第三十八話 情報収集
魔道具屋の中から赤の教団の馬車と思わしきものを目撃する。
驚き、その光景を見ていると後ろから鼻を鳴らすような音が聞こえてきた。
「ふん。いい気味だね」
店主のお婆さんの声だ。やはり赤の教団について知ってるらしい。
「お婆さん、あの馬車について知ってることがあれば教えてくれませんか?」
「さっきも言ったが関わらんほうがいい。あの馬車、特に乗ってるであろう男は関わったら損しかしない」
「私たちもう赤の教団と関わってしまってるんです。だからおばあちゃん、お願いします!」
俺に続いてアリシアも頼み込む。
お婆さんは大きくため息をつくと、しぶしぶといった感じで口を開いてくれた。
「……仕方ないね。さっきの馬車は赤の教団の幹部、オルデュールってやつの馬車だよ。赤い髪で痩せた男だ。いつもはゆっくりと見せつけるように走ってるが、あの急ぎようは怪我したか、何かミスでもしたんだろうさ」
「国の外にいる赤の教団ってあいつぐらいですか?」
「ほかに外へ行くやつは見てないね。もっとも、あの嫌われ者の印象が強すぎて、他を覚えてないだけかも知らんがね」
「嫌われ者?」
「性格が最悪だ。狂ってると言ってもいい。街の住人にも意味不明なちょっかいをだして何人も被害がでとる。……でも、ここは赤の教団が幅を利かせてるから、みんな泣き寝入りさね」
あの男、オルデュールは目立つ街の中で好き勝手やっているようだ。そして今の話から、このブルームト王国は赤の教団の力が強いこともわかった。
「あたしが知ってるのはこんなもんだよ。あんたたちはこの国のもんじゃないんだろう? 早くセルレンシアに行ったほうがいい。魔族も迫ってきてるって噂だよ」
「……気をつけます。情報、ありがとうございました」
騒ぎが収まったところで店を出る。
オルデュールが運ばれていった方向はこの国の中央、城がある場所だ。方向から考えると赤の教団の権力は下手すると中枢部にまで及んでいる可能性が出てきた。
フルールさんの情報次第だけど、この国はだいぶ怪しい気がする。早めに買い物を終わらせて合流したほうがいいだろう。
「アリシア、あとは食料だけどすぐに終わらせよう。あんまりうろつかないほうがよさそうだ」
「はい。でも、すみません。もう荷物いっぱいですよね……食料は私一人で行きましょうか?」
「いや、別々で行動しないほうがいい。街のようすがさっきとは少し違う」
「そうですね。なんだか変な緊張感があります。わかりました。一度戻りましょう」
さっきと今での道中の違い。それは、音がしないことだ。
全くしないわけではない。人通りはあるし、足音はしている。ただ、みんな極力静かに歩いているような気がする。それに話し声も聞こえなくなっていた。
周りにつられたのか俺たちは無言で宿へと戻る。
部屋に荷物を運び終えたところで、ようやく緊張から解放された。
「なんだか私たちまで緊張しましたね」
「うん、そのせいか早足になっちゃったよ。とりあえず無事に帰ってこれたのはいいけど、食料を買いにもう一度出ないと」
「それなんですけど、宿の食料を買えないか聞いて来ようと思います。ツカサ様は荷物を見ててもらっていいですか?」
「わかった。じゃあ、残りのお金を渡すね」
荷物や装備を部屋の隅に移動させ、アリシアが戻るまで休憩する。
……アリシアやフルールさんも知らないようだったけど、赤の教団の目的って何だろうか。これだけ人間側がピンチなのになんで和を乱すようなことをしてるんだ?
魔族とつながってる? その可能性はありそうだけど、女神が完全に封印されたら世界が滅びるって知らないのか? ……いや、世界が滅びるって話もカルミナから聞いたものだ。今となっては信用していいかはわからないな。
もし赤の教団が魔族と手を組んでる場合を考えると、魔族は人間の情報を手に入れることができる。赤の教団のメリットは……なんだろう? 金品か、もしくは見逃してもらえるとかになるのか?
