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第三十四話 魔法陣

あけましておめでとうございます。

 森の中、古びた街道を一台の馬車が颯爽と駆けていく。


 馬車を引く馬の名はシュセット。

 シュセットの馬体は非常に大きく、力強い走りをしている。その走りは一頭で馬車を引いているとは思えないほど速い。そして、シュセットの手綱を握り、馬車を操っているのはセルレンシア偵察部隊に所属するフルールである。


 フルールは今、速度を落とすことなく川を探していた。余裕はない。自信でも顔がこわばり、焦りがあるのを自覚するほどだった。


 目と耳に神経を集中させ、川を探していく。手綱の制御はほぼしていない。そちらは完全にシュセット任せだ。


 そうしてしばらく探していると、森の奥に木が少なく開けた場所が見えてくる。集中した耳には水の流れる音も聞こえてきていた。



「川を見つけたわ! 休憩にするから準備して頂戴」



 フルールは首をひねり、務めて明るく馬車の中へと声をかけた。そして手綱を操作し、速度を落としながら街道を外れて進んでいく。

 ほどなくして水の音が聞こえ、馬車は川のほとりへと停止した。


 馬車からは青白い顔をした少女、アリシアがフラフラと覚束ない足で降りてくる。


 アリシアは地面に足をつけたとき、バランスを崩して体が傾いてしまう。

 すぐさまフルールが体を支えたため、倒れることはなかったがアリシアはひどく疲れたようすを見せていた。



「……アリシアちゃん、また魔法をかけてたのね? 気持ちはわかるけど、病み上がりなんだから無理しちゃダメよ」


「すみません。でも、傷が増えていくツカサ様の体を見ているだけなんてできなくて……」


「気持ちはわかるわ。でも次から次へと新しい傷ができるなんて聞いたこともない症状だし、霊薬でも完治しなかったのよ? 少し休まないと、アリシアちゃんは目的があって川に来たんでしょう?」


「……はい、そうです。効果があるかはわかりませんが……今、私ができる最大の回復魔法をツカサ様にかけたいと思います」



 アリシアはフルールから離れ、ふらつく足取りのまま何かをはじめようとする。



「アリシアちゃん、ダメよ。そんなフラフラじゃ成功するものも失敗しちゃうわ。まずは休憩! 少し早いけどお昼にしましょう。いいわね」


「……はい、すみません」


「準備は私がするから、アリシアちゃんは少しでも眠っておきなさい。ご飯できたら起こすわ」



 そう声をかけたフルールは馬車から食料を下ろし、昼食の準備をはじめる。

 アリシアはそのようすを見ていたが、しばらくすると横になって目を閉じた。


 火を起こしていたフルールはアリシアが寝たのを確認すると、羽織っていた外套を起こさないように静かにかける。


 寝ているアリシアから少し離れ、フルールは野菜を細かく切っていく。みじんに切られた野菜は麦と一緒に鍋に入れ、水を張ると遠火で煮はじめる。


 食材に火が通る間にテントを張り、シュセットの世話もおこなう。ときおり鍋のようすを見に来ると水を足し、また作業に戻る。少しでも休憩をとらせるためか、昼食の準備はゆっくりと進めていた。


 日の高さが昼を超えたころ、フルールは味見をし、鍋を火からおろす。出来上がったのは麦粥のようなものだ。


 アリシアを起こし、二人で食事をとる。アリシアは少し回復したようで、食事も残さずに食べれたようだ。二人で片付けを終わらせると、フルールはアリシアが使おうとしている魔法についての説明を求めた。



「私が使おうとしてる魔法……簡単に説明すると独自魔法になります」


「独自魔法!? アリシアちゃんも使えたの……」


「隠してたわけじゃないんです。ツカサ様のように呪文を唱えれば使えるわけじゃないので、胸を張ってできますとは言いづらくて」


「なるほど、条件がいるのね? それで川が必要だったのかしら」



 アリシアは頷き、近くに置いてあった杖を手にとった。



「それとフルールさんがくれたこの魔杖オクシリエールがないと使えません。私の魔力だと足りないので……」


「役に立つなら苦労したかいもあったわ。まあ、その魔杖もアリシアちゃんが元々持ってたやつに比べると格は落ちるけどね」


「いえ! そんな……充分すぎます。フルールさんがいなければ私もツカサ様も生きてないです。あの状況で本来の目的まで達成してるフルールさんは凄すぎます……私は結局、足を引っ張ただけで何もできませんでした」



 アリシアは杖を握り締めるとうつむいた。

 それを見たフルールは片手で顔を覆うと天を仰ぐ。



「アリシアちゃん……何度も言ったけどアリシアちゃんの判断は悪くないわ。それに途中から気を失ってて何が起きたのかはわからないんでしょう? 何が起きたのか知るためにもツカサ君を起こす。そのためにも魔法を使わないと。ほら! 顔を上げて、続きを説明して頂戴」



 顔を上げたアリシアの瞳には涙がたまっていた。しかし、アリシア服の裾で強引に顔を拭くと、赤くなった目のままで説明を続ける。



「……はい。えっと、まずはこの近くで光属性の魔力を増幅させる魔法陣を作成します。魔法陣は地面に溝を掘るかたちで描いて、その溝に川の水を引いて満たす予定です」


「魔法陣? 触媒になるようなものは持ってないわよ。アリシアちゃんの前の杖ももうないし。それに川の水を引いて何か意味があるの?」


「川の水を魔法で聖水に変えて、そこに魔力を込めた私の血を混ぜます。そうすれば短時間ですけど、触媒の代わりになるんです」


「なっ!? なにを言ってるの! いくらなんでも負担が大きすぎるでしょ! ……触媒に血を使うっていうのは聞いたことあるけど、一滴や二滴なんて話じゃなかったはずよ。危険すぎる」


