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第五十話 エクレールとバルドレッドその弐

「間違ってたらすまぬが、おぬしがオルデュールかの?」


「いかにも! 私が赤の教団の大幹部、オルデュールである!」



 バルドレッドの問いに対し、意外なほど素直に答えが返ってきた。それも反射的と言っていいほどの即答である。

 軽く驚きつつも、バルドレッドはオルデュールを観察していく。すると、目は充血し、隈も酷いことが分かる。こけた頬と細い体から考えても、まともな生活はしていないだろう。


 オルデュールはその見たからして異常な状態である。そして、そのことにバルドレッドは奇妙な違和感を覚えていた。


 黒ずくめや兵士も同様に洗脳されている。しかし、一目見てわかるほどの異常はなかったのだ。オルデュールが元からおかしかった可能性もあるが、バルドレッドの直感は違うと告げていた。


 違和感を拭えないまま、バルドレッドはさらに問いかける。それは答えを期待してのことではなく、オルデュールの反応を見るためだった。



「ふむ。ならばちょうど良い、ゼルランディスの居場所を教えてくれんかのう? 黒ずくめは、ほれこのとおり意識がないのでな」


「貴様に教えることなどない! 私の使命は回収! そして、城に向かったゼルランディス様のもとへ届けることである!」


「……なるほどのう。そこまで聞ければ充分じゃ」



 またしても即答だった。そして、その内容は矛盾している。感情の赴くままに言葉を返しているようであり、バルドレッドには理性が壊れているようにも感じられた。


 オルデュールの精神状態を異常だと判断しつつも、バルドレッドは新たに手に入れた情報について考える。


 ゼルランディスはたしかに小屋にいたはずだ。そして、小屋に入ったのはツカサと赤いローブの二人だけ。出てきたのも同様だ。途中からあの小屋に入れたとは思えない。だとするならば、三人目が最初からいたということになる。


 三人目が小屋に潜んだのは、両軍の兵士が確認をしたときだろう。機会としてはそのときしかない。その場合、両軍の兵士が結託していたことになる。つまり、洗脳された兵士はすべてが反乱軍に行ったのではなく、こちらにも紛れ込んでいたということだ。


 そこまで考えると、バルドレッドは大きなため息を吐いた。



「……中で入れ替わったか、潜んでいたのがゼルランディスだったかはわからんが、逃がしてしまったようじゃの」



 逃げたのはエクレールが戦いはじめ、土の壁を作ったあとだと考える。そのころには両軍の兵士は戦っていた。小屋から抜け出しても誰も気づかないはずだ。


 追うことはかなわないだろう。そう結論を出すとバルドレッドは意識を切り替え、目の前のオルデュールに集中する。


 オルデュールは見た目からして戦士ではない。戦うとしても魔法が主体と判断し、距離を詰めるため動き出す。


 駆ける。


 その速さは黒ずくめと同等であり、エクレールと比べればかなり遅い。しかし、身の丈ほどある斧を持っていると考えれば、充分な速度である。


 バルドレッドが距離を詰め、斧を振りかぶる。対するオルデュールは体を後ろに傾け、足で魔法を発動させた。魔法は足下で爆発し、その力で後方へと移動していく。


 離れていくオルデュールをバルドレッドはすぐさま追いかける。しかし、オルデュールは連続で魔法を発動させ、さらに遠くへと高速で逃げていく。


 速度という点ではオルデュールに軍配が上がる。そして、その有利な状況ゆえか、オルデュールは人を呑み込めそうなほどの大きな火球を放ってきた。直撃すれば無事では済まない魔法だ。しかし、狙いはバルドレッドではなかった。火球は空へと打ち上げられ、花火のように爆発する。


 バルドレッドはほんのわずかに気をとられ、その間にさらに距離が開いてしまう。その後も魔法を交えて追いかけるが、躱されていく。その結果わかったのはオルデュールの魔法技術の高さと戦う気がないということだ。つまり、時間稼ぎをされていた。


 思いつくのはゼルランディスの逃亡時間の確保である。しかし、オルデュールは自分の使命を回収と言っていた。回収が嘘をだとは思っていない。嘘をつける精神状態ではないと思っているからだ。ならば火球は合図、時間稼ぎは援軍待ちの可能性が高い。


