第六十話 合流
「見えてきたぞ! 将軍たちにも知らせろ! アリシアはあたしのそばを離れるなよ!」
馬に乗り、先頭を駆けるエクレールが声を上げた。すぐ後ろにいるアリシアに忠告したのは、追い越そうと思えばすぐに追い越せるシュセットに乗っているためだろう。
アリシアの位置から後ろ、騎馬隊の中心には頑丈そうな馬車が見える。教皇ドボルゲイツの馬車だ。あの中には将軍であるバルドレッドも乗っている。
すべてが上手くいっていた。
北の砦奪還もアリシアが考えた全員を洗脳から解くこともである。
懸念されていた間者は姿を見せていない。その隙もなかったのだろう。簡易拠点の兵が北の砦に着くと同時にドボルゲイツの魔法が発動したのだ。洗脳された間者がいたとしても何もできなかったと考えられる。
ちなみにドボルゲイツが隠れていたのは北の砦の地下の牢屋だったらしい。簡易拠点部隊のアリシアたちよりも先に着いたため、隠れながらもバルドレッドと連絡を取り潜り込んだとのことだ。
そして懸念があった簡易拠点だが、これは半ば放棄した形となった。ただし、罠が満載であり下手に踏み入れれば生きては帰れない状態だ。
エクレールに届けた手紙に何が書いてあったのかはわからない。無人にしても大丈夫な理由が書いてあったのだと思うが、詳細は不明だ。特殊属性の魔法は消費魔力が大きいらしいため、赤の教団が動けないと予想したのかもしれない。
そうしてすべてが終わったあと、アリシアたちは一日の休息をとり、今は魔族の拠点と思われる場所を目指しているところであった。
「エクレール様! あの大きな断層が魔族の拠点なんですか!」
「わからん! ただ、以前見た枢機卿の地図ではこの辺りだ。周りには何もない荒れた大地だしな。一番怪しいだろ!」
アリシアとエクレールはお互い声を張り上げるようにして言葉を交わす。二人の視線は大地がずれ、食い違ってできた断層に注がれていた。
アリシアは一番前に出ようとするシュセットを抑える。作戦を勝手に変えるという独断専行をしたばかりであった。ドボルゲイツの手紙のおかげで説教こそ軽く済んだものの、これ以上エクレールに怒られたくなかったのだ。
断層に近づき、魔族の拠点を探しはじめる。この場所にあるという保証はない。ただエクレールも言っていたが、ほかに怪しいところがないのも事実であった。
「……見つからないな。いっそのことこの辺り一帯を更地にするか? 将軍の土魔法ならできるだろうしな」
「あの、エクレール様。バルドレッド将軍もお年なのですから、あまり無茶な要求はしないほうがっ!?」
「アリシア!? どうした!」
アリシアは突如、胸が締め付けられるような痛みに襲われていた。同時に魔力が急速に減っていくのも感じている。無茶な運動はもちろん、魔法も使っていない。原因に心当たりはなかった。
エクレールの手を借りてシュセットから降り、その場にうずくまる。痛みは強くなる一方であり、微かな時間で魔力は半分以上減ってしまう。
ただただ痛みに耐え、意識を失いかけたとき、痛みだしたときと同じように唐突に激痛が消えていく。それは時間にすれば五分にも満たない短い間の出来事だった。
「……すみません。もう大丈夫です」
「本当に大丈夫か? すまない、無理をさせすぎたか……」
「いえ、体調は問題なかったです。いきなりすぎて私にも何が何だかわからなくて……? あれ? なんだか揺れてません?」
アリシアは微かな揺れを感じていた。揺れは時間とともに大きくなり、周囲の兵士たちも気づきはじめる。
突然の揺れにシュセット以外の馬は落ち着かない様子を見せていた。暴れようとしている馬もいる。エクレールを含め、兵士たちが必死に馬をなだめる中、アリシアが一番にそれに気づく。
遠い位置の断層から人影が出てきたのだ。それも一人ではない。次々と噴出するかのように出てきていた。
「エクレール様! あっちです! あそこを見てください! 人が出てきてます!」
「よし! 動けるやつだけで向かうぞ! ついてこ――って今度はなんだ!?」
エクレールが号令をかけようとしたそのとき、揺れが激しくなり、遠い位置の断層が砕け沈みはじめる。
激しくなった揺れに誰も動けない。立っていることすら困難であり、その場にいる全員が地形が変わっていくのを見ていることしかできなかった。
◆◆◆◆◆◆◆
――あの子は誰だろう?
目の前には数人の男女の大人と少女がいた。その中でも目立つのは、綺麗な金色の髪を持つ少女だ。
少女はうずくまっており、大人に囲まれている。よく見れば少女は耳をふさいでいるようでもあった。
何をしているんだ? 状況はわからないけど……まさか、いじめてる?
