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第三十二話 蜘蛛型ライヴェーグ

 暗い坂道を上り続ける。

 傾斜はきつくなり、今や地面に手をつきながら進んでいた。


 道はきついが、戦闘はほとんどしていない。

 どうやらこの地下四階には、蜘蛛型ライヴェーグしかいないようなのだ。体に血を塗るという対策をしたおかげか、新しい血が欲しいとき以外は戦いを回避できている。ただ、ここまでの道のりはそこまで順調というわけでもなかった。


 この坂道には途中で多くの分かれ道があり、その先はだいたいが行き止まりだ。どこかの道に繋がっているということもなく、何度も道を引き返すことになった。おかげで多くの時間を使っている。しかし、ようやくそれも終わりを迎えられそうだった。


 坂を上りきると、小さめの広場のような場所に出た。行き止まりではあるが、今までの通路が途中で終わっているような場所ではない。周囲にはこの階層のものではない石の瓦礫が散乱し、上が見えないほど高くなっていた。


 明らかに上の階層の瓦礫と見えないほど高い天井。状況から上が怪しいと思い、明かりを飛ばしてもらう。すると、崩れている床とその先に見覚えのある材質の天井が見えた。どうやら今俺たちがいる場所は床が抜けた先、落とし穴の下にいるような状況らしい。



「ようやく上に戻れそうだ。あとはどうやって上に行くかだけど……」


「壁は土なので脆いですし、そのまま登るのは難しそうですね」



 アリシアの言うとおり、周りの壁は脆く、掴めばその部分が崩れてしまうだろう。



 何か方法を考えないと……石の瓦礫を組み合わせて足場を作る。……上までは届かないな。半分ぐらいまでならいきそうだけど。



「ツカサ様は何か思いつきましたか?」


「いや、あの瓦礫を積み上げるぐらいしか思いつかなくて。アリシアは?」


「私はその……魔法を下に撃って爆発で飛べないかなーって、ちょっと思ったんですけど」



 ここから爆発させてもたぶん届かない。だとしたら、積み上げた瓦礫の上で魔法を爆発させて飛ぶ? ……難しいな。爆発力は上に飛ぶというより、瓦礫が壊れるほうでなくなりそうだ。

 もう少しで届きそうなんだけどな。たとえば、魔法を下ではなく、上に撃ってその爆発を受けて飛ぶというのはどうだろう。ダメージは受けるけど届く気がする。



「アリシア、たとえばなんだけど、俺が魔法で吹き飛ばされるっていうのはどうかな? 瓦礫を積み上げた上からなら届く気がするんだけど」


「どうかな? じゃないですよ! そんなことしたら届いたとしても瀕死ですよ!」



 予想はしていたが、やはり怒られてしまった。ただ、考え方は悪くないと思う。



 ……爆発の威力はそのままで、被害を受けずに飛ばされる方法。……お互いに魔法を撃ちあえば、被害は最小限でいける……?



 もう一度、アリシアに話してみる。



「たしかに、いけるかもしれません。付け加えるなら、下側の人はシールド系の魔法のほうが、爆発の威力は上に集中すると思います。それでも危険なことには変わりありませんが……」



 アリシアの言葉を聞き、ちょうどいい魔法を思いつく。以前、パタゴ砦の第四師団団長であるエランが使った魔法だ。足で魔法を発動させ、大きく飛んでいたのが印象に残っている。状況的に最適な魔法のはずだ。


 役割分担としては下側はアリシアで上は俺だ。これならうまくいくと思い、思いついた魔法とともにアリシアに提案してみる。



「――というのはどう?」


「出来なくはなさそうです。でも危ないのは変わらないですよ……本当にやるんですか?」


「他に方法も思いつかないし、やってみよう。うまく上がれたらロープとかを探してくるから、アリシアは動かずに待っててほしい」



 早速、瓦礫を移動させていく。とはいっても、大きすぎるものは二人がかりでも難しいので、抱えられるものだけだ。


 元からあった一番大きな瓦礫の上に積み上げていくが、思ったよりもバランスが難しい。ただ積み上げればいいわけではなく、最後には登る必要があるのだ。魔法を撃ったあとでも崩れないように、隙間には小さい石を入れて動かないように固定しておく。


