表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/116

第五十一話 洗脳

「ポーラ姫、ツカサさんの容態はどうですか?」


「こ、これは、ゼルランディス様。げ、現在は安定しています。い、いつ目を覚ましてもおかしくないかと……」


「それはよかった。わざわざ宝物庫の秘薬を使ってもらった甲斐がありましたね。いやはや、わたくしも焦りましたよ。まさかあそこまでボロボロになって城に帰ってくるとは思いませんでしたから」



 ゼルランディスはベッドに横たわるツカサに触れ、傷の確認をする。骨折や打撲痕は見当たらない。新たに傷が浮かび上がるようすもなく、ポーラ姫の言うとおり容態は安定したようである。


 ツカサが城へと着いたとき、すでに意識はなかった。連れてきたオルデュールによると拠点を出たあたりから突如動かなくなったらしい。


 その報告を受けたとき、最初はエクレールとの激しい戦いを想像した。しかし、オルデュールの話を聞いているうちに違うことに気づく。


 オルデュールの話は要領を得ないが、解釈すると何もしなくても勝手に怪我が増えている、ということらしいのだ。ゼルランディスは疑問に思い、根気よく質問を繰り返した。その結果、ゼルランディスはツカサが特殊属性を持っているということを突き止めたのである。



「ツカサさんには女神の居場所さえ喋ってもらえればよかったのですが、まさか特殊属性を使えるとは。ふふ、いい拾い物になりました」



 それにしてもと、今回の計画を思い返す。計画自体は、いつか来るであろう勇者のために長く準備してきたものである。とはいえ、話し合いにさえ来てくれれば三人のうち誰でもよく、そこから順に洗脳する予定ではあった。

 結果的に最初で当たりを引き、最後の詰めこそ急ごしらえになってしまったが、うまくいって良かったと心から思う。もっとも、オルデュールが活躍するとは微塵も思っていなかったが、それはいい意味で誤算となってくれた。


 オルデュールには事前にいくつかの作戦を伝えてあったが、重要なのは話し合いで洗脳した者の保護だ。ほかのことには期待してなかった。しかし、予想に反してその成果は素晴らしく、捨て駒にしたはずの偵察部隊の隊長まで連れ帰って来たのである。あのときの驚きは思わず笑みがこぼれ、人形相手だというのに褒めてしまったほどだ。



「まぁ、どういった過程でそうなったのかはわかりませんでしたが、いい仕事をしてくれたものです。壊れているからといってすぐに捨てなかったのは正解でしたね」


「? ぜ、ゼルランディス様、何か仰いましたか?」


「ああ、いえ、独り言ですよ。それより、ツカサさんが女神からもらったという首飾りはどうなりましたか?」


「あ、あれなら壊れていたのでフルールに宝物庫の魔道具で直すよう指示してあります。そ、そろそろここに来るはずです」


「では、あとはツカサさんが目を覚ませば……おや? これはちょうどいい。おはようございます。ツカサさん」







――ここはどこだ? 俺はどうなって……!? 体が言うことをきかない!?



 目が開き、見えたのは記憶にない場所だった。


 ゆっくりと体が起き上がっていく。


 その動きは俺の意志ではない。勝手に動いているのだ。戦闘以外で体の自由が奪われことに対し、俺は目覚めてすぐに混乱してしまっていた。


 自分の意志とは無関係に首が動く。そして、視界に入った人物を見て何が起きたのかを思い出した。



 ゼルランディス、それとポーラ姫? ……ってことは今いる場所はブルームトの城か。今まで意識がなかったのは操られてたから? だとしたら今は……もしかして洗脳は解けかかってる?



 指に力を入れ、拳を握ろうとするが手ごたえはない。それどころか、力を入れることすらできなかった。口も動かず、瞬きや呼吸すら制御できない。どうやら、今のところ考えること以外はできないようだ。



 ダメだ……洗脳が解けかかってるわけじゃないのか? だとしたら、誰かに助けてもらうしか……いやでも、俺がここにいるってことは、エクレールさんやバルドレッド将軍は救出に失敗したってことだよな。何があったのかはわからないけど、しばらくは助けに来れないかもしれない。



 自分の状態を認識し、少し落ち着いたところでゼルランディスの話を全く聞いていないことに気づく。慌てて意識を集中したが、聞こえてきたのは俺の怪我がどれだけ酷かったかということだった。


