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第三十話 地下三階

 コンドール城、地下三階。

 地図上では迷路のような造りになっているのがわかる。そして、この階層から罠が仕掛けられているという気の抜けない階層だ。


 罠を避け、地図で確認しながら進んでいく。その予定だった。



「うわぁ……凄いことになってますね。一応、魔法で明るくしてみます」


「ありがとう。でも、暗くてこれなら、だぶんダメそうだ」



 アリシアが魔法を放ち、周囲を明るく照らす。


 明かりにより、鮮明に見えてきたのは左右の二つに伸びる道だ。ただし、その片方は壁が崩れ、道はふさがれてしまっている。

 地図でもこの二つの道は確認できており、進むべき正解のルートは右側だ。そして、残念なことにふさがれている道も右側である。



「ダメね。完全にふさがってるわ」


「左側に行くしかないってことですね。道は大丈夫そうですか?」


「……ええ、詳細な道は書かれてないけど宝物庫へは行けそうね。ただ、この道はあまり通った人がいないはずだから、作動してない罠がたくさんあるはずよ。慎重に行きましょう」



 地下一階や地下二階と違い、地下三階の通路は狭い。両手を広げれば左右の壁に届きそうなぐらいの幅だった。

 必然的に一列になって進むこととなる。順番は今までと変わらず、フルールさん、アリシア、俺の順だ。


 罠を避けながら進む。


 通路に仕掛けられた罠は壁に開いた穴から矢が飛んでくるもの、床から槍が飛び出してくるものが多かった。

 今のところは誰も怪我をせずに通過することができている。誤算だったのは罠を解除、あるいは作動させないということができなかったことだ。

 フルールさんの技量不足というわけではない。罠が魔道具であり、スイッチなどの仕掛けいらずで作動してしまうためだ。熱、重さ、空気の流れ、それとも違うもので感知しているのか、作動条件は今のところ分かっていない。


 前にいるアリシアが止まる。どうやらフルールさんから停止の合図が出たようだ。


 アリシア越しにフルールさんを見ると、また壁からの矢の罠を見つけたらしい。フルールさんは壁にある穴のから矢が出てくる角度を確認すると、少し助走をとって大きく跳ぶ。


 短く風を切る音が聞こえたと思ったら、すぐに重い衝突音が耳に入る。顔を向けると矢が床近くの壁に刺さっていた。壁の穴はフルールさんの腰辺りだったことから、今回の矢は斜め下方向に放たれていたようだ。


 大きく跳んだフルールさんは無事に罠を回避している。躱し方のお手本を見た俺とアリシアは真似をして進んでいく。


 地下三階に来てから、何度も似たようなことを繰り返していた。フルールさんがいなければ罠に引っかかっていたか、ここまで順調には進めていなかっただろう。


 その後も罠を回避しながら進むと進行方向に扉を発見する。扉を開けて中のようすを窺うと、そこは小さな部屋になっているようだった。


 フルールさんが一人で中へと入っていく。俺とアリシアは扉を開けた状態で待機し、注意深く部屋の全体を見ていた。



「……大丈夫そうよ。壁に穴はないし、床も怪しいところは見当たらない。ただ、念のために入ってきた扉と、その向かい側にあるもう一つの扉は開けた状態にしときましょう」


「じゃあ、こっちの扉は回収した罠の矢で閉じないようにしときます」


「私のほうにも一本投げて頂戴。それでもう一つの扉も開けた状態にしてくるわ。アリシアちゃんは私たちが作業してる間の警戒をお願い」


「わかりました! 任せてください」



 回収した矢は全部で三本。実際は矢というよりも、先がとがっただけの金属の棒だ。金属の割にしなりもあるこの棒は意外と太く、重量もある。それに加えて壁に刺さった矢を抜くのも大変だっため三本しか持ってきていない。


 そのうちの一本をフルールさんへと投げ渡す。そして俺は開けた状態の扉を足で押さえ、開閉の邪魔になる場所に狙いを定めると、全力で矢を床へと突き刺した。



 ……手がしびれた。でも、ちゃんと石の床に矢が刺さってる。これなら扉が閉まることはないだろう。



 部屋のほうから重い衝突音が聞こえてくる。顔を向けると、フルールさんも俺と同じように矢を床に刺したところだった。

 これで二つの扉は開いた状態で固定されたことになる。閉じ込められるという罠があったとしても回避できるはずだ。


 俺とアリシアも部屋の中に入って罠を調べていく。もう一つの扉、出口を出たり入ったりしても罠らしきものは作動する気配がなかった。



 もしかして、ここは本当に何もないただの部屋なのか?



