表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/116

第五十四話 拠点侵入

 魔族の拠点。その地下を進んでいく。


 地下では壁が淡い緑色の光を放っており、視界の確保はできている。ちなみに緑の光の正体は苔だと聞いた。魔力が豊富な場所に生えるもので特に害はないらしい。



 ……見えるのはいいけど、薄暗い中に緑の光ってちょっと不気味だ。道も狭いし、隠れる場所もない。敵と会わないようにカルミナにはうまく誘導してもらわないと。



 地下は入り組んでいた。道は枝分かれしていることが多く、行き止まりも多数ある。敵をやり過ごすには便利だが、思わぬ方向から接近されることもあり、気が抜けない状況が続いていた。



『ツカサ、前方、そして右方向から敵が来ます。両方とも魔族です。今のうちに引き返すか、左の道に入ってください』



 目の前は十字路がある。その内の二方向から敵が来ているようだ。地下を巡回しているのは魔族だけだが、近くにはグラーベンという大きなモグラのような魔物もいると聞く。


 カルミナの話によると、地下道を作ったのはそのグラーベンらしい。好戦的ではなく臆病な性格だと聞いたが、現状では遭遇は避けたいところだ。


 静かに走り、十字路を左に曲がる。


 戦いはできるだけ避けたい。仲間を呼ばれる危険もそうだが、何より戦う手段が非常に限られているのだ。

 なにせ今の俺には武器がない。ブルームトの城から飛び出してきてそのままなのだ。


 魔法での戦闘も難しい。破壊は感知され、炎は酸素の問題があって使いにくい。雷のほうは音が大きいうえに光が目立つ。ほかよりはマシだとは思うが、できれば使用しないほうがいいだろう。



 ……もし戦闘になったら、素手で戦うしかないか。それにしても魔族が多いな。おかげで迂回するばっかりで全然進めない。何か方法を考えないと……



『……まだ先ですが、前方にグラーベンがいます。後方からは十字路にいた魔族が1人、こちらに迫ってくるようです。迂回路はありません。左にある道は行き止まりとなっています』



 カルミナから報告が入る。状況はわるいようだ。左の行き止まりでやり過ごすのが一番戦闘になる可能性が低いだろう。グラーベンも戦闘にはならないだろうが、臆病な性格ゆえか、人を見ると叫び声を上げると聞いている。避けたほうがいいはずだ。


 行き止まりの奥で息をひそめる。


 出来ることならば魔族とグラーベンが遭遇してほしい。その後の魔族の反応次第ではグラーベンがいい囮になるかもしれないのだ。



『魔族は直進し、こちらへは来ないようです。グラーベンのほうは動きがありません』



 耳を澄ませて待つ。


 しばらくすると叫び声が聞こえてきた。グラーベンのものだろう。カルミナに周囲のようすを聞く。



『グラーベンは新たな穴を掘って逃げています。遭遇した魔族は多少驚いたようすですが、その場にとどまって動く気配はありません』


「ほかの魔族はどう? 叫び声で近づいてくる?」


『……奥から一人、叫び声に反応して近づいてきています』



 遭遇したほうはただ立っているだけであり、特に連絡するようすもないとのことだ。このことから魔族同士の連絡手段がないことがわかる。

 反応して合流した魔族のほうは少し話をすると戻っていったらしい。グラーベンとの遭遇は珍しい出来事ではないのだろう。近づいているときも急ぐようすはなかったようで、義務として確認しに来ただけなのかもしれない。



 ……囮に使えはするだろうけど、肝心のグラーベンが神出鬼没だ。狙って使うのは難しいかもしれないな。



 魔族が動き出し、進行方向が同じなため、ひとまずあとを追うようにして進んでいく。


 カルミナが観察したところによれば、魔族は道を覚えているようで行き止まりの道には入ってこない。そして、曲がることはあっても引き返すこともないようだった。


 道は蛇行し、上がり下がりを繰り返しながら歩いていた。カルミナがいなければ、現在地も目的地に向かっているのかもわからなかっただろう。魔族のあとを追っていても、見当違いの場所に行ってしまっていた可能性もある。そう思ってしまうほど、非常に分かりにくい道だった。



