第四十七話 反乱
夜の道を馬車が走る。空には厚い雲があるらしく、辺りは普段より暗い。そんな暗い中でも前方には簡易拠点が確認できる。その理由は赤く立ち上る炎のせいだ。
……燃えてる。あれは……篝火か?
拠点は炎により明るくなっているが、燃え広がっているようすはなかった。見える範囲でも炎は規則的に配置されている。
まだ寝ているバルドレッド将軍を揺すって起こす。
「バルドレッド将軍、拠点に着きます。起きてください」
「……んぬぅ……むぅ。ん? 着いたのかのう?」
目をこすりながらもバルドレッド将軍は起きてくれた。馬車の中での仮眠ではあったが腰は大丈夫なようだ。
状況を伝え、方針を聞く。
「うむ。まずはエクレールと合流せねばならんな。このまま馬車で中央のわしの小屋まで行く。たぶんそこにおるじゃろう」
「俺は鎮圧に回りますか?」
「いや、ツカサくんはアリシアくんを守ってくれ。そうすればエクレールも自由に動けるはずじゃ。まぁ、もう終わってるかもしれんがな」
馬車は拠点の中に入り、進んでいく。
拠点の中は反乱があったとは思えないほど静かだ。人も篝火の傍にいるだけであり、馬車を見ると敬礼していく。その姿は落ち着いているように見えた。
エクレールさんが鎮圧したってことなのかな? 武器は持ってるから警戒はしてると思うけど、混乱状態ではないみたいだ。
そんな感想を持ちながら拠点中央に近づくと、だんだんと兵士の数が多くなってくる。その兵士たちは隊列を組み、物音一つ立てていない。辺りには緊迫した空気が流れていた。
……この雰囲気、今から戦闘をするみたいだ。ということは、まだ鎮圧は終わってないのかもしれない。早合点しちゃったけど、むしろこれから戦うっぽいな。
周りに影響されてか緊張感が増していく。最大限に警戒をしながらバルドレッド将軍の小屋へと辿り着くと、小屋の前には先行してくれていた護衛の人とエクレールさんが話をしているところであった。
軽く挨拶をすると馬車を護衛の人に任せ、俺たちはエクレールさんと小屋の中に入っていく。
バルドレッド将軍の小屋、室内のようすは変わっていない。アリシアもベッドに寝たままであり、いまだ起きる気配はないようだ。
三人で机を囲んで座るとエクレールさんが落ち込んだようすで口を開く。
「最初に謝っておく。すまない。反乱がおきたこともそうだし、鎮圧できると言っておいて睨み合いが続いちまった」
エクレールさんがバルドレッド将軍に頭を下げながら話している。
やっぱり、鎮圧は終わってなかったみたいだ。でも、エクレールさんはできないことを言う人じゃないと思う。何があったんだろうか?
「かまわん。おぬしができないのであらば、他のやつでも無理じゃろうて。それにここの責任者はわしじゃ。反乱がおきたのなら責任はわしにある。おぬしが謝ることはない」
「だが……いや、わかった。借りはいつか返す。今はこの状況について説明させてもらうぞ」
エクレールさんの話によると、拠点の西端のほうで兵士が喧嘩しているという報告がはじまりだったらしい。
喧嘩の原因はわからない。ただ、その喧嘩は周囲のほかの兵士を巻き込み、だんだんと規模を大きくしていったと聞く。
師団長級の人まで喧嘩に参加し、生半可な人では止められなくなったところでエクレールさんに報告が入った。
エクレールさんが現場に着いたときは、すでに喧嘩ではなく、死傷者がでるほどの殺し合いであったという。
そこまでいくと言葉では止まらず、エクレールさんは全員を気絶させるという荒業で事態を集束させる。
ひとまず区切りがついたと思ったとき、エクレールさんがいる場所とは反対側から雄たけびが聞こえ、反乱がはじまった、というのが聞いた話である。
「馬鹿でかい雄たけびはただ事じゃないと思ってな。すぐに中央に戻ったら、反乱だって話だ。魔道具で将軍に連絡を入れたあとは鎮圧に向かったんだが……」
「ふむ。ちょうどわしらが城から抜け出たときじゃな。それで、何があったんじゃ?」
