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第六話 魔法の練習

 大きく体が揺れ、その拍子に目が覚めた。目が覚めたものの、正直いつ眠ったのか記憶はなく、体感では時間がたっているようには思えない。


 目をこすりながら周囲を窺う。


 馬車の中は暗く、時間が分かるようなものは置いていなかった。そして慣れない馬車で寝ていたせいだろう。体全体が筋肉痛とは違う痛みを持っていた。



 ……次は何か下に敷いたほうがいいな。



 昼の雑談のときに聞いたのだが、この馬車は正確には幌馬車と呼ばれるものらしい。


 馬車という物自体はじめて見たが、おそらくこれは普通のものではない。そう思う理由は馬車の素材、木のようなものにある。木だと断言できないのは異常な堅さのせいだ。そのうえ叩くと甲高い音が鳴る。まるで金属のようであり、アリシアやロイドさんですら素材がわからないと言っていたほどだった。


 不思議な木材で作られている馬車は幌を被せるアーチ状の骨組みまでも頑丈である。幌自体も亜竜の羽の皮膜が材料らしく、ただの布に比べれば防御力は格段に高い。堅すぎる床以外は完璧な馬車だった。



 どれだけ寝てたかわからないけど、とりあえず一度顔を出しておこうかな。



 そう思った俺は御者台と荷台を遮る暖簾のように垂れさがっている幌の一部をくぐり顔を出す。



「すみません。だいぶ寝てしまったようで……」


「ん? おう、起きたのか。ちょうどいい、嬢ちゃんを中に入れてくれ」



 アリシアは何故か縄で御者台に体を固定されていた。よく見ると目を開けていない。気絶しているように見える。どうやら落ちないように固定したようだ。


 何があったのか気になるものの、とりあえずは縄を外してアリシア引っ張る。縄は意外と簡単に外せたため、さほど苦労せずにアリシアを中で寝かせることができた。

 ちなみにアリシアの下には適当な布を敷いてある。これで少しはマシだといいが。


 入れ替わるようにしてロイドさんの隣に座ると、辺り一面が夕焼けが目に入る。意識があったときはたしか昼過ぎだったと思う。どうやら思った以上に寝ていたらしい。



「ありがとな。とっさに縄投げて固定はしたんだが、いきなりは止められないから助かったぜ」



 ……もしかしたらさっきの揺れはアリシアが気絶したときのだったのかも。



 起きるきっかけになった揺れに見当をつけるも、肝心の気絶の原因はわからない。さすがに気になったので聞いてみる。



「いったい何があったんですか?」


「ああ、さっきまで魔法の練習がてらにこれを作ってたせいだろうな。まぁ特に心配ない気絶だから安心していいぞ。寝てれば治る。ほらよ」



 そう言って渡してくれたのは瓶だ。中には薄い青色の液体が揺れている。



「これは?」


「即効性のある回復薬だ。薬草を煮詰めて作るのと、光属性の魔法で作ったやつとで二種類ある。ちなみに薬草のは薄緑色をしてるぞ。まあ、とりあえず一本飲んどけ」


「え? 飲んじゃっていいんですか」


「訓練で軽くだが怪我してるだろ。それを見てた嬢ちゃんがお前のために作ったんだ。魔法の練習だっていいながらな」



 確かに何度か地面に転がったときに体を打っていた。

 体が勝手に動いたおかげで剣による大きな怪我はなかったが、小さなものは結構ある。


 馬車には薬草由来の回復薬も積んであるが、そちらはまだ見ていない。

 薬草由来のものは魔法のものに比べると効果は低いが、その代わり長く保存しておけるらしく、余裕があるうちは使わずにとっておくことになっていた。



 だからアリシアはわざわざ作ってくれてたのか。……起きたらちゃんとお礼を言わないとな。



 ちなみに、魔法での作り方は一般にも出回っているらしいが、難易度は高いとのこと。

 材料としては聖水と保存用の瓶が必要で、瓶には魔法をかけて一時的な魔道具にする必要があるという話だった。ただ、純粋な魔道具ではないので効果は一定時間のうえ、封を開けるまでの一度だけらしい。


