第三十五話 目覚め
目の前には座り込んでいるアリシアとフルールさんがいる。
アリシアは青白い顔で泣きながら微笑み、フルールさんは涙ぐんでいるようだった。
……ほんとに何があったんだ? 記憶がめちゃくちゃでうまく思い出せない。
「ツカサ様!」
軽い衝撃を受け止め、抱き着いてきたアリシアを呆然と見る。顔は変わらず青白く生気がない。そして、少しやつれているようにも感じた。
「ツカサ君。ぼーっとしてるけど覚えてない? 大蜘蛛と戦って大怪我したのよ?」
……大蜘蛛? …………!? そうだ! 大蜘蛛と戦って、それでアリシアが! ……無事?
「アリシア怪我は? 大丈夫なの?」
「はい。私も忘れてたんですけど、ロイドさんからもらった身代わりの腕輪のおかげで大丈夫でした」
身代わりの腕輪。
ロイドさんからデメルの村を出るときに貰った腕輪だ。
俺とアリシア、二人とも貰っているが、俺はパタゴ砦で魔族と戦った時に発動してなくなっている。
すっかり忘れていたが、アリシアのは大蜘蛛の攻撃を受けたときに発動したらしい。
「そうは言っても危なかったわよ。私が見つけたときは二人とも瀕死だったんだから」
「フルールさんが俺たちを助けてくれたんですか?」
「ええ。私が宝物庫からめぼしいものを貰ったあと、二人を探してたら天井が崩れていくのが見えてね。もしかしてと思って慌てて向かったら、案の定二人が倒れてたのよ。しかも凄い怪我で。あのときは焦ったわ」
話を聞くとフルールさんは無事に宝物庫に辿り着けていたようだ。
床が崩れたのは意図したことじゃなかったけど、それで見つけてもらえたなら結果的にはよかったのかもしれない。
「正直、二人を見つけたときはもうダメだって思ったんだけどね。宝物庫から霊薬を持ってきといてよかったわ。あれがなければ二人とも死んでたわよ?」
軽い口調で冗談っぽく言ってるけど、さっきの表情からすると相当危なかったのだろう。
俺自身、死ぬと思い、生きる気力もなかった。俺だけ回復が遅かったのはそのせいだろうか。だとしたら二人にはだいぶ迷惑をかけてしまった。
……本当はすぐにでもカルミナのことを相談したかったけど、これ以上迷惑をかけたくない。それにアリシアの顔色は悪いままだ。早めに休んでもらったほうがいいだろう。
「アリシア、とりあえず休んだ方がいい。ずっと寝てた俺が言うのもなんだけど、かなりつらそうだ」
「えへへ。体調はつらいですけど、気分はいいんですよ? けど、お言葉に甘えて今日はもう休ませてもらいますね」
フルールさんと二人でアリシアに肩を貸しながら立ち上がる。
視点が低いせいで気づかなかったが、俺は魔法陣の上にいたようだ。思っている以上の大魔法を使ったのかもしれない。
アリシアをテントへと送り、火の傍で温まる。
すでに辺りは暗い。
本来なら俺も寝たほうがいいのかもしれないが、さっきまで寝てた身だ。困ったことに眠気は全くない。
見張りを変わろうとしたが、フルールさんに病み上がりにやらせるわけないでしょ、と言われてしまう。
眠れないことを伝えると、仕方なさそうにしながらも話し相手になってくれるようだ。
話を聞いて驚く。俺の寝てた時間だ。
意識を失ってから五日も経っているらしい。
さらに俺の体についても予想外だった。
てっきり大怪我や気力の無さでなかなか目覚めなかったのかと思っていたが、変な病気、あるいは呪いにでもかけられたようだったと聞かされたのだ。
傷をふさげば、痣ができ、痣を治せば骨が折れる。
次から次に体が傷ついていく状態だったらしく、話を聞く限りアリシアの魔法や回復薬がなければ助からなかったと思う。アリシアには改めてお礼を言わなければ。
呪いにも似た現象、体が傷ついていく原因だが心当たりがあった。大蜘蛛を倒したあの力だ。
触れるだけで床も大蜘蛛も壊していったあの力は明らかに異常だった。
何故かあのとき使い方だけはわかったが、あの力が何なのかはわからない。
ただ、体が傷つく……壊れていく症状とあの力は関係があると思う。今も使おうと思えば、使える気がする。でも、たぶん次は体がもたない。
体の件でいえば、カルミナから教えてもらった独自魔法も危なく思えてくる。
現状カルミナ自体が怪しいので独自魔法も極力使わないほうがいいのかもしれない。
……そうなると俺の戦闘力は一気に落ちるな。剣と普通の魔法で、どこまでできるだろうか?