 地図を確認しようと思い、出口の近くで先を警戒しているフルールさんに近づく。



「フルールさん、地図を見せてもらってもいいですか?」


「いいわよ。でも、私も確認したけどこの辺りのことは何も書いてなかったわ」



 地図を受け取り、開く。たしかにこの辺りのことは書いていない。ただ、周辺の状況から半分ぐらいは進んだということはわかった。このままいけば、そのうち正規のルートに合流できるだろう。


 しばらく地図を見ているとフルールさんから提案があり、小休止がてらに状況の確認をすることとなった。地図を返し、部屋の中央付近で入口のほうを警戒しているアリシアのもとへ向かう。



「あと少しで宝物庫ね。ただ、魔物がいないのは少し不気味なのよね」


「地下二階の隠し通路を魔物がわざわざ通るとも思えないですし、いなくても不思議じゃないと思いますけど」


「そう言われればそうなんだけどね。まぁ、魔物の奇襲とかの警戒はツカサ君に任せるわ。私は罠……特に一番危ない床から出てくる槍の罠に集中しないと。あれは一度かかっただけでも死ぬ可能性が高いのよね……」


「はい、そっちは俺が注意しときます。アリシアにはこれ以上負担掛けたくないですからね。それに魔物が出るとしても通路の広さ的に幼体のライヴェーグぐらいだと思いますし、奇襲なら地下一階で経験済みです。同じようには……」



 ふと、立ち止まる。


 まだ五歩も歩いていない。フルールさんも立ち止まり、怪訝そうな表情で俺を見ている。


 何かが聞こえたような気がした。話し出そうとしていたフルールさんを手で制し、聞くことに集中する。すると、小さな音だが、何かが擦れるような音が上から聞こえてきていた。


 二人より早く気づけたのは疲労度の違いだろう。先頭で罠を警戒していたフルールさんや何度も魔法を使っているアリシアに比べたら、俺にはまだ余裕がある。それに、地下一階のライヴェーグの奇襲を受けたのも影響しているかもしれない。あのときからできるだけ耳を澄まして警戒を続けていたのだから。


 天井を見る。



 相変わらず高い? いや、なにかおかしい……それにこの音、どんどん大きくなってる?



 腰にある明かりを宿した瓶を天井へと投げる。


 明かりに照らされ、見えてきたのは巨大な岩だった。


 フルールさんもアリシアも上を見て呆然としている。

 とっさに近くにいたフルールさんを出口へと突き飛ばす。そして、すぐにアリシアのほうへ走り出していく。



 ……独自魔法を使ったわけでもないのに周りがスローモーションに見える。これが今わの際ってことなのか……縁起でもない。


 さっき見た高さだと、アリシアを突き飛ばせても俺は逃げられない。でも、アリシアさえ助けられれば潰されても回復できる可能性がある。即死じゃなければだけど……



 全力で走るが岩のほうが早い。



 ……ダメだ。岩が近すぎる! これじゃアリシアを突き飛ばしても部屋の外に出る前に潰される……だったら。



 岩はもう、少しジャンプすれば届く距離だった。


 アリシアは魔法を撃とうしているが間に合いそうにない。それを確認した俺は、アリシアに向かって飛びく。


 小さく悲鳴が聞こえたが、無視して強引に押し倒す。そのままアリシアの頭を俺の胸に押し付け、衝撃に備える。



「がぁっ!」



 とてつもない衝撃に思わず声が出た。

 背中どころではなく、全身が痛い。ただ、予想よりもダメージは小さく、意識を失うこともなかった。その原因は今の俺とアリシアの状況に関係している。


 俺たちは今、落下していた。


 巨大な岩は凹凸が激しかったらしく、俺にあたる前に床と衝突したようなのだ。一瞬ではあったが、先に床が崩れはじめていたので間違いないと思う。背中に衝撃があったのはそのあとだ。おかげでダメージは受けたが潰されずにすんでいた。


 空中で態勢を整える。


 片手でアリシアを抱きかかえ、もう片方の手で三本目の罠の矢を握る。そして全力で腕を振り、矢を壁に突き刺す。


 壁を削りながら減速していく。


 止まったのは矢を握る手が痺れ始めてきたころだった。


 一呼吸すると下を見る。しかし、明かりはアリシアの腰に付いたものしかなく、視線の先は真っ暗だった。そのせいか、穴はどこまでも続いているような気がしてしまう。



 ……とりあえず助かった。穴が小さくてよかったな。もし穴が部屋と同じ大きさだったら、どうすることも出来ずに地面に叩きつけられてたかもしれない。



 上を見ると、床に開いたはずの穴は岩でふさがれているようで光が見えない。これはたとえ昇ったとしても上からの脱出は難しいだろう。続けてもう一度下を見ると、今度は途中でアリシアと目が合った。