 周りが変わらないってのもあるかもしれないな。ずっとぼんやりした光の中だ。魔族はよく迷わないで進めるな……



 すでに歩いた距離はかなりのものだろう。地下のひんやりとした涼しさの中でも、じっとりとした汗をかいてしまっている。


 目に汗が入りそうになり、腕で拭う。再び前を見たとき、少し遠くに見えていた魔族の姿が無くなっていた。



「カルミナ、魔族は!?」


『変わらず前方を歩いています。ツカサ、距離はありますが、少し声量を落としてください』


「ああ、ごめん。でも、なんでいきなり見えなくなったんだろう……」


『分かりにくいですが、あの先は苔がなくなっています。光がないため、突然消えたように見えたのでしょう』



 魔族が消えたのは苔、緑の光がない空間とのことだ。通路ではなく、それなりの広さがある部屋となっているらしい。


 部屋に近づくとたしかに苔がない。ただ、その代わりに小さな白い光が一つ見えた。



 ……魔族だ。何か作業をしてる? 微かに話声も聞こえるし、もう少し近づけるだろうか?



 部屋を壁伝いに歩く。魔族たちがいる場所とは反対方向だ。


 白い光は魔族の魔法であり、ギリギリ届かない場所で立ち止まる。ここなら声は聞こえるだろう。



「――というわけで、グラーベンがまだ近くにいるかもしれません」


「わかった。こっちに来るようなら追い払っとく。この先に変な穴を開けられたくないからな」


「お願いします。定期報告のため、このままザバントス様のもとへ行きますが、そちらからは何かありますか?」


「いや、俺たちのほうは何もないな。ほかの奴らが妙に張り切ってるのは気になるが……」



 話をしていた魔族の男が動く。それに合わせて光も位置を変える。光に照らされ、新たに三人の魔族が確認できた。


 三人とも男だ。壁に何かを塗ってるように見える。随分と一所懸命な気もするが重要なものなのだろうか。



『随分と繁殖してるとは思いましたが、わざわざ増やしているいうのは予想外でした。ツカサ、あの魔族は苔を塗り、繁殖させているようです』



 ……重要なのか? いや、重要だとは思うけど、あんなに一心不乱にやらなくても良い気がする。



「――って、本当か! それなら早いとこ終わらせないと!」


「いえ、あくまで噂で本当にいらっしゃるかは……聞いてませんね。まぁ、いいです。では、失礼します」



 魔族が移動したせいで、途中は上手く聞こえなかった。ただ、声が大きくなったことからも何かに驚いていたのはわかる。とはいえ噂話らしいので俺たちには関係ないだろう。


 魔族が奥に歩いていく。今まで追っていた魔族だ。ザバントスが誰かはわからないが、敬称がついてたことから立場が上の魔族だと思う。


 光は壁を中心に照らされ、部屋のほどんどが暗闇の状態だ。魔族の男たちも壁に向かって作業している。この隙に部屋を通り抜けていく。



『ザバントスは魔王の側近の一人です。魔族は魔法陣の場所へ向かっているようなので遭遇する危険があります。注意してください』



 距離を開けながら緩やかな坂道を下り、魔族を追う。


 道はカルミナのおかげで分かっている。そのため魔族を追う必要はないが、ザバントスへの報告というのが気になり、尾行していた。


 この辺りの道は今までと違い、緑の光が弱い。地面も湿っている。水たまりこそないが音を立てないように気をつけて歩く。


 幸いにもほかの魔族とは遭遇せず、部屋らしき場所が見えてきた。先ほどとは違い緑の光が溢れている。白い光も混じっているようで部屋全体が照らされていた。



 ……これは、部屋の中には入れないな。部屋自体も広い。白い光が地面からぼんやりと光ってるせいで……! まさか、魔法陣が発動してる!?



『ツカサ、あれが魔法陣です。完成はしているようですが、まだ発動はしていません。そして、魔法陣の中心にいるのがザバントスです』



 ギリギリ間に合ってはいるのか……よかった。でも、カルミナは俺の心の声でも聞こえるのか? 何度かタイミングよく欲しい情報をくれてるけど……俺の表情がわかりやすいのかな。



