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第五話 旅立ち

『――カサ――ツカサ、起きてください。報告しておくことがあります』



 ……カルミナの声? ……今は……朝か。そういえば、昨日はカルミナと話す前に寝ちゃったんだっけ。



 目が覚めると今日も頭がすっきりしていた。夜遅くに寝た割にはよく眠れたようだ。



「カルミナ、おはよう」


『おはようございます。起こしてしまってすみません。魔族の儀式……魔法陣についてわかりましたので、今のうちに話しておきたいのです』


「もうわかったの? それで、魔族はいったい何を」


『封印です。あれは封印の魔法陣でした。そして、確定ではありませんが対象は私だと思います』



 カルミナを封印……たしか今は半分封印されてる状態だから、完全に封印するつもりか。



『私が完全に封印されてしまうのは避けなければなりません。もしも世界が私の存在を認識できなくなった場合、この世界は崩壊がはじまってしまいます』


「世界の崩壊?」


『世界の規則です。規則により神のいない世界は存在できません。魔王がこのことを知っているかはわかりませんが、阻止しなければ大変なことになります』


「そんな規則があるなんて……急いで止めないと! ちょうど今日から魔族の拠点に向かうことになってる。それに――」



 カルミナに昨日の出来事を伝える。魔法のことや新しく仲間になったロイドさんのことも、覚えているすべてのことを話していく。


 あらかた話し終えた後にふと気づく。待ち合わせは今日の朝だ。ただ、朝としか決めて具体的な時間の指定がないことに。



 ……何時に行けばいいんだろう。とりあえず、遅れるよりは早いほうがいいよな。



 特に準備することもないため、すぐに出れる。ただ、一応最低限の身だしなみと使ったベットは綺麗にしておく。最後にに昨日の夜に補充されていた美味しい銀色の果物を手に取ると、カルミナにここを立つことを伝える。



「カルミナ、早いかもしれないけど集合場所に向かうことにするよ。この後は、世界の観察に戻る?」


『いえ、最初の旅路ですので、念のためにツカサのそばで警戒しておきます。ただ、私の存在が露呈しないよう、話しかけるのは控えてください』


「わかった。カルミナがそばにいてくれるなら心強い。ありがとう」



 集合場所の宮殿の前は日も出たばかりで薄暗い。まだ誰も来ていないようだ。


 しばらく待っていると遠くのほうに人影のようなものが見えてきた。向こうもこちらに気づいたようで駆け寄ってきてくれる。



「よお、おはようさん。早いな」


「おはようございます。ロイドさん。集合時間がわからなかったので早めに来ました」


「あー、そういえば、そうだったか。悪かったな。じゃあ、朝飯も食ってないのか?」


「一応、部屋にあったこの果物があるんで大丈夫ですよ」



 そういって果物を見せるとロイドさんは驚いた顔をしていた。驚かせるようなことを言った覚えはない。もしくは、こちらの世界では果物は朝食にはならないのだろうか。



「その果物……やっぱり、シルギスの果実じゃねえか! それ一個で昨日の飯代を超えてるぞ」


「えっ?!」



 思わず声が出てしまった。昨日のご飯代はロイドさんが出してくれている。正直、貨幣の価値がわからないので正確なところは不明だ。しかし、ロイドさんが支払っていた硬貨は金色であり、それも複数であった。大金であるのは間違いないだろう。


 どうやら枢機卿様が用意してくれたこの果物は想像以上の高級品のようだ。お腹いっぱいになるまで食べたことは言わないほうがいいかもしれない。


 若干、部屋のほかの物、壺や絵がどうだったのかが気になり、ロイドさんに尋ねてみる。すると、希少価値シルギスの果実ほどではないが、かなり値の張るものばかりだったことを教えられた。


 ロイドさんとそんな話をしていると大きな馬がこちらにやってくる。荷台も引いていることから、あれが馬車で間違いないはずだ。


 華美な飾りつけはない。むしろ質素な印象をうける。ただ、あの枢機卿様が用意してくれたならきっと良いものなのだろう。


 馬車を引く馬は茶色の毛並みで、こちらは見ただけですごいのがわかる。なにせ大きい。一目見て大きいのが分かり、人が二人、もしくは三人乗ってもかなり余裕がありそうだった。