 その作り方は、聖水に回復魔法をかけながら、瓶にも維持という効果の術式の魔法をかける。その状態で聖水を瓶に注ぎ、封をすれば完成となる。一人で作る場合、二つの魔法を発動させ続ける必要があるため、かなりの集中力がいるはず。というのがロイドさんから聞いた話だ。


 アリシアに感謝しながら回復薬を飲む。味はしない。強いて言うならまろやかであり、軟水のようだった。


 よく見ると他にも何本か同じものがある。かなり頑張って作ってくれていたようだ。



 ……そういえば、ロイドさんはずっと休憩してないけど大丈夫だろうか。



「ロイドさんは疲れてないですか?」


「一応、上級の冒険者ってやつだからな。これぐらいは大丈夫だ。さて、日が完全に落ちるまえに野営の準備を終わらせる必要がある。そろそろ止めるぞ」



 徐々に速度を落とし、街道から少しだけ外れたところで馬車は止まった。


 日が落ちるまでの時間はあまり残されてはいない。少し急ぐ必要があるだろう。


 ロイドさんは馬車を降りるとすぐに森の方へ偵察に行った。俺はその間にシュセットを馬車から外して水を与えておく。



「シュセット、お疲れさま。今日はここまでだからゆっくり休んで」



 撫でながら話しかけると、こちらの言っていることがわかるのか小さく嘶いて顔を摺り寄せてきた。

 シュセットは大きく威圧感すら感じさせる体とは対照的に愛嬌のある顔をしており、性格のほうも人懐っこいようである。



 たしか、夜営の準備は昼と大体同じだったはず。かまど作りとか、できることはやっておこう。



 シュセットの世話、かまど作りに枯れ木集め、ついでに魔法での火おこし、それらが終わったところで後ろから声がかかる。



「おお! 準備が大体終わってるな。やるじゃねえか!」


「一応、昼と同じ感じで準備してみました」


「ありがとな。あとは天幕と結界だけだな。天幕は俺が張るから見て覚えてくれ、結界はこれだ」



 そう言って取り出したのは、乳白色の四つの宝石が一本の棒にくっついているものだった。


 正式名称は弱衝撃発生型簡易結界生成魔道具という長い名称であり、基本的に通称の虫よけ結界と呼ばれているらしい。


 その使い方はというと、四つの宝石を設置して四角形の範囲を作る。その中心に棒を刺す。それだけでいいらしい。


 設置後、範囲内に入ろうとすると弱い衝撃が発生するとのことだ。


 衝撃は、虫や小動物程度なら追い払えるが、人やある程度の大きさの動物は侵入する意思さえあれば無視できる程度だという。

 結界の持続時間は宝石の色が黒くなるまで、範囲は任意で決めていいが、大きいほど持続時間は短くなるという話だった。



「ツカサ、この四つの宝石を地面に置いてきてくれ。もちろん、馬車や天幕が中に入るようにな」


「わかりました。この宝石を置いて、棒を刺すだけで本当に結界ができるんですか?」


「ああ、その棒を刺した時点で結界ができる。ただ、ちゃんと宝石を四つ置かないと結界は生成されないからな。ちなみにどういう原理かは知らんが、同じ棒から外した宝石じゃないと結界はできないぞ」



 結界の設置、天幕も張り終わり、ロイドさんと夕飯の準備をしていく。明日以降、狩りや採取もすると言っていたが、今日のところは昼と同じメニューだ。



「アリシアは起こしますか?」


「いや、嬢ちゃんはそのままでいい。見張りの順番はそのままの予定だしな。起こしてもすぐに寝ることになる」



 アリシアのご飯は別で器にとり、二人で食べる。おいしいが昼も食べているので新鮮味はない。ただ、こんなことを思うの贅沢なのかもしれない。



「飯食ったら俺も休む。馬車はとりあえずそのまま嬢ちゃんで、天幕は最初は俺、ツカサは交代のときに入れ替わりで使ってくれ。あー、あと見張りのときに魔法の練習をしてもいいがやりすぎるなよ」