 頭を振り、余計な考えを消す。今は魔法陣を壊すことに集中しなくてはならない。


 魔法陣を止めるには解除か破壊のどちらかだが、俺にできるのは破壊のほうだ。

 カルミナが言うには、ただ地面を壊しても魔法陣は壊れないと聞いている。壊すには起点と呼ばれる場所に破壊の力を当てなければいけない。


 起点は三つ。魔法陣の中心に描かれている三角形の各頂点がそうしい。ちょうどザバントスという奴が立っているあたりだ。


 出入口はここだけ。報告に来た魔族は出ていく可能性はあるが、ザバントスが部屋から出るというのは期待できない。魔法陣を壊すには戦闘になるだろう。


 相手が魔法陣の発動を優先することも考え、不意打ちで起点の一つは潰しておきたい。タイミングが重要になるが、ここからでは会話も聞こえそうになかった。


 今いる場所は通路であり、壁に張り付くようにして部屋を覗いている。部屋は明るいため、中に入ればさすがに気づかれてしまう。


 ここから起点まで距離は五十メートルはありそうだった。不意打ちの距離としては遠くはない。ただし、動き出したときに気づかれなければの話である。


 ザバントスはこちらを、出入口のほうを向いているのだ。破壊の属性は血の色みたいな暗く赤い光をしている。発動前なら体で隠せばバレないだろう。しかし、そのまま撃ったら起点へ到達する前に何らかの対処はされるはずだ。



 どうするか……

 独自魔法は使えない。使ってしまうと破壊の魔法を三回撃つのが厳しくなる。無理をすればいけるだろうが、そのあとは動けない。戦闘が控えてる以上、使うのは難しいだろうな。



『ツカサ、何か悩んでいますか? 小声なら距離もあるので話しても大丈夫ですよ』



 動かない俺を見かねてか、カルミナが話しかけてきた。不意を打つ方法を考えていたと答え、その方法が思いついていないことも話す。



『……私の変化の力を受け入れてくれるならば、一時的に身体能力を引き上げることができます。あの独自魔法ほどの効果はありませんが、負荷はほどんどありません。ただ、集中する必要があるため、それ以外のことはできなくなります』



 ありがたいが、迷う提案だ。周囲の警戒はここまで来たら大丈夫だろう。ただ、道案内や助言ならともかく、できればカルミナの変化の力は受け入れたくはない。死体で移動するときも迷い、結局ほかの方法が思いつかずに受け入れたが、あまり多用したくはなかった。



 ……でも、何も思いつかないんだよな。時間をかければ何か浮かんでくるかもしれないけど。……仕方ない、か。何かあっても破壊の力で無効化できるのは本当みたいだし、腹を括ろう。



 小声でカルミナの提案を了承する。



『ありがとうございます。感覚も研ぎ澄まされるため、この距離でも会話を聞きとれるはずです。上手く好機を探ってください』



 カルミナの言葉が終わると同時にペンダントが光る。小さな光だ。体にまとわりつくように薄い層のようになっている。


 意識を耳に集中させると、カルミナの言うとおりに魔族の会話が聞こえてきた。



「――特殊属性に反応する魔道具ですが、壊れてはいないと報告を受けています。頻繁に反応があるのは、ゼルランディスがこのところ力を使っている影響ではないかと」


「あの者たちか……理由はわかるか?」


「いえ、残念ながら。ただ、赤の教団の目的から考えると、女神の居場所を知る者が来た可能性があります」



 ザバントスは腕を組み、目を瞑った。何かを考えているようだ。



「……なるほど、洗脳した者から情報を手に入れたか。それで手あたり次第に力を使っているのかもしれんな。女神の居場所を知るならば、勇者であろう。……今回はどこに潜んでいるのか。遠くではないと思うが」


「赤の教団が情報を手にしているならば、こちらから攻め入りますか? まだ通信用の魔道具はあるため、援軍の要請はできますが……」


「いや、いい。どこも人員不足だ。一番人の多いこの場所が援軍を呼ぶわけにもいくまい」



 ……赤の教団と魔族は繋がってるわけではない? 今の話だと敵対関係にあるみたいだけど。どういうことなんだ? ……いや、今は魔法陣だ。集中しよう。



 右手に魔力を集めていく。


 魔力を破壊の属性にすると同時に、右手を背中と壁の間に隠す。


 狙うタイミングは次にザバントスが考えごとをしたときだ。先ほどから見ていると、考え事をするときに目をつぶっている節がある。充分すぎる隙だ。


 意識をザバントスに集め、タイミングを計る


 魔族たちの会話はまだ終わっていない。だが、会話よりも動きのほうに集中する。


 微かに笑い声も聞こえてきた。しかし、隙にはなりそうにない。



 ……まだだ。



 話は終わっていない。まだ続いている。


 魔族がザバントスに何かを見せた。ザバントスのほうはそれを見ると、腕を組んだ。そして――



 目をつぶった! 今だ!



 隠していた右手をだし、起点に狙いを定める。


 魔族は背中を向けており、ザバントスはまだ目を瞑っている状態だ。気づかれていない。


 上手くいく。そう思いながら魔法を放とうとした瞬間、突然、俺の後ろから叫び声が響いてきた。

読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