 オルデュールの狙いを考え、結論に至ったバルドレッドは行動を開始する。援軍が来るなら合流させなければいい。そう考え、土の壁を追加し、誰も入れない空間を作ろうとしたのである。


 そのときだった。魔力を集めていたバルドレッドの視界の隅で、今ある土の壁の一枚が崩れはじめたのは。


 土の壁はバルドレッドが相当な魔力を込めて作ったものだ。硬さはもちろん、柔軟性もあり、兵士五人がかりでも簡単には壊れないだけの強度がある。それがボロボロとまるで砂のように変化し、音もなく崩れていた。


 その事実に驚きながらも、バルドレッドは一手遅く、間に合わなかったことを悔やむ。そして、崩れた壁の向こうを見ると再度驚愕する。そこには口から血を流し、うつろな目をしたツカサがいたためだ。



「ツカサくん!? ぬぅ、エクレールがやられたというのか……これは、ちとまずいのう」



 二対一である。生け捕りという条件さえなければ問題はなかっただろう。しかし、赤の教団はともかくツカサを殺すわけにはいかない。必然的に手加減せざる負えない状況に追い込まれていた。


 今、最も警戒すべきはツカサの謎の力だ。ツカサの体からは赤と黒が入り混じり、不安定な光が放出されている。バルドレッドはその属性に心当たりがない。だからこそ一つの予測を立てることができた。



「特殊属性か……制御はできてなさそうじゃが、触れただけで物を壊せるとは。戦うなら遠距離しかないが……やはりそうなるか」



 ツカサに気をとられている間に黒ずくめはオルデュールによって回収されていた。そして、そのオルデュールはツカサの壊した壁へと向かっている。


 追いかけることは可能だ。ただし、その場合は戦場が動き、兵士たちを巻き込むことになるだろう。正規軍、反乱軍も本来は魔族に対抗するための戦力である。その兵士をただの巻き添えで失うことは避けなければならなかった。


 ゆえに、オルデュールたちの逃走を許すことになる。オルデュールたちは反乱軍の中に消えていき、その姿は見えなくなっていった。



「……失敗、じゃのう。まずは軍の指揮、それとエクレールのやつは……生きてはいるようじゃな」



 兵士に魔法で合図を送る。動き出す兵士たちを確認し、バルドレッドは足を引きずりながら歩くエクレールのもとへと向かう。



「手ひどくやられたのう。エクレール、具合はどうじゃ?」


「剣と右足が折れてるだけだ。……すまん、油断した」


「わしも取り逃がしとる。小屋で入れ替わったようでの。赤いローブの奴はゼルランディスではなかった」


「……いいように騙されったってわけか」



 エクレールの怪我は右足以外に見当たらず、命に別状はないようだった。

 バルドレッドは大声で兵士を呼ぶと、エクレールに応急処置を施していく。



「エクレール、おぬしがやられるとはな。もしや特殊属性の魔法か?」


「ああ、まさか使えるなんてな。気絶させたはずなんだが、直後に空で爆発した魔法で意識を取り戻したみたいだ。気づいたときにはツカサから変な光が出てやがった」


「それはオルデュールというやつの炎の魔法じゃろうな。ツカサくんのへの合図だったのかもしれん。しかし、あの力、わしの壁を簡単に崩しおった。おぬしも上手く躱せてなかったら、死んでたかもしれんぞ?」


「いや、躱せてないぞ。防御した剣は砕け散ったし、足に一撃貰ってる。……ただ、足のほうは折れるだけで済んだな。もしかしたら、生きてるやつにはあんまり効かないんじゃないか?」


「ふむ。ありえそうじゃな。なんにせよ、無事でよかったわい。これ以上の戦力低下はさすがにまずいからのう」



 バルドレッドが立ち上がり、周囲を見渡すと兵士たちの戦いも終わりを迎えていた。反乱軍は糸の切れた人形のように倒れはじめたのである。



「……どうやら大勢を操るさいは近くにいる必要があるのかもしれんな」


「だったら、ひとまず遠くに隔離……ってダメか。纏められるような場所はないし、バラバラに配置したら間者がそこらにいるのと変わらない。厄介だな、特殊属性ってのは」


「特殊属性について知ってることが少なすぎるからのう。……それについては時間はかかるじゃろうが、援軍を呼ぶしかないかの」



 人的な被害は少なかった。しかし、拠点の中で戦闘をしたため、いくつかのテント、小屋は破壊されている。反乱軍兵士の監視、魔族への警戒に拠点の修復、人手の足りなさにバルドレッドは小さくため息をついた。