 怪我についての心当たりを聞かれ、俺は以前特殊属性を使ったことを話してしまう。もっとも、ゼルランディスはその答えを予想していたようだ。深く頷き、胡散臭い笑みを浮かべている。


 その後は割とどうでもいい会話を続けていく。しばらくすると、ノック音が耳に入る。立場上、一番偉いはずのポーラ姫が扉を開けると、そこにはフルールさん立っていた。



 フルールさん!! くっ! やっぱり声も出せないか……



 全力で叫ぼうとしたが、心の中の声だけで終わってしまった。幸い、顔はフルールさんのほうを向いていたため姿は確認できる。特に怪我などは見当たらない。気になるところといえば、両手が何かを掬うような形をしていることだ。そして、その手の中には見覚えがあるものがあった。



 ……あれは、ペンダント? もしかして、俺の? その割にはなんだか綺麗になってるような……



「これが例の女神からツカサさんに贈られたという首飾りですね。……ふむ。魔力を込めても反応はなし。見た目も特段変わったところはないようですが……まぁ、確かめてみれば済むことです」



 ゼルランディスはフルールさんからペンダントを受け取ると、握りしめたり、宝石の部分をよく観察しているようだった。



 何か違和感が……ん? もしかして宝石のひびがなくなってる? 修復したのか……だったら、カルミナと話せるようになったのだろうか? こんな状況じゃなければ、聞きたいことはいっぱいあるっていうのに。



「さて、ツカサさん。まずはこの首飾りの効果を教えてください。いったいどのようなことができるのですか?」


「……カルミナと話をすることができます」


「カルミナ……なるほど、女神との連絡手段でしたか。では次に、この首飾りで女神を呼び出すことはできますか? 声だけではなく、実体として」


「……いいえ、できません」



 ペンダント片手にゼルランディスが質問をしてきた。そして、俺の口は勝手に答えていく。このままだとカルミナがペンダントにいることはすぐにバレるだろう。


 その後も質問は続き、ついにそのときが来た。



「では、最後の質問です。ツカサさん、あなたは女神の居場所を知っていますね? その場所をわたくしに教えてください」


「はい、知っています。その場所は――」



 場所を答えようとしたとき、ペンダントが輝き、光が爆発した。衝撃で俺は壁へとぶつかってしまう。ダメージはない。壁との距離がほとんどなかったおかげだ。だが、間近で爆発を受けたゼルランディスは頭を打ったようでふらついている。フルールさんも同様だ。ポーラ姫は意識まで失っているように見える。


 三人の状態を確認していると、俺の体が突然動き出した。俺の意志ではない。そして、頭を押さえているゼルランディスだとも思えなかった。


 俺の体は跳ねるように立ち上がり、落ちているペンダントを右手で掴むと駆け出していく。目指しているのはこの部屋の扉。脱出するつもりなのだろう。


 廊下を飛び出るとさらに加速する。そして勢い良く跳び上がると、廊下の窓へと激突した。


 ガラスは割れ、腕や足に突き刺さっていく。そして微かに浮遊感を感じると俺の体は落下をはじめる。



 なんなんだ一体! 人の体で無茶して! しかも二階じゃないか! ……あぁもう、上手く着地してくれよ!



 着地そのものは成功した。ただし、上手くではない。それはまるでバルドレッド将軍のような豪快な着地の仕方だった。



 ……ぐっ!? 腰が……足が……痛い。……ジンジンする。しばらくは動けそうにって!? この状態で走らないでくれ!!



 痛み、しびれる足を酷使して走る。俺の体を操ってる存在にはきっとこの感覚は伝わっていない。同じ感覚を共有しているならば、間違いなく悶絶してるはずだ。体が動かせないのに痛みだけ引き受けるのは正直たまったものではなかった。


 すぐさま動き出した俺の体は城の庭を突っ切るように走っていく。城を背にまっすぐ進むことから城壁に向かっているのがわかる。


 城壁を超え、脱出しようとしているのだろう。だが、超える手段が分からない。正直、これ以上の無茶は勘弁してほしいところだ。


 足の痛みにも慣れてきたころ。前方に視界を横切る道が現れる。城壁までは近い。このまま直進すれば、すぐに着くだろう。ただ、一つ問題がある。道には巡回中らしき兵士が歩いているのだ。


 走る速度は変わらない。隠れるつもりはないようだ。


 兵士の数は二人。そのうち一人がこちらに気づき、目が合ってしまう。


 その瞬間、体が加速した。


 一息に距離を詰めると、こちらに気づいていない兵士を蹴り飛ばす。気づいていた兵士にも殴ろうとしていたが、そちらはすでに後方へと跳び、剣を抜いていた。



「貴様! 何者だ!!」



 あの兵士、反応がいい。素手で勝てるのか?