「ああ、それが反乱っていっても戦闘が起きてるわけじゃなかったんだ。数も約半数は向こうにいるみたいだし、戦ってないならまずは話し合う必要があると思ってな。声をかけてみたんだが……何言っても反応はなし。首謀者もわからないと来た。そっからはもうずっと睨み合いだ」
「なるほどのう。ふむ……はじめに喧嘩をしたやつはどうなったんじゃ?」
「あとから確認したが、誰かはわからなかった。ほかの喧嘩してたやつらも、何であそこまでやったのかわからないらしい」
話を聞く限り、喧嘩が偶然とは思えなかった。おそらく陽動だろう。その後の展開は狙いが不明ではあるが、タイミング的に俺たちが城から脱出したことと関係があるような気がした。
バルドレッド将軍に意見を聞こうと顔を向けると、暗い顔で考え込んでいるようすが目に入る。
そういえば、馬車の中でも暗い顔をしてたような。あのときは何かを言い淀んでたけど……
「エクレールの話を聞いて最悪の可能性が高くなってきたわい。ツカサくんには馬車の中で話そうとしたんじゃが……やつら、赤の教団の中に特殊属性を持っとるやつがいる可能性が高い」
「特殊属性? たしか先代の魔王や勇者様が使ってたっていう属性だろ? あたしは詳しく知らないが、特殊属性があることと反乱が起きたことはどうつながるんだ?」
先代の魔王や勇者様も特殊属性を持っていたらしい。一応、俺も特殊属性っぽいものを持っているという話だが、エクレールさんたちには伝えていない。確定情報じゃないし、証明するにも使ったら体がどうなるかわからないからだ。
「わしも詳しくは知らん。ただ、特殊属性は七つあるらしくてな。そのうちの一つに”精神”という属性があるらしい。おそらく赤の教団が持っとる特殊属性はこれじゃろう。この属性が人の心を操れるかはわからんが、何らかの影響があってもおかしくないはず」
「そんな属性があったとは……さすが将軍、だてに年を取ってないな。それで、反乱軍が赤の教団ってのはいいとして、その精神属性の対処はどうすればいいんだ?」
「知らぬ」
「……え?」
思わず疑問の声を出してしまった。ただ、エクレールさんも同時に同じ言葉を発していたので、気持ちは同じだったようだ。
……普通に考えると、その属性の持ち主を倒せば解除されそうだけど。いや、思い込みはよくないな。それにしても洗脳か、もしかしたらフルールさんも……
「なんじゃ呆けた顔をしよって、仕方ないじゃろう? わしも昔ちらっと聞いただけじゃ。そもそもエクレール、おぬしが知らないほうがおかしいだろうに」
「何であたしなんだよ? 特殊属性の情報なんてほとんどないだろ。それこそ使ってるやつ……って、教皇か!」
「思い出したか? ドボルゲイツ殿は特殊属性”空間”の使い手じゃ。セルレンシアの結界も空間の力じゃったはず。一般的には秘密でも、おぬしには伝えられとるじゃろうに。何で忘れとったのか……」
「あー、教皇が魔法を使ってるとこなんて見たことないからな。すっかり忘れてた。今思えば詳しく聞いておけばよかったな」
なんだろう……この二人といると知らない情報がいっぱい出てくる。俺が聞いてもいいのかわからないのもあって少し怖い。
二人の話は続いているが、だんだんと脱線しはじめている。
話を戻そうと口を開きかけたとき、扉を叩く音が聞こえてきた。
バルドレッド将軍が入室の許可を与え、兵士が入ってくる。その手には矢が握られていた。
「ご報告いたします。先ほど、反乱軍から矢文が送られてきました。毒などの類はなかったため、ご確認いただきたく存じます」
「うむ。ご苦労。また何かあったら頼むぞ」
「はっ! では、失礼いたします」
「……しかし、矢文とはまた古い方法でくるのう」
バルドレッド将軍は手紙を読み、顔をしかめる。
「手紙には話し合いをしたいと書かれておる。代表を選び、一対一での話し合いだそうじゃ。ただし、代表と認めるのはわし、エクレール、そしてツカサくんのうち誰か一人らしい」
「バルドレッド将軍とエクレールさんはわかりますけど、なんで俺が代表に?」
「向こうには偵察部隊がいるんだろ? だったらたぶんだが、ツカサが勇者ってのがバレてるぞ。それに一対一ってのも裏がありそうだな」