「お! あれは嬢ちゃんと……ルールライン様!?」



 ロイドさんが固まっている。アリシアを見て、ではなく枢機卿様に驚いたのようだ。今日のロイドさんは朝から驚きっぱなしで少し面白い。



「ツカサ様! ロイドさん! おはようございます!」


「おはよう、アリシア。枢機卿様もおはようございます」


「うむ、おはよう。そちらが話に出てきたロイドくんかな?」


「は! ロイドであります。ルールライン様にお会いできるとは思わず、このような格好で申し訳ありません」



 誰だろう、この人……



 何故かロイドさんが別人のような喋り方になり、とっさに横を向いて確認してしまった。


 枢機卿様とロイドさんは話を続けているが、今のロイドさんは目をキラキラさせている。まるで憧れのアイドルにあったかのような目の輝きだ。よくわからないが、今は話の邪魔はしないほうがいいだろう。


 そっとロイドさんたちから少し離れ、アリシアに話を聞いてみる。



「大きい馬だね。さすが異世界、こんな大きなの初めて見たよ」


「枢機卿様が用意してくださったんです。名前はシュセットちゃんですよ!」


「そっか、よろしくシュセット」



 そう挨拶するとシュセットは小さく嘶いた。それは言葉が分かっているかのようなタイミングであり、本当に返事を返してくれたのかと思ってしまうほどだった。



「もしかして枢機卿様はシュセットを連れてくるためにわざわざ?」


「いえ、シュセットちゃん自体は昨日からいました。枢機卿様は見送りたいとのことで来てくださったんです」



 枢機卿様はアリシアが馬車を取りに行ったときにはいたらしい。見送りのためにこんなに朝早く。なんだか申し訳なく思ってしまう。


 その後もアリシアに場所のことなどを聞いていると、日も昇りはじめて辺りはだいぶ明るくなってきた。



「ふむ、すまないな。これから出発だというのに話し込んでしまった」


「いえ! 私がルールライン様にいろいろと質問してしまったせいです! お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした!」


「私などで良ければいくらでも質問してくれて構わないが、残念ながら旅立ちのときなのでな。またの機会にゆっくりと話そう」


「ありがとうございます! では、出発の準備をさせていただきます」



 そういうとロイドさんは御者台へと向かって行く。



「枢機卿様、部屋の食事おいしかったです。特に果物が! ありがとうございました!」


「私、エクレール様の代わりに頑張って役目を果たしてきます。枢機卿様、いろいろとありがとうございました。教皇様にもよろしくお伝えください」


「うむ。では、皆の活躍を期待している。達者でな」



 続けて俺とアリシアも枢機卿様に別れの言葉を交わして馬車に乗り込んでいく。


 全員が乗り込んだところでロイドさんがシュセットに合図を送り、俺たちはついに出発するのであった。











 街道を走る。


 御者台にいるロイドさんの隣には俺が座っていた。アリシアは朝から馬車の準備をしてくれたので中で休んでもらっている。


 目的地であるパタゴ砦までは途中の村に寄ったり、休憩を入れたりしながらだと十五日ぐらいになるという話だ。



「しかし、会えるかもと少しは期待していたが、本当にルールライン様に会えるとはなぁ」


「口調まで変わってましたけど、ロイドさんは枢機卿様に憧れてるんですか?」


「そりゃあな、もちろん。教皇のレーベリン様もそうだけど、ルールライン様は先代の魔王戦線での英雄だからな」



 意外だった。戦えるようには見えなかったからだ。


 教皇様は強力な防御魔法の使い手らしく、今もセルレンシアに結界を張って国を守っていると聞く。エクレールさんがセルレンシアを離れることができるのも教皇様の結界のおかげらしい。


 枢機卿様は光と水の二重属性のうえ、攻撃、防御、回復と一人で何でもできる万能型であるとのこと。戦場では殿を務めて数多くの味方を救ったという話してくれた。


 ちなみにロイドさんは当時、見習冒険者で戦いには参加できなかったらしい。



「ロイドさん、今は上級冒険者って言ってましたよね。じゃあ、もしかして冒険者って、見習とか、下級、中級、上級みたいに分かれてたりしますか?」


「惜しいな、少し違う。下級ってのはないんだ、見習に含まれてる。昔、下級って言葉に反感を持つ奴らがいたらしくてな。抗議……まあ、暴動に近いことが起きたらしい。それから下級はなくなったって聞いてる」



 ちなみにエクレールさんは上級では収まらないらしく、さらに上の特級になると教えてくれた。この特級には先代勇者様もいたみたいだが、今残ってる人ではエクレールさんただ一人だけらしい。


