第三十六話 遭遇
俺が目覚めてから二日。今度はアリシアが寝込んでいた。
フルールさんからは、かなりの無茶をして独自魔法を使ったと聞いている。
アリシアが独自魔法を使えることにも驚いたが、それ以上にそこまでの無茶をさせてしまったことを申し訳なく思う。
幸いなことに、今日の朝には一度目を覚ましてくれたらしい。一緒に寝ていたフルールさんによると、怠そうではあったが顔色は戻っていたと聞く。今はただ、早く体調が戻るのを願うしかできない。
進めていた昼食の準備も終わり、アリシアが眠る馬車に視線を送る。世話に戻ったフルールさんもまだ出てこない。
時間がありそうなので鍋を火からおろし、素振りをはじめる。重さの違いにより、まだ振ることに慣れていない。ただ、この二日間で魔剣の発動は上手くできるようになっていた。
地道に発動の練習をした成果だろう。ブルームト王国はもう近い。砦が落とされ、前線が下がっているとも聞いている。すぐに戦えるようにと、空いた時間をみつけては素振りを繰り返していた。
しばらく素振りを続け、汗をかきはじめたころ、馬車からフルールさんがアリシアを支えながら出てくるのを視界に捕らえる。
よかった。もう起きられたんだ。
鍋を確認すれば、まだ湯気が立っている。温めなおす必要はなさそうだった。
剣を置き、器に作った麦粥を盛っていく。ここ最近は同じものばかりだが、食材が限られているのでしょうがない。
準備が終わったところでアリシアたちが到着した。
「あ、あの……すみません。二日間も寝込んでしまったみたいで……」
「それを言ったら俺なんて五日も寝込んでるよ。アリシアが寝込んだのだって俺が原因だし、謝るなら俺のほうだ。迷惑かけてごめん。それと、助けてくれてありがとう」
「いえ、そんな……私のほうこそありがとうございます。気を失ってたから何が起きたのかはわかってないんですけど、ツカサ様が大蜘蛛をやっつけてくれなければ、あのまま死んでたと思います」
「あのときは……ちょうどいい機会だし、何が起こったのか説明させてもらっていいかな?」
二人に了承をとり、大蜘蛛との戦いで起きたことを話していく。
特にあの力。赤と黒の光については、俺が傷が増えていく状態の原因ではないかという推測も交えながら説明した。
「ツカサ君の推測はあってるかもしれないわね。体がどんどん傷ついていく状態、言い換えれば体が壊れていくとも言えるわ。それと、触れるだけで壊す力。関係はありそうね」
「はい。というか、それ以外思いあたらないような気がして。独自魔法を使ったあとでも痛みはあっても、あんなことにはなりませんし」
「私がもう少し魔法に詳しかったらよかったんだけど、そこまでなのよね。たぶんアリシアちゃんのほうが詳しいわ。……アリシアちゃん?」
フルールさんの視線の先、アリシアは顎に手をあて、首をかしげている。
考え込んでいるようで反応がない。
思わずフルールさんと目を合わしてしまうが、とりあえず静かに待ってみる。
「……特殊属性」
アリシアに注目していると小さな声で呟いた。
特殊属性とは、炎、水、風、土、雷、光、闇の七つの基本属性とよばれるもの以外のことだ。ただし、氷や岩などは基本属性を熟練することによって使用可能となる技術のため、特殊属性には含まれない。
さらに属性というのは後天的に新しく獲得することはなく、生まれついたものから増えることはないはずである。
俺が持ってる知識はこれぐらいだけど、属性は前に調べたときは炎と雷だけだったはず。
……いや、調べた方法がカブトムシを手に乗せただけだったし、間違ってても不思議じゃないかも。
「……もしかしたら、なんですけど。ツカサ様のその力、特殊属性かもしれません。考えてみましたが、普通の属性じゃそんな力はないと思います。それに、何より属性の色が変です」
「まあ、たしかに変な色だったけど。けど、そうなると俺は三つの属性を持ってたことになるよね。あの虫が判別できなかっただけかもしれないけど」
「あの虫さんは特殊属性でも反応するって聞いたことがあります。あのとき反応しなかった理由はわかりませんけど……」
カブトムシは優秀だったらしい。
そうなると、考えられるのはカルミナだ。俺の記憶を変えていたぐらいだ。力を封じてても不思議じゃない。
カルミナに聞くことが増えたな。できれば早くにペンダントを直したいところだけど……結局、修理できる魔道具は見つからなかったしな。
「ともかく、ツカサ君はその特殊属性だと思われる力は使わないように。またあんな状態になったら危険すぎるわ」
「私もそう思います。使うにしても特殊属性についてもっと調べてからにしましょう」
カルミナが信用できない今、地道に調べるしかない。
誰かに聞くか、本とかを読むしかないと思うけど……ブルームト王国に手掛かりがあるだろうか。
「……二人とも警戒して。近くに何かいるわ」
考え込んでいるとフルールさんから声がかった。
気配は感じない。
聞こえるのは川の流れる音だけだ。
どこに何がいる……?
剣をとり、いつでも抜けるようにしておく。
フルールさんの視線は森の奥。目を凝らすとそのには人影が見えた。
「……人ですよね?」
「ええ、人よ。ただ、少し厄介ね。……ツカサ君はアリシアちゃんを隠すようにして頂戴。アリシアちゃんは声を上げないで。私が話すわ」
フルールさんは立ち上がると森のほうへと歩いていく。
俺は言われたとおりにアリシアを背に隠すように立ち位置を変えた。
フルールさんは厄介って言ってたけど、どういう意味だろうか?