「ツカサ様? えーと、何がどうなってるんですか」


「とりあえず、俺がわかってる範囲で説明すると――」



 アリシアに状況を説明し、下に明かりの魔法を飛ばしてもらう。

 明かりは下へ下へと進んでいき、しばらくする消えていった。アリシアの話によると明かりに込めた魔力量から、何かにぶつかって消えた可能性が高いとのことだった。



 光が消えたのはわかった。けど、遠すぎたのか地面は見えなかったな。……かなり深いみたいだけど、どうするべきか……



 飛び降りたら確実に死ぬだろう。ゆっくり打開策を考えたいところだけど、時間はあまりない。体が痛く、腕がもう限界に近かった。



「アリシア、ごめん。腕がもう……」


「ツカサ様! 私がしがみつきますから両手を使ってください!」



 アリシアのおかげでほんの少しだけ猶予ができた。今のうちに打開策を考える。思いつかなければ、きっと落ちることになるだろう。



 たとえばこの矢を抜いて、落下しながらもう一度刺す。……ダメだな、矢は曲がってる。これじゃまともに刺せない。

 剣も使えないな。矢と同じことをすれば、しなりのないこの剣は耐えられずに折れる。他に何か方法は……




「あの、ツカサ様、下へ降りる方法ですが、一つだけ思いつきました」



 悩んでいたところにアリシアから声がかかり、その提案を聞く。


 聞いた結果、アリシアの考えた方法はかなり力技だった。

 それは落下の速度を地面に衝突する寸前で魔法を放ち、その衝撃で相殺するというものだ。ただ、俺が考えてた壁に何か刺して下りていく方法よりかは今の状況でも出来そうでもある。



「アリシアの考えでいこう」


「いいんですか? 自分で言っておきながら無茶な方法だと思ったんですけど……」


「無茶かもしれないけど、無理ではなさそうだからね。それに俺だと無理そうなことしか思いつかなかったから。これ以上時間をかけても他の案は出ない気がするよ」


「わかりました。では、早速魔法の準備をします。下はここよりさらに空気が少ないと思うので、念のためツカサ様は魔法を使わないでください」



 俺の役目はアリシアをしっかりと抱えること、できるだけ減速することだ。刺さなければ剣は折れずに堪えてくれるはずだ。……最悪の場合はアリシアの腰にあるナイフを借りよう。



 アリシアが俺の顔を見て大きく頷いた。どうやら準備が出来たようである。それに応えると、アリシアが明かりを下へと放った。地面を見るための明かりだ。


 大きく息を吐く。


 明かりが先を照らしたところで、俺は矢から手を離す。


 落下していく。


 壁に剣の刃を立ててあてる。手に凄まじい振動が感じると、壁がすごい勢いで削れはじめた。落下速度はほんの少しだけ緩やかになる。


 落下の風圧に耐えながらもしっかりとアリシアを抱きかかえて固定しておく。


 地面はまだ見えない。酷使した腕、特に握力は弱くなっている。すでに剣を弾かれないようにするので精一杯だ。


 減速の効果もむなしく、落下の速度は徐々に上がってしまう。剣を壁に食い込ませようとするが、腕を持っていかれそうになり断念する。


 さらに落ちていくと、底へと飛ばした明かりのおかげでようやく地面が見えてきた。



 あと少し、最後はアリシアに任せるしかないが、せめて!



 残った力を振り絞り、強引に剣を振る。

 腕からは鳴ってはいけない音が聞こえてきた。同時に握っていたはずの剣も大きく弾かれてしまう。ただ、減速には成功した。一瞬だが落下速度が大きく下がる。


 そして――



「イクスパンドマジック! ライトボール・トリプルバースト!」



 アリシアの魔法が炸裂した。

 強烈な光と轟音が目と耳の機能を奪っていく。

 今の俺は何も見えていないが一瞬、浮遊感があったことはわかった。アリシアの考えどおり成功しているはずだ。



 なら、俺がやることは……



 剣を持っていた腕を痛みを無視して振り、体を回転させる。

 これで俺とアリシアの上下は逆転した。あとはダメージが少ないとこを祈るしかない。


 背中に大きな衝撃が走る。ダメージの蓄積のせいか、先ほどの岩よりもきつい衝撃だった。今度は声も出せず、空気だけが口からこぼれていく。


 アリシアが何か話しかけてくれているのがわかる。だが、回復しきっていない耳では意味のある言葉として聞こえてこない。それでも、無事が分かっただけよかった。


 無事がわかり、気が緩む。同時に真っ白な視界はだんだんと暗くなっていく。


 俺の意識はもう、限界だった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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