「はい、気を付けます。できるだけ静かにやりますね」


「いや、そうじゃなくてだな。魔法……魔力は限界超えて使うと気絶しちまうんだよ。そうなると半日ぐらいは起きない。今の嬢ちゃんみたいにな」



 どうやらアリシアは魔力切れの気絶だったらしい。



 ……そういえば、ロイドさんは疲れて寝てるとは言ってなかったな。



 ロイドさんはアリシアに途中でやめるように言ったが、集中しすぎていたようでそのまま作業続けてしまった。

 無理やり止めるのも危険だと思い、馬車の速度を落とそうとしたところで気絶。とっさに縄で固定したので少し焦ったと笑いながら言っていた。


 明日、アリシアはロイドさんに説教をされるようだ。聞いた限りでは意外と危ない状況だった気もするので仕方ないとは思う。



 でもまあ、ロイドさんも笑いながら言ってたことだし、そんなにきつい説教にはならないはず。たぶん。



 なんとなく、アリシアのご飯の横にシルギスの果実を置いておくことにした。







 ロイドさんが天幕に入り、そろそろ寝たと思われるころ。俺の長い見張りがはじまる。それはつまり一人の時間であり、魔法の時間であった。



「カルミナ……カルミナ聞こえる?」



 はやる気持ちを抑えながら、小声で呼ぶ。



『はい、聞こえていますよ。ツカサの魔法、正確には術式の問題点についてですね?』


「さっそくだけどお願いします。……やっぱりすぐに消えたり、狙った方にいかないのは術式ができてないから?」


『そのとおりです。ツカサは属性、型については想像できています。たとえば、炎、ボールと言われれば元の世界にも存在しました。そのため、ただ念じただけでも頭の中で勝手に描かれています』


「たしかに……炎も雷も見たことあるし、型だってボールやアローと言われればなんとなく形はわかる」


『しかし、術式はそうではありません。術式は今まで見たことがないものです。それゆえに、この部分は感覚だけではうまくいかず、魔法が不安定になっているのです』



 つまり、魔法をちゃんと発動させるには術式についての勉強が必要のようだ。


 カルミナの説明がはじまり、勉強の時間となる。


 教科書やノートはもちろんない。ただ聞くだけの授業だ。魔法を使いたい一心で集中して聞く。聞いてはいるが、正直、さっぱりわからない。


 聞いたことを頭の中で整理しようとするが、上手くいかず、カルミナの言葉がだんだんお経のように聞こえてくる。



 ……まずい。最初に術式という概念を理解しないといけないのはわかる。けど、カルミナの説明を聞いてもさっぱりわからない。



 勇者はみんな魔法が使えたと以前アリシアが言っていた。一応勇者らしいが、希望は見えない。他の勇者たちが優秀だったのか、もしくは俺がポンコツなのか、おそらく後者だろう。



『ツカサ、どうしたのですか?』


「いや、説明してもらっても全然わからないし、俺……相当ダメなんじゃないかと思って」


『では、私の力で知識を直接、脳に刻み付ける、というのはどうでしょうか?』


「そんなことできるの?! それでお願いします!」


『わかりました。では力を抜いてください。……慣れるまでは違和感や既視感を覚えたりします。今後、そういった感覚を覚えても気にしないようにしてください』



 ペンダントから小さく不思議な色をした光が頭に向かって飛んでくる。

 光を受け入れると頭がふわふわと浮かんでいるような気がしてきた。


 しばらくするとすっきりとした良い気分になり、意識がはっきりしてくる。この頭がすっきりしていくこの感覚は、まるで朝起きたときのようだった。



 ……そういえば最近の朝はこんな感じで目覚めてたような……いや、これがカルミナの言っていた既視感というやつかもしれない。気にしないようにしよう。



 術式についてはわかった。とはいえ、辞書と頭の中に念じれば勝手に計算してくれる計算機が入ったようなものだ。誰かに説明できる気はしない。それに術式のすべてを与えられたわけではないようだ。