 少し時間はかかったが、それなりに大きな瓦礫の山が完成した。

 登ってみると予想よりは低い気もしたが、とりあえずやってみることにする。


 脚へと魔力を集中させていく。

 アリシアのほうは準備ができたようで、こちらを見ると頷いてくれた。



「いきます! ライトシールド・バースト!」



 アリシアが手のひらを上空へと向けて魔法を発動した。光の盾は地面と水平になるように現れている。


 俺は壁を使い、三角飛びをするような形でアリシアの魔法の上へと跳んでいく。



「ファイアオーラ・バースト!」



 光の盾に触れる瞬間、足に込めた魔法を発動し、膝を伸ばし高く跳び上がった。


 足下から聞こえる爆発音と衝撃に顔を歪めながらも、穴のふちを掴む。


 上昇する勢いのまま、ふちが崩れる前に力づくで体を上にもっていき、なんとか穴から脱出する。



 ……足が痛い。けど、心配させないために我慢しとかないと。



 アリシアから預かった道具袋から回復薬を出す。そしてアリシアからは見えない位置で振りかけておく。



「アリシア! 成功した! 今からロープを探してくるから!」



 声を張り上げて伝えると、アリシアは大きく手を振って応えてくれた。


 道具袋から明かりが付与された瓶を取り出し、周囲を観察していく。


 大きめの部屋のようだ。扉はないが、部屋の壁が大きく壊されている。

 壊れた壁を超えて隣の部屋に移動すると、また壁が壊されていた。さらに進むと今度は通路へと出る。



 ……向かいの部屋も壊されてる。近くには曲がり角もあるようだ。通路の大きさからいって、ここは地下二階か地下一階のどちらかだと思う。ただ、この通路、なんとなく見覚えがあるような……



 既視感を確かめるために曲がり角のほうへ向かう。


 曲がり角の先に見えたのは、大きく天井が崩れ、瓦礫の山でふさがれた通路だった。



 やっぱり、ここは地下二階だ。この崩れた通路は大蜘蛛を瓦礫で埋めた場所で間違いない。だとしたら、休憩で使った部屋に戻れば、着替えの服や袋がいっぱいあったはず。それを使えば充分な長さのロープも作れるかもしれない。



 休憩部屋に向かい走っていく。


 記憶では地下二階のこの辺りにはライヴェーグはいなかった。だから、ある程度なら音を立てたとしても問題ない。ここよりもさっき爆発音を立てた穴の中に魔物が来ないかのほうが心配だ。


 部屋へとたどり着くと、比較的状態のよさそうな服をつなぎ合わせ、一本の長いロープへと変えていく。それを空の袋に詰め込むと、急いで来た道を戻る。


 急いだ甲斐があったのか、穴の中は静かで特に変化はない。肝心のアリシアも明かりの下で座って休んでおり、問題は起きていないようである。


 アリシアに声をかけ、ロープを下ろす。


 ロープが下に届くのを確認できたら、ロープの余った部分は大きめ瓦礫と繋いだ。次にロープと繋いだ瓦礫が動かないように、他の瓦礫を上に載せていく。


 これで準備完了である。念のために穴のふちでロープを掴んでおき、アリシアに上がってくるように伝えた。


 すぐに腕に負荷がかかる。


 たいした重さではないが、急ごしらえのロープがどこまで耐えてくれるかはわからない。ちぎれないことを祈るばかりだ。


 アリシアのほうの明かりは時間切れで消えてしまったようで、現在その姿は確認できない。


 緊張しながら待つ。すると、ようやくアリシアの手が見えてきた。同時にロープがちぎれそうになっているのに気づく。



「アリシア! 急いで!」


「はい!」



 アリシアの腕が穴のふちへ到達しようとしたとき、ロープは切れてしまう。


 とっさに身を屈めてアリシアの腕を掴むと、強引に引っ張り上げる。



 ……なんとか、間に合った。



「あ、ありがとうございます。助かりました」


「無事に上がれてよかったよ。一息つきたいところだけど、動けそうなら先を急ごう」



 アリシアに手を貸し、立ち上がってもらう。


 通路へと出ながら、ここが地下二階だという説明をしていく。



「たしかにあの崩れた通路も壊れた部屋も地下二階のですね。……あれ? ツカサ様、この辺りでライヴェーグは見ませんでしたか?」


「ライヴェーグ? いや、あの大蜘蛛がいたからこの辺りにはいないはず。最初に三人で来たときだって見たのは成体の……ライヴェーグ?」


「はい、あのときギーリラプター……大蜘蛛と成体のライヴェーグがいたんです。大蜘蛛はすぐに私たちを追ってきてました。だから、成体の死体がここにないというのは、少しまずいかもしれません」