考え込んでいたところにフルールさんから声がかかる。
「そういえば、ツカサ君。言いそびれてたけど、あなたの新しい剣も持ってきてるわよ」
「剣って……宝物庫からですよね? 見てもいいですか?」
「ええ、もちろん。馬車に積んであるわ。シュセットを起こさないようにね」
早速、馬車へと向かう。
フルールさんの言うとおり、近くで休んでいるシュセットを起こさないように慎重に乗り込む。
馬車の中、見慣れた荷物の山に見慣れない長い包みがあった。形状からしてきっとこれだと思い、手に取って包みを開けてみる。
中は予想どおり剣だった。
形状は前に使ってたのと同じ両刃の直剣だ。ただ、刃は今までより少し長い。そのせいなのか重量がだいぶ増したように感じる。
重さと長さが違うため、慣れるまで少し時間がいるかもしれない。
フルールさんのところに戻り、感謝を伝える。
「フルールさん、ありがとうございます。大切に使います」
「喜んでもらえたならよかったわ。ちなみにそれ、魔剣だから慣れるまで実戦はしないほうがいいわよ」
「……魔剣。これが、魔剣」
「魔力を込めてみると色が変わるみたいよ」
フルールさんの言葉におもわず剣を抜き、魔力を込めていく。
魔力を込めた剣の刃は薄っすらと赤い光を放ち、微かに周囲を明るくする。
……カッコいい……
小さいとき、玩具の剣を振り回していたのを思い出す。
好きなキャラクターが光の剣を持っており、その玩具の剣を買ってもらっては一日中、光らせて振り回していたのだ。
あのときとは違い、重さが本物の剣だと伝えてくる。しかし、心は玩具を手にしたときのようであり、早く振ってみたいという気持ちで溢れていた。
どれくらい剣を光らせていたかわからない。気づけば近くにフルールさんが立っており、剣についての説明書きを渡された。
宝物庫にあるものは説明書きが一緒にあったらしい。
説明書きによると、この剣は炎属性の魔剣のようだ。名称はエタンセル。
剣に魔力を込め、魔剣の名を呼べば魔法が発動する。発動するのはファイアオーラ・バーストだ。
つまりこの剣は魔力を込めると、斬ると同時に爆発するということになる。
ほかにわかったのは普通の剣より頑丈だということと、強度を求めた結果、特殊な金属で製作して重くなったということであった。
……長さじゃなくて、金属自体のせいで重かったのか。頑丈なのはいいけど、長時間の戦闘は厳しいかも。ただ、強力な武器ってことは間違いない。手に入れてくれたフルールさんには感謝しかない。
フルールさんに改めてお礼を言い、これからのことを尋ねてみる。
「今、向かってるのはブルームト王国よ。進路ついては予定どおりだけど、日程は当初から遅れてるわ。食料もそうだけど回復薬とか消耗品が少し心ともないわね」
「少し急ぎ目で進んだほうがいいってことですね」
「ええ。できるだけ戦闘は避けて進む予定よ。せっかくの新しい剣だけど、試すのはブルームト王国についてからね」
「はい。でも慣らす必要がありそうなのでちょうどいいかもしれません。まずは素振りからやっていきます」
ブルームト王国はたしか川に隣接した国のはずだ。
迷惑をかけた分、御者などは出来る限り代わりたいと思ってる。この川を上るように移動すれば、地理に詳しくない俺でもブルームト王国辿り着けるだろう。……たぶん。
フルールさんには宝物庫から持ってきた他の物についても聞いてみた。
さっき俺が貰った剣のほかには、アリシア用の魔杖、霊薬、回復薬などを手に入れたようである。
ただ、霊薬は俺とアリシアに使い、回復薬にいたっては俺がほぼ消費してしまったらしく、在庫はないとのことだ。
他にもいろいろと持っていたらしいが、俺とアリシアを地下から運ぶために泣く泣く置いてきたと、泣くふりをしながら教えてくれた。
フルールさんに軽くツッコミを入れつつ、薪をくべる。
……いつもよりフルールさんのテンションが高い。それだけ心配をかけたってことだろうな。
「あと、ツカサ君。私も聞いた話でしか知らないし、アリシアちゃんも気を失ってたからわからないみたいだけど……大蜘蛛をどうやって倒したのか、説明できる?」
「なぜそうなったのか原因はわかりませんが、何が起きたのかはわかります」
「とりあえずはそれで充分よ。アリシアちゃんが起きてるときに説明してもらうから、頭の中で整理しといて頂戴」
「わかりました」
もう記憶の混乱はない。大蜘蛛との戦いも思い出している。
うまく説明できるかわからないけど、二人に話せば原因も思いついてくれるかもしれない。
不安は大きいし、わからないことだらけだけど、とりあえずみんな無事でよかった。まずは無事にブルームト王国に着くことを優先して行動しようと思う。
けど、忘れはしない。今は無理でも、カルミナには必ず問いただす。俺の記憶を偽ったことを。
読んでいただき、ありがとうございます。
気づくのが遅れましたが、評価ポイントがついていました。つけてくださった方、ありがとうございました。