第五十三話 単独行動
前後左右、見渡す限り荒れた大地を走っていく。
警戒はカルミナに任せ、俺はただひたすら先を急いでいた。
目指すは魔族の拠点。目的は魔法陣の破壊だ。
みんなが戦ってる北の砦を目指さなかったのはカルミナの言葉に理由がある。
……アリシアが死ぬ。そんなことを言われるとは思ってもなかった。まさかカルミナを封印する魔法陣がアリシアにも作用するなんて……あのとき俺が頼んだせいだ。
原因は魔族と戦ったとき、アリシアが魔法陣を解除したことだという。
あのとき魔法陣は発動し、カルミナに干渉していた。そこにアリシアが割込んだことで、封印の一部を受けてしまったとのことだ。
カルミナによると魔法陣の封印は重ね掛けで効果を増していくもので、二つ目の魔法陣が発動するとアリシアにも強く影響が出ると言っていた。
今はまだ影響は少ないが、カルミナ曰く疲労や特に魔力の回復が遅くなってるとのことだ。
もとは対女神用の封印である。一部のみで影響は少ないとはいえ、重ね掛けられてしまったら、ただの人間では耐えられないのも無理はないだろう。そのため、俺はみんなとの合流ではなく、魔法陣の破壊をすることを優先したのだった。
カルミナの言葉をすべて信用はできないが、嘘だと思うこともできない。もし言葉どおりにアリシア死んでしまったら取り返しがつかないのだから。
俺が自由に動けるようになってすでに三日目。
最初の半日は食料の確保と移動手段の入手だった。魔族の拠点までは、一日で行けるような距離ではなかったため、準備が必要だったのだ。
食料は森の中にいたこともあり、比較的すぐに集まった。しかし、移動手段についてはそうもいかない。時間をかけてもいいなら走ってもよかったが、今回は急ぎである。何かしらの方法を考える必要があった。
移動手段として一番いいのは馬だと思う。ただ、いくら森の中といっても野生の馬はいないようだった。そこで提案されたのが魔物に乗って行くという方法である。
魔物と聞いて思い浮かぶのは今まで戦ったことのある相手だ。その中でも森の中にいて足が速く、俺を乗せられそうな魔物。該当しそうなのは大型のヴァルドウォルフであった。
大型のヴァルドウォルフを探したのはカルミナだ。世界を見れるというだけあり、簡単に見つけてくれた。問題は乗る方法である。
魔物が素直に乗せてくれるはずもなく、俺にはいうことを利かせる方法も思いつかない。そのため提案したカルミナにその方法を聞いたのだが、正直、一人のときで良かったと思う。
方法は簡単に言えば、ヴァルドウォルフをカルミナの力で操るというものだ。そうは言うものの、カルミナは世界の規則により、基本的にはこの世界のものにあまり干渉できない。無理をすれば土や水などの自然物には魔法をかけられるようだが、生物に対しては完全に力が戻っても無理らしい。
無理なく出来るのは、このペンダントなどの特定の魔道具の使用と世界の観察、そして異世界の人間である俺への干渉となる。俺はもちろん生物ではあるが、この世界の住人ではないのでカルミナが干渉できるのだ。限度はあるらしいが。
カルミナの説明を聞いてる途中、ヴァルドウォルフは操れないんじゃないかと思っていた。理由は生き物だからだ。でも、最後まで説明を聞くと操れる理由が分かった。それは、死体にしてから操るからである。
俺の役目はヴァルドウォルフの体を傷つけないよう脳を破壊することだった。倒したあとは、破壊した脳に俺の手を刺し込み、カルミナが変化の魔法を使う。変化の力で脳を変え、自由に操作できる装置に変えたらしい。
カルミナが言うには対象が死体であり、異世界人の俺を媒介とすることにより、世界の規則をごまかせるのだという。
そうした方法により、先ほどまでは死体に乗って進んでいたのである。今乗ってない理由は単純で、死体の足が折れて走れなくなったからだ。ただ、幸いなことにその時点で魔族の拠点は見えていた。そして、今はもう目の前にある。
……ようやく着いた。といっても、俺はヴァルドウォルフに乗ってただけだけど。ここに来るまでは、ほとんどカルミナの力だ。……でも、あんなに力を使って大丈夫だったんだろうか? 前にカルミナが力を使って魔族に感知されたことがあったはずだ。
「……カルミナ。力を使って魔族にバレないの?」
『今の状況なら私の存在が露呈することはないでしょう。魔王以外の魔族は魔道具でしか私の存在を知ることはできません。その魔道具も正確に言うならば、特殊属性の力に反応しているだけです。問題はないでしょう』
カルミナの話によると、魔王というか、特殊属性持ち同士は大きな力を使えば大体の居場所がわかるらしい。ちなみに俺も特殊属性を持ってはいるが、今のところまったくわからなかった。
「問題がない理由がわからないんだけど……今の状況っていうのが関係してる?」
『はい。私たちではなく、魔族側の状況になりますが。まず、この周辺には私とツカサ、ゼルランディスという三つの特殊属性が存在しています。そして、ここ最近はゼルランディスが頻繁に大きな力を使っているのです。移動では魔道具が私たちに反応したかもしれませんが、すぐにゼルランディスに移るでしょう』