 大蜘蛛は死体を食べていたと思うが、本体を食べていたかはわからない。そしてアリシアの言うとおり、あのときはまだ死体が残っている状態で大蜘蛛は俺たちを襲ってきていた。


 あるはずの死体がない。つまり、成体のライヴェーグは生きていて移動したのだろう。そして、成体のライヴェーグが移動するのは死体を探すためである。



 ……ここから一番近い死体、それは大蜘蛛の死体だ。



 実際のところ、大蜘蛛が瓦礫の落下で死んでるかは定かではない。だが、天井を破壊し、通路を埋めるほどの瓦礫を浴びているのだ。死んでいる可能性のほうが高い。



「もし、ライヴェーグが大蜘蛛に寄生してたとして……俺たちは勝てる?」


「……厳しいと思います。避けられればいいんですけど、ここを通らないと下には行けません」



 見つからないで通り抜けるのは不可能だろう。すでにライヴェーグの血は乾いている。そして瓦礫の中を音を立てずに歩くのも難しい。


 戦うこと前提で進むにしても、独自魔法ぐらいしか有効な手段は思いつかないのが現状だ。


 考えてみても倒す手段は浮かんでこない。唯一、思いついたのは逃げることだった。



「アリシア、今の状況で倒すのはやっぱり難しいと思う。だから先手で脚を攻撃して、機動力を奪って逃げるっていうのはどうだろう」


「脚を攻撃……でもライヴェーグの場合、多少の傷じゃ効果はないですよ。切断、もしくは完全に折らないと追って来ると思います」


「独自魔法を使う。あれなら身体能力も上がるし、素手でもなんとか通用するはず。アリシアは俺が攻撃してる間に駆け抜けて、回復魔法の準備をしておいてほしい」


「……わかりました。本当はあの魔法を使ってほしくないんですけど……今回はすみません、頼らせてもらいます」



 曲がり角の先、瓦礫で埋まった通路を進んでいく。

 場所によってはかなりの高さまで瓦礫が積み上がっており、先ほどの穴を上がった方法を使えば地下一階にも行ける気がした。


 大蜘蛛が埋まった場所へと近づいていくと、損傷の激しい大きな死体が見えてくる。予想どおり、ここまで移動してきていたようだ。

 そして、埋まっているはずの大蜘蛛の姿は見えなかった。



「大蜘蛛がいない。移動してるってことは、瓦礫で下敷きになった怪我は治ってるみたいだね」


「そうですね。でも、ライヴェーグは死体の傷を繋いで治すことができても、大蜘蛛の硬い表皮は再生することができないはずです。そこを狙えれば、少しは攻撃が通りやすいかもしれません」