 こちらが答えないと判断したのか、兵士が先に動き出す。その動きは速い。下手すれば師団長を超えるような、一般兵とは思えない速度だった。


 兵士の剣が迫る。上段からの振り下ろしだ。俺の体は後ろに下がって避けていく。しかし、兵士の剣は止まらず、流れるような動作で次の斬撃へと繋いできた。


 俺の体はさらに下がって躱す。狙われた首は無傷だが、頬からは血が流れているのを感じる。ただの巡回中の兵士だと思ったが、かなりのやり手のようだ。


 長い間、ひたすら躱し続ける。一度も反撃できていない。ただ、躱している間に、この兵士の攻撃パターンを見つけた。その隙をつくことはできそうではある。とはいえ、それは俺の体が自由に動けばの話だ


 見つけた隙というのは切り払いのあとに出来る。この兵士は連続で剣を振ったあと必ず切り払いをし、後ろに飛んで間合いを取るのだ。そして、一呼吸ついて助走をつけた突きを繰り出す。この動きは癖のようで、今のところ毎回同じパターンだった。狙うなら切り払いのあとの息をつくタイミグだろう。追撃すれば、呼吸を乱すことが出来る。ただ、この体がどう動くかはわからない。


 幾度目かの攻撃のあと、兵士は再び切り払いで間合いを取った。俺の体は追撃をするようすはない。その場立ち止まると、軽く腰を落としていく。そして、右手はペンダントを握ったまま腰近くで力を溜め、左手は手のひらを兵士に突き出すような格好をとった。



 ……嫌な予感がする。まさかとは思うけど、左手で突きを受けたりしないよな。そんなことしても防げないだろうし、何より手のひらが上下で真っ二つになる。頼むからやめてくれよ……



 兵士の突きが繰り出される。俺の体は左手だけが動き、先ほどの頼みを無視するように突きの軌道上へと移動していく。


 剣の先端が左手に届く瞬間、左手が微かに動いた。突きの軌道上からずれ、剣は左手の甲に触れる。そしてそのまま腕に沿うようにして剣を流していく。


 突きが通り過ぎ、左手は剣の柄の位置へ来ていた。左手はさらに伸びる。そして剣を握る兵士の腕を掴んだ。


 俺の体は腕を掴んだまま左腕を引いた。同時に体を半回転させながら、腰に置いた右の拳を上へと伸ばしていく。


 兵士は引きずられるようにして体勢を崩し、その兵士の顎に俺の拳が突き刺さる。


 骨を砕く感触がした。


 兵士の顔は下半分がひしゃげている。口から出た血には白いもの、歯も混じっているようだった。



 ……倒したけど、このままじゃこの人、死んでしまうかもしれない……って、もう走り出すのか!? ダメだ、何も出来そうにない。さっき蹴とばされた兵士の人が気が付いてくれるのを祈ろう。



 戦闘が終わった途端、俺の体はまた走り出していた。体がきつい。窓を割って出来た傷、着地の衝撃、今の戦闘でのかすり傷。どれも痛みはあるが、今一番つらいのは心臓だ。休むことなく動き続けているせいで、俺の心臓は激しすぎる鼓動を打っていた。



 ……苦しい。けど、あと少しだ。早く壁に着いてくれ……



 運の良いことにその後は兵士と遭遇せずに城壁へと到着した。そして、荒い呼吸のまま、右手に持っていたペンダントを城壁につける。


 ペンダントからは不思議な色の光が溢れ出す。次々に色が混じりながら変わっている。それは何度か見たことのある色だった。



 なんとなくわかってたけど、この光で確定だろう。やっぱり、俺の体を操ってるのはカルミナだ。ゼルランディスよりはマシかもしれないけど、今はカルミナも信用していない。なんとか操られてる体を取り戻さないと。



 不思議な光が当たった城壁は歪み、その形を変えていく。次第に穴が開きはじめ、最後には元からそう造られていたかのような、アーチ状の出口ができていた。


 作られた出口を通り、城の敷地から出る。体はまだ自由にならず、俺の体は勝手にどこかへと歩きだしていく。会話すらできないこの状況に、今の俺は頭を悩ませることしかできないのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