「これって基礎の部分のみ?」


『はい。一度に大量の知識を与えると意識を失ったり、最悪場合は廃人となってしまう可能性がありますので、必要最低限のみにしました』



 あまり深く考えていなかったが危険なことをしていたようだ。ただ、これでちゃんとした魔法が使えるはずだ。


 早速使ってみる。


 右手に魔力を集中させていく。二人を起こさないように集める魔力は少なめだ。



 念じる、属性は炎、型はボール。

 術式は……威力はほぼなし、速度はできるだけ遅くして、効果は衝撃。



「……ファイアボール・インパクト」



 小声でもしっかりと発動した魔法は、ゆっくりと進み、少し離れた岩にあたる。

 衝撃の効果がちゃんとでたかは見た目ではわからなかったが、狙ったところに命中させることができた。



「カルミナ、見てた?」


『はい。見事に成功させましたね。魔力操作なども今の調子ならすぐに上達するはずです。今のは距離を重視したように見えたのですが効果は確認できましたか?』


「いや、二人を起こさないように魔力も威力も小さくしたら、衝撃の効果があったのかはよくわからなかった」


『静かに魔法の練習をするなら、術式の速度をなくすというのはどうでしょうか?』



 速度をなしにする。その場合、魔法がどうなるのか頭をひねって思い出す。すると頭の中の辞書が開くような気がした。かなり不思議な感覚である。


 カルミナに与えられた知識によると、速度がなしで魔法が発動したとき、型に応じた形状で魔力が続く限りその場にとどまる。という記憶になっていた。



「速度なしでファイアボールを発動したら、その場にずっと浮いてるってことだよね。これで練習になる?」


『使用する魔力量によって効果の違いが実感できます。また、少し離れた場所に発動させておき、それを的にすることもできます。魔法同士なら岩と違い、衝突の効果もわかるはずです』



 なるほど、と思った。それならたしかに効果の確認もできるだろう


 今のでわかったが、何度か使った術式ならともかく、初めて使うものや見るものは知識があっても思い出すという行為が必要になるようだ。


 知識を貰っても応用したり、実戦で使うにはいろいろと試していく必要があるだろう。


 しばらくそのままカルミナと魔法の練習は続けていたが、練習は唐突に終わりを迎えることとなった。



『ツカサ、ここまでです。これ以上魔力を使うと気絶してしまいます』


「もう? 体調は変わってないけど……むしろ調子がいいくらいだよ」


『ツカサは今、軽い興奮状態のようです。そのため、気づいていないのでしょう。ツカサ、魔力を体の中心に集めてみてください』



 言われたとおりに魔力を集める。



 ……少ない、最初に成功したファイアボール一回分ぐらいしかない。



「ありがとう、だいぶ少なかった。でもよくわかったね」


『魔法を使い始めたときの練習や、新しい魔法を使っているときなどに人間たちがよく気絶しているのを見てましたから』


「あー、そういえばアリシアも気絶したんだっけ。回復薬は初めてだったのかな」


『そうかもしれませんね。それでなくても二つの魔法を扱うというのは高度な技術です。そして、当然ながら魔力の消費も激しいものとなります。魔法に集中しすぎて魔力消費を見誤った可能性は高いでしょう』


「ちなみにだけど、人の魔力量って見ることはできるの? ロイドさんはアリシアを止めようとしたらしいから見えるんじゃないかと思ったんだけど」


『いいえ、残念ながら見ることはできません。あの男性……ロイドは経験と勘によってアリシアを止めようとしたのでしょう』



 自分の魔力は見ることはできるが、他人のは見えないらしい。魔力は無色透明で、見えるようになるのは魔力に属性が付いたときからだと言っていた。


 たしかに、アリシアに魔法を見せてもらったときも見えたのは白い光だ。自分で魔法を使うときに見えている透明な魔力は見えていない。

 ただ以前アリシアも言っていた気がするが、一定以上の魔法を使おうとすると体から属性付きの魔力を放出してしまうとのことで、それを指標に魔力量を推測ことはできるらしい。


 一息入れ、月を見る。魔法の練習も終わってしまったが、また見張りの交代まで時間はありそうだった。



 ……いまさらだけど見張りといいながらも、たいして見張ってはいない気がする。残りの時間はもう少し周りを注意しないと。



 魔法の練習が終わった今、俺は交代の時間まで気合を入れて周囲の警戒していくのであった。

なかなか話が進まず、申し訳ないです。

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