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第四十話 脱出

 黒ずくめの指示により、隠れていた敵から矢が放たれてしまった。


 俺もフルールさんも馬車から離れており、守りには間に合いそうにない。

 警戒も忘れ、視線を黒ずくめからアリシアに移す。


 アリシアの体からは光が見えた。白い光が激しく燃える炎のように放出されている。



「アリシアちゃん!」


「任せてください! シュセットちゃん、怖いと思うけどじっとしててね。絶対に守るから!」



 矢は空高く上がり、曲線を描きながら雨のように馬車に降り注ごうとしている。



「イクスパンドマジック! ライトシールド・デュプリケート・インパクト!」



 アリシアの魔法、光の盾が現れる。その数は五枚。前後左右、そして上を守れるように配置されている。

 盾は馬車を隙間なく守れるほど大きく、その形は箱のようにも見えた。


 矢が降り注ぐ。その勢いと数は凄まじく、生半可な防御なら貫かれてしまうだろう。しかし、光の盾は堅牢であった。次々に矢を弾き、完璧な防御を見せてくれる。


 目の前の光景に圧倒されていると矢の雨が止まった。攻撃を防ぎきったようだ。ただ、功労者であるアリシアの顔色は悪い。魔力を大量に使ったせいだろう。



 ……あれじゃ長くはもたないはずだ。いや、長くやらせちゃいけない。早く門を開けないと!



 矢による攻撃が一度きりとは思えず、急いで門のほうを確認する。

 開閉装置がありそうなのは門の左右にある建物だ。ここから近いのは左側。矢による攻撃が再び始まる前にと急いで駆け出す。


 しかし、走り出すと同時に何かが鼻先をかすめ、強制的に動きを止められてしまう。



「簡単に行かすと思うか?」



 黒ずくめが何かを投げたようだ。


 視線を黒ずくめに向け、すぐに建物に戻す。

 そして再び走る。もう黒ずくめには意識を裂かない。最速で建物を目指していく。



「敵に背中を見せるとは、死にたいよう――ちっ!」


「残念。今のをかわすとは、さすが隊長ですね」


「フルール……馬車の防衛に戻ると思ったがな。いいのか? あの娘、長くはもたないぞ?」


「私の行動、読めてるんじゃなかったんですか? それにご心配なく。アリシアちゃんが防いでる間にツカサ君が何とかしてくれますから」



 後ろからフルールさんたちの会話が聞こえていた。

 期待したとおり、俺への攻撃は防いでくれたようだ。


 散発的に矢が飛んでくるがすべて無視し、最高速度で走っていく。

 建物まではあと少し。


 弓矢の精度は高くない。横からくる矢の大半は外れている。ただ、前方からくるものはさすがにあたりそうなものが多い。

 避けるか剣で弾いてはいるが、その分、速度が下がってしまう。


 近づいてきてわかったが、建物はそんなに大きくないようだ。中に人がいたとしても、せいぜい三人か四人ぐらいだと思われる。


 されに走り、顔に飛んできた矢を弾いたところでようやく建物に辿り着く。

 走る勢いのまま、扉を蹴り破り中へと侵入する。



 ……三人。全員抜刀済み。けど、驚いてる。なら、先手必勝!



 目の前には大きな机。その奥に短剣を構えてるのが一人。あとは左右に一人ずつという配置だった。


 まずは右に牽制。本命は奥の短剣使いと決める。


 剣に魔力を込めていく。

 机を右に飛ばすように剣を振るい、接触する瞬間に剣の名を呼ぶ。



「エタンセル!」



 魔剣エタンセル。

 剣に魔力を込めてその名を呼べば、小規模ながら爆発を引き起こす魔剣である。


 机は大きく壊れ、破片が散弾となって右の兵士へ飛んでいく。


 突然の爆発により、敵の視線は机に集中していた。その隙に短剣使いとの距離を詰めていく。


 体勢を低くし、這うようにして駆けて間合いに入る。

 敵もこちらに気づいたようだが、もう遅い。


 短剣が振るわれる前に突きを放ち、肩を穿つ。

 さらに蹴りで壁に叩きつけ、同時に剣を抜く。


 後ろからは足音が聞こえ、振り返りながら剣を薙ぎ払う。



「くっ! 貴様! よくも二人を!」



 振り向きざまに薙ぎ払った剣は残念ながら避けられてしまった。


 横目で机を飛ばした兵士を見れば、動いていない。運良く気絶してくれている。


 あとは目の前の兵士だけだった。

 標準的な剣を装備し、構えに隙はない。しかし、頭に血が上っているようで、わざと隙を見せるとすぐに剣を振り上げ、一直線に向かってきた。


 もう一度、剣に魔力を込める。

 その場から動かず、敵の振り下ろしを迎撃するように魔剣を振るう。



「エタンセル!」



 剣が衝突する瞬間を狙い、魔法を発動。

 敵の剣は手から離れ、大きく飛んでいく。そして、兵士は両手を上げた状態で体勢を崩していた。



 よし、あとは心臓を突き刺し――違う!



 剣をとっさに止め、蹴りで兵士の顎を打ち抜く。



 危なかった……最近は戦闘に熱が入りすぎてるな。気をしっかり持ってないと。



 短剣使いのほうも確認してみると息はしていた。何とか殺さずに済んだようである。



 これでひとまず制圧だ。外のやつらが来る前に装置を探さないとだけど……



 辺りを見回すが、それらしいものは見つからなかった。というのも、この建物にあるのは机や椅子、あとは樽ぐらいしかなかったのだ。



 ここは休憩所? だったらハズレか。急いで反対側に行かなきゃだけど、このまま普通に出たら囲まれるよな。



 この建物に入るのは確実に見られている。今にも兵士が集まってくるはずだ。

 普通に扉から出るのは危険と判断し、窓を破ろうと考える。しかし、視線を窓へと移す途中で壁に亀裂が入っているのを見つけた。机と兵士を吹き飛ばした先の壁だ。最初の攻撃でひびが入っていたのだろう。蹴り飛ばせば崩せそうであった。



 あそこから出よう。でも出たあとはどうする? 一気に次の建物に行かないと結局囲まれてしまう。

 一気に移動する方法……独自魔法以外ならやっぱりあれだよな。



 両足に魔力を集めていく。

 使う魔法は炎でオーラ型。術式の効果は爆発だ。


 この魔法を以前使ったときには足にかなりのダメージがあった。しかし、本家のエランが使ったときは足を痛めてなかったはずだ。

 そのことを疑問に思い、それとなくアリシアに聞いてみたことがある。


 結論としては痛めずに魔法を使う方法を教えてもらえた。

 その方法とは、魔法を構築するときに魔力をすべて使うのではなく、魔力を余らせて魔法を発動させるというものだ。


 余ったとはいえ、魔力にはすでに属性がついている。そして、属性のついた魔力というのは同属性の魔法への緩衝材になると聞いた。

 この緩衝材としての力により、自分の魔法で受けるダメージを最小限、もしくは相殺できるとのことだ。


 要するに、術式なしの失敗魔法を同時に使うということである。術式がないため簡単ではあるが、使用魔力は大きくなるため注意が必要だ。

 魔法の使い方としては応用になるとのことだったが、実は俺が最初に魔法を使ったときはこの緩衝材を打ち出していたらしい。


 ちなみに失敗とはいえ、属性はついてるので飛ばせば若干のダメージを与えることもできるし、無言で使えるので火おこしには便利だったりする。


 魔力はすでに集まっていた。

 重要なのはタイミングだ。外のやつらがこの建物に入ってくると同時に、入れ違いになるように外に出る。できるだけ引き付けておけば、追いつかれずに振り切れるだろう。


 最近はなんとなくだが、気配というのを感じられるようになってきていた。

 だからわかる。入り口に人が集まってきていることが。


 脚を振り上げ、壁に叩きつける。

 亀裂の入っていた壁は簡単に崩れていく。同時に音に反応したのか入り口から兵士が入ってくる。


 壊した壁の先に兵士の姿は見えない。



 よし! 一気に突っ切る!



「ファイアオーラ・バースト!」



 魔力を慎重に制御して魔法を発動させる。


 飛ぶ。大きく飛んでいく。


 反対側の建物まで目測で三十メートル。半分ぐらいまで飛べればいいと思ったが、この状況は予想してなかった。


 距離は悪くない。悪くないどころか半分は軽く超える気がする。

 問題は高さだ。建物の屋根が眼下に見えるほど高い位置にいた。



 ……高すぎた。せっかく足にダメージがないようにできたのに、これじゃ着地で大ダメージだ。なんとかしないと。



 地面が刻一刻と近づいていくなか、急いで剣に魔力を込めていく。


 足で着地するよりも先に剣を地面へと振り下ろし、魔法を発動させる。



「エタンセル!」



 爆発の衝撃が体を襲う。しかし、脚へのダメージは最小限で着地することができた。

 剣に負荷をかけてしまったが、丈夫な魔剣ということもあり傷一つない。剣より手のほうがダメージを負った気もするが、戦闘に支障はないだろう。


 大きく跳んだ甲斐あってか建物はもう目の前である。

 さっきの建物は木材で造られていた。こっちはレンガで出来ている。見た目からして期待が持てそうだった。


 迫る矢を切り払う。

 矢の飛んでくる数はかなり減っていた。そろそろ矢が尽きるのかもしれない。


 先ほどと同じように扉を蹴破ろうとする。だが、蹴りが届く前に扉が開いてしまう。

 俺の蹴りはそのまま、扉を開けた兵士の腹へと吸い込まれていく。


 後ろを巻き込んで転がる兵士たち。

 転がっているのが二人。その左右に一人ずつ。左右の二人は剣を抜いてはいるが構えていない。



 ……隙だらけだ。



 左の兵士の剣を弾き飛ばし、体当たりで壁に叩きつける。


 右の兵士が剣を腰だめに構えて突進してくるが、叩きつけた兵士を盾にして防ぐ。

 味方ごと攻撃するほど豪胆ではなかったようで、とっさに剣を引くのが見えた。


 すかさず盾にした兵士を蹴り飛ばし、向かってきていた兵士にぶつける。

 体勢を崩したところで距離を詰めて殴り、気を失ってもらった。



 これで片付いた。ラッキーだったな。装置は……たぶんあれだろうな。



 軽く部屋を見渡すと、部屋の奥には取っ手のついた円盤が見えた。

 壁についている円盤を回せば、扉が開くと思われる。ただ、円盤の大きさは俺の身長と同じぐらいあり、取っ手が複数あることから一人で回すものではないような気がした。


 取っ手を握り、体重とかけながら円盤を回そうとする。


 ぴくりとも動かない。


 さらに力を込める。



「ぬぅぅぅおぉぉぉおおおおおお!」



 どこかの血管が切れそうだった。少し動いたような気もするが、確かめてる余裕はない。


 さらに声を上げながら、今出せるすべての力で円盤を回す。


 腕からは嫌な音が聞こえてくる。ただその甲斐あってか、今度は確かめなくてもわかるぐらいに動きはじめてくれた。

 一度回りはじめれば、その勢いは増していく一方だ。おかげで先ほどよりも力を抜いても動いていた。


 その後も腕の痛みを我慢して回していく。

 幸いというか円盤を回しながらでも窓の外から門が見える。門を完全に開ける必要はない。馬車が通れるぐらいで充分だからだ。


 ある程度開けたところで兵士が使っていた剣を拾い、円盤を貫く。剣は円盤を貫通し、壁のレンガの隙間にうまく突き刺さる。

 これであとから兵士がきてもすぐには門を閉められないだろう。


 外に出ると、急いで状況を確認していく。


 周りの兵士は移動している最中だった。武器を持ち替え、俺たち三人のほうへ向かっているようだ。

 こちらに来るが数が一番数が多く、次はアリシアだ。フルールさんのほうはかなり少ないように見える。


 三人のうち、俺とフルールさんはとりあえずは問題ない。しかし、アリシアは少しまずい状況である。


 光の盾の大きさが変わっていた。おそらく二回目の魔法を発動したのだろう。ただ、その光の盾も壊れる寸前に見える。

 兵士がアリシアのもとに着いたらシュセットを守りきるのは難しくなってしまう。


 フルールさんのほうは黒ずくめと戦いの最中だ。

 距離をとっての中遠距離戦。戦況はわからないが、アリシアよりは余裕があると思う。



 まずはアリシアとシュセットをなんとかしないと。



 兵士が接近してきてるということは矢がなくなった可能性が高い。シュセットが動けなかったのは大量の矢の雨が降っていたせいだ。

 つまり、シュセットはもう動ける状況になっている。アリシアがシュセットを動かさないのは、魔力の使い過ぎで周りを見る余裕がないせいだろう。



 俺に向かって来る兵士を倒してからじゃ、馬車のほうは間に合わない。だったら、シュセットにこっちに来てもらう。



「シュセェーット!!」



 大声で叫ぶ。

 シュセットと目が合う。



「来い!!」



 目を見ながら声を張り上げて呼ぶ。

 シュセットは嘶き、走り出してくれた。



 これで馬車に向かっているほうの兵士は振り切れる。あとはフルールさんのほうだけど……



 フルールさんはシュセットが走り出したと同時にこちらに向かってきていた。

 黒ずくめには何か牽制か妨害をしたようで、かなり距離が開いている。



 よし! これなら馬車に乗れば振り切れる!



 念のため、俺に向かってる兵士へと魔法を放つ。

 牽制にしかならないが、追いつくのは難しくなったはずだ。


 シュセットが到着し、御者台に飛び乗る。

 アリシアは意識が朦朧としていた。急いで馬車の中へ寝かせる。そうこうしているうちにフルールさんも到着し、全員が揃う。


 シュセットに声をかける。

 向かう先が分かっているようで、手綱を握らなくても門へと走り出す。


 黒ずくめも兵士も追いついていない。

 俺たちは誰にも邪魔されることなく、門を通過する。



 よし! このまま逃げき……る……?



 門を抜けた先には予想外の光景が広がっていた。


 そこには大勢の人がいた。みんな一様に赤い服を着ている。そして、その中の一人の男が道の中心をふさぐように立っていた。



「予想どおりだ! 我が妻よ、今度は逃がさん! 逃がさんぞ!」



 赤い髪に痩せこけた体。やたら大きく、よく裏返る声。赤の教団幹部、オルデュールが俺たちの道をふさいでいた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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