こちらが気づいたことを向こうもわかったのだろう。
森から出てくるとこちらに向かって来る。
……なんだあの人たちは?
森から出てきたのは五人。いずれも真っ赤な服を着ている。
先頭にいるリーダーらしい男性以外は赤い頭巾のようなものをかぶり、顔も見えない。
リーダーらしい男性は三十代ぐらいだろうか。服を着ててもわかるほどやせ細った体をしている。
赤い集団はフルールさんから距離をとって停止した。
あの位置ならギリギリ会話も聞こえるだろう。
耳を澄まして待機する。
「あなたたち、その格好からして赤の教団ね。私たちに何か用?」
「いかにも! 我々は赤の教団! 我らはブルームト王国周辺の哨戒任務中である! 貴様らはこのような場所で何をしている!」
「……何って、私たちはブルームト王国を目指して旅をしてるだけよ? 今は休憩してただけ」
「……怪しい! 実に怪しい! 今、この道を使うやつはいない! さては、なにか後ろめたいことがあるな? そうに決まっている!」
声は裏返り、甲高い。ひどく神経を逆なでするような不快な音だった。
怒鳴るような大声で、そうとう興奮しているようすだ。何よりもあの血走った目、普通ではないように見える。
「ちょっとまって! 私たちは何もしてないわ。信じて頂戴」
「信じる? 信じるのは赤の教団……教団のみ……そう! 信じていいのは赤の教団! つまり貴様を信じない! 貴様を……ん? んん? 貴様……貴様は我が妻!」
男はフルールさんに詰め寄りながら、突然そのようなことを言い出した。
「我が妻よ! ここで何をしている!」
「……は?」
「呆けよって! もうよい! 一緒に来るのだ! 」
俺たち全員は呆然としていたと思う。男が何を言い出したのかわからなかったからだ。
唖然としている隙に男はフルールさんの腕を掴み、引っ張ろうとしている。
何なんだこいつ! 何かおかしいぞ。
言葉が通じないと判断し剣を抜こうとしたそのとき。
「イクスパンドマジック! ライトボール・ダブルインパクト!」
後ろから光の球が飛んできた。
光の球は男の脇腹に命中する。
骨が折れる音を響かせながら、森へと吹き飛んでいく。
ほかの四人の赤い連中が呆けている間にフルールさんは動き出していた。
走りながら二本のナイフを投げ、左手は腰の短剣を引き抜いている。
ナイフは二人の足に刺さり、行動不能にしていく。
三人目は応戦しようと剣を取り出したが、フルールさんの相手にはならない。
剣は簡単に躱され、カウンターで足を斬られて後頭部まで殴られている。
最後の四人目は攻撃後のフルールさんを狙っているようだが、周りが見えていない。
俺もただ見ていたわけではなく、すでに四人目の背後まで来ていた。
鞘から抜いていない剣を横に薙ぐ。
狙いは膝だ。
予想より力が入っていたようで、剣があたった膝は少しだけ悲惨な状態になっていた。
「二人とも行くわよ!」
フルールさんはシュセットに向かって走り出す。
俺はふらふらのアリシアを抱えて馬車へと向かう。
先に着いたフルールさんがシュセットと馬車を繋いでいく。
遅れて到着した俺はまず、アリシアを馬車の中に寝かせる。
そのあと御者台に乗ろうとしたが、フルールさんが乗り込んできたので隣へと座った。
フルールさんが手綱を握り、すぐに出発する。
シュセットは急に走り出したにも関わらず、快調な走りだ。瞬く間に休憩場所が遠くなっていく。
「フルールさんは大丈夫ですか?」
「怪我もないし、大丈夫よ。大丈夫じゃないのはあいつらじゃない? さすがにイラついたから傷は深めでナイフも毒つきにしたわ」
「なんというか、おかしいやつらでしたね。俺も強めに殴っちゃいましたし、あの威力の魔法はたぶん、アリシアも怒ってましたよ」
「アリシアちゃんは大丈夫? せっかくよくなってきたのに魔法を使わせちゃったわね」
「今は寝かせてますけど、意識はありました。少し休めば大丈夫だと思います」
フルールさんは落ち着いてきたのか、馬車の速度を少し下げたようだ。
シュセットは物足りなさそうだが、たぶん長く走ることになる。速度より距離で我慢してもらおう。
「まったく……あそこまで変なやつは久しぶりに見たわ。……とりあえず、進路は変えないでブルームト王国を目指すわ。ただ、警戒は怠らないようにね」
「はい、注意します」
あの赤い連中は全員怪我をしてる。すぐには追っては来れないだろう。
ただ、ほかにも似たような奴らがいるかもしれない。
……次にまた同じことがあったら、剣を抜いてしまいそうだ。
できれば、人を斬りたくはないけど……さっきの戦闘でも剣こそ抜かなかったものの、だいぶ力が入っちゃってたしな。
戦闘といえば、残念なこともあった。
急いでいたせいで鍋や食器を置いてきてしまったのだ。
ずっと使ってた分、愛着もあったので少し残念な気持ちもある。
ブルームト王国に着いたら新しいのを買わないと……
ほんの少しだけ気分を落としながら、俺は周囲の警戒を強めるのであった。
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