少女のほうへ一歩踏み出そうとする。しかし、予想に反して体の反応がない。戸惑い、自分の体を確認しようとしたが、それすら不可能であり、今は見る以外のすべてができなかった。
体が動かない……というか、ここはどこだろう? 真っ暗だ。それに、ここにはあの人たちしかいないみたいだな……ん? なんでこんなに暗くて見えてるんだ?
光源はない。不思議な場所と状況だ。思いあたることはないが、何故かここが現実ではない気がしていた。
夢を見ているときってなんとなくわかるけど、今もそんな感じに近いな。この夢の意味はわかんないけど、見ていたい光景じゃないのはたしかだ。何もできないなら早く覚めてほしい。
自分の夢だというのに願いは通じず、ただ見ているだけの時間が過ぎていく。
目をつぶることも意識を逸らすことも出来ず、思考を放棄しかけたとき、大人が一人消えていった。
立ち去ったわけではない。徐々に薄くなり、透明となって消えたのだ。そして最初の一人を皮切りに次々に大人は姿を消していく。
最後に残ったのは少女だけであった。大人がいなくったからか、俯いていた顔を上げる。その顔は人形のようであり、恐ろしいほどに整った顔をしていた。
目が合う。しかし、認識されたようすはない。
少女は顔を歪める。
嗤っていた。
動かないはずの体が震える。夢だというのに寒気を感じ、鳥肌まで立っている気がした。
宝石のような瞳が恐ろしい。桜色の唇に恐怖を感じる。聞こえていない声も悍ましく、挙句の果てには綺麗だと感じていた光輝く金の髪にすら恐れをなしていた。
何なんだあの子は!? 夢だろ?! ここにいたくない! 早く覚めてくれ!! 頼む!
少女の口が動く。
何を言ったかは聞こえない。わかるのは短い言葉だったというくらいである。そして、少女の口が閉じると同時に辺りは真っ白に染まっていった。
心地よい風を感じる。視界には青空が広がっていた。そこから視線を下げていけば、土に包まれたザバントスが目に映る。
何がどうなっているのかはわからないけど、夢から覚めたみたいだ。……あと少し遅かったら気が狂ってたかもしれない。助かった。本当に……
ほっと一息つき、辺りを見回す。
周囲はすり鉢状になっており、その中心に俺とザバントスはいるようである。
カルミナに任せてしまったが、脱出は上手くいったようだ。今回は記憶に違和感はなく、怪我も回復してる。少しは信用してもいいのかもしれない。
『ツカサ、気が付きましたか? 脱出は無事成功しました。それと、ツカサはザバントスを生かそうとしていたようなので、地上に連れてきています』
「ありがとう。ザバントスは気絶してるの?」
『はい、呼吸困難により一時的に意識を失っています。拘束もしていますが、そちらは効果時間があまり残っていません』
数はわからないが魔族も脱出しているはず。ザバントスを連れていくにしても急ぐ必要があるだろう。
俺一人で運べるだろうか? ……少しきついな。途中で起きて来られたら困るし、拘束手段も考えないと。
『ツカサ、上で人間たちと魔族が争っているようです。どうしますか?』
「上? それなら行ってみよう。もう少しぐらいならザバントスは大丈夫かな?」
『気絶もしていますから少しの間なら大丈夫かと。それと上にはアリシアの姿もあるようです』
「アリシアが!? 目が覚めたのか……よかった」
急ぎ上に向かう。
アリシアが居るということは、バルドレッド将軍かエクレールさんのどちらかは一緒の可能性が高い。話せばザバントスを捕虜にすることも協力してくれるはずだ。
ザバントスにはまだ聞きたいことがある。魔王の居場所はもちろん、赤の教団の目的も知っているようすだったのだ。魔法陣を壊した今なら話し合う時間もある。ただ一度話し合いを拒否した手前、上手く交渉しないと難しいだろう。
すり鉢状になっている急斜面を登っていく。
怪我こそ治してもらっているが、疲れまではとれていない。体は怠く、動きは鈍かった。加えて夢のせいか、変な冷や汗までかいている始末だ。
不快感を覚えながらも登りきる。見えてきたのは大勢の人影だ。
視線を左右に動かせば、ひときわ大きな馬、シュセットの姿がよく目立つ。その近くにはアリシア、そしてエクレールさんも確認できた。
話さなければいけない。ゼルランディスやザバントスから手に入れた情報や、封印の魔法陣がアリシアにも作用してしまうことを。
封印の魔法陣の影響を受けてしまうのは俺のせいだ。再会の喜びもあるが、それを思うと心苦しい。複雑な感情を胸に俺は二人のもとへと歩き出すのであった。
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