「わかった。意識してみるよ」



 さらに進み、隠し部屋がある通路の近くに来ると、大きなシルエットが見えてくる。予想どおりの大蜘蛛だ。


 広範囲が見えるように強めの明かりを使っているが、大蜘蛛は反応しない。やはりライヴェーグに寄生されてるとみて間違いないだろう。


 ライヴェーグには聞こえないとは思うが、念のためアリシアには手で合図を出す。


 ゆっくり離れていくアリシアを確認し、体の中心に魔力を集めていく。


 魔力がたまり、アリシアを見て頷く。俺の合図を受け取ったアリシアは新しく明かりの魔法を撃ちだした。



「……炎よ、神の力にて変化せよ。理を超え、時間へと変われ。時より力を! サクリファイス・タイム!」



 独自魔法を発動させ、走り出す。強烈な頭痛とともに世界が変わっていく。


 俺一人加速した世界を走る。新しく撃ち出された明かりを抜いてしまうが問題ない。すでに後ろ脚三本だけなら見えていた。



 ……どの脚にもダメージはあるな。硬いらしい表皮はひびが入ってる。あれなら壊すのも簡単だろう。



 まず、一本。脚先のひび割れた個所へと右足を振りぬき、粉砕する。


 続けて二本目。脚の弱っている場所へ駆け上がり、踵落としで砕く。


 ようやく大蜘蛛のライヴェーグが気づいたようだが、遅い。


 三本目は表皮がはがれ、中が見えているところを狙う。両手で雑巾のようにねじり、踏みつけて千切る。


 大蜘蛛のライヴェーグは三本の脚を失ったせいかバランスを崩していた。

 予定どおりにアリシアが駆け抜けていくのが目に入り、一瞬攻撃を止める。



 当初の目的は果たしたが、どうするか……


 ……そうだな。こいつは邪魔だし、思ったより弱い。ここで殺してしまおう。



 微かな間で思考すると攻撃を再開する。



 狙うなら本体がある体の中心。方法は……口からにしよう。



 激しく動きはじめた脚を回避するため、大きく跳躍する。


 空中にいる間に魔力を右手に集めていく。


 着地と同時に頭に向かって駆け、右腕を強引に口の中にねじ込む。



「……イクスパンドマジック……ファイアボール・トリプルバースト」



 爆音とともに大蜘蛛の頭がはじけ飛ぶ。


 はじけ飛んだ肉は激しく燃え盛る。普通の生物なら即死と思われる爆発だ。強力ゆえに右腕には大きな火傷を負ったが問題はない。まだ左腕がある。それに今ので首の断面が見えた。同じ攻撃をすれば本体まで届き、こいつを殺せるだろう。


 暴れまわる大蜘蛛を横目に距離をとり、左手に魔力を集めていく。


 大蜘蛛の首の断面は燃えていた。しかし、炎にはかまわず、首に向かって走り出す。否、走り出そうとした。


 吐き気を感じ、足がもつれ、体が地面へと倒れていく。


 強烈な頭痛と耳鳴りを感じる。



 ……何故、倒れた? 魔法はまだ続いている。……息苦しい?



 立ち上がろうとしても立てず、首を回して周囲を見る。


 周りは炎に囲まれていた。


 燃え盛る炎に目を奪われ、意識が戦闘から離れる。呆然としてしまっていた。魔力の制御は不安定となり、左手の魔力は散っていく。そして独自魔法も解除された。



 ……俺は何をして……

 ライヴェーグに寄生された死体はよく燃えるって言われてたはずなのに……



 炎に包まれた大蜘蛛が迫ってくる。熱に弱いはずが、表皮のせいでまだ動けるようだ。


 俺の体は動かない。


 炎での呼吸困難、そして独自魔法の副作用である全身の痛みが、体を動かすことを邪魔していた。


 大蜘蛛は鋭利な脚を振り上げている。



 狙いは俺の頭か……体は、動かない、か……



 振り下ろされ、迫りくる鋭い脚先を呆然と眺める。


 次の瞬間、甲高い音があたりに響いた。


 目の前にはアリシアが居る。俺をかばうように立ち、光の盾を展開していた。



「……アリ、シ、ア」


「すみません。本当は回復用の魔力だったんですけど、使っちゃいました」



 アリシアはすでにひび割れ、崩れそうな光の盾を片手で制御している。もう片方の手で回復薬を取り出すと俺に振りかけ、さらに何かを取り出した。



 あれは、魔石? でも、あの大きさじゃ大蜘蛛にダメージを与えることはできない。



「ごめんなさい。私の力ではツカサ様を抱えて逃げ切ることはできません。……だから、痛いかもしれませんが我慢してくださいね?」


「……ア、リシ、ア」



 ガラスの割れるような音が響き、光の盾は消えていく。


 アリシアは俺の腹に小さな魔石を押し当てた。



「……ダメ、だ」


「逃げてフルールさんと合流してください。……あと、エクレール様にごめんなさいって伝えてくれると嬉しいです」



 アリシアは優しく微笑んでいる。その表情が目に焼き付く。



「ツカサ様、楽しかったです。今までありがとうございました」



 体に衝撃が走り、大きく吹き飛ばされる。


 落下し、地面へと衝突するがそれでも勢いは止まらない。体は転がり、どんどん距離が離れていく。


 転がる体を左腕で無理やり止め、アリシアのほうへと視線を向ける。



 理解したくなかった。


 目の前の光景を受け入れたくない。



 アリシアは倒れ、その体には大蜘蛛の鋭い脚が突き刺さっていた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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