第二話 連れられた先は
道中はアリシアさんがいろんな話をしてくれた。
目的地の宮殿のことや街のおいしいパン屋のこと。よく見かける猫が子連れになっていた、なんて世間話もあったりした。
その中でも一番印象に残ったのは、アリシアさんとエクレールさんの二人の関係についてだ。
どうやらアリシアさんは孤児院の出身で、その孤児院を管理していたのがエクレールさんだったらしい。
アリシアさんからするとエクレールさんは、母であり、姉であり、そして上司でもある存在で、だいたいは一緒に行動していると嬉しそうに語っていた。
そのエクレールさんはというと、森の中では常に二、三歩先を歩いており、たまに振り返りながら会話には参加してくれるが、周囲を見回しては何かを警戒していることが多かったように思う。
ちなみに二人には会話をしている中で呼び捨てでいいと言われたが、なんとなく気おくれしてしまったので、さんづけで呼ばせてもらっている。
……カルミナのときは何も思わなかったんだけどな。
話にも出てきた目的地の宮殿だが、遠目からでも上の方は見えていた。下のほうは大きな壁で遮られており、その全容が見えたのは壁を抜けてからである。
……大きい。
それが目の前の宮殿を見た感想だった。語彙力のなさに絶望しそうになるが、ほかに言葉は浮かんでこなかったのだ。ちなみに名前はハルトリアン宮殿というらしい。
周辺の位置関係は、この宮殿の後ろ側が転移してきた神殿、宮殿の前が街になっているとのことだ。
宮殿には裏口から入り、廊下を進んでいく。
この宮殿には教皇のレーベリン様、枢機卿のルールライン様という人たちがいて、今はその二人に会うために歩いているところだった。
「アリシアから聞いたみたいだが、これから教皇たちに会う。まあ、話をするのは枢機卿だし、堅苦しくはならないはずだ。たぶん」
「枢機卿様は顔は怖いですけど、いい人なので心配いらないですよ。あ、もちろん教皇様も優しい方です」
緊張しているように見えたのだろうか。無骨な扉の前で気遣うような言葉をかけられる。
実際、緊張はしてると思う。ただ、それ以上にカルミナがまったく話しかけてこないことに何かあったのかと不安を感じていた。
必要がないから黙っているだけなのか、何か理由があるのかはわからない。ここに来るまでの間に、心の中で呼びかけてみたけれど反応はなかった。予想はしていたが、やはり声に出さないと聞こえないようだ。
流されるままついてきちゃったから一度相談したかったけど……仕方ない、腹をくくろう。
「じゃあ、入るぞ。礼儀とかは気にしなくていいから気楽にな」
エクレールさんはそう言うと扉を開けて入っていく。アリシアさんが続き、最後に入ることになった俺は、同じ側の手と足を同時に出さないように気をつけながら歩き出す。
部屋の中は想像と違っていた。玉座の間といった雰囲気の部屋をイメージしていたが、実際には執務室といった感じだ。
座っているのが教皇様だと思う。ちょっとふくよかな白髪の男性で、年齢は六十歳くらいだろうか。その隣には教皇様より少し若そうな、同じく白髪の男性が背筋を伸ばして立っていた。
「教皇、枢機卿、石板に書いてあったとおり神殿にいた勇者を連れてきたぞ」
「フォトン司教、ご苦労だった。さて、勇者様。私は聖カルミナ教会の枢機卿を務めさせていただいてるフロンティス・ルールラインと申します。そしてこちらの方が……」
「わしが教皇をやっておるドボルゲイツ・レーベリンじゃ。勇者よ、よろしく頼むぞ」
「教皇様、枢機卿様、女神カルミナに協力し、魔王を討伐するためにこの世界にやってきました。須藤 司といいます。よろしくお願いします」
「うむ、期待しておるぞ。さて、これからいろいろと説明しなければならないんじゃが、わしはちょっとばかりやることがあってな、詳しいことは枢機卿から聞いてくれ」
教皇様はその雰囲気と喋り方から、気さくな印象を受けた。枢機卿様は少し神経質そうに見えるが、教皇様と合わせると丁度いいバランスなのかもしれない。
説明が長くなるということで、教皇様との顔合わせのあとは隣の部屋へと移動した。みんなが席に座ったところでさっそく枢機卿様が話をはじめる。
「まずはこの地図を見ていただきたい。丸い印は私たちのいるセルレンシア、その左上、北西の位置にある四角の印がブルームト王国となる」
地図はこの大陸のものらしい。今いるところがセルレンシアというらしく、すぐ南には山脈らしきものが描かれている。そのほかの周辺は森に囲まれているようだ。
