋をしてたら義手だとわかないほど自然だった。あれほどのものだと、元の世界でも実現できるかあやしい。かなり高度な技術だと思う。それだけに、この異世界に存在するのは違和感しかない。
「オヤ? きみはこれを知ってルノ?」
「あ……いえ、その――」
「凄いです! 何ですかそれは! 何だがカッコいいです!」
「ン? オォ、やっぱりカッコイイ?」
「はい! とっても!」
答えに窮していたら、目を輝かせたアリシアが話を逸らしてくれた。助かったとしか言いようがない。ただ、あの反応、やはり義手というは一般的ではないようだ。アリシアも知らないようで、次々と質問している。
「――というわけなんダヨ」
「うーん、難しいです。魔道具の話はなんとなくわかったんですけど、その機械っていうのは見るのも初めてで……」
「ウン、そうだよネ。魔道具を作るボクでも機械を知ったのは最近だし、普通は知らないカモ?」
「魔道具職人さんには会ったことありますけど、こんなに凄いのは初めて見ました。もしかして、凄い魔道具職人さんだったりしますか?」
「昔はボクの名前を知ってる人は多かったケド、今はどうだろうナァ。ヨシ! せっかくだから自己紹介しておくネ! ボクの名前はドルミール。ちょっと長生きな魔道具職人ダヨ!」
ドルミール。どこかで聞いたことのある名前だ。ただ、俺はいまいち思い出せていない。そんな俺とは逆にアリシアのほうは思いあたる節があるようだった。名前を聞いた瞬間に驚き、呆然としている。
ただものではないと思っていたが、有名な人物だったようだ。アリシアの驚きようから知らないとは言い出しにくく、俺は何とか思い出そうと頭をひねるのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。