 応急処置が終わり、剣の鞘を杖代わりにエクレールが立ち上がる。その表情は険しく、痛みは強いようだ。



「あー、いてぇな。こんなことなら初っ端は全力で独自魔法を使っとくんだった。そうすれば、小屋ごとゼルランディスって奴もやれたはずだ」


「全力で使ったら、直線にしか動けんとか言ってなかったか? なら、ダメじゃろ。あのときの位置関係なら、ツカサくんまで巻き添えで死んでしまうぞ」


「……たしかに。ツカサは速かったけど、たいした防具はつけてなかったしな。全力だったら、体半分ぐらいは消し飛ばしてたかも? ……ぐっ! ……やっぱり酷い折れ方してるな。将軍、あたしはたぶん三日は戦えないぞ。どうする?」


「…………全軍を集め、北の砦を取り返す」



 北の砦。その名のとおり、ブルームト王国の北にある対魔族用の砦である。そして、バルドレッドの体調不良、魔族の昼夜問わずの侵攻により落とされた砦でもあった。


 オルデュールが話によれば、ゼルランディスは城に向かっているはずだ。洗脳を恐れるならば、離れる必要がある。そして、赤の教団とつながっている魔族も、軍の戦力が減ったことで攻めるとは思っていないだろう。その隙を狙うつもりだった。


 そもそも情報が正しいかどうかというのもある。ただ、バルドレッドはオルデュールの話を信じていた。嘘をつけるような精神状態だとは思えなかったためだ。


 バルドレッドは最初の会話でオルデュールを異常な状態だと判断していた。だがしかし、それとは別に戦いがはじまったとき、改めておかしいと思ったのである。それはオルデュールの魔法の腕が間違いなく一流であったからだ。


 魔法とは一朝一夕で身につくものではない。オルデュールの練度まで高めるとしたらそれなりの年月が必要である。たとえ狂った状態で修行していたとしても、技術を得ることは出来ないだろう。だからこそ、あの精神状態は洗脳の負荷のせいだと改めて思い、嘘をつく余裕はないとほぼ確信するまでに至っていた。



「エクレールはアリシアくんの傍で養生しとくんじゃぞ?」


「……あたしが砦の奪還に参加できないのはいい。でもそれじゃあ、ツカサやほかの洗脳された奴らはどうするんだ?」


「ツカサくんは曲がりなりにもおぬしに勝っておる。戦力として生かされるじゃろう。ほかも必要がない限りは無意味に殺すようなことはしないはずじゃ」



 こちらの戦力を減らすために洗脳し、自殺させるというのは労力に見合わない。ゼルランディスがそれをやるような男なら反乱軍は自殺によって壊滅してるはずである。もともと赤の教団は数の少ない団体だ。わざわざ手駒を減らす真似をするとはバルドレッドには思えなかった。



「つまり、放置ってことか? ……それなら、あたしは怪我が治ったら城に乗り込むぞ」


「放置とは言い方が悪いが、まぁそうじゃな。援軍が来るまで待機じゃ。それにエクレールよ、ゼルランディスを倒し、それで洗脳が解けるならいいが、廃人にでもなったらどうするつもりじゃ? ひとまず待っておれ。援軍にはちゃんと特殊魔法に詳しい方を呼ぶからの」


「あー、わかったよ。でも、早めに頼むぞ」



 バルドレッドは心の中でそっと一息ついた。思ったよりもエクレールが早く提案を受け入れたからである。とはいえ足が折れていなければ、きっと城に乗り込むのを強行していただろう。それなりに長い付き合いのため、そうなることは容易に想像できた。


 今回の作戦が失敗したことはバルドレッドも悔しく思うし、怒りもある。ただ、立場上それを表に出さないだけである。将軍という地位にいなければ、エクレールと同じように城に乗り込もうとしたかもしれない。内心でそう思うほどには憤りを感じていた。


 今はただ、普段通りに指揮をとる。怒りは鎮めない。魔族にぶつけるつもりでいるからだ。バルトレッドは内心を誰にも明かさず、一見するとひどく冷静に着々と砦奪還の準備を進めていくのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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