ブルームト王国という場所は川に隣接している以外はこれといった特徴は見られない。そのほかで気になったのは、地図上の三角の印だ。同じ形の印が三つ記されている。
「そして三角の印が敵、魔族の拠点を示している。勇者様にはまずこの三つの拠点の中の一つ、セルレンシアから北東の位置にある拠点を攻めてもらいたい」
「ちょっと待ってください。たしかに魔王を倒すためにこの世界に来ました。けど、俺は戦ったこともない一般人でしかないんです。せめて訓練とかしてほしんですけど……」
「申し訳ないが時間がなくなったのだ。本来なら戦闘訓練は魔族の拠点へと向かいながら、道中におこなってもらう予定だったのだが……」
時間がなくなった? 予定だった? どういうことなんだろうか……いや、それより、このままだといきなり魔族の拠点に行くことになってしまう。
カルミナの意見を聞きたい。この人たちは聖カルミナ教って言ってたし、女神の存在を知っているようだ。ペンダントのことを話しても信じてもらえるかもしれない。
…………だめだ。存在を誰にも伝えてはいけない。虫の知らせか、第六感なのかはわからないがそんな気がする。
考えがまとまらない中、枢機卿様の言葉に反応したのはエクレールさんだった。
「枢機卿、ちょっと待ってくれ。予定だったとはなんだ。戦闘訓練や旅について教えるのがあたしの役目じゃなかったのか?」
「それについてはフォトン司教に謝らなければならない。本来ならばフォトン司教は勇者様と旅をともにし、魔王討伐の手助けをしてもらうつもりだった」
「あたしもそう聞いてるし、そのために顔見せの意味もあって迎えに行ったんだろ? 時間がなくなったとも言ってたな。枢機卿……何があった?」
「……先ほど連絡が入った。内容はブルームト王国の北の砦が落とされたというものだ。前線は後退することとなり、王国にはもう後がない。士気も低くなっている。そのため、フォトン司教にはそちらに行ってもらう必要ができたのだ」
「ばかな……あそこには……いや、わかった。それならすぐに向かう。アリシアは準備を手伝ってくれ。それとツカサ……すまない。本当はあたしが旅をしながらいろいろ教えるはずだったんだ。投げ出すことになっちまった」
エクレールさんは言葉遣いはぶっきらぼうだが、やはりいい人なのだろう。自分が悪いわけでもないのに頭下げて謝罪してくれていた。
気にしていないことを告げると、エクレールさんはもう一度すまないとだけ言って急いだようすで部屋を出ていく。アリシアさんもこちらに会釈すると後に続いていった。
「話の途中で申し訳なかった。旅の同行者については明日には決めておこう。もとから余裕と呼べるものはなかったが、ここにきてさらに時間がなくなった。勝手だとは思うが早急に力をつけてほしい」
「時間がないって、そんなにこの世界は危ない状況なんですか?」
「ああ、そうか……それもまだ説明していなかったか。砦が陥落した情報を聞いて、私も動揺していたらしい。……この世界の状況だが、はっきり言えばかなり悪い。まともに戦えるのはあと一年が限界だろう」
「あと、一年……」
「この世界には三つの大陸があったが、人が住んでいるのはもうここだけなのだ。そして、国と呼べるのはセルレンシアとブルームト王国しか残っていない」
「……」
言葉がでない。人類は滅亡寸前の状態だったらしい。
話によると魔王というのは倒しても何年かすると新しい魔王がでてくるのだという。
魔王がでるたびに、この世界や異世界からの勇者が倒していたが、先代の魔王は約五十年もの間、誰も討伐をすることができず、人類は一気に追い込まれてしまったとの話だ。
そんな先代の魔王を倒した先代の勇者について質問したところ、討伐に成功はしたが相打ちにとなり、帰らぬ人になったいうことを聞いてしまう。
……相打ちになったことは俺には伝えないほうがよかった気もするけど……いや、たぶん誰かに聞けばすぐにわかることなんだろうな。それでも普通は隠しそうなもんだけど、アリシアさんもいい人って言ってたし、人柄なのかも。
先代の魔王を討伐したときに国と呼べるものはブルームト王国だけであり、セルレンシアは各国の生き残った人たちが集まってできた国だと聞く。
そして何年か経ち、ようやく生活が安定し始めたころに徐々に魔物が増えはじめたらしい。念のために調査したところ魔族を発見。何かの儀式をしようとしているのを見つけたとのことだ。
儀式を優先してなのか魔族は防御を優先し、人間に対して積極的に攻めてくることはなかった。そのため膠着状態が続くが、人間側は復興も途中で食料も人手も足りておらず、じりじりと追い込まれている状態にある。