「そうじゃろうな。精神の属性で洗脳できるのならば、一対一の話し合いなど格好の場でしかない。何も考えずに行けば傀儡にされて終いじゃ。……さて、これは悩みどころだのう」
話し合いに応じないというのは……ダメだろうな。状況が進展しない。
仮に話し合いを無視して何とかしようとするなら、反乱軍を戦闘で無力化することになるだろう。そうなると反乱軍もこっちも被害は出るだろうし、解決しても一時的だ。
せめて精神属性の対処法、もしくは使用者、そのどっちかの情報がわかってれば違うんだろうけど。現状は両方わかってない。
話し合いで少なくとも精神属性を持ってる人物はわかると思う。問題はバルドレッド将軍が言ってたとおり、操られたらどうしようもなくなるってことだ。
……もしも、三人の中で誰かが操られなきゃいけない状況だとしたら、その後の影響が少ないのは俺だと思う。戦力的にも立場的にもだ。
俺は自分で言うのもなんだが、独自魔法を使わなければ、二人には勝てないと思ってる。それに兵士の人たちからすると、二人は上司で俺はエクレールさんの客人と見られてるはずだ。二人のうちどちらかが操られても、まずい状況にしかならないと思う。
そう考えるとマシな選択として、この場では俺が行くのが正解のはずだ。それに操られることを前提に考えれば、一つだけ思いついた方法がある。
「……俺が話し合いに行きます」
「ふむ。何か考えがあるのかの?」
「今必要なのは敵の情報です。洗脳されるのを覚悟で精神属性の使い手を特定しようと思います。方法は――」
方法は単純だ。
送言の魔晶石を持って話し合いに行き、使い手がわかった段階でそれを言葉にして発動するだけである。
一応、一対一の話し合いという建前もある。代表が使い手でなくても近くには潜んでいるだろうし、魔法を使う瞬間は姿を見せるだろう。さすがに遠距離から姿を見せなくても洗脳できるということはないはずだ。
「……ツカサ。それは姿を確認して送言の魔晶石を発動。さらに情報を伝えて、破壊するってのを場合によっては一瞬のうちにやる必要があるんだぞ? 将軍はもちろん、あたしでも難しい。そっちの方法はあるのか?」
「おい、エクレール。わしはもちろんってなんじゃ? たしかにできんじゃろうが、言う必要があるのか? んん?」
「方法はあります。俺の独自魔法を使えば、可能なはずです」
また話が脱線しそうなので、バルドレッド将軍を無視して進める。そして、二人に独自魔法について説明していく。
若干いじけたようすだったバルドレッド将軍は、説明が終わるころには険しい顔つきになっていた。
「聞いた限りではその独自魔法は危険じゃな。そもそもいくら女神様の力があるとはいえ、他人の独自魔法を使えるなど聞いたことがないわい」
「あたしも危険だとは思うが、ツカサの案に代わるものがない。危険をわかってて自分から言ってる以上、あたしは反対はしない」
「情報を得られる可能性はたしかに高いじゃろう。…………わかった。ツカサくん、すまぬが頼む。情報が手に入り次第、救出に動く。敵さえわかれば、わしとエクレールでなんとかしてみせよう」
「将軍……今のうちに回復薬飲んでぎっくり腰に備えるんだぞ?」
「わかっとるわい!!」
方針は決まった。
バルドレッド将軍の腰も含めて不安はある。だが、覚悟は決めた。
記憶を変えられてたのがわかってから、もとの世界に帰れるのかも怪しいと思ってる。そのこともあり、正直、少し自暴自棄な部分もあるのかもしれない。でも、それ以上に情報を手に入れたいと思ったのだ。ここで情報を手に入れれば、きっとフルールさんを助ける手掛かりになる。そう考えてのことだった。
きっと大丈夫。たとえ洗脳されても二人が何とかしてくれるはず。もし戦うことになっても実力が違う。殺されはしないし、殺しもしない。だから大丈夫。大丈夫なはずだ。
覚悟を決めても、洗脳されるという恐怖は消えてはくれない。不安は大きくなる一方である。不安につぶされないように、気を紛らす意味もかねて、俺は話し合いの準備を進めていくのであった。
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