 どうやらロイドさんは英雄に憧れているようで、他にも活躍した人たちの話をしてくれた。その話の中でも特に印象に残った人がいる。それは当時、先代勇者様を除けば最強と言われていた人物、ブルームトのバルドレッド・シースナイン将軍だ。この人についてはかなりの饒舌であり、憧れているのが良く伝わってきていた。



「あー、もうこんな時間か。ちょうどこの近くに川がある。そこで昼飯にしよう」



 ロイドさんは空を見て休憩を決めたようだった。どうやら太陽の位置で時間を測っているらしい。


 街道を外れ、森の中をゆっくりと進む。


 しばらくすると森を抜けて川が見えてくる。


 馬車を止めると、ふらふらとアリシアが出てきた。その足取りにいまさらながら、あの揺れの中で眠れたのか心配になる。



「嬢ちゃんも旅はしたことあるって言ってたから飯はつくれるよな? もちろん俺もつくれるから……今後のことも考えて、今回はツカサが飯担当だ。嬢ちゃんはその手伝いを頼む」


「はい、任せてください。ツカサ様、せっかくですから魔法で火おこしをやってみましょう!」



 よし! 昨日ぶりの魔法! 



 若干上がったテンションとともに、もちろんという言葉をアリシアに返す。


 さっそく枯れ木を集めはじめると、アリシアのほうは手ごろな石を集めて積みはじめた。その足取りはしっかりしている。特に問題はなかったようだ。


 枯れ木の量が両手いっぱいになると、おそらく鍋を置く土台を作っていると思われるアリシアのもとへ持っていく。


 土台は上から見るとカタカナのコの字型に作られていた。その土台の上に水を張った鍋を置き、集めた枯れ木を鍋の下、土台の中に入れていく。


 呼吸を整え、右手に魔力を集める。想い描く属性は炎、型はボール。術式はいまいちわかってないので、前と同じように衝撃と念じる。



「ファイアボール・インパクト!」



 前回、魔法を打った時はすぐに消えてしまった。そのため、今回は目標の枯れ木までの距離を短くしている。そして、どうやらその試みは正解だったらしい。


 至近距離で撃った魔法は狙いどおりにあたった。すぐに木が燻りはじめる。徐々に煙が大きくなると、最後にはちゃんと火がついたのを確認できた。


 火がついたところで次は料理の作業に入る。ただ、料理といっても調味料が塩と胡椒だけなので、簡単なものになりそうだ。


 まずは野菜を一口サイズに切ったら鍋に入れる。野菜が柔らかくなったところで干し肉を入れて少し煮込む。

 灰汁を取り、塩と胡椒で味を調えたら完成だ。一人暮らしをしていたので包丁は使えるし、手際も悪くなかったと思う。



「ほお、思ったより順調に作ったみたいだな」


「そうなんです! 私、かまど作っただけで後は見てるだけになっちゃいました」



 いつの間にかロイドさんが鍋をのぞき込んでいた。奥を見ると、シュセットは馬車から外されて草を食べている。どうやらシュセットの世話をしてくれたようだ。


 作った料理は野菜と干し肉からでた出汁がうまく合わさり、予想よりもいい味になっていた。

 二人にも好評で昼食はすぐに食べ終わり、この後の予定をみんなで話し合う。


 まずは途中でよる村、デメル村についてだが、あと六日ほどかかるらしい。そして戦闘訓練は昼休憩毎におこない、移動のときは御者の訓練もするとのこと。


 野営についてはやること自体は昼と大きく変わらるところはないと聞く。違うのは天幕を張るのと、魔道具で簡易結界の設置、夜は交代で見張りをすることだと言っていた。ちなみに見張りの順番は俺、ロイドさん、アリシアとなっている。



「よし! じゃあ、腹ごなしも兼ねて早速やるか!」



 そう言うと、ロイドさんは馬車から予備の剣を取り出し、俺に手招きをしはじめた。


 ロイドさんと相対する。鞘は剣に固定し、抜かずに構える。



「とりあえず、好きにかかってこい」



 言葉を聞いた瞬間、走りながら振りかぶる。


 戦いも剣を握るのも初めてで、正解なんてわからない。だから俺は、ただ全力で振り下ろした。


 鞘同士がぶつかり、鈍い音が辺りに響く。


 それなりに威力があったようで、ロイドさんは両手で防いでいる。


 鍔迫り合いになり、力を込めていく。

 すると、いきなり抵抗がなくなり、バランスを崩してしまう。


 慌ててロイドさんの方を見ると、すでに剣が迫っていた。



 ダメだ避けられない!