「大丈夫です。初めてじゃありませんから……成功させます」



 赤くなった目、疲れた顔で無理やり微笑み、アリシアは静かに宣言した。


 立ち上がり、作業をはじめる。

 その足取りは先ほどとは違い、力強くしっかりとしていた。



「はぁ……止めてもダメみたいね。アリシアちゃん! 私も手伝うわ。ただし、ちゃんと休憩をとりながらやるわよ」



 川から少し離れたところ。小石が少なく、茶色の地面がむき出しになっている場所に二人で魔法陣を描いていく。


 アリシアが線を引き、フルールが溝を掘る。水を流すため、溝の深さはくるぶしが隠れるぐらいまでの深さが必要だった。水を流しても崩れないように、周りの土を固めながらの作業を続けていく。


 黙々と作業が続き、日が傾きはじめたころに魔法陣は完成した。全体の大きさとしては大人一人が横になっても余裕がある広さはあるだろう。


 続けて川から魔法陣へとつながる浅い水路を作り、水を流す前に一度休憩をとる。



「あと少しね。私はツカサ君を中央へ運べばいいのかしら」


「はい、お願いします。川の水を聖水にしたあとは、最後まで続けてやります」



 アリシアは魔力活性薬を飲むとナイフと杖を持ち、先ほど作った水路へと向かう。そして川からの水路を開通させると、魔法陣へ水を送りはじめた。


 魔法陣へと流れてきた水はすぐに地面へと吸収されてしまう。しかし、絶えず川から供給されることによって、しだいに魔法陣は川の水で満たされていく。

 溝の八割まで水がたまったところで水路を塞ぎ、アリシアは魔法陣の中央へと戻り、静かに集中しながらフルールとツカサを待つのであった。


 そんなアリシアのようすを見つつ、フルールは馬車の中へと入っていく。

 馬車の中には傷ついた青年、ツカサが寝かされている。その顔は険しく、苦しげな表情だ。



「もう、こんなに傷が……アリシアちゃんが魔法かけてからまだ半日も経ってないのに……」



 ツカサの体には打撲のような痣が浮かんでいた。腕は関節が一つ増えたかのように曲がっている。今この瞬間も小枝が折れたような音が鳴り、ツカサの小指はあらぬ方向を向いていた。



「回復薬もこれで終わり。もし、魔法がうまくいかなかったら……いいえ、よくない想像はしないほうがいいわね」



 フルールはツカサに回復薬を振りかけると慎重に背負い、運んでいく。運ぶ先は魔法陣の中央、アリシアが居る場所である。


 魔法陣の中央にいるアリシアは目を閉じ、集中しているようすだ。その右手に杖を持ち、左手は抜き身のナイフが握られている。


 ツカサが魔法陣の中心へと寝かされると、アリシアは目を開いた。そして、魔法陣を満たしている水に杖を接触させる。



「まずは聖水を……ライトオーラ・ピュリファイ」



 杖が白い光に包まれていく。そして杖の先端、水と触れている部分まで光が届くと変化が起きた。

 杖と触れている水が淡く光りはじめる。淡い光はゆっくりと広がり、魔法陣を明るくしていく。


 少しの間をおいて魔法陣全体が淡く光りだす。同時に杖は光を失う。それは、すべての水が聖水へと変わった証でもあった。


 聖水が完成し、アリシアは杖を持つ腕をナイフで切りつける。

 流れ出した血は腕から杖を伝い、魔法陣を満たす聖水へと辿り着く。


 アリシアは血を流し続け、その顔は青白くなっていた。それでも血は止めず、聖水へと注いでいく。

 やがて杖を持つ手も震えはじめ、アリシアの膝は力を失う。すかさずフルールが支える。その直後、聖水がひときわ強く輝きだす。


 無色透明で淡い光を放っていた聖水は、輝く白銀の液体へと変わっていた。



「……こ、れで、魔法陣は……完成です」



 アリシアは荒い息を整えながら魔法陣の完成を告げた。

 そして、白銀の液体と触れていた杖を動かし、ツカサの胸に当てる。


 アリシアから白い光が溢れ出す。

 白い光は体全体から放出され、炎のように揺らめいている。



「……光よ! 道しるべとなり、彼のものを正しき道に戻したまえ! リグレッション!」



 膨大な光の奔流がツカサへと流れ込む。

 傷が癒え、苦悶の表情を浮かべていた顔も安らいでいく。


 青白い顔のアリシア、息をのみ支えるフルール、二人の視線はツカサへと注がれていた。




◆◆◆◆◆◆◆




――痛い……どうして……それに、ここはどこだ?



 全身筋肉痛にでもなったような痛みだった。その痛みもさることながら、ここがどこだがわからない。目を開け、見えたは星空しかなかった。


 土の匂い、水の音、微かだが風も感じる。どうやら俺は外で寝ているようだ。



 なんで外に……いや、そもそも俺は何をしてたんだ?



 今わかってるのは、俺はカルミナに騙されていたということだけだった。


 何がきっかけかはわからない。

 目が覚める少し前に突然、知らない記憶、正確には消されてた記憶が蘇ってきたのだ。


 記憶は霧が晴れたかのようにはっきりと見え、パズルのピースが嵌ったがごとくしっくりときていた。

 ただ、大切なことは思い出すことができたが、眠る前のことはあやふやになっている。



 そっちも早く思い出さないと……



「……ツカサ様?」



 アリシアの声が聞こえた。


 鈍く痛む体を動かし、声がしたほうへと顔を向ける。


 そこには、青白い顔で地面に座り込むアリシアと安堵した表情のフルールさんがいる。何があったのかは思い出せない。ただ、迷惑をかけたのだけは何となくわかってしまった。

読んでいただき、ありがとうございます。


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