そして、さっきの話にあった北の砦が落とされたことで、状況はさらに悪化した。というのが枢機卿様の話してくれたこの世界の現状である。
その後も話は続き、終わったのころには窓から見える外の景色はだいぶ暗くなっていた。
話してみてわかったが、枢機卿様は誠実な人のようで、こちらの質問に対しても偽ることなく答えてくれたように思う。
そんな枢機卿様は宮殿内の泊まる部屋への案内もしてくれていた。
「すまないね。今日こちらに来たばかりだというのに、こんな時間まで」
「いえ、むしろ枢機卿様に案内をしてもらって、こちらこそすみません」
「かまわない。枢機卿というのも今では雑用係のようなものだ。さて、ここだ。部屋には軽食だが用意させておいた。よければ食べてほしい」
「ありがとうございます。そういえば何も食べていませんでした……」
「ふふ、口に合えばいいんだがな。明日だが、昼までには同行者を決めてこの部屋に迎えに来るようにする。それまでは休んでくれて構わない。では、いい夢を」
そう言うと枢機卿様は戻っていった。もしかしたらまだ仕事があるのかもしれない。アリシアさんの言っていたとおり、顔は少し怖いがいい人のようだった。
部屋の中に足を踏み入れる。
すると、まず大きなベットが目に入った。大の字で寝ても余裕がありそうな大きさだ。そのベットの隣には小さなテーブルがあり、そこには枢機卿様の言っていた軽食も確認できた。他にも価値はわからないが高そうな壺や絵などが飾られている。ホテルのスイートルームというのは見たことはないが、それよりも豪華そうな部屋であった。
疲れているせいか、体は怠く、頭も少し痛い。ただ、やっと一人になれた。休みたいのを我慢して、カルミナを呼んでみることにする。
「カルミナ、聞こえてますか?」
『……ツカサ? どうしました?』
「アリシアさんたちが来てから反応がなかったので気になったのと、今の状況について相談したいなと思って」
『すみません。彼女たちが教会の人間だとわかりましたので、情報を集めるために意識を世界の観察にほうに集中させていました』
教会には石板と呼ばれる女神の道具があって、勇者の存在が確認されたらその位置を知らせてくれるとのこと。
そのことを説明する途中だったが、協会の迎えがきたので安全と判断し、情報収集のために世界の観察を優先していたらしい。
しばらく話し合ったが、とりあえず教会の方針に従うということになった。
ちなみに、カルミナの存在を教会の人たちに伝えなかったのはいい判断だったらしい。予想外に褒められて、少し心地よい気分になってしまった。
「でも驚いたよ。まさかこんなピンチだとは思ってなかったから。大丈夫なんだろうか……」
『それについては説明が遅れてすみません。でも、大丈夫です。私もできる限りの協力をします。それにツカサには戦闘の才能がありますから』
「戦闘の才能? 俺にそんなものがあるの? あ、いや、あるんですか?」
『あります。……それと、私に対して丁寧に話さなくても大丈夫です。これから長く同じ時間を過ごすのですから、疲れてしまいますよ?』
「あー、そうですね。確かに疲れてると素がでちゃうし、いきなりは無理かもしれませんけど徐々に砕けた感じになるかもしれません」
『はい。それで構いません。……今日はだいぶ疲れているようですね。そろそろ休んだほうがいいでしょう』
たしかに疲れている。頭痛はさっきより酷いし、話の途中から強烈な睡魔にも襲われ、眠くてしょうがない。
だけど、眠る前に一つだけ確認したいことがあった。
「カルミナ、俺がこの世界に来たのはカルミナを救うため、魔王を倒すというのもそのためですよね」
『ツカサはあちらの世界で私の話を信じてくださり、協力すると誓ってくださいました。でも、突然どうしたんですか?』
「……いえ、もう一度確認したかっただけです。すみません」
俺は変わった日常を求め、自身も変わりたいと思っていた。だからきっかけになりそうなカルミナに協力すると誓った。そう覚えている。何も間違いはないはずだ。
……けど、なぜか違和感がある。
異世界に転移なんて普通ならありえないことをしたから、混乱したのかもしれない。違和感はそのせいだろうか?
今、考えても答えは出そうにない。……食事は明日にして寝よう。もう、限界だ……
……カルミナがなにか、いってる……だめだ……もう……ねむくて……
意識を失う瞬間、最後に何故か小さな笑い声が聞こえていた。
次もよろしくお願いいたします。