 思わず目を瞑ってしまう。しかし、体を打つ衝撃はこない。代わりに先ほどと同じ鈍い音が聞こえた。


 目にしたのは、剣で防御している自分の腕だった。動かした覚えはない。



 勝手に動いた……?



 思わず呆然としてしまったが、追撃はこない。ロイドさんも驚いているようすだった。



「今のは完全に決まったと思ったんだけどな。一瞬だが恐ろしく速かった。やるじゃねえか」


「体が勝手に動いたんです。俺はあたると思って動けなかったのに……」


「んー……達人なんかだと体が勝手に反応する、なんてこともあるみたいだが、ツカサは戦ったことないんだよな?」


「はい、剣を握ったことも、喧嘩をしたこともないです」


「だとしたら、勇者の特性か女神さまの加護なのかもしれないな。とりあえず自分の身を守れるならいいんじゃねえか」


「そう……ですね」



 それから訓練は一時間ほど続いた。あれからも危なくなると体は勝手に反応したが、違和感がすごい。



 カルミナは俺に戦闘の才能があるって言ってたけど、これは関係あるのだろうか? そういえば今日は傍で警戒してるはず。今の訓練も見てたかもしれない。一応、あとで聞いてみたほうがいいよな。



 訓練をしている間に、アリシアが片付けと出発の準備を終わらせてくれていた。


 どうやらすぐに出るようだ。正直、少し休みたいと思ってしまった。訓練の時間は少しだけだったというのに、体が悲鳴をあげているようだ。腕は怠く、足は思うように上がらない。


 御者は引き続きロイドさん、その隣はアリシアである。心の声が表情にでていたのか、元からそのつもりだったのかはわからないが、気づけば俺は馬車の中で休みということになっていた。


 馬車の中で横になる。

 今は一人だ。小声ならカルミナと話をしてもバレないだろう。



「……カルミナ……聞きたいことがあるんだ。今日の訓練で体が勝手に動いたこと、カルミナなら何かわかるんじゃないかと思って」


『……ええ、わかります。あれは私がツカサに施した力の一つでもあります。ただ、予想より早く効果が現れたので驚きました』


「施した力? それはいったい何?」


『ツカサには戦闘の才能がありました。しかし、いくら才能があっても経験がなければ活かすことはできません。私はその経験をツカサに与えたのです』


「経験……それで体が勝手に動いたのか。ロイドさんも達人ならあるかもって言ってたし。でも、いつの間にそんなことをしてたの?」


『こちらの世界に来た最初の夜です。この話もしていたのですが、ツカサは疲れていたようで途中で目を閉じていました。すみません。改めて説明するべきでしたね』



 説明は受けていたらしい。説明についてはまったく覚えていないが、カルミナが何かを話している途中で寝てしまったことは覚えている。


 もう一度説明を聞いたところ、与えられた経験とは条件反射だということがわかった。


 本来は長い間修行したり、戦闘を重ねることによって後天的に手に入るであろう反射行動を、カルミナの力によって強制的に体に覚えこませたらしい。

 ただ、強制的なため、馴染むまでは違和感を覚えてしまうとも言っていた。そもそも完全に馴染むまでは効果は出ない予定だったらしいが。



「そういえば戦闘の才能って、魔法は関係ないのかな? 一応、発動はするんだけと実践では使えないそうになくて……」


『魔法にも関係はあります。すでに発動できていることが才能がある証拠です』



 アリシアの魔法が使えた経緯からはわからなかったが、魔力を扱えるようになるまで並の才能があってもひと月はかかるのだという。

 俺も並以上に才能はあるようだが、アリシアの魔法の才能は異常とのことだった。


 肝心の魔法について問題点は、実際に見て気づいたらしい。ただ、詳細は見張りの時間に教えると言われてしまう。



「えっと、今じゃダメなの?」


『今は仮眠をして疲れをとりましょう。このままでは夜の見張りで寝てしまう可能性が高いです』



 本当は聞いてすぐに試したかったのだが、確かにそのとおりなのでおとなしく言うことを聞く。

 見張りというものには退屈な印象しかなかったが、魔法が関わる今回に限っては別だ。夜が待ち遠しい。そんな気持ちが影響してか、瞼を閉じたものの、眠気はなかなか訪れてはくれなかった。

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