「ここから特殊属性を使わなければ、バレないってことか。でも、魔王は?」
『魔王は、推測になりますが動けないと考えています。動けるのならば、ツカサが破壊の力を使ったときに何らかの行動をしているはずです。加えて私もこの三日間は変化の力を使っていました。それでも仕掛けてこないのは、動けない状況にあるからだと思います』
世界を見ることのできるカルミナでも魔王の動向はわからないらしい。いるであろう場所なら分かるとは言っていたが、それもおおよそであり、何かしらの対策がされているようだ。
……でも、魔王が出てこないかもっていうのは大きな情報だ。推測であったとしても、気持ち的に楽になる。魔族だけでも勝ち目があるかわからないのに、魔王まで来たらたぶん無理だ。目的はあくまで魔法陣の破壊だけど、何せ目の前にあるこの魔族の拠点、見つからずに進める自信がない。
魔族の拠点。見た限りではそれらしい建物はない。目の前にあるのは遠くからでも見えていた断層と、そこにぽっかり空いた穴だけだ。この断層に開いた穴、洞窟が魔族の拠点である。
穴の横幅は両手を広げた人が二人並んで通れるぐらいだろう。高さはジャンプしても上に届かないほどはありそうだ。
見張りはいない。知らなければ魔族の拠点だとは思わないような見た目だ。カルミナに聞いたところ、この洞窟の中はアリの巣のように入り組み、地下深くまで続いているらしい。そして目的の魔法陣はその一番奥にあると聞いている。
入り口の観察も早々に、足音に気をつけながら静かに侵入していく。
中は暗く、少し進んだだけで、足下すら見えなくなった。明かりは用意していない。カルミナに頼めば光を出してくれるかもしれないが、敵に見つかる可能性が高くなってしまう。
『ツカサ、地下に下りれば明かりはあります。そこまで私が道案内をしますのでゆっくり進んでください』
声を出さずに頷き、カルミナの指示に従う。
一歩ずつ慎重に足を動かしていく。見た目はただの洞窟だが、壁や地面に罠があるらしく油断はできない。
カルミナが罠まで見えるのは助かったな。道案内もそうだけど、情報があることで難易度がだいぶ違ってくる。敵も見えるみたいだし、上手く避けながら行ければいいんだけど……
洞窟の奥に辿り着く。思ったよりは歩いていない。感覚的には百メートルもなかったと思う。ここから地下に下りるには、わざと罠にかかる必要があるとのことだ。
教えたもらった罠に近づいていると、カルミナから声がかかる。
『ツカサ、敵が来ます。洞窟の奥で身を伏せてください』
……もう少し早く言ってほしい。いや、贅沢すぎるか。カルミナも見えるといっても視点がいくつもあるわけじゃないみたいだし、分かっただけでも充分だ。
洞窟の奥で伏せ、視線はわざとかかる予定の罠のほうへと向ける。
息を殺し、じっと待つ。少しすると緑の光が現れた。いつの間にか壁の一部は音もなく消失している。あれが地下への入り口であり、先ほど罠を作動させて開くはずだった隠し通路だろう。
緑の光はぼんやりとした明かりで、ゆっくりと近づいてくる。そして、隠し通路から見えたのは二人の男の姿だった。
「先輩、ほんとに行くんですか? きっと何もないですよ。最近やたらといろんなところで反応してるじゃないですか。新しい反応はまた遠くになってましたし、壊れたんですよ。あれって年代ものらしいですから」
「いいから行くぞ。今は大事な時期なんだ。何かあったら困るだろ。それに、魔王様が視察に来るという噂もある。もしかしたら、魔王様に反応した可能性だってあるはずだ」
「え!? 魔王様が来るんですか? じゃ、じゃあ、真面目にやんないとですね。さぁ、先輩! 気合入れて行きましょう!」
「おい! 待て、走るな! 俺は明かりを持ってないんだぞ!」
走り去る二人の男を見送り、静かに立ち上がる。
今の二人は偵察に出たってことかな? 反応って言葉も聞こえたし、たぶんそうだと思う。俺たちがバレてるようすはなかったけど、もう特殊属性は使わないほうがよさそうだ。それに遠くでの反応か……ゼルランディスだろうな。何をしてるのかはわからないけど、アリシアの次はフルールさんを助けに行かないと。
『壁は開いたままです。今のうちに進みましょう』
周りは暗闇に戻っている。どうやら隠し通路はすぐには閉まらないらしい。
先ほどと同じようにカルミナの指示に従って歩き、隠し通路に入る。すると、通路の先には緑の光がうっすらと見えた。
……さっきの光だ。地下には明かりがあるって言ってたし、あれがそうなのかも。
緑の光に近づくと、地面に開いた穴から漏れ出ていたことがわかる。穴を覗くと緩やかな傾斜になっており、このまま下りることができそうだった。
「……カルミナ、敵はいる?」
『今、穴の先に敵の姿はありません。もし敵が近づいてきても安心してください。この先は入り組んでいますので、回避することは可能なはずです』
穴を覗き、覚悟を決める。時間はあまりない。敵と遭遇しないことを祈りながら、俺は地下へと下りていくのだった。
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