そして赤の教団と魔族は関係ない場合は……わからないな。赤の教団にメリットはないように思う。仮にブルームト王国を征服したとしてもすぐに魔族によって滅ぼされるはずだ。対抗策があるのか、それとも何も考えてない集団なのか。
……ダメだな。まだ情報が足りないみたいだ。
考え込んでいたところに廊下の軋む音が聞こえてきた。
軋む廊下は人が来るのがわかりやすい。眠りにくいだろうが、防犯には便利な造りである。
「ツカサ様、やりました! 交渉成功です!」
部屋に入ってきたアリシアは得意げな顔で空になった袋を見せてきた。
食料自体は明日の朝に用意してくれるらしい。
「これで頼まれた買い物は終わりだね。このあとはどうする?」
「そうですねぇ。少し早いですけど、夕飯にしちゃいましょうか。さっき下に行ったときに食べてる人もいたので、もうやってるはずです」
「じゃあ、そうしよう。野営以外での食事はかなり久しぶりだし楽しみだ」
宿屋の一階は酒場兼食堂となっている。
まだ夕方だがアリシアの言ってたとおり、何人か食事をしているようだ。
席につき、注文する。
俺は読めない字が多かったのでアリシアと同じものを頼んだ。
運ばれてきた料理は、から揚げだった。ただし、肉ではなく魚である。
人差し指ぐらいの小魚に衣をつけて丸ごと揚げているようだ。
付け合わせはポートというジャガイモそっくりな野菜をつぶしてできるマッシュポテトだ。
ジャガイモとの違いは可食部が地上にできるぐらいである。
そのほかで運ばれてきたのはよく食べる硬いパンだった。
このパンは汁ものにつけながら食べることが多いが、今日はそのまま食べるようだ。
「このお魚さん、とっても美味しんですよ! セルレンシアだとなかなか食べれないんですけど、この国だとこんなにいっぱい! 早速食べましょう!」
アリシアは言うや否や食べはじめている。
いつも不思議に思うのは、アリシアは食べるのは速いが、食べ方は綺麗なことだ。ガチャガチャと音をさせることもない。そのせいか気づけば食べ終わってる、なんてこともよくあるのだ。
ちなみにから揚げは大皿で提供されている。山盛りだ。しかし、このままだとアリシアに大半は食べられてしまう恐れがあった。
アリシアに負けじと俺もから揚げを頬張る。
……うまい。
味付けは塩だけだと思う。ただ魚自体の味が濃い。
衣もサクッと揚がっている。身はふんわりして、骨でまた煎餅のようないい食感を楽しむ。
これはやばい。止まらない。
大きさもちょうどいいせいでスナック感覚でどんどん食べてしまう。
一度口の中の味を変えるためにもマッシュポテトを食べてみる。
……少し独特の味だ。
芋と塩、そして何かのミルクで作ってると思う。
このミルクにクセがあるようだ。好きな人はハマるかもしれない。
ともかく、口の中からから揚げの味は消え去った。そういう意味ではいい味だろう。
食事も終わり、日もくれたころ。
俺とアリシアは上の部屋に戻ろうとしていた。
席を立ち、階段へと向かっているときに帰ってきたフルールさんが目に入る。
フルールさんも俺たちに気づいたようだ。
「二人ともただいま。早速で悪いけど、情報を交換しましょう。ここじゃあれだから、またツカサ君の部屋に移動してからね」
三人で俺の部屋へ入る。
まずは俺たちの聞いた情報、そして買い物についてもフルールさんに話していった。
「なるほどね。じゃあ、次は私が聞いてきたことを話すわね。まず、この国はもう赤の教団に支配されてるといっても過言ではないわ」
フルールさんが聞いてきた情報には驚くべきことがあった。
それはブルームト王国の姫が赤の教団の一員だということだ。
この国には王様もいるが、高齢のうえに持病があり、表に出てくることはないと聞く。実質、この国を仕切っているのは姫だという話だ。
「つまり赤の教団は権力を手に入れてたってことですよね? 赤の教団の目的はわかりますか?」
「目的は不明よ。そもそも何がしたいのかわからない集まりだし……アリシアちゃんは何か聞いてたりしない?」
「すみません。私も赤の教団の目的はちょっと……」
その後も三人で話し合うが赤の教団の目的は見当もつかない。
「あとわかってるのは城に近いほど赤の教団員が多いってことかしら。それと、前線にも赤の教団は紛れ込んでるって話も聞いたわ」
「前線にも……じゃあエクレール様も危ないんじゃ!」
「赤の教団が前線にいる理由は不明だけど、今のところ騒ぎは起きてないらしいわ。あと、えっとね……どう言えばいいのかしら」
フルールさんは視線を泳がせ、何か言いづらそうにしている。悪い報告があるのだろうか。
「フルールさん、何か良くないことですか?」
「いえ、違うのよ。新しい命令が来ちゃってね……私、部隊に合流してセルレンシアに帰還することになっちゃったのよ」
……そうだった。完全に忘れてたけど、もともと俺たちをブルームト王国への案内するのがフルールさんの任務だ。それが終わった今、次の命令がくるのは仕方がない。けど……ずっと一緒に行動するものだと思っていた。
言葉が出ない。
アリシアも驚いてる。きっと同じ気持ちだったと思う。
「二人ともそんな驚かないで頂戴。それに、いくら何でもこの状況でいきなり別れたりしないわよ」
「……よかった。今日聞いた中で一番驚いた情報でしたよ」
「まぁ、私もあなたたちをこの国に送り届けるって任務はほとんど忘れてたんだけどね。すぐ戻るよう言われたけど、二人を前線にいるフォトン司教に送り届けるまでは一緒にいるって伝えてきたわ」
できればそのあとも一緒にいてほしいけど、それを頼んだら困らせてしまうだろうな。フルールさんには世話になりっぱなしだ。これ以上、困らせるのはダメだろう……
一緒にいる時間は残り少ないだろうけど、何か恩返しをしたい。やっぱり、プレゼントとかだろうか? あとでアリシアにも聞いてみよう。
考え事をしていると突如、馬の嘶きが響いてきた。
「今のって、シュセットちゃん?」
「二人とも警戒して!」
フルールさんは素早く窓に近づくと、身をひそめながら外を覗いている。
シュセットの鳴き声は一度きりだ。
ただシュセットは賢い。何もなければ鳴き声を上げることなんてないはずだ。
それにあの鳴き方は旅をしていて何度も聞いたことがある。
あれは、敵が近づいてきたときの警戒の嘶きだ。
剣をとり、いつでも動けるように態勢を整える。
フルールさんは窓から離れると、こちらを向いて口を開く。
「赤の教団が来たわ」
赤の教団、その存在に俺は戦闘の予兆